ほうじゅ
2024-11-17 18:49:00
12558文字
Public ファルルのおはなし
 

【SQ5】とある日のファルル 〜雪の降った日〜

雪遊びをするファルルのおはなし。

 目が覚めたとき、頬に触れる朝の空気が、一段と冷たく感じました。
 ぽかぽか温まった毛布に、冷えた頬を擦りつけていると、うっかりと、また眠りそうになり、ファルルは慌てて起きることにします。ぐっと大きな伸びをして、無理やりに目を開いて……。けれど、口から大きなあくびが出てしまいました。
 あくびを終えて隣を見れば、一緒に眠るシリャーナは、まだまだ夢の中のようです。シリャーナを起こさないよう、ファルルはそっとベッドから降りると、ふと気が向いて、冷えた窓辺に近づきました。
 閉じたカーテンの向こう側は、しんと静まり返っていて、何の音も聞こえません。一歩足を踏み出すごとに、空気の冷たさが増すようです。
 踏み台に上がり、カーテンの中に顔を入れると、窓ガラスは真っ白な霜でびっしりと覆われていました。ファルルの吐く息でも白くなるガラスを、服の袖で少しだけ拭いて、そっと外を覗き見ます。
 そうして、ファルルはあっと声を上げました。
 お日様が昇るには早い時間、窓の外は真っ暗です。だというのに、街全体が青白く、仄かに光って見えました。でもそれは、街灯の明かりや、魔法の光のせいではありません。
 とても静かな夜明け前の街は、知らぬ間に降り積もった一面の雪に覆われて、お月さまやお星さまの光で、ふしぎに青く、輝いていたのです。
……ゆきっ」
 ファルルのはしゃぐ息を受けて、窓ガラスがまた白く曇ります。けれど、それには構わずに、ファルルは踏み台から降りると、早歩きで部屋を出ました。
 そして、廊下に辿り着くなり、ガマンできずに思いきり、ぴょこんと大きく跳ねました。
 雪、雪、一面の雪! いったい、なにをして遊びましょうか?

   ☃ ☃ ☃

「おーっ! 雪だ雪だっ」
「ゆきっ、ゆーき!」
「二人とも、はしゃぎすぎて転ぶなよ」
 ユウトの声を背中で聞きながら、ファルルはユドルの後を追いかけて、元気よく外に飛び出しました。
 めいっぱいに雪を降らせて、すっかり満足したのでしょう。空は綺麗な青空で、雲ひとつないお天気です。それでも冬のお日様の光は、ちょっぴり弱々しいのですが、そんな陽射しを精一杯受けて、一面の雪はきらきらと、白く眩しく輝いています。
 ユドルが雪に付けた足跡を、追いかけるようにファルルは走ります。その足元はいつもと違って、モコモコとしたブーツを履いています。手にもモコモコの手袋をして、首にもポンポンのついたマフラーを巻いて、服まで暖かなモコモコの防具で整えたファルルは、まるでカチカチのドラグーンのようです。
 それもそのはず、このモコモコを用意してくれたのは、いつも盾でみんなを守ってくれる、ドラグーンのリシュなのです。風邪を引いたら大変だから、とマフラーを巻いてくれたリシュは、ファルルとお揃いのモコモコ装備で、にこにこ楽しそうにしています。
「すごいねぇ、一晩でこんなに雪が積もっちゃうなんて」
「エトリアにも、雪くらい降るだろ?」
「降るけど、こうやって遊べるくらい積もることってそんなに無いから、なんだか楽しくなっちゃうの。ね、雪だるま作ろう、雪だるま!」
 リシュの言葉に、ユウトはピンと来ていないらしく首を傾げていましたが、ファルルにはよくわかります。森の小屋に住んでいた頃も、冬になれば雪が降り、積もることだってありました。でも、森で見た雪と今日の雪は、おんなじ雪ではないのです。なんだか、楽しい雪なのです。
「りーしゅ、ふぁるる、だるまつくる!」
「うんうん、一緒に作ろう作ろうっ。ユウトくんも、一緒に作ろっ!」
