Momosei808
2024-11-17 01:46:38
5887文字
Public SD(リョ花)
 

Mutual Proposal

リョー縁ワンライ③「指輪」

アメリカ・西海岸のとある街の、古いアパートメント。
築年数はそれなりにあるが、綺麗に保たれた、由緒ある物件だ。
今はその部屋を、とある日本人の男が借りていて。
彼の恋人である男が泊まりにやって来ていた。

借主は、浅黒く日に焼けた肌と、わずかに巻き毛のようになった癖毛が特徴的な男だ。
彼は、自分のアパートにやって来た恋人の赤い髪を、ソファに座って撫でていた。
もう片方の手には、雑誌を開いて読みふけっている。
されるがままの赤い髪の男は、ふと思いついたように、自分の頭を撫でる男の手に腕を向けた。

そして。

むぎゅ、と。
赤い髪の男──桜木花道は、恋人である宮城リョータの指を握った。

……だから何だよ、この前から」
「ふぬ、な、何でもねーよ!!」

リョータに怪訝な顔をされるまで、ここ最近はワンセットのルーティンである。
花道はリョータからそそくさと離れて、別室に移動した。
今しがた握ったリョータの指の太さを思い出すように、自分の親指と人差し指で輪を作る。
──リョータの、左手の薬指のサイズを、思い出すように。


何故花道がこのようなことを繰り返しているのかというと、理由がある。
それは──、

(リョータにプロポーズするための、指輪のサイズ、しっかり把握しとかねーと)

花道が、このように考えているためだ。

花道がリョータと恋人同士になってから、既に10年近く経過しようとしている。
当初、高校の同じ部活の先輩後輩であり友人関係であった仲から関係性が発展し、気づけば恋人同士になっていた。
リョータが高校卒業後、バスケ留学のために渡米して、暫く離れ離れになって。
それからやや間を空けて花道も渡米した。
生まれ故郷を遠く離れた地で、シビアなプロのバスケットボール選手としてのキャリアを積む二人は、それでも互いを思いやってきた。
同じチームに所属しているワケではないため、リーグ戦の最中は同じ国内にあっても、遠距離恋愛になるのに変わりは無い。

だからこそ、お互いオフの期間の今は、二人が何の邪魔もされずに共に過ごせる、貴重な時間だ。

そして、その貴重な時間の中で、花道は数日前からリョータの薬指のサイズを確認するように、何度も触っていた。
確認した後は、リョータの指の太さを思い出しながら自分の親指と人差し指で輪を作り、その中を沿うようにペンを動かして、メモを取った。
……チクショー、やっぱりガタガタだ」
指で作った輪をなぞるのだから、当然と言えば当然である。
花道は、自分のメモを確認するために持ち上げた。
メモを灯りにかざし、透かすように見上げる。
思った以上に、リョータの指は、太い。
花道よりも小柄ではあるが、リョータはそれなりにガタイが良いし、長年バスケットボールを扱ってきた手と指は、常人よりもゴツゴツとしているのは、花道自身もよく知っている。
「リョータの指のサイズなんて、すぐ分かると思ったんだけどなぁ」
花道は独り言ちた。
何度も花道を愛し気に抱き締めてきた、愛しい男の掌。
その指が齎す愛撫に、幾度となく恍惚となった。
バスケ選手だというのもあるが、それと同時に、花道を思って常に短く切りそろえられた爪。
太く男らしい指に、何度もその身を拓かれて──、

(イカーーーーン!! 余計なこと考えてねーで、さっさとサイズ測らねえと!!!)


リョータの指が齎す快感を思い出してあらぬ方向に行きかけた自分の思考を引き戻すように、花道は自分の両頬をはたいた。
その頬には、赤い跡が残っていた。


*******


「花道~、明日、予定ある?」
「ぬ? イヤ、今んところ、何もねー」
「そっか。じゃあ、俺の買い物に付き合ってくんねー? ちょっと行きてーところあるんだわ」
「分かった。いーぞ」
「ちょっと良いトコロでメシ、食おうぜ」

何気ない会話をしながら、二人はダイニングで共に夕食を摂った。
今日の夕食は、花道が作ったチキンの香草焼きに、豊富な種類の野菜サラダだ。
スープは余った具材を適当にぶち込んだが、それなりに良い味わいになった。
、とスープをスプーンで口に運びながら、花道はリョータの様子を窺った。
リョータは、いつもと変わりない様子で、花道の作った料理を食べている。
伏し目がちになると、深い二重の瞼がよく見えて、正面に座る花道にとってはお気に入りの角度だ。
そしてそのまま、テーブルの上のリョータの左手の薬指に目が行く。
思わずじい、と見つめていると、不意に声をかけられた。

「花道、メシ、今日も美味いわ。サンキュ」
「お、おう! 天才が作る天才メシだからな」
「お前の作ったメシ、ずっと食いてえな。 ……今日、俺が食器洗うから」
……? おう」

