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2024-11-17 18:57:00
6782文字
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恋の終わり

恋の自覚アンソロ提出作品。


 人に好かれやすい見てくれをしている。

 カブルー自身、それは紛れもない事実である。自身にとって都合のよい武器とさえ思っていた。ただ、メリニの国策に関わる上で、人間関係というのは大きなゴシップ足りえる。これは陰謀渦巻く宮殿の中では細心の注意を払う必要のあるものだった。
 政治の師であるヤアドの座を虎視眈々と狙う者も宮内外にいた。彼の欠点となることは避けよう。そうカブルーは思っていた。

 ―――だが決意というのは、たかだが己自身の決意なのである。
 カブルーはいわゆる結婚適齢期である。また、歴史書に載るであろう大国の名の付く役職につき、外交のため今まで以上に人と関わる機会が増えた。
 毎日顔を合わせるメイドに始まり、国間の交流パーティで挨拶をした貴族の御令嬢に、方々に権力を持つ貿易商の男(なんと愛人が五十六人いるらしい)、そして遠国の長命種にと視線を一度交わした者でさえも、王へ直々にカブルーを恋人または伴侶して迎えたいとの熱い書簡という名のラブレターが四方八方から届いた。
 一時期は困りに困り果てて「今までそこそこコントロール出来てたのに、どうしてだか皆が俺のことを好きになってしまう。何か呪いのようなものとか掛けられていたりしない?」と心底困ってリンシャに相談したこともあったが、いままで一度も見たことのない困惑した表情をされてしまったのでそこから一切誰にも相談をしていない。

 カブルーは人間が好きだ。そして、その人間の人間性というものをつまびらかにすることが好きだ。もっと悪趣味なことを言うのであれば善性という厚い皮に覆われた人間の上っ面を取り去る瞬間に一等興味をそそられる。自身の趣味がライオスと鏡体のような実態を持つことをそろそろカブルーも自覚はしていた。
 新しい関係性が作られるたびカブルーの胸は高鳴り、頭は「では次は」と次の攻略目標に向けて回転速度を上げた。それを自らで制限しなくてはいけない状況はカブルーにとってストレスでしかなかった。

(彼には感謝しなければ)
 カブルーは内心そう思っていた。なんとか心を必要以上にすり減らすこともなく生活が出来ていたのはその人物との交流があったお陰だった。彼は現状、カブルーのオアシスのような存在だった。
 自分のことを好きになる可能性が最も低く、身の回りのことがおぼつかない体質であることは周囲も知っており、カブルーが気にかけていても不思議に思わない人物。

 ミスルンさん、と名前を呼べば細身の背中を止めて、こちらを振り返るのにカブルーは笑みを浮かべる。
「今日はありがとうございました。皆、また話が聞きたいと言っていましたよ」
「そうか」
 ここメリニで宮廷魔術師であるマルシルが立ち上げに関わった魔術師養成施設は年齢、種別を問わず開かれている。その特別講師として今回呼ばれた彼だったが、深く偏りのない知識に彼の実体験、考察を交えた講義はカブルー自身、聞いていて興味深かった。
 厚みばかりある歴史書では得られない内容に皆も興味津々といった様子に見えた。講義が終わったあと、質問はあるか、という彼の言葉におそるおそる手を上げたトールマンの青年を皮切りに、質問はそれから三十分は途切れなかったのである。