「お、俺もか?」
 きょとんとしているユウトの横をファルルは元気に駆け抜けます。そうして、リシュの元へ辿り着くと、仲良く一緒にしゃがみ込んで、雪を丸め始めました。
 リシュからの教えによると、どんどん雪を付け足して、両手では持てないくらいに雪玉が大きく育ったら、今度は地面で転がして、更に大きくするそうです。りんごよりも、ファルルよりも、大きな雪玉が出来上がったら、雪玉をふたつ積んで、だるまの形にして完成です。でも、だるまって一体なんでしょう。
 首を傾げて尋ねると、リシュも一緒に首を傾げて、少し困った顔をします。
「えっ? えぇ~っと、な、なんだろう? 赤くて丸くてころころしてて、目を入れたりするものなんだけど……。えっと、……あっ! 縁起もの、かな?」
「えんぎものっ」
 縁起ものならわかります。傍にあるとにっこりして、良いことがたくさん起きそうな、わくわくする素敵なもののことです。新年の日にファルルが買った、宝物の『幸福のりんご』も、縁起ものと呼ばれるものでした。
 幸福のりんごはみんなで食べて、もう無くなってしまいましたが、雪でおんなじ縁起ものを、作ることが出来るなんて。しかも、だるまはりんごと一緒で、赤くて丸くてころころしている、だなんて! きっとリシュは、ファルルを喜ばせようと思って、雪だるまを考えてくれたのです。本当に本当に、なんて優しいお姉さんなのでしょう。
「だるま、だるまっ、ふぁるる、つくる! えんぎもの、りんご、ころころゆったっ」
「うんうん、すっごく大きいの、作っちゃおうっ」
「おー!」
 ファルルは元気よくぴょこんと跳ねると、教えてもらった通りにして、雪玉を作り始めました。どんどん雪を付けて足して、あっという間に持てなくなると、次は雪玉を地面に置いて、ころころと転がしていきます。
 もうずいぶんと長い間、雪に触り続けていますが、モコモコの手袋のおかげで、ちっとも冷たくありません。リシュが巻いてくれたマフラーのおかげで、寒い風もへっちゃらですし、足だってずっとぽかぽかです。ファルルはいつまでも転がせる気分で、雪玉と一緒にころころと、辺りを歩き回りました。
 すくすく育った雪玉は、やがてファルルとおんなじ背丈になって、なかなかの重さになり、転がしづらくなりました。それでも精一杯ちからを込めて、一歩ずつ進んでいると、突然、頭に冷たいものが当たり、ファルルはびっくりして立ち止まります。
「むっ?」
 きょろきょろとするファルルの頭に、もう一度、ぽこんと雪玉が飛んできました。大慌てで後ろを見ると、なんとなんと、腕いっぱいに雪玉を抱えたユドルが、ニヤニヤと笑いながら、今まさにファルルに向けて、雪玉を投げようとしていました。
「ファルル~、後ろががら空きだぞ~!」
「ゆどる!」
「ほらほら、早く逃げろ逃げろっ。逃げないと、また当たるぞ~!」
 ユドルの言葉を聞き終える前に、ファルルは急いで走り出します。けれど、ユドルが投げた雪玉は、ぽーんと綺麗な放物線を描いて、またまたまた、ファルルの頭に当たり、ぱらぱらと砕け散りました。けして痛くはないのですが、その冷たさにびっくりします。
「むっ、むー……、ゆーどーるっ!!」
「怒ってるヒマあるのか~?」
 ケラケラ笑うユドルの言う通り、怒っているヒマなんてありません。だって、あのどうしようもないいじめっ子は、ファルルが立ち止まった瞬間、容赦なく雪玉を投げてくるのですから。おかげでファルルはいつの間にやら、すっかり全身雪まみれです。
 でも、慌てて走って逃げたとしても、ユドルの雪玉は飛んできます。ファルルは少し考えると、大きく育った雪玉の後ろに隠れて、守ってもらうことにしました。この雪玉の陰にいれば、縁起ものの幸福のちからで、ユドルの雪玉も届かないのです。