一瞬、リョータは花道の方をじっと見つめたと思うと、すぐ視線を逸らしてしまった。
花道には分かる、リョータなりの照れ隠しだ。

だが、直前に言い放たれたリョータのさりげない一言の真意に、花道は今のところ気づいていなかった。


*******

そして深夜、午前1時。
恋人同士の睦み合いは今日は最後までするのは無しに、バニラでのセックスまでに留めた。
いつも最後までするとクタクタになるが、今日は寝落ちしないだけの体力はある。

というワケで、花道はベッドの上でむくりと身を起こすと、隣に目を向けた。
リョータは既にすやすやと眠っていて、夢の中の住人だ。
花道は、試しにリョータの腕や指先にそっと触れて、その反応を窺った。
…………
リョータが唸るだけで、起きて来ないことを確認すると、花道はそっと共寝しているベッドを脱出した。
そして、適当な長さに切った紐を持って来た。
先日、チームメイトの家族からギフトで貰った菓子類の、ラッピングについていた紐を切ったものだ。
花道は、ベッドに静かににじり寄り、リョータの左腕を見た。
丁度リョータは両手をアッパーシーツから出して眠っていた。
好都合だ。花道は、リョータの左手の薬指と小指の間に、そっと紐を通した。
(起きるんじゃねえぞ、頼むから)
心で祈りながら、紐をリョータの薬指に巻き付ける。
遂にはぐるりと薬指を一周して、指輪が来るであろうところに紐を固定した。
すかさず紐の合わせ目に印をつけて、即座にリョータの指を解放した。

(やった!! やったぜ!!! これでリョータの正確な指のサイズが分かった!!!)

花道は、心で快哉を叫び、ついでにガッツポーズをした。
先ほど、夕食後にふと思いついた作戦だったが、上手くいった。
これで、リョータにプロポーズするための指輪を作れる。
明日(日付が変わってもう今日だが)はリョータの用事に付き合うが、隙をついて指輪を作りに行けば良い。

遂にミッションを完了したとして、花道は安心して眠りに就いた。



*******

「なぁ、リョータ。なんか、すげー高いところじゃねー?」
「だいじょーぶ、俺が払うから。お前は心配すんな」
「だけどよぉ」

花道は、周囲を見渡した。
今日一日、リョータと色んなところにショッピングとドライブに出かけた。
リョータの見立てで色々服を買ってもらい、花道自身もリョータにお返しに服や靴を買った。
そして、一日の締めくくりのディナーの時間になって、リョータに連れて来られたのは、近辺でも有名な由緒あるレストランだった。
赤い壁に、ウッド調のシックな雰囲気漂うインテリア。
一般席とは違う雰囲気で、通されている客も少ない。
そんな席に通されて、花道は緊張しきりだった。
普段、リョータと外で食事をする時には、砕けた雰囲気のダイナーが多いのに。
今日に限って奮発したのか、矢鱈と良い席に通されて、花道はぎこちなく座った。
糊のぱりっと効いたテーブルクロスや、さりげなく飾られたテーブルフラワーで、特別な店と席だというのは、花道にも否応なしに分かる。
二人の間のテーブルの中央には、優しくキャンドルの火が輝いていた。

「美味い! すげーな、ここの料理」
「マジうめーな」

供された食事はどれも丁寧な仕事で、素材の味を活かした味付けがされていた。
二人は、出された食事を全て平らげて、堪能した。

そして、いよいよコースの終わりのデザートが供されそうな頃のことだった。


「なー花道」
「何だ?」

メイン料理が載っていた皿を片付けられて、すっきりとしたテーブルに頬杖をつきながら、リョータが呼びかける。
花道がリョータを見遣ると、彼は何やら頬杖をついていないもう片方の手を、もぞもぞと動かしていた。
落ち着きが無いのを隠すようにポーカーフェイスを保っているが、隠しきれていない。
そのことを長い付き合いでよく知る花道は、問いかけた。

「リョータ、今日、どーした? 普段と違って、こんなフンパツしてよぉ」

問いながらリョータの様子を見つめる。
すると、リョータは遂に意を決したように、頬杖を外して、花道を正面から見つめた。
そして、徐に着ていたジャケットの内ポケットに手をやり、其処から、小さな箱を取り出した。

それを見た瞬間、花道は目を見開いた。

「これって……
思わず、声が零れる。
だってそれは、ここ最近ずっと、花道自身がリョータに贈ろうと思っていた、小箱だったから。
……
リョータは無言のまま、花道にその小箱を差し出した。
テーブルの上に置かれたそれに花道が手を伸ばし、恐る恐る開ける。

