ほうじゅ
2024-11-16 23:19:51
6852文字
Public ファルルのおはなし
 

【SQ5】とある日のファルル 〜新年、きちじつ、お年玉〜

お年玉をもらったファルルのおはなし。

 あったかいお蕎麦をみんなで食べて、いつものように眠ったら、ファルルの知らぬ間に〝新年〟というものが、やってきていたようでした。
「あけましておめでとう。ファルル!」
「あけましおめでとゆった、かざん!」
 今日は皇帝ノ月一日。今日だけの特別な挨拶を、久しぶりに宿へやって来たカザンと、元気よく交わします。
 普段、行商をしているカザンとは、滅多に会うことは出来ません。なのに、朝からカザンと会えたことが嬉しくて、めいっぱい飛び跳ねていると、横からユドルが言いました。
「なんだよ、稼ぎ時じゃねーの? こんなトコに居て良いのかよ、おっさん」
「ああ、ああ。稼ぎ時だからなあ。この後、姉さんに、連れていかれるんだ。だから、出かける前に、な。ファルルに、一目、会っておこうと、な……
「うっわ……、頑張れよ……
 今日という日は、なんだかとってもおめでたいらしく、いっぱいの新しいギルドが作られたり、お祭りが開かれたりするらしいのです。だから、商売人のカザンは、たいへん忙しいはずなのに、わざわざ、ファルルに会いにきてくれたと言います。
 それを聞き、ファルルはますます嬉しくなると、大きなカザンに飛び付きました。
「かざん、ふぁるるあう、ひとめあう、ゆった!」
「ああ、ああ! 一目と言わず、このまま、一緒に居られれば、なあっ!」
 カザンは膝に飛びつくファルルの頭を、よしよしと撫でてくれます。その手が、なんだか元気がないように感じ、ファルルは首を傾げますが、カザンの次の一言で、あっという間に忘れてしまいました。
「今日はな、ファルルに、良いものを、持ってきたんだ」
「! りんごゆったっ?」
 カザンが持ってきてくれるものは、いつだって素敵なものです。ぱっと地面に降りてカザンを見上げると、「いいや、ちょっと、違うんだがなあ」と言いながら、カザンはファルルに小さな袋を渡してくれます。
「新年だからな、お年玉だ」
「おとしだま?」
 受け取った袋の外側には、りんごの絵が描かれています。その絵を見て喜んでいると、中も見るよう促されて、小さな袋を開けてみます。
 すると、りんごの描かれた袋の中には、三枚の金貨が入っていました。
「きんか、おとしだま、ゆった?」
「ああ、ああ。お年玉だ! 新年の、お祝いの、プレゼントだ。それを持って、大市にでも行って、ファルルの好きなものを、買うと良いぞ」
……おとしだま!」
 ファルルは目を輝かせます。
 お年玉、……お年玉! ファルルの好きなものを、買っても良いという、お年玉!
 こんな素晴らしいプレゼントがあるだなんて、ファルルは初めて知りました。
「あっ、ずり~! おっさん、オレにはっ?」
「ああ、ああ。みんなの分も、ちゃんと用意してあるぞ。ユウトたちにも、後で、渡しておいてやってくれ」
「おっ、やり~、サンキューおっさん! ユウトっ、おっさんがお年玉くれたぞーっ」
 大きな声を出しながら、ユドルがユウトを呼びに行きます。カザンはにこにこ笑いながら、ファルルの頭をまた撫でてくれ、「ああ……、姉さんに、会いたくないなあ……」などと呟いています。
 けれど、二人を気にも留めず、ファルルはずっと目を輝かせて、お年玉を見つめていました。ファルルの好きなものを買って良い、お年玉! 一体、何を買いましょう?

