料理人としていた故の料理の自信、様々物を食べ舌が肥えていた故の自信。それは自国の料理に限った事だと、カルデアに召喚されて思い知らされた。
時刻は既に午後二時を過ぎ、食堂で昼食を取る人の影は居なかった。厨房内にて、落ち込んだ顔を浮かべながら調理器具を洗うビーマの顔を覗き込んだタマモキャットは、不思議そうに問いかけた。
「今日もご苦労。だが、随分としけた顔だナ」
「ん、あぁ……他国の料理を食べ慣れてねぇ事もあって、俺が作っている旨いのか判らなくてな……いや、あんたらの指示の元で作る料理だから絶対旨いのは判るんだが……」
大きな体を縮こませ、申し訳なさそうにするビーマにタマモキャットは目をぱちくりとさせる。
「なんだその様な事か。アタシの料理は美味いぞ。して、味に馴染みが無いというなら味に慣れるだけ。自国の味付けに似た料理から舌を慣らせば良い」
ビーマの悩みに対し、さくっと答えを出すタマモキャット。バーサーカーはとにかく荒々しいと聞いたが、ドゥリーヨダナと同様に理性的に思える。だが、バーサーカーの側面を気づいていないだけなのだろうか。
「数多の香辛料を使い、煮込みと焼きの調理法が多い国だったな。ならばチキンソテーが良いだろう。比較的タンドーリチキンに似た、洋風料理ゆえ」
タマモキャットは調味料が入った棚からいくつかの小瓶を取り出した。オレガノ、タイム、バジル、パセリ。冷蔵庫からニンニク、鶏モモ肉とバター。
「早々に作るとしよう」
あまりにも手際良く準備を行うタマモキャットだが、現時点で一切ビーマの可否を問うていない。きっとこれがバーサーカーの片鱗なのだろうか。
タマモの問いかけにビーマは頷くと、タマモキャットは満面の笑みを浮かべてフライパンを取り出した。
「ここの食材は楽で良いぞ。エミヤが臭み抜きなどの下処理を済ましているからな」
鶏モモ肉に塩と胡椒、バジル類を振り、味を馴染ませている間に輪切りにしたニンニクとバターをフライパンに入れ弱火で火を通す。ニンニクとバターの香りが立ち上り、それだけでも食欲をそそる。ビーマは鳴りそうになる腹を堪えながら炒めていると、タマモキャットが嬉しそうに笑みを向ける。
「これからもっと美味くなるぞ。柔らかお肉にパリパリの鶏皮、黒髭に出した日にはビールを一樽飲み尽くされる所だったナ」
香り立つガーリックバターへ鶏モモ肉をのせる。皮目を下にし、フライ返しで軽く押す。
鶏の皮から脂が溢れ、皮目がパチパチと音を立てて揚がっていく。鶏の芳ばしさとハーブの香りが食欲をそそり、ビーマは口の中に溢れる唾液を飲み込んだ。
「後は裏返して蒸し焼きにすれば完成だ。付け合わせにトーストしたフランスパンでもやろう。鶏モモ肉一枚のソテーを二人で分けるのは足りぬだろうが許せ。アタシもエミヤも厨を任された者、必要以上に食材を使えんのダ」
「いや?! 大丈夫だ! 気にするな! 舌を慣らせるだけだからな!」
タマモキャットの言葉に驚き小さく飛び上がったビーマは必死に笑みを向ける。
ドゥリーヨダナとの関係は誰にも話していない。同郷と思っての言葉か、野生の勘か。タマモキャットの事だ、相手について問うてくる事はないだろうが、決して聞いてくれるなと願った。
* * *
「おい、いるか?」
ほんの少し乱暴なノックと聞き慣れた声に、ベッドの上で寝転がっていたドゥリーヨダナは小さな溜息を吐く。
今日は何の様だ。絡まれるのであれば正直関わりたくない。人の部屋に勝手に入り、人の魔羅を勝手に使い倒していった事を思い出した。ドゥリーヨダナ自身もビーマを責め立て、片付けの殆どもビーマにさせたが、それとは別だ。コチラの都合を考えなく来るのが気にくわない。
だが、このまま素知らぬふりをして、無理矢理ドアをこじ開けられても迷惑だ。
「……開いている。勝手に入って来い」
不満げに返事すると、直ぐにドアが開いた。視線を向けた先に居たビーマは片手に盆を持ち、その上に湯気が立つ何かが乗っていた。
「暇だろう? これを食ってみろ」
無遠慮ながらも楽しそうに差し出された盆に興味を引き、ドゥリーヨダナは覗き込んだ。