「おっ? 隠れても無駄だぞ〜!」
 ユドルが言ったのと同時に、雪玉が空から降ってきました。けれど、雪玉はだるまに当たって、呆気なくぽこんと砕けました。いくつも雪玉は飛んできますが、そのどれもがだるまに当たり、ぽこぽこと砕けて行きます。その光景に、ファルルは笑顔になりました。
「だるま、つよい。さいきょーゆった!」
 嬉しくてぴょこんと跳ねた頭に、雪玉がちょうどぽこんと当たり、慌ててしゃがみ直します。けど、隠れているだけでは、らちが明きません。
 ファルルはだるまに守られながら、思いきり腕を伸ばすと、周りの雪を集めます。それから、雪玉を作り始めました。だるま用の大きなものではなく、ユドルに反撃するための投げるのにちょうど良い玉を、めいっぱいに、これでもかと、たくさん作り始めたのです。
 やがて、ユドルの作った玉が無くなったのでしょう。ぱらぱら降り続けていた雪が止んだところで、ファルルはすっくと立ち上がると、威勢よく声をあげました。
「ゆーどーるっ、ふぁるる、たおーす!」
「おっ、そうこなくっちゃな!」
 新しい雪玉を作っていたユドルが、ファルルを見てニヤリと笑います。余裕しゃくしゃくの様子ですが、その態度もここまでです。
 ファルルは作った雪玉を、えいっとユドルに投げました。それから、せやっと投げました。目をつむるほどの全力で、両手をめいっぱいに使って、避けるヒマを与えないほど恐ろしく速い連続投球を始めたのです。
 それはまるで、銃をドバババとするリシュのような、華麗な全体攻撃でした。もしかすると、今の装備と相まって、ファルルをドラグーンだと勘違いするヒトまでいるかもしれません。そんな誤解を産んでしまうほどの、圧倒的な防御だるま攻撃ゆきだまでした。
 やがて、作った雪玉が無くなって、ファルルは攻撃を止めました。ちょっと息を切らせながら、ふふんとユドルの方を見たファルルは、すぐに首を傾げることになりました。
 遠くに立っているユドルは、まったく雪まみれにならず、ぴんぴんとした様子で、ファルルを見ています。けれど、ファルルと目が合うと、途端に堪え損ねたようにプッと口先で吹き出して、げらげら笑い始めました。
「おーい、ファルル~っ、ひとっつも届いてねえぞ~!」
「むっ? ゆ、……ゆどるっ!!」
「オレのせいじゃねーえだろぉ。ファールルだっせ! ファルルだっせ!」
「ふぁるっ、ふぁるる、だっせーちがう! ゆどる、ずるするゆった……むっ!」
 言い返すファルルの頭に、ユドルが投げた雪玉が、ぽこんと当たって砕けました。ぱらぱらと降る粉雪に、ファルルは頬を膨らませると、今日一番の大声を出します。
「ゆーどーるっ!! ふぁるる、ゆどる、たおーすっ!」
 びしっとユドルを指差して、ファルルはまただるまに隠れます。けれど、今度は雪玉は作りません。隠れた、と見せかけて、ファルルは走り出したのです。
 向かう先は、ファルルたちの戦いにまったく気づかず、楽しくだるま作りを続けている、リシュとユウトのところです。ファルルが投げた雪玉は、ユドルの巧妙なずるによって、ユドルに当たりませんでした。なので、次は頼れる仲間を連れて行き、一緒にユドルを倒そうという、最強の作戦をファルルは実行に移したのです。
「りーしゅっ、ゆうとっ、ふぁるる、たすけるっ!」
 駆け寄ってきたファルルの姿に、真っ先に気づいたのはユウトでした。
「いっ……、お前いつの間にこんな雪まみれになってたんだ!?」
「あーっ、ユドルぅ! またファルルちゃんのこと、いじめたでしょお!」
 続いてファルルに気づいたリシュは、すぐに事情がわかったようです。遠くで性懲りもなく雪玉を作っている弟の方へ、叱りながら駆け寄って行きました。