「私もなかなか興味深かった。若いときは西方の魔術学校に通っていた時期もあったが、あのように様々な人種が並ぶ光景はなかなか見られないだろう。今度は聞く側としても参加してみたい」
「はは機会があればお呼びしますよ」
 素人質問で恐縮ですが。と手を上げその辞書のように正確な知識と淡々とした口調で相手を圧倒する光景が目に浮かぶ。彼のしたいことは出来るだけ叶えてやりたかったが、周囲を困らせるものであれば一考は必要だった。
そういえばミスルンさん、お昼まだですよね?よかったら一緒に飯でもどうです?最近トシローワ島に由来のある方がメリニで店を開いたらしくて」
「構わない。だがお前はまだ残ったほうがいいんじゃないのか」
 そういうミスルンが講堂のあるほうを見て言う。
「俺はただあなたが講師をするというのに興味が湧いて立ち合ったに過ぎませんよ。あそこのまとめ役はマルシルですから。頓挫しそうなほどに大変なら流石に手伝いますが、仕事の分担はきっちりしないと」
 それに、と付け足す。
「あなたに会いたかったんです」
…………
「だって最近ゆっくり話する時間も取れなかったですし。欲探しの話も聞かせてくださいよ。ファリンさんから聞きましたよ。あなた最近、器を作って蚤の市で売ってるんですって?結構人気だとか聞いてますよ」
蕎麦を入れる器にと作りすぎてしまったのを屋敷の隅に置いていたら、出入りの者が代わりに売るというので預けただけだ。最近は逆にもっと作れないかと言われて、時間ができた時に作っている。正直私自身、どこが良いのか分かっていない」
「あはは、なんかミスルンさんっぽいな。そうだ、昼のあと屋敷に行ったら駄目ですか?噂の器、俺も見てみたいな。まあ俺も芸術的センスと呼ばれるものはないので、見てもさっぱりかもしれませんが
…………
 ミスルンはそれにフムと少し考える素振りを見せたあと、「分かった」と頷いた。そして「行こう」と言うのに、カブルーの顔には自然と笑みが浮かぶ。彼の講義で気になった箇所もいくつか聞いてみたかったのだ。それになにより、昨日もまた厄介な求婚にあったばかりだった。(まさか宮殿の真ん前で愛を叫ばれるとは思っていなかった)少しばかり好きなように好きに人と関わりたかった。
「そっちは講堂の向きです。こっちですよ」
「うん」
 指を差せば、ミスルンは素直に頷いてカブルーの横に並んだ。


 砂浜に裸足で立つのが好きだ。
 いつだかそれを人に言ったとき、随分子どもっぽいことだと笑われたことがある。だが、カブルーは国のお堅い仕事を任されるようになった今でも裸足で砂浜の細かな砂に足を置いたとき、胸がわずかに湧きだつのを感じる。
 夏が終わり秋がきた。メリニの島の端、町を抜けてしばらく歩いたところにある浜辺へミスルンと共にいる。

 彼の件の器を見て弟子入りしたいという人間が現れたらしい。というのは先ほど彼から聞いた話だ。
 どう突き止めたのかミスルンの屋敷へ押しかけ、ミスルンの前で膝をつき、更に頭までついたというのだから驚きだ。ミスルンは最初、特に何かを考えて作ったものではない。だから自分に教えられることは何もないと断ったらしいが、その押しかけは毎日屋敷を訪れ、彼への弟子入りを幾度も懇願したという。