   ❀ ❀ ❀

「じゃあ、またなあ」
 カザンが大きく手を振りながら、のっしのっしと去っていきます。ファルルもめいっぱい手を振って、カザンのことを見送ります。その姿が見えなくなると、りんごの絵の袋をぎゅっと握り、ぱっと隣にいるユウトを振り返りました。
「ゆうとっ、かいものいく、おとしだま!」
「ああ、じゃあ行くか」
 袋を持っていない方の手で、ユウトと手を繋ぐと、ファルルはすぐ歩き出しました。向かう先は、もちろん、色々なものが売っている大市です。
 いつもはユウトに手を引かれ、セリクのお店に買い物へ行き、冒険に必要なものを揃えると、おしまいになってしまうのですが、今日のファルルは一味違います。
 なんせ、……お年玉を持っていますから!
 今日のファルルは、なんとなんと、この市場中にあるものを、なんでも買えてしまうのです。あのお肉だって、あのおやつだって、なんでも買えてしまうのです。
 もちろん、お店で一番高い、……とっておきのりんごだって!
「ゆうと、ゆうとっ、りんご、かう、いく!」
「えっ、りんごならまだ宿にあるだろ。それお年玉で買うつもりなのか?」
「かざん、すきなものかう、ゆった。ふぁるる、りんご、かいいく、なる!」
「いや、せっかくなら他の物を買った方が……
……ゆうとっ!!」
 ユウトって、どうしてこんなに、まったく気が利かないんでしょう。ファルルは思わず声をあげると、ユウトに向かって説教します。
「かざん、ふぁるる、おとしだまくれる。かざん、ふぁるる、すきなものかう、ゆった。ふぁるる、すきなもの、かう、なった。ふぁるる、りんご、かうゆった!」
 カザンは、ファルルのために、お年玉をくれたのです。好きなものを買うと良いと、お年玉をくれたのです。それなのに、りんごは宿にあるだとか、他の物を買えだとか、おちゃにごしにもほどがあります。
「ふぁるる、おとしだま、りんごかうっ。かざん、すきなものかうといい、ゆった!」
「あーあーあー、わかったわかった! ああもう、じゃあ、いつもの店行くぞ」
 頬を膨らませるファルルの頭を、ユウトはぽんぽんと撫でたあと、ファルルの手を引いて歩き出します。通りのお店の角を曲がって、おいしい匂いの店を通り過ぎて……
 いつものお店が見えてくる頃には、ファルルはすっかり機嫌を直して、小走りになっていました。
「おっ、あけましておめでとう、お嬢ちゃん。早速買いに来てくれたのかい」
「んっ。あけます、おめでと、ゆった! ふぁるる、りんご、かいくる、きた!」
「おお、おお、今年もよろしくなあ! ははっ、ゆっくり見て行ってくれよ」
 果物屋さんのお店の人は、にっこり嬉しそうに笑うと、今度はユウトと挨拶を始めます。ファルルはその横で背伸びをして、並んだ果物を眺めました。
 赤いベリーに、青いベリー。赤いりんごに、黄色いりんご。いつもと同じ商品ですが、実は、ファルルは知っています。
 目の前に並ぶ、果物の奥。背の高い棚の中に、ちょっと特別な果物が、こっそり売られていることを。
 皮に網目のある果物や、ファルルの髪の色に似た果物、つやつやの実がたくさん集まった果物や、よくわからないけど良い匂いのする果物など。まるでファルルに隠すように、高い場所に置かれていますが、ファルルにはお見通しなのです。
 でも、そこにある果物が気になって、以前、指差してみたところ、ケチなユウトはもちろんのこと、ユドルもリシュもタスレンまでもが、「あれはダメだ」や「また今度ね」などと、取り付く島もない態度で、ファルルに見せようともしてくれなかったのです。
 でも、今日は違います。なにせ、ファルルはお年玉を持っていますから!
 お年玉の力があれば、ここにあるりんご、ぜんぶを買えます。でも、どうせ買うのなら、あの棚の特別な果物です。
「ゆうと、だっこ!」
「えっ? なんだ、何も買わないのか?」
 ユウトは首を傾げながら、ファルルをひょいっと抱き上げます。すると、うんと高くなった視界で、棚の中がよく見えました。
 よく見えなかった果物たちは、可愛いリボンが結ばれていたり、とても綺麗な紙に包まれていたりと、見るからに特別な装いです。でもその中でも一番に、ファルルの目を惹いたものがありました。
 それは、もちろんりんごです。でも、ただのりんごではありません。
 立派な桐の箱に入れられて、つやつやした皮に文字のような模様が浮かんだ、不思議な赤いりんごだったのです。
「ん! ゆうとっ、ふぁるる、りんご、かう!」
……ハァッ?! 待て待てあんなん買うつもりかっ?」
「おっ、これかい? さすが、りんごのお嬢ちゃんだ。やっぱり、お目が高いねえ!」
