彗星に乗って

かなり不思議な話 主にほかりが
近界民への理解が今より進んだ世界線での、宇宙旅行をする二人です


「なあ、俺は酔い止めが必要なタイプだっただろうか」
 半崎はそう問われ、しばらく「あー……」と逡巡した。我が隊の隊長はうっかり自分の性質を忘れてしまったのだろうか。
「どうでした、かね」
「車と新幹線は大丈夫なの?」
 そばにいた加賀美が助け舟を出すと、隊長──荒船は頷いた。
「じゃあ大丈夫じゃない? それよりは明らかに速度が速そうだけど、揺れなさそうだし」
 荒船は納得して、おそらくリストでも作っていたのかスマートフォンになにやら書き込んだ。
 荒船の表情はあまり変わらないから感情を掴むのは難しいが、長らく一緒に隊を組んで過ごしてきて──あとは半年まえ、とあるきっかけがあって、今この荒船の状態が、わりと「わくわくしている」のだということがわかるようになった。
 たとえば半崎が新しいゲームをプレイするまえのように。たとえば加賀美が良いデザインを閃いたときのように。荒船の心の高揚は何パターンかに限られていて、毎日見ているうちにどれについて高揚しているのかを絞り込めばいい。今回は特に、乗り物に関しての話題だから明確だ。
 荒船は彗星に乗って、穂刈に会いにいく。

 半年まえ、彗星に乗ればいい、という酔狂なことを言い出したのは穂刈自身だった。なんのことだと半崎は思い切り眉間にシワを寄せたし、加賀美は「面白そうだけどなにそれ?」と大いに首を傾げていた。荒船だけが腕を組んだまま動かず、穂刈の話を聞いていた。
 穂刈は昔、宇宙人に会ったことがある。その日から二年に一度、宇宙人に会いに行っているというのだ。これを聞いた当初は半崎も加賀美も胡散臭い顔をして(いや加賀美はわりと目を輝かせていたかもしれない)、「それって大丈夫なんすか?」と尋ねた。
「大丈夫だ。宇宙人と言っても結局は平和な星の近界民だったからな、彼らは」
「戦争に巻き込まれたりしてないの?」
「それが、ずっと遠いんだ。星が」
 だから戦争がある地域とは無縁らしくて、と穂刈が付け足すと、半崎もようやく胸を撫で下ろした。近界民との戦いに備えている組織だというのに、そこに仲のいいやつがいるだなんて説明をつける羽目になるのだけはごめんだった。
 同じ宇宙と言えど、星が違えば憎む対象も違う。その分別は国民にはつけづらいかもしれない。大規模侵攻で親や子を亡くした人だっている。だから穂刈はずっと公にしてこなかった。初めてそれが口をついて出た本日、同じ隊で長くやってきた自分たちでさえも少なからず動揺したのだから、世間に知られれば混乱を生むのは目に見えている。
 さて我らが隊長はどうなのだろうかと半崎は彼を見上げた。先日狙撃手から銃手に転向して切磋琢磨している荒船は忙しそうに毎日動いていて、穂刈の言っていることなど耳を貸しはしないだろうか。
「彗星に乗る、っていうのはどんな感じなんだ?」
 荒船が口を開くと、穂刈は顎に手を当て「そうだな……」と答えを探していた。
「彗星の軌道上にある彼らの船に乗るんだ、正確に言えば。合図をして、一番近い軌道を探してもらって」
……合図って、どうやるんすか?」
「手を振るだけでいい」
 半崎は余計に穂刈の言葉を怪しんだ。手を振るだけでいいだなんて、そんなの、道端で手を振って別れた友人同士でも成り立つ話だ。わざわざ宇宙から逐一それを見ているというのだろうか。
「ちゃんとわかるさ、相手は宇宙人だから」
 この手の話をするときの、穂刈の妙な説得力は不思議だ。オカルトの類は信じてこなかった半崎でも、本当にそうなのかもしれないと思わせる力がある。それに穂刈は現に、自分が接したことがあるという近界民以外に関しては特にそういった愛着のある言葉は出さないし、みな全て等しく手を取り合って仲良く、なんていう思想もない。倒すべき敵とそうでない者がいるという区別をきちんとつけている。
 きっとどこかにもいるのだろう。地球人と近界民の子どもだとか、近界へ迷い込んだが元気でやっているなんていう、夢物語のような現実が。だから穂刈の二年に一度の旅だって、起こっていてもおかしくはない。半崎はなんとなくこじつけのように己を納得させ、ふたたび荒船の方を振り返った。そのときの荒船の表情を見て以来、半崎は少々自隊の隊長の感情表現がまえより見えやすくなったのだ。
 ──だから、それ以来ずっと彗星に乗ってみたかったらしい。そんな少年のような心で穂刈に会いに行く荒船の「わくわく」は、現在の半崎にはきちんとわかっていた。

 ◇

 荒船が無事彗星を捕まえたと連絡が入った。加賀美がそれを知らせてくれた。荒船が穂刈をあとから追うような形になってしまったのは、隊長会議や大学での授業の兼ね合いで、たまたま一緒に行けなかっただけなのだが、半崎は隊長の初めての宇宙旅行(と気楽に呼べるのかさえわからない)が一人でいいのかと形ばかりの心配はしていたので、安堵した。
 二人がいない荒船隊は静かだ。隊室の片付けをしたり、隊長のDVDを借りて映画を流しながら、加賀美が横で大学の勉強をする。
「荒船くんってずっと、穂刈くんと出かけるの嬉しがってたけど」
 加賀美がペンを止めて話し出す。
「穂刈くんも、荒船くんが来るって知ったら、あのときより喜んでたね。ほら、初めて免許取ったあとの」
「ああ……ツーリングっスか?」
「うん。二人で遠くまで行ったんだーってニコニコしててさ。あれよりもっと嬉しそう」
「まぁ……ずっと隠してた場所を否定されることもなく、ついてきてくれるっていうんだから、そりゃ嬉しいんじゃないすかね」
「実家への挨拶、みたいな感じ?」
「実家って」
 加賀美は事の重大さをまるで意に介さず、のんびり言う。
「あの星の文化がどんなものかは知らないけどさ。少なくともこっちだったら、今までずっと一人で訪ねてたのに、いきなり友達連れてきたら……よっぽど仲がいいんだな、って思われるよね」
「スパイ連れてきたと思われてなきゃいいすけど」
 そんな皮肉も、なんとなく、あの二人が旅をするのだから心配いらないのだろうという裏返しである。
「いきなり無重力に放り出されて、泳げないから困ってたりして」
 半崎の続け様の捻くれた言葉に、加賀美もやっぱり笑ってこう言った。
「大丈夫だよ、穂刈くんがいるから」