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杏夏
2017-06-16 00:39:13
1504文字
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やさしいもの
お題「好きなところ」で書いた鶴清です。前にしぶに上げた話のセルフ影響が強い。
あ、と曲がり角の向こうをさりげなく覗く。
そこには予想通りの白い背中があって加州はかすかに頬を緩めた。
湿り気を帯びた空気を裂く日差しにその身を浮き立たせながら、頭の後ろに腕を組んで歩いている。袖から惜し気もなく白い腕が伸びていた。
加州には時折、近くを鶴丸が通ったことがわかる。それが嬉しい。けれど、あまり趣味が良くないとも思っているので、誰にも気付かせたくなかった。
加州は改めて、すぅと息を吸った。
夏に程近い日差しに暖められて、木も草も花もやかましく生を主張していた。伸びやかにも鮮やかな青の匂いが満ちている。
その中に、ほんの僅かに沈む匂い。ひんやりと冷たく静かな、けれどやさしく甘やかな匂いだった。夜を孕んで共に眠る、それは墓土の匂いだった。
本人が気付いているのかいないのかは知らないが、あの美しい太刀は時折、死の匂いをさせている。
風に巻き上げられた羽織の裾から、刃を鞘に納めて揺れる指先から、それはふわりと立ち上る。
それが加州には酷く好ましい。
いずれ再び加州を迎えにやって来るあの暗闇が、これくらいやさしいものであれば良いと願っている。
と、そうだ。見送ってはだめなのだった。
加州は主の言葉を思い出す。
「鶴丸! ちょっと待って!」
声を上げて濡れ縁を追いかける。
まだ遠くへ行っていなかった背中が振り返った。
「加州か、どうしたんだ?」
金の目がくるりと満月のように丸くなって加州を待っていた。ああ、この目も好きなのだ。
「主から伝言。明日から出てもらいたいから仕度しといて、だって」
「おお、随分とご無沙汰だったなあ。腕が鳴るぜ」
鶴丸の錬度はもうかなりのもので、最近は他の刀に出番を譲っていた。だから久方ぶりの出陣となる。
穏やかに喜色の混じる声と違って、瞳がきゅうと獰猛に引き絞られていた。
「良かったね」
本心から加州はそう言った。
加州は鶴丸の金の目も好きなのだ。夜にぽっかりと浮かぶ満月のような目が。そこに熱が乗るならさらに良い。あたたかくて嬉しくなる。
加州には忘れられない夜がある。
何もかもが失われた夏の夜だ。
死、そのものを覚えているわけではない。けれど、確かに迎えたあの夜を、加州はさびしいものだと認識している。
鶴丸の持つ死の気配はやさしい。鶴丸の持つ月は、すべてが無に沈む夜でも寄り添ってくれそうにやさしい。
だから、加州は鶴丸が好きだった。
「久しぶりだからってはしゃぎ過ぎて怪我しないでよ?」
「あっはっは、大丈夫さ! 程度くらいは弁えている。それに、またきみに水を作って持ってこさせるのも悪いしな」
「ああ、鶴丸が来たわりと始めの方の
……
」
始めて鶴丸が大怪我をしたとき、加州は手入れ部屋の前で待っていた。眠れなくてずっと庭を眺めていた。
そのときに、怪我で発熱していた鶴丸の役に立つかもしれないと、経口保水液を作ってぼんやりしていたのだった。
「あれは助かったが、どうにも締まらないからな。平時に飲むといやに不味いし」
「まあ、普段飲むもんじゃないからね」
真顔で言い合って、一瞬あとに二人して笑った。
「それはそうと、きみは出陣しないのか?」
「俺は今回も見送りだよ。はー、俺も出陣したいなぁ」
「俺もまた、きみと共に戦場を駆けたいんだがなあ」
何てことのないように寄越される言葉が急に心の臓を貫いた。
加州は不自然に見えないように顔を背けた。頬が熱い。耳にまでじわりと熱が登ってきそうだ。
加州は鶴丸のこういうところは嫌いだった。
本人だって意識していないような驚きが加州を襲うのはいつだって急で、そして全然やさしくなかった。
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