 ファルルが元気に指差すと、途端にユウトが慌てます。逆にお店のお兄さんは、面白そうにニヤニヤ笑って、不思議なりんごを手に取りました。
「新年にりんごを買うってなら、この『幸福のりんご』で決まりだ! このりんごは、ただのりんごじゃないんだ。ほら、皮に文字が浮かんでるだろう? これは、ご立派なルーン使いの先生が、りんごの実が青いころに、印を結んでくださったものでな。幸福のルーンの力が宿った、吉日にぴったりの逸品なんだ」
「おー。こうふく、りんご、るーんなる。とくべつ、せんせい、きちじつ、ぴったり!」
「まっ、待て待てお前よくわかってないだろ!」
 ファルルがわくわくと目を輝かせていると、ユウトがまたおちゃにごしをします。でも、そんなものはもう無視です。だってだって、幸福のりんご、ですよ。
 それってそれって本当に、とびっきり素敵に違いありません。手にしただけで嬉しいりんご、食べたらとってもおいしいりんご。いつもの、ただのりんごでも、幸せいっぱいになれるというのに、名前が、『幸福』のりんご……だなんて!
 どれだけめいっぱいの幸せが、詰まっているというのでしょう。
「ふぁるるっ、るんっする、りんごかう! こーふく、りんご、おかいあげ、ゆう!」
「おっ! ……お兄さん、本当に買うのかい?」
「いやいや待ってくれ、買わない、買わない!!」
「ふぁるる、りんご、かうゆった!」
「ふぁ、ファルル! 買うならせめて普通のりんごにしろ……ッ!」
 なぜだか必死なユウトの様子に、ファルルはむっと眉を寄せます。ここに来てまで、ユウトのなんと空気の読めないこと!
 今日は新年のお祝いの日で、幸福のりんごはぴったりなのです。えらいるんるんの先生が、青いりんごを結んだから、りんごは赤くなったのです。こんな宝物は滅多にないというのに、ユウトはどうしていつも、こんなに小うるさいのでしょう。
 ……ところで、きちじつって、どういう意味でしょう?
「ゆうと、しんねん、おいわいゆう。こうふく、りんご、ぴったりなる。ふぁるる、りんご、かうゆった。ふぁるる、おとしだま、……ある!」
「いやっ、でもな」
…………ゆうとっ、うっせえええーっ!!」
 あまりのユウトのしつこさに、ファルルは思い切り叫びます。耳がキーンとしたのでしょう。ユウトはファルルを抱っこしたまま、耳を伏せて震えてしまいました。
 さあ、ゆうとの居ぬうちに、買い物です!
「ふぁるるっ、りんご、かうゆった。おとしだま、ある。りんご、かうっ!」
「おっ、ああ、じゃあ、うん。……毎度あり! それじゃ、金貨五枚になるよ」
「ん!」
 ファルルはりんごの絵が描かれた、お年玉の袋を開けます。中から金貨を取り出して、はい、と元気に差し出します。お兄さんはファルルの手から、きらきらの金貨を受け取ると、手の上に並べてみせたあと、少し、困った顔をしました。
「あ~っと、お嬢ちゃん。その、申し上げにくいんだが、……あと二枚、足りないねえ」
「むっ?」
 言われて、慌ててお店の人の手の上を見ます。金貨が一枚、二枚、三枚……。落としたわけではありません。袋の中にもありません。ファルルは、ぽかんと口を開けます。
 お年玉を貰ったファルルは、なんでも買えるはずでした。
 なのに、どんな不幸が舞い降りたのか、この宝物のりんごを買うには、金貨が足りなかったのです。
……ふぁるる、おとしだま、あるゆった。すきなもの、かうといい、ゆった。……りんごかう、きんか、たりないゆう。……りんごかう、きんか、たりない、ゆう……?」
 何度数え直しても、金貨は三枚しかありません。袋の中にもありません。せっかく見つけたというのに、手が届かなくなった宝物を前に、ファルルがぷるぷる震え出すと、いつの間にか復活したらしいユウトが、大きなため息を吐きました。
「だから普通の……、ああっ、ったく! ファルル、本当に、今日だけだぞ……
 言うなり、ユウトは自分のお年玉の袋を出して、中から金貨を二枚出しました。
 それをお店の人に渡すと、ファルルが欲しかった宝物のりんごを、手に入れてくれたのです。
「ゆうと……!」
「ファルル、ほんっとうに、今日だけだぞ!? あと、ぜっ……たいに、落とすなよ!? ちゃんと持ってろ、絶対落とすなッ! なんでりんご一個がこんなに高いんだ……ッ」
 立派な桐の箱に入ったりんごを、ファルルは両手でぎゅっと大事に抱えて、嬉しい気持ちを噛みしめます。でも、ちょっぴり頬を膨らませて、まだぶつぶつ言うユウトをじっと見ました。
 本当にユウトときたら。ちょっと良くても、すぐダメになるんですから。
 だから、いつもいつも『惜しいヤツ』って、みんなに言われるんですよ!