 ファルルは残ったユウトに向き直ると、さっそく説明を始めます。
「ゆどる、ゆきだま、ぽいってする。ふぁるる、あたる、ぽこっなる。ふぁるる、ゆきだま、ぽいってする。ゆどる、とどいてねーよーだっせー、ゆった」
「それでこんな雪まみれなのか……。気をつけないと、風邪引くぞ」
 ファルルの頭や服についた雪をぽんぽんと払い落としながら、ユウトが呆れ気味に言いました。けれど、ファルルはユドルを怒って欲しいわけでも、雪を払って欲しいわけでもないのです。意地悪ユドルを倒すために、協力して欲しいのです。
「ゆうと、ゆうとっ、ゆどる、たおす! ゆきだまなげる、ゆうと、はっしん!」
「は? ……俺が投げるのか?」
「ゆどる、ずるする、とどいてねーなる。ゆうと、なげる、ゆどる、ぎゃーなる。ふぁるる、ゆどる、ぎゃああーっ、いわす! ゆうと、ゆどる、たおす。いい?」
「『いい?』って、それで良いのか? ファルル……
「いいっ!?」
 ユウトはますます呆れたように、ため息まで吐きました。けれど、強い敵を倒すなら、みんなの協力が不可欠です。
 一人では勝てない相手でも、みんなで力を合わせれば、絶対に勝つことができます。迷宮にいるゴーレムを倒したときも、大きな鳥を倒したときも、ずっと、ずっとそうでした。
 そう、これこそは、『三つのしっぽ』のみんなと冒険をして、ファルルが学んで覚えた最強の〝作戦〟なのです。
「『みっつのしっぽ』、いっしょたたかう。てき、いっしょたおす。さいきょーゆった!」
「あー……、なんとなく、言いたいことはわかるけどな。……ユドルもしっぽの仲間だぞ?」
「ゆどる、ぽかっする、てきゆった! ゆうと、はっしんなる! いいっ!?」
「いや、でもな……、俺が投げると」
 煮え切らないユウトの返事を遮って、ワッと手を広げるとファルルは熱心に訴えました。
「ゆうと! ひとり、だめなる、みんな、かてるなる! なかま、いっしょ、さいきょーゆった。せかいぢゅ、てっぺんいく、ゆった! ゆうと、ふぁるる、いっしょ、──くる!」
 言うなり、ファルルはユウトの手を掴んで、元気よく走り出しました。目指す場所はもちろん、倒すべき敵のいる、雪玉が飛び交う戦場いくさばです。世界樹のてっぺんに行くためには、こんな場所で立ち止まっているヒマはないのです!
 そうして帰ってきただるまの雪玉の近くは、ファルルの知らない間に、大変な盛り上がりを見せていました。
「あぁ~もうっ、すばしっこい! ちょっとはじっとしてなさいっ」
「姉ちゃんの方こそっ、大人しく当たれよな!」
 ビュンビュンッと飛び交う雪玉に、大きな声で言い合うリシュとユドル。いつも元気な姉弟が、その元気さを遺憾いかんなく発揮して、全力で雪玉を投げ合っていました。
 リシュが投げた雪玉を、ユドルがひょいひょいっと避けて、ユドルが投げた雪玉を、どこからか持ってきたらしいバケツを使って、リシュが防御しています。まるで迷宮の中を思わせる、白熱した戦いです。明日を掴むは死闘の先です。
 でも、さっきリシュが駆け出したのは、ユドルを叱るためだったはずですが、説教はどうしたのでしょう。
「もぉ~、盾があったらもっと余裕なのにぃ!」
「バケツでそれだけ防げるの、十分すごいと思うけどな……
「あっ、ユウトくんっ? 盾持ってきて、盾! ユドルなんか、ぼっこぼこにしちゃうんだから……ハアッ!」
 ユウトの呟きに、リシュはこちらを振り返りながらも、ビュンッと飛んできたユドルの雪玉を、バケツで防いでみせました。そのかっこよさに、ファルルは「おー」と歓声をあげました。けれど、感心ばかりしていられません。リシュを一人で戦わせるわけには、いきませんから!