 街中で海岸へ行くという彼と偶然出くわし、少し会話したあと、黒い目がこちらを見上げて「お前に相談したいことがある。時間があれば付き合ってほしい」と言われた時は、カブルーも少し身構えた。大概の場合、欲の薄い彼の思考は明瞭で悩むということが少ない。だからその彼がわざわざカブルーに相談があるというのであれば、大層大きな悩み事だと思ったのだ。
 それがまさか聞いてみれば、「人の扱いに困っている」という人間関係の悩みだとは。
 相談を持ち掛ける相手として適役だと判断されたことは素直に嬉しい。
 それに困っているということは、ミスルン自身その飛び込みを粗末に扱いたくないという欲があったのだ。彼の真面目さを感じる欲もまた、カブルーには好ましかった。
「数年、他の工房で弟子入りしていて、いまは独り立ちをしている方なんですよね?であれば技術的な部分でミスルンさんがその部分に関して教えることはなさそうな気もしますね」
「ああ。ただ私の作品作りを見たいという。あと、私の話を聞きたいとも」
「話を?」
「作品に滲む何かがあるのだという。抽象的で私にはやはりよく分からなかったが」
「なるほど
 一度、彼の制作した皿を屋敷で見せてもらったことがある。カブルーにはやはり出来上がった皿の良し悪しは分からなかったが、実際に陶芸をする姿には感慨を覚えていた。
 小さく細い手が固い泥に添えられ、ゆっくりと一つの皿の形をとっていく。静かな工房でカタカタと回る機械を足で操作し、じっと静かな目で呼吸は平常と同様で集中するというよりも、まるで読書をしているような静寂さがあった。
 少し指を置き場所を変えただけで形を変える粘土にも特段、彼が驚く様子は見せない。
 彼が得意としている上級の転移術は資格を取るにあたって、空間認識能力を実地で測るという。もともと才能のあった分野だったのかもしれないが、彼が悪魔を倒すと誓った上でより磨かれた分野なのだろう。
 絵は壊滅的に苦手な彼だが、こうした造形作業に関して適正があるのは、彼の鍛錬の積み重ねで身に着けた技能の一つなのかもしれなかった。
「その人ってトールマンなんですよね?何歳くらいの方なんですか」
「確かライオスと同じか少し上だったはずだ」
「ふうん
 潮騒の音とともに海辺の風が穏やかに吹いていた。ミスルンは砂浜の砂をせっせとシャベルでバケツに取っている。陶芸には陶芸用の砂があるのだと思っていたカブルーだったが、砂浜の砂も陶芸の皿に流用できるのだという。
 また出来上がったものを見せてもらおうと思いつつカブルーも細かな砂を手で掬い、バケツの中にいれていく。
「見るだけというなら受け入れてもいいのでは。ただ、二人きりでは合わないほうがいいかもしれませんね」
 と言うと、ミスルンは首を傾げ「なぜ」と聞いた。
「あなたのことを好きになったら困るから」
………
「近々でもあったでしょう。私物がよく無くなるって。犯人はあなたの屋敷の使用人のトールマンの男でしたよね?」
「ああ。物静かだったが、私にはよく話掛けてくるやつだった」
「あなたに対して恋慕を燃やすのは、そういう人間が多い気がします。前だって
 ミスルンの独特な雰囲気は人を遠ざけもしたが、特定の人間に魅力として映るようだった。彼が語らない彼の行間を、孤独と見る人間もいれば寂しさと取る人間もいた。あなたのことを分かっているのは自分だけだ、と執着を燃やす。お世辞にも世渡り上手とは言えない人間に対して、ミスルンは心を寄せられやすかった。
「その職人の男性も話を聞くにはなかなか不器用な方のように思います。なんなら俺が付き添ってもいいですし」
「私はお前とは違う。人の機嫌を取ろうと愛想を振りまかないし、媚も売らない」
「は?喧嘩売ってます?違うんですよ、あなたの心情を勝手に推測して、あなたに執着する輩がいるんです。あなたは綺麗だし、訳ありそうなところが何も事情も知らない輩には妙な魅力に………うわ、目怖いな……
 指を立てて解説をするカブルーを、ミスルンが黒目をぐっと細めて見る。
「二回目だぞ」と言うのに、カブルーはエと声を上げる。
「次はない」という言葉とともに胸に人差し指が押し付けられたかと思えば、ミスルンはバケツを持って立ち上がってしまった。
「胸に穴でも開ける気ですか、ちょっと。ねえ、ほら持てないでしょう。俺持ちますから」
 重そうにバケツを引きずるミスルンを追いかける。
 不機嫌そうに眉を寄せたままのミスルンは街に付くまで口を聞いてくれなかった。


 屋敷の裏庭は主人であるミスルン自らが手入れをしているという。季節ごとの花が並び、奥には野菜くずとして出た野菜を肥料として蒔いた畑がある。畑ではソラマメやサニーレタスなどの季節野菜を育てているようだ。
 カブルーはソラマメの株の前で剪定ばさみを構えて丁寧に枝を剪木していくミスルンに「良かったですね」と声を掛けた。


 今日は件の陶芸職人の男がミスルンの陶芸の姿を観に訪れる日だったのだ。「お前に任せる」とミスルンが言うまま、カブルーはその場に立ち会った。
 職人の男はミスルンがろくろ台の前に座った瞬間から背筋を伸ばし、泥の塊が皿の形を取るまでじっと真剣な目で彼の姿を見つめ続けた。
 カブルーは皿に触れるミスルンをとらえるその眼差しに不埒なものが混ざりはしないかと時折ちらりと伺っていたが、男の目に怪しい光が宿ることはなく、ミスルンが「終わった」とこちらを見上げた時には、感嘆の溜息を深く吐いてみせた。