湯気が立ち上がっていたのは、一口大に切られた香草が香るチキンソテー。皮目をパリパリになるまで焼いた様で、キツネ色に焼き上がっている。皿の底には切られた時に溢れたであろう澄んだ肉汁と、芳ばしい油が少し。馴染みの無い香草の香りだが、バターとガーリックの香りと相まって食欲がそそられる。別皿にトーストされたフランスパンもあるが、チキンソテーと共に食べるのだろう。
純粋に「食べたい」と思うが、言われるがまま受け取るのも癪に障る。延ばしそうになる手を堪える様にシーツを握り締め、うろんな視線をビーマへ送った。
「何だ突然、わし様が得体の知れない物を食うと思ってるのか?」
いつもの様に反発するドゥリーヨダナに少しだけ呆れるが、逆に素直に受け取られても調子が狂う。食欲を刺激するように、ほんの少しだけ風を起こし、香りを送る。
「全部はやらねぇよ。半分はお前に作ってきたんだ。ここの食事に舌を慣らす練習だ。タマモキャットに教わったから、間違った物は入ってないぜ」
「……まぁ、厨房の者と作ったのなら……」
半分は自分の為に作った。ビーマの言葉がほんの少しこそばゆい。時折見せる献身さが愛おしく思うと同時に、照れを隠す様に深いため息を吐いた。
体を起こせば香りが強まり、無意識に唾液が滲み出る。ビーマに聞こえないように静かに唾液を飲み込むと、ベッドから降りた。
「敷物を広げるからそこをどけ」
ドゥリーヨダナはベッドの下から、ほんの少し素朴ながらも作りはしっかりとした木綿の織物を取り出す。広げれば優に四人は座れそうだが、部屋の狭さの所為で辛うじて広げられている状態だ。
「カルナ達が来た時に使おうと思っていたが、初めて使うのがお前とはな」
「誰が初めてでも良いだろ。あいつらが来る前の予行演習だと思え」
二人は敷物の上に座ると、ビーマはチキンソテーの皿の下から、取り皿を手にする。それぞれの皿にチキンソテーとフランスパンを取り分けるとドゥリーヨダナへ渡した。
「さて、食うとするか!」
自分自身で作ったとはいえ、漸く口にする事が出来た事にビーマは満面の笑みを浮かべると、先ずはチキンソテーを一口頬張った。
口に含んだと同時に香草の香りと鶏肉の旨味が広がり、大きく息をつけば香りが鼻をくすぐる。程よい塩味もあり鶏肉の味に締まりが出ている。一口囓ると、パリパリとした皮と肉の柔らかい食感の対比が面白く、更に肉から先程よりも強い旨味が溢れ、無意識に頬が緩んでしまう。馴染みが無い香草の味と香りだが、バターとガーリックだけのシンプルな味付け故によく合うのだろう。
「この味付け、なかなか旨いな」
口の端に付いたバターをペロリと舐めとりながら、ドゥリーヨダナの様子を窺った。
肉を頬張ったたであろうドゥリーヨダナは、目を輝かせて肉をゆっくりと噛みしめていた。惜しむように飲み込むと、フランスパンの上に肉を一切れ乗せ、半口ほど囓る。小麦と肉の味を堪能しているのだろう、味の変化にほんの少し驚きを見せるドゥリーヨダナの表情に、ビーマもつられて頬が緩んでしまう。
「ドゥリーヨダナ、気に入ったか?」
声をかけられ、ドゥリーヨダナは直ぐにいつもの自信家な表情へと戻る。
「あぁ、なかなか美味かった。今度タマモキャットに会ったら礼を言わねばな」
「その前に俺にも礼を言うのが義理だろうが」
誰が作って持ってきたと思ってるんだ。そんな表情を浮かべ、ドゥリーヨダナを見つめる。判りやすい顔をするビーマに驚くも表情の変わりようが面白い。
「そうだったな。よくやったぞ、ビーマ」
素直に褒めてきたドゥリーヨダナに驚きつつも、気恥ずかしさが込み上げる。
「……判れば良いんだよ」
ぽそりと言うとビーマは顔を伏せる。だが、髪の隙間から覗く耳はほんのりと赤を帯びていた。
まるで照れを隠す拗ねた子供のようだ。戦での荒々しさも他人に見せる笑みとも違う表情を向けてくるビーマの姿に、ドゥリーヨダナは頬を緩ませた。
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