「りーしゅ、りーしゅっ、ふぁるる、ゆどるたおす。いっしょ、たおす!」
「えっ、ファルルちゃん? だめだよ、危ないよっ」
 バケツを構えるリシュのコートを、ぐいぐいと引っぱると、ファルルは勇ましく前に出ました。おろおろするリシュを背に、ファルルがユドルを睨みつけると、ファルルの姿に気づいたユドルは、雪玉を投げる手を止めて、例のニヤニヤ笑いを浮かべました。
「おーおー、ファルル。またやんのか~? 逃げたんじゃなかったのかよ~!」
「ふぁるる、にげるちがうゆう。さくせんする、ゆどる、たおす!」
「どんな作戦かしんねーけど、当たんなかったら意味ねーぞっ、と!」
 ユドルがぽーんっと投げた雪玉が、またファルルの頭に落ちかけます。けれど、あっと声を上げたリシュが、軽やかにバケツを使って、いとも簡単に受け止めてくれました。おかげで、ファルルに雪玉は当たりません。ファルルは、フフンと胸を張ります。
「ゆどる、とどいてねーえーよ! ゆどる、だあっ…………せえ~っ、ゆった!!」
「ぐっ、なーに偉そうにしてんだ! おまえの力じゃねえだろっ」
「ふぁるる、さくせん! りーしゅ、ふぁるる、まもるする。かんぺき!」
「え? あっ、うん! ファルルちゃんは、りーしゅが守るよっ」
 ユドルが負け惜しみを言っていますが、これこそが、ファルルの作戦です。にっこりバケツを構えるリシュの、なんと頼もしいことでしょう。
 そして、リシュが守ってくれている隙に、ユドルに攻撃するのです。それが、仲間と戦うということです。ファルルはユウトに振り向くと、びしっと指を突きつけました。
「ふぁるる、さくせん! ゆうと、はっしん!!」
「いや、でもな……。っていうか本当にそれで良いのか、ファルル……
 まだ乗り気でなさそうなユウトの手を引っ張ると、無理やりに前に出させます。その姿を見てすぐに、ユドルが顔を引きつらせました。
「げっ……、おい! ユウト出すのはずりーだろ!」
「ふぁるる、ずりーちがう。さくせん、なかま、いっしょたたかう。しっぽ、みんな、いっしょたたかう。ふぁるる、ゆうと、はっしんなる! ゆうと、ゆきだまなげる。いいっ?」
……あー、もうわかったわかった。とりあえず、一回だけな」
「ん!」
 ファルルは大きく頷くと、ユドルに向けて笑います。これで、ユドルはおしまいです。
「ゆどる、こーかい、おそいゆう。ふぁるる、さくせん、ゆうとはっしん。ゆどる、ぎゃーっなる、ぐえーっいわす! にげる、いまのうち。ふぁるる、かちゆった!」
「だーから、おまえの力じゃねーだろが!」
 ユドルがまた雪玉を投げてきますが、簡単にリシュが受け止めます。その隙に、ユドルを倒すべく、ファルルはまただるまの陰に隠れて、せっせと雪玉を作り始めました。ユドルの負けた姿を考えて、思わずにやりとするファルルでしたが、ふいに、隠れていただるまの壁が無くなり、ぱちぱちと目をしばたかせます。
「う?」
「よし。じゃあ、これ投げれば良いのか?」
 見上げると、ユウトがファルルとおんなじくらいの大きな雪玉を片手で持って、ファルルのことを見下ろしています。ファルルはまだ、投げるための雪玉を作れていませんが、ユウトはいつの間に、こんなに大きな雪玉を作ったのでしょう。
「ゆうと、でっかーい、なげるゆう?」
「わかった。──じゃあ投げるぞ、ユドル!」
「はあぁあっ?! それ投げる大きさじゃ」
 ねーだろ、と。叫んだはずのユドルの声は、轟音にかき消されました。
 それは、一瞬の出来事でした。
 ユウトが片手で軽い調子で、本当の本当に軽い調子で、ひょいっと雪玉を投げた直後、まるですごく速い馬車が目の前を通り過ぎたときのような、ゴオッという音が鳴りました。
 リシュが「ひゃあっ」と声を上げて、ファルルを抱きしめてしゃがみます。抱きしめられながら向こう側を見ると、ユドルがまさに必死な様子で、全速力で走り出していました。
