黒綺
2024-03-26 23:46:56
2346文字
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流沙に沈む

新刊サンプル プロローグ部分です。
特異パニシングにより声が出なくなってしまった指揮官が、声を取り戻すまでの話の冒頭。

 1 prologue
 
 踏みしめる乾燥した砂はところどころ石が混じり、一歩踏みしめるごとにジャリ、と耳障りな音を立てる。指揮官が着用する大型の対パニシング用防護マスクは、今回の作戦用に準備された試作特別製だと軍需品センターの担当が宣っていたのを思い出し、指揮官は顔全体を覆うマスクをしっかりと口と鼻に押し付けた。構造体の視覚モジュールを参考にしたという防護マスクは外部気温と付近のパニシング濃度、指揮官の地上での活動限界時間までが、AR技術によって視界の端ギリギリに表示されている。隊員の視覚モジュールとも接続され、今、どこで、誰が何をしているのかが指揮官の視界に共有されている。普段の作戦でも是非取り入れたい試用装備だ。無事任務が終わって返却する際に、首席指揮官からの希望として申請を上げれば、標準装備として承認されないだろうか。
 そんなことを頭に巡らせながら、指揮官は端末に送信されてきた位置情報を頼りに、照りつける灼熱の太陽の下、砂埃で霞む建築物に足を早める。任務目標地点である廃墟群付近は、ところどころパニシング濃度が高く、マップ上にホットスポットとして赤く示されている。長く住むには適した場所とは決して言えず、侵蝕体に怯え隠れ住むスカベンジャー達を思えば早々の支援が必要だろう。
 アディレから空中庭園へ資材供与の見返りとして提示されたのは、近くの保全エリアへと移動を希望するスカベンジャー達の護衛任務だった。余裕があれば付近に転がる再利用可能な資源を拾って帰ろうかと思っていたが、そう簡単に任務遂行とはいかないようだ。強く吹き付けてくる砂を孕んだ風は、指揮官の体にパチパチと音を立ててぶつかってくる。隊服で守られていない、生身の柔い肌が剥き出しになる首に砂が当たり痛みを覚えた。バイオニックスキンを纏う構造体たちも、機体に当たる砂粒の感覚はあるそうだが、普段感じている戦闘の痛みに比べれば大したことはないそうで、通信で隊員が口を開けば「大丈夫か」と案じられる始末だ。
 できる限り早めに任務を終え、保全エリアへと戻るべきだ。そう結論立てた指揮官は手元の端末へと再度目線を落とす。地図ホログラム上で隊員たちの位置情報がマッピングされ、対象へと確実に進んでいるのを確認してから再度自らの進路を、と思った時だった。
 マップ上に突然現れた高パニシング反応に、センサー類がけたたましい警告音を発する。リーフの視覚モジュールを通してホログラムに映し出されたのは、砂漠など乾燥地域に現れやすいウァサゴで、指揮官は見るが早いやリーフのいる方角へ走り出した。他の隊員も指揮官の動きに応じて反応を返すが、リーフの元へ辿り着くのが一番早いのは、距離をみても指揮官であるのは明らかだ。走りながら銃の安全装置を外し、足に纏わりつき進路を阻む砂を蹴飛ばしながら、指揮官が駆ける。攣りそうになる脚を叱咤しながら、外骨格の脚部装置をつけてこなかったことを後悔するが後の祭りだ。
 走り続ける指揮官の目に、フロート銃で必死に攻撃を続けている華奢な白い後ろ姿が目に入る。呼びかけようとした瞬間、耳を劈《つんざ》くウァサゴの鳴き声が、リーフと指揮官の動きを聴覚越しに押さえ付ける。鳴き声のせいでその場に膝をついてしまったリーフを押し潰そうと、ウァサゴは大きな体を反らし、体当たりの攻撃体勢を取った。
「リーフッ‼︎ 」
 ウァサゴの鳴き声に蹲りながらも、指揮官の発した声にハッとしたリーフが、回避行動を取った先、起き上がり走り寄った指揮官がリーフの機体を受け止めた。砂に足を取られ体勢を崩し、抱き止めたリーフごと指揮官は砂の上を転がる。
「指揮官、大丈夫ですかッ」
 太陽を背に降り注ぐリーフの声に、寝転がったまま大丈夫だと手を挙げてみせる指揮官に、リーフは安堵の表情を浮かべた。砂が身体中に張り付き、マスクを着けた口の中まで、あるはずのない砂のじゃりじゃりとした感覚を覚えるのは、砂地が嫌いになっている前兆かもしれない。苦笑いを浮かべながら、指揮官はリーフの手を借り立ち上がる。砂まみれになった制服を手のひらで払いながら、指揮官は耳元の通信装置へと逆の手を伸ばした。
「ああ、大丈夫だ。リーフも怪我はないか? 」
「はい。ありがとうございます、指揮官」
「良かった……さて、ウァサゴはどうなったかな。ルシア」
『指揮官、ウァサゴの逃亡を確認』
「了解。ありがとう」
 お叱りの気持ちがたっぷりと含まれた、リーの溜息を通信装置越しに聞いた指揮官が、くすくすと笑いをこぼした。
『何故貴方はいつもそうなんです』
「当たり前のことだ。大切な隊員を守るのは私の務めで、リーフがいなければ私や皆もここから先、無事生きて帰れる保証もないだろ」
……それはそうですが」
「ご無事で何よりです、指揮官」
 通信装置越しだった攻撃型の二人の声が鮮明になり、戦闘態勢を維持したままの姿でリーフと指揮官の前に駆け寄る。先程まで耳元で聞こえていた不機嫌そうな声の表情と、全く変わらないリーの表情に指揮官は笑いを隠せない。
……笑いすぎです」
……ふふ、すまないな」
「指揮官、目標地点まであと少しです。頑張りましょう」
 ルシアの声に、他の三人は黙って頷き、目標地点へと足を向ける。歩きながら端末を確認した指揮官が、装備に関する見慣れないエラーコードの通知を見、僅かに首を傾げ足を止めた。
「指揮官、どうなさいましたか?」
「早く行きましょう、また現れても厄介です」
「ああ、」
 短く返事をした指揮官が、エラーコードの通知をスワイプして消去する。口元のマスクをぐっと押し込んでから、先を進む構造体達に駆け寄った。