杏夏
2017-05-06 23:12:54
1711文字
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「隠す」のテーマで書いた鶴清です。


腕を動かして隣を探る。求めていたものが見つからず、ぱちりと目を開いた。
布団が障子越しの朝日に照らされて白く輝いている。
ぼんやりしたまま横向きの身体を仰向けにした。
「あ、起きたー?」
足元の方から、隣で眠っていたはずの加州の声がした。たぶん、鏡台の前にいるのだ。
「おー。きみ、なんで隣にいてくれないんだ」
「はは、目が覚めちゃったからなぁ」
笑み混じりのやわらかな声音が心地いい。
部屋の外はまだ静かで、本丸全体が起き出すような時間でもなさそうだ。
「今日は非番だろ? もっときみを堪能させてくれよ」
「って言ったって、鶴丸ももうはっきり起きてるじゃん。天気も良いし、身仕度済ませて何かしようよ」
衣擦れと、鏡台に何か置く音が小さく聞こえる。どうやらもう、腕の中に戻ってくれる気はないらしい。
鶴丸は身を起こした。
恋人のいない布団にいつまでも懐いていても仕方ない。
「まあ、きみがそう言うんじゃなあ」
んー、と伸びをして、着替えようと合わせに手を掛ける。
そこで気付いた。
……?」
「あ、それ、虫刺されだよ」
加州が振り向かないまま告げる。
鶴丸の鎖骨のあたりに正方形の絆創膏が貼ってあったのだ。自分で貼った覚えがなく、首を傾げたのを心得たタイミングだった。
「さっき見つけてね。着物とか鎖とか当りそうな位置だったから、刺激しないように貼ってみた。暫く貼っておけば腫れも引くんじゃないかな」
「そうか、ありがとうな」
立夏も越えて暖かくなっている。虫を見かけることも増えた。
そろそろ気の早い蚊などもいる頃合いではある。
しかし、だ。
「で、なんで清光くんは耳を赤くしてるのかな」
………………う」
告げられた言葉にも告げる声音にも違和感はなかったけれど、振り向いてくれないことが妙だった。
加州は小さく声を漏らす。
鶴丸は動きを止めた加州のもとへもそもそと向かう。
「どれどれ」
逃げられないよう加州の肩を抱いて、肩越しに鏡台を覗きこむ。加州は耳だけでなく顔も真っ赤にしていた。この顔であんなに涼しい声を出していたのかと思うと、なんだかちょっといじめたいような気分になる。
赤い顔のすぐ隣でぺりりと貼られたばかりの絆創膏を剥がした。
「これはまた熱烈な……
「ああぁあ……!」
ひゅうと口笛を鳴らすと、加州は眉を下げていよいよ困った顔をした。見たくないけれど、目を離せないといった様で目を見開いているのが可愛い。
その視線が見つめる先、鶴丸の鎖骨にはくっきりとした歯形が残っていた。
「で?」
愉快であると隠しもせずに鶴丸は問う。
にやにやと見つめると加州は両手で自らの顔を覆った。
「俺が寝惚けてさっきやりました……
「ふむ」
「鶴丸起きなかったから、これは誤魔化せるかもしれないかなって」
「へえ」
…………ぅう」
恥ずかしい、と加州は全身で主張していた。小さく「ごめん」と呟いたのも聞こえる。
「いやいやなかなか素敵じゃないか」
鶴丸は軽やかに笑った。その瞬間、加州がばっと顔を上げる。
「え、まさか」
「こんな素敵なものを隠すなんて勿体ないよなぁ」
「ちょっと待って……!」
鶴丸は鏡台を離れて手早く身仕度を始めた。鼻歌混じりに小袖に袴を締めていく。合わせは気持ちゆるめにして、歯形が見えるようにする。
ふふ、とへこんだ皮膚をなぞる。
加州は立ち上がることも忘れたように這って来る。
「いやいや待ってよ」
「鶴の肉は美味いらしいぞ。きみにだったらいつか振る舞ってしまってもいいなあ」
「縁起でもないこと言うなよ……! 違う、違うからね、別に美味しそうとかそういうんじゃないからね!?」
言い募る加州はとても動揺していて、続く言葉が更なる墓穴を掘っていた。
「ただ、なんか自分のものにしたいなって寝惚けてただけだから!!」
ついに鶴丸は声を上げて笑ってしまった。今日は朝からとても愉快だ。
可愛い恋人がどうしたって表に出そうとしなかった執着をこんな形で示してくれるなんて。皮膚一枚と言わず、それこそ肉でも骨でも喰めばいい。
絆創膏一枚で隠せるような、そんな痕ではなくもっと。