くのたま向け虫獣遁講座を終えた後の校庭は、まだ賑やかだった。小屋に戻す生き物たちを数え直す。人懐っこい白うさぎの背を撫でながら、講義で使った数と照らし合わせる。無事全員揃っているようで、八左ヱ門はほっと胸を撫で下ろした。
蛙たちがぴょんぴょんと跳ねたかと思えば、小さなひよこが足元をちょこちょこと走り回る。彼らが散歩に出ないうち、次々と小屋に戻していく。
「竹谷先輩、このうさぎ達本当に可愛いですねえ」
「私はひよこが好きです!」
「ねえねえ、先輩はどの子が一番好きですか?白い子?それともこの斑模様の子?」
「そうだなあ、この白いやつかなあ?」
「この子のどんなところが好きなんですかぁ?」
「うーん、似てるんだよな」
「えー!誰にぃ?」
くのいちたちの声が、小鳥達のお喋りのように校庭に響く。早く片付けて次の仕事に取り掛からないといけないのになぜかみんなが寄ってくるものだから、なかなか作業が進まない。
「八左ヱ門」
凛とした声が耳に届く。八左ヱ門にとってその声には不思議な力があって、聞こえた瞬間から他の音が遠のいていくのだ。振り向けば、そこには兵助が立っていた。くのいちたちの話し声が途切れ、黄色い空気が揺らめく。それもそうだろう。すらりとした背筋に、艶やかな黒髪。長い睫毛が特徴的な整った顔。しかも文武両道の優等生。実家も太い。言うことなしだろう。――玉に瑕、の豆腐地獄をくのいちに仕掛けることはないのだし。
「潮江先輩がお呼びだ」
「え?マジ?なんだろ、予算関係かな」
「だろうな」
「ええ、なんかやらかしちゃったかなあ」
くのたまが兵助へ向ける視線が、蜂の羽音のように耳障りに響く。現れただけで注目集めるんだなあ、兵助って。
「その子達、早く片付けないと」
「おお、そうだな。はいじゃあもう解散、今日はおしまーい」
くのいちたちは三々五々と去っていく。竹谷先輩、また教えてくださいね!久々知先輩も、さようなら!なんて華やかな声が遠ざかり、ほっと息をついた。
二人でうさぎ達を小屋に戻し、蛙たちを籠に集める。
「早いとこ戻して行かないと怒られちゃうな」
「焦るなよ、ちゃんと戻さないとまた脱走するだろう」
と、その時。何かが地を這うような気配。ギンギンと聞覚えのありすぎる音が近づいてきて――草むらをかき分けるように潮江先輩が現れた。例の如く匍匐前進で、だ。鍛錬の最中らしく、額には汗が光り、道着の胸元まで濡れている。
「おわあっ、わ、潮江先輩すぐいきますすみませ」
「ん?竹谷か。……何の話だ? ペットたちは脱走させないようにしろよ」
鍛錬に余念がない潮江先輩は、来た時と同じように低く身を這わせてギンギンと去っていった。
……これって。兵助を見れば、黒髪の陰から、紅葉のように染まった耳が覗いていた。
「なあ」
「うるさいぞ」
「何も言ってねーし、なあ、兵助、何で嘘ついたの?」
「……」
「教えてよ、兵助ねえ、やきもち?」
兵助を小屋と自分の腕の間に囲い込むように身を寄せた。逃げ場をなくした兵助のは困ったように唇を噛んでいる。かわいい。言わないなら仕方ない。少し意地悪な気持ちで、細身の脇腹から腰にかけてそっと指を這わせる。
「あは、ちょ、やめ、ひ、ふふ、」
「言うまでやめない」
「わかった、ひゃ、ふ、っ焼いた!やいたってば!あは、」
息を切らしながら抗議する声が甘く響く。頬が朱に染まり、長い睫毛が潤んで揺れる姿に、胸が高鳴る。いつもの凛とした面差しからは想像もつかない表情だ。こんな可愛らしい表情は、彼女らは知り得ない。自分だけが知っているものだ。
「俺もさっき焼いたよ」
「え?……どこで?」
「くのたまたちが兵助みて騒いでた時」
「騒いでたか?……気づかなかった」
顔を見合わせ、吹き出した。くすぐっただけじゃない兵助の笑顔が、花が開いたように明るく光る。
校庭に残った二人の影が、静かに寄り添うように重なった。
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