 けれど、そんなユドルの傍へ、あっという間に雪玉が飛んで行きます。そして、近くの地面に当たった、と思った瞬間、さっきより大きな音をドゴオォンと辺りに響かせて、飛んで行った雪玉が盛大に砕け散りました。
 強い爆風が巻き起こり、真っ白な雪煙が立ち込めて、周りが何も見えなくなります。ファルルは思わず目をつむると、リシュにぎゅっとしがみつきます。
 リシュに抱きしめられたまま、しばらくの間待っていると、強い風が吹き去って、雪煙が少しずつ晴れて、世界は元通りになりました。けれど、辺りを眺めてみると、地面の一部に大きな穴ができ、周りの雪が盛り上がっていました。可哀想なユドルはと言えば、衝撃で吹っ飛ばされたのか、少し離れた位置で倒れて、雪まみれになっていました。
 その惨状に、雪玉を投げた魔物ユウトが「あっ」と間抜けな声を出します。
「わ、悪い! やりすぎた……
 やりすぎも、やりすぎです。倒れるユドルにびっくりして、ファルルはリシュの腕から抜け出すと、大慌てでユドルに駆け寄ります。でもファルルが辿り着く前に、ユドルは元気よく雪の中から起き上がると、怒り心頭といった様子で、ユウトに怒鳴り始めました。
「~~~……っの、馬鹿力!! ばか……バッ、ば、……ばっっっかじゃねーの!?」
「わっ、悪かったって! 大丈夫か?」
「大丈夫なわけねーだろうが! お前っ、ほん…………バカか!?」
 ぎゃあぎゃあ叫ぶユドルの姿に、ファルルはほっと胸を撫でおろします。そんなファルルの後ろでは、とばっちりで雪まみれになったリシュが「びっくりしたねえ」と笑いながら、のほほんと雪を払い落としていました。
「ファルルちゃん、大丈夫だった?」
「ん。ふぁるる、だいじょーぶ。りーしゅ、だいじょぶ? いたいない?」
「うん、りーしゅは大丈夫だよぉ。うふふ、やっぱりユウトくんはすっごいねえ」
 リシュの言葉に、ファルルは何度も頷きます。ユウトの凄さは知っているつもりでしたが、まさか一撃でユドルを倒してしまうとは。思えば、前にも迷宮の中で、石を投げて池の水をドバシャンと爆発させたりしていました。ユウトにかかれば、雪だって池だってユドルだって、ドカンと吹き飛んでしまうのです。
 何はともあれ、ユウトの力で悪しきユドルは倒されました。ファルルの作戦が功を成したのです。それはつまり。それは、つまり!
「ゆどるっ、ふぁるる、かちゆったっ! ふぁるる、つよい。さいきょーゆった!!」
 まだ吠えているユドルに向けて、ファルルはフフンと勝ち誇りました。智将で策士なファルルにかかれば、意地悪ユドルのことなんて、どっかんと倒せてしまうのです。
 けれど、ユドルは嫌そうに顔を歪めると、呆れたように言い放ちました。
「おーまーえーの勝ちじゃねーよ! ユウトが、すっっっっっげえ、バカなだけ!!」
「ばっ……、だ、だから悪かったって言ってるだろ」
「ふぁるる、かちゆった。ゆどる、まけいぬ」
「犬はユウトだろ! なーに偉そうにしてんだファルルっ」
「誰が犬だ!」
 確かにユウトは犬ですが、ユドルだって負け犬です。ワーワーぎゃーぎゃーと騒ぎながら、またお互いに雪玉を作り始めて、いざ投げようとしたところで、リシュがファルルたちの間に入って「もう、おしまい!」と手を叩きました。
「今回はファルルちゃんの作戦勝ちで、ユウトくんが一等賞! 二人とも、それで良いでしょ? だから次は、みんなで雪だるま作りの続きしよっ!」
「ん。ふぁるる、かちゆった。ふぁるる、だるま、いっしょつくる!」
「なーにが一等賞だよ、ただの馬鹿力……
 リシュにじろりと睨まれて、ユドルは途中で話すのをやめると、「ったく! しゃーねーなあ」と持っていた雪玉を、ぽいっと遠くに投げ捨てました。これで、一件落着です。ファルルの大大大勝利です!