 耳にタコができるほど「落とすなよ」と言われながらも、ようやく宿に帰りつくと、ファルルは早速箱からりんごを出して、まじまじと眺めて抱きしめました。
 ファルルが貰ったお年玉で、ファルルが買った、宝物のりんご。……ちょっぴりユウトに助けてもらったものの、ファルルが手に入れた、幸福のりんご!
 お店の人が言っていたように、なんだか持っているだけで、るんるんな気分になってきます。本当にこのりんごには、素敵な力があるようです。
 嬉しくて嬉しくて、ファルルは幸福のりんごを持って、みんなに見せて回りました。
 まずはタスレン、それからリシュ。いじわるなユドルは後回しにして、ジェネッタやフリードリッヒにも、幸せのお裾分けに、りんごを見せて回りました。
 新年のお祝いの日に、プレゼントに貰ったお年玉で買った、とっておきの力を持ったりんご。ただのりんごでも十分なのに、『幸福のりんご』なんて名前のついた、とびっきり素晴らしい、特別な、幸せのりんご!
 これから、どれだけ幸せなことが、めいっぱい起きるのでしょう。りんごを落とさないように、ファルルはぎゅっと抱きしめながら、ぴょこんと跳ねて笑いました。

 嬉しくって嬉しくって、片時も手放せず、ファルルはりんごを持ったまま、気が付くとベッドで眠っていました。
 そんなファルルに毛布をかけながら、ユウトがまた、ため息をつきます。
「嬉しそうに、してるけどなあ……。金貨五枚は、高すぎるだろ……
 そんなユウトにタスレンが、切り分けた普通のりんごを渡しながら言います。
「こういうのは、縁起ものだからね。まあ、ファルルが貰ったお年玉なんだから、ファルルの好きにさせてあげるのが一番だよ」
「うんうんっ、それに、あんなに喜んでるんだもん。ふふっ、本当に『幸福のりんご』だねぇ。見てるだけで、私も幸せになっちゃうっ」
 にこにこ笑いながら応えたリシュは、受け取ったりんごを一口齧り、「おいしいねぇ」とまた笑います。
 そんな二人の様子を眺めて、すやすや眠るファルルを眺めて、ユウトは少し黙ったあと、一口、りんごを齧ります。それから、ふう、と息を吐きました。
「ああ、でも、そうだな。……そう、だな。喜んでるなら、──別に良いか」

 まだまだ、冬が続くこの季節。外は、寒い風が吹いています。
 けれど、宿のベッドの上は、暖かな陽射しに照らされて、ぽかぽかと温かく、ファルルは毛布にくるまりながら、幸福のりんごを抱いて、へにゃりと笑顔を浮かべます。
 眠るファルルは、夢の中で、いっぱいのりんごに囲まれていました。
 赤いりんごに、黄色いりんご。大きいりんごに、小さいりんご。
 青いりんごのすぐ傍には、るんるんと歌う先生がいて、ファルルも一緒に歌いながら、りんごを結ぶお手伝いをします。
「りんごっ、むすぶっ、しあわせゆった♪ るんるん、むすぶ、しあわせ、なる!」
 ファルルが楽しくてぴょんっと跳ねると、辺りのりんごもぴょんっと跳ねます。何度も何度も跳ねていると、りんごは次第にうさぎになって、お皿の上へと移動しました。
 ファルルはそのあとを追って、お皿の近くのイスに座ります。
 すると、しっぽのみんなもイスに座って、楽しいおやつの時間が始まりました!

 ──この時見たりんごの夢が、ファルルの今年の〝初夢〟でした。
 こんなに楽しい初夢を見るだなんて、『幸福のりんご』は本当に、とっておきの力を持っているみたいです。きっとこれから、もっともっと、楽しくて素敵なことが、たくさんたくさん、起こるのでしょう。
 ファルルはそれを考えるだけで、嬉しくてまたぴょこんと跳ねます。
 幸福のりんごのおかげで、今年は去年よりももっと、楽しいことになりそうです!

(おわり)