中には、花道の赤い髪のような赤い石の──ルビーの指輪が入っていた。


「メンズ用のルビーの指輪って、結構探すの大変でさ。でも、お前に似合うだろうと思って」
リョータの言葉を半ば呆けたように花道は聞いていた。
手の中の指輪の石が、キャンドルの柔らかな明かりを受けて、輝いている。
「これ、渡す意味、なんだけど……
今日一日の、リョータの行動と、この高級なレストランに連れて来られた真意に、今更のように気が付いた。
昨日の、リョータのどこか思わせぶりな態度も。
その全ての答えが、今、明かされようとしている。
花道は、全てを受け止めようと、正面に座るリョータを見つめていた。

「花道、俺と、結婚、してください。オッサンになっても爺さんになっても、俺と一緒に居て下さい。お前と、ずっと、一緒に居たい。お願い、します」

リョータが、緊張を湛えて言ってきた言葉を最後まで聞いた瞬間。

花道の目から、ぼろりと涙が溢れ出た。

止めようもなく、自然と零れ出た涙だった。

喜怒哀楽のいずれの感情であるとも自覚するよりも早く、昂った心が溢れるように。

花道の目から涙が零れて。

それに気付いたリョータは慌て出した。

「はなみちっ!? おい、どーした???」

リョータの慌てた声を聞きながら、花道はぼろぼろと涙を零した。
堪らずぐし、と涙を手の甲で拭う。
それでも涙はなかなか止まらず、リョータは花道を宥めるために席を立とうとした瞬間──。

花道は、ひぐひぐと鼻を鳴らしながら、口を開いた。

「ずりー」
……ハ???」

思いも寄らない一言が聞こえて、思わずリョータは眉を歪めた。

「オレ、だって、ずっと、リョータに、ぷろぽーず、する、じゅんび、してた、のに。オレだって、ゆびわ、リョータの、買う、つもりだったのに! 先、越された……!!」

花道はそう言うと、ますますもってボロボロと涙を零した。
顔は真っ赤だ。
数多の感情でぐちゃぐちゃになっているような。


そうだ、花道だって、リョータにプロポーズするために、密かに計画を練っていたのだ。
プロポーズする場所は、いつするか、指輪は何を選ぶべきか。
その時に言う言葉も、どんな雰囲気にするかも、花束も一緒に持って行くかということも。

それなのに、こうして。
リョータに先を越されて、プロポーズされてしまった。
自分より先を行かれた悔しさと、それを凌駕する、喜びで。
信じられないくらい、嬉しくて。

花道の心は、揉みくちゃにされた。

リョータは、そんな花道の混乱を察したようだった。
「そーだよな、だってお前も、俺の指輪、買うつもりだったんだよな。ずっと、俺の指のサイズ、測ろうとしてたもんな」

言われた瞬間、花道の涙は止まり、思わずリョータを凝視した。

──嘘だろ。
──何で。
──いつの間に、気づいてた???

リョータは花道のそんな感情をありありと読み取ると、半ば呆れたように笑った。
「あんなに何度も俺の指触ってたら、イヤでも気づくわ。ゆうべ、寝てる間にも何かしてたよな? 寝てるスキ狙って測ってた?」
「んなッ!? 気づいてたのかよ???」
「お前が何かしようとしても、お見通しだっつの。ずっとソワソワしてるしよー……。お前が先にプロポーズするかと思って、ちょっと待ってやったけど、お前、なかなか動かねーし」
「な……、な……!!」
「指輪は俺の方がもう用意しちまってたし……。仕方ねーから、俺の方から先手打たせて貰ったわ」

一連の話を聞いて、花道は頭を抱えてしまった。
まさか、全てこの男はお見通しだったとは。
花道がずっと、リョータの指の正確なサイズを測ろうと悪戦苦闘していたことも。

リョータはそんな花道の様子に苦笑しながら、更に声をかけた。
「なあ、花道」
「ふぬぅ……
「今日、此処でメシ食い終わったら、ジュエリーショップ行こうな」
…………?」
「だって、俺の指輪、お前が買ってくれるんだろ? 俺が調べた中で、メンズ用の取り扱いも結構あって、良い店紹介するから、そこ、行こうぜ」

な?とリョータに微笑みかけられて、花道は悔しそうに頷いた。
「こっそりリョータの指輪、用意するつもりだったのに」
「バレちまったんだから、仕方ねーだろ。そんで花道、……返事は?」

問われて、花道は一瞬虚を突かれた顔をして。

それからすぐに、顔が真っ赤に染まった。

リョータが求める返事、その答えは、もうとっくに決まっている。


「Yesに決まってんだろーが!!!」

威勢の良い答えに、店内の客も店員も驚く一方で、

花道の正面に座る男は、至極嬉しそうに笑った。


*******


それから数週間後、花道の左手薬指にはルビーの指輪が、リョータの左手薬指にはダイヤの指輪が輝いていた。


<終>