 ファルルはすっかり浮かれた気分で、ぴょこんと大きく飛び跳ねたあと、リシュの傍へ駆け寄って「りーしゅ、ありがと!」と伝えました。リシュのバケツが無ければ、ファルルはまた雪まみれになっていたことでしょう。
 続いて、ユウトの傍にも行き「ありがと!」と伝えます。いじわるユドルを倒せたのは、ユウトのばかぢからがあってこそでした。「ゆうと、ばか、すごい!」と褒めちぎると「バカバカ言うなッ」と怒られましたが、これは照れ隠しというやつでしょう。
 最後に、ファルルはだるまの雪玉にもお礼を言うことにしました。飛んでくる雪玉から、大きな体でファルルを守ってくれた、最強の縁起物の雪だるま。雪だるまがいてくれたから、ファルルは二人の仲間を呼びに行けたのです。
 ぱっと後ろを振り返り、それからくるっと振り返り、ファルルはだるまを探します。けれど、ファルルが作ってファルルを守った、最強のだるまの雪玉は、なぜだか近くに見当たりません。
 もう一度振り返って、それからくるくると回ってみます。やっぱり、どこにも見当たりません。さっき、二人を呼びに行ったときには、確かにだるまはありました。ユウトを連れて戻ってきたときも、間違いなく、あったはずです。
 けれど、よくよく思い出してみると、さっき反撃の雪玉を作っている最中、だるまの壁は忽然と、ファルルの傍から消えてしまったのです。
 いったい、だるまはどこに消えたのでしょう。ファルルが首を傾げていると、そんな姿を眺めていたらしいユドルが、「おーい」と声をかけてきました。
「ファールル。お前が転がしてた雪玉、さっき、ユウトがぶん投げてたぞ」
「ぶ?」
「え?」
 きょとんとするファルルの隣で、ユウトがぎょっとした顔をして、凹んだ地面の方を見ました。ファルルも釣られて大きな穴を見て、少しの間、考えます。
 突然に消えただるまの壁。大きな雪玉を持っていたユウト。ファルルとおんなじくらいの大きさまで、たくさん転がして育てただるまの雪玉。ユウトが持っていた、大きな雪玉。
 ドビュンと投げられ、ドバゴンと消えた、ユウトが持っていた、雪玉。地面にできた大きな穴。ユドルがさっき、かけてきた言葉……
 そうして、ファルルは理解しました。さっき、だるまの壁が突然なくなったのは、ユウトが持ち上げたからで、ユウトが投げた雪玉こそが、ファルルが作っただるまのための、大切な雪玉だったのです。
「ゆう、……ゆうとっ!! ゆうと、ふぁるる、つくるっ、だるまっ。ゆうと、ゆきだま、……なげるゆったっ!?」
「えっ、いや、え? あっ……、あれって雪だるま用だったのかっ?」
 あまりにもあんまりな事態に、ファルルは思わず震えます。小さな手を握り締めて、地面を見つめて震えます。そんなファルルの様子に、ユウトがおろおろと謝り始めます。
「ファ、ファルル。あの……わ、悪かった。てっきり、アレを投げろって言ってるのかと……。その、ごめん。俺も手伝うから、」
「ゆうと。……ゆうと。……~~~ゆうとっ!! ゆうと、ゆうとっ、おおばかゆったっ!!」
 あんまりのことに、ファルルはユウトに叫びました。怒りに怒って大噴火です。怒っても怒り足りる気がしません。そんなファルルに対して、ユウトはひたすらに平謝りです。
 でも謝ってもらったところで、だるまの雪玉は帰ってきません。せっかくの勝利の喜びが、ユウトのせいで台無しです。
「っごめん、本当に悪かった! 俺も一緒に作り直すから……
「ゆうとばかゆった! だるまなげる、ばかゆった!! ゆうと、ばかいぬ、おおばかゆう!」
「ごめん、本当にごめんッ! 悪かったって……
「うー! うーっ、うー!!」
 怒り冷めやらずその場で足踏みでして、ファルルは唸り続けます。すると、そんな怒り続けるファルルの頭を、ふわりと優しい手が撫でました。