 結局、彼がミスルンの弟子になることはなかった。
 彼には恋人がおり、その恋人のために芽の出ない職人の道を歩むか、他の職につくか長く悩んでいたらしい。そんな中、蚤の市でミスルンの皿を見て、自らの目指す道の先にあるものだと衝撃を受けた彼はミスルンを師とすることで、己の職人としての人生が開花するのではないかと考えた。――そして実際にろくろ台に向かい皿を作るミスルンの姿を目の当たりにした彼は、その域に自身が到達することはできないと悟ったという。

「私には才能がないことが分かってすっきりしました」と言う彼の顔に、ミスルンはそうか、と言い、呆気なくその場は散会となったのである。



「あの方、趣味では続けていくと言われてましたね」
「ああ」
「また俺も同席するので。いつでも声をかけてくださいね」
お前が心配することは何もないと思うが」

 ミスルンは枝の選定をする手を一度止めたあと、ゆっくりと口を開く。
「最近忙しいと聞いている。ここへ来ていていいのか」
「やることは終わってます。それにこれは俺の仕事の息抜きなので」
…………
 ぱちりとはさみが枝を切る音がやけに響く。口数が多いほうではないが、今日の彼の静けさには意味がある気がしてカブルーはじっと次の言葉を待った。

「恋人が出来そうだ」
「私が迷宮に欲望を食われる前からカナリア隊に所属していた囚人だ。刑期を終えてメリニへ最近来たらしい」
「私の体質についてもよくよく理解している男で、隊長として復帰した時世話係になったこともある」

 顔を横に倒し次の剪木を探しながら淡々とそんなことを言ったミスルンがやっとこちらをちらりと見上げる。
「どう思う」
どうって。うーん、それは」
 突然のことだ。考えてしまう。
 彼の過去を知っていて、かつ今の彼の体質を理解している上で慕っているというのであれば、最低限それは彼を一人の人間として見ているということだ。囚人という点が気になるが、彼が受け入れているのであればカブルーが口出しをすることでない気がする。
 ―――ただ、と思った。胸に違和感がある。
………
「嫌か?」
 内心に落ちた言葉を正しく拾い上げられたように感じてカブルーは落としていた顔を上げる。違和感に言葉を充てるのであれば確かに「嫌」という感情だった。
「なぜだ」
「なぜってそれは
 また考えてしまう。握った右手を口元にあててまた視線を下げたカブルーにミスルンが黒い目をじっと向ける。
「しっかり頭を動かして考えろ」
「え」
「私に恋人が出来たらなぜ嫌なのか」
……なぜって
「お前は私のところへよく来るし、私と二人で会いたがる。それは何故だ」
「え?それは仕事以外の関わりというか息抜きで
「それならばあの薬師の幼馴染でも、周囲の冒険者時代の仲間でもいいだろう。なぜ私なんだ。加えて、二人でもなくても良いはずだ」
それは」
 尻すぼみになる自身の言葉にカブルーは考えこんでしまう。
 ミスルンは友人だ。友人に会いにくることに理由づけなどいるのだろうか?ただ会いたいだけじゃだめなのだろうか。確かに頻度は高いかもしれない。だけれどもそれは彼に会いたいというカブルー自身の気持ちを優先したのだ。普段窮屈に人間関係を制御しているのだから、許してほしかった。
 二人きりなのだって、彼と共通の城外の知り合いがそういないからでと考えたところで、いや、違う。とカブルーは眉を寄せる。
 
 他の友人へ会いに行けばいいのに彼の顔を見ることを優先した。彼との時間をゆっくり過ごしかったから二人きりで会うことを望んだ。
 彼に恋人が出来たら?そんなこと考えるだけで気が滅入る。それは自身に寄せられる多くの好意を跳ねのけることよりも、大きな苦痛を伴うことに違いなかった。
 
「私の欲を探してくれると言ったのに、そのお前が分かっていないのか」

 いつの間にかミスルンが近くにいた。
 近くの花壇から取ったのだろう。彼が目の前へ差し出したのは黒い色をした秋桜だ。

 「お前が気づく番だ」
 黒い目がカブルーをじっと射抜くように見据える。
 気づかないふりなど、きっと許してくれる彼ではなかった。