「ファルルちゃん、ユウトくんごめんって言ってるよ。いっぱい謝ってくれてるんだから、許してあげよう?」
「りーしゅ……
「せっかくユドルに勝ったのに、怒ってばっかりじゃもったいないよ。それに、雪だるまのおかげで勝てたんだから、雪だるまに免じて許してあげよう。それで、次はユウトくんにも手伝ってもらって、さっきよりもずっと大きい、すっごーいの、作っちゃおう!」
 まだムッとする心は治まりませんが、リシュに優しく撫でられて、にっこり微笑まれてしまうと、大大大バカユウトのことも、ちょっぴり、許してやっても良い気がしてきます。
 でもこれは、雪だるまとリシュに免じて、許してやるだけなので、本当の本当は、もっと怒りたい気分です。けどファルルは大人なので、仕方なく、本当にどうしようもなく仕方がなく、何万歩も譲って仕方なく、免じてあげるだけなのです。
 ユウトの方に向き直ると、ファルルに散々怒られたせいで、耳がぺちゃんこになっていました。ファルルは頬っぺたを膨らませたまま、その耳を眺めて、ぼそりと言います。
……ゆうと。ふぁるる、ゆうと、ゆるす。……だるま、でっかーい、つくる。いい?」
「あっ、ああ! でっかいの、作ろう!」
「だるま、でっかい、でっかーい、つくる。せかい、こえる、でっっっ……かあーい、つくる! ゆうと、いっしょつくる。いいっ?」
「わ、わかった。世界樹を越えるくらい、でっかいの、作ろう!」
 ファルルの言葉に、ユウトが耳をピンと立てて、めいっぱい頷きます。その様子に、ファルルは勿体ぶって頷くと、頭の上を指差して宣言しました。
「しっぽ、だるま、でっっっかーい、つくる! せかいじゅ、てっぺん、いくゆった!」
 晴れ渡った空の下、ファルルが指差したずっと先で、街を見下ろす大きな世界樹が、応えるように葉を揺らします。きらきらと光って見えるのは、もしかすると、世界樹の葉っぱの上にも、夜の間に降った雪が積もっているからかもしれません。
 世界樹の冒険を続けていけば、世界樹の上の雪景色も、いつか見れる日が来るでしょう。世界樹の上でこんな風に、雪遊びだってできるかもしれません。
 そんなことを考えると、心の奥からわくわくが生まれてきます。ファルルは思いきりぴょこんと跳ねると、ユウトの手を引っぱって、また雪玉を作り始めるのでした。

   ☃ ☃ ☃

 陽が傾いた街の片隅に、雪だるまが並んでいました。
 大きいだるまに小さいだるま。犬の耳のだるまに、目が隠れているだるま。家族のように並んだ五つの雪だるまは、茜色に染まりながら、今日あった楽しい出来事を語り合うように、仲睦まじく寄り添っています。
 その中でも、一際大きい雪だるまは、少し特別な目をしていました。
 まん丸のりんごで作られた、赤い左目と黄色い右目。その目の色やりんごに覚えのある行商人の大男は、おや、と足を止めると、まじまじと雪だるまを見上げ、にっかりと笑いました。
「ああ、ああ! 今日も、楽しかったみたいだなあ!」
 たくさんの友達に囲まれて、走り回る女の子の姿が、目の前に見えるようでした。
 手にした温かな包みからは、甘いりんごの匂いが香っていました。今日の女の子へのお土産は、焼き立てのアップルパイです。一人ではとても食べきれない大きさですが、友達と一緒に食べるなら、きっと足りないくらいでしょう。
 茜色の空の端から、また、雪が降ってきます。
 明日も、街は雪景色でしょう。冷たい風が吹くでしょう。
 けれど、女の子は寒さを物ともせず、明日も元気に過ごすのでしょう。弾けるような笑顔を浮かべて、楽しそうに声を上げて。
 そんなことを考えて、男はまた笑顔を浮かべると、白い道を早足で、女の子の元へと急ぐのでした。

(おわり)