みずあめ
2024-11-16 18:01:55
3202文字
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神麗

かみやの誕生日の話を今さら。

行為の後のまどろみの時間。神家はいつもより静かな声で甘ったるくオレの名前を呼ぶ。それがくすぐったくて、でも嫌いじゃなくて、眠たい目を瞬きで誤魔化して神家の胸にぐりぐりと頭を擦り付けた。
「ふ、うらら、もう寝ちゃいな? 疲れただろ?」
「つかれてねえよ……おまえばっか体力あると思うな」
「そんなこと思ってないけど、麗の方が負担が大きいしさ。っいた、あは、もう、噛まないでよ」
全然痛そうじゃない、嬉しそうな声出しやがって。ドMかよ。内心で悪態を吐きながら神家の指をかぷかぷと噛み、それでも神家が機嫌良くオレのことを抱き寄せるからじゃれるのをやめなかった。眠いけど、まだ神家に触れてたい。なんかのはずみで今夜がもう一回始めからになってもいいのに。
そんなことを考えていたオレの頭の上でピピッと電子時計が小さな音を出した。顔を上げると0時ちょうどを表示している。どうやら日付が変わる時に鳴る設定になっているらしい。
……あ」
「うん? どうかした?」
……おまえ、あれだろ」
「俺が、なに?」
……たんじょーび」
「え? ……あ、そうだ。そうだね、俺、誕生日だ。……覚えててくれたの?」
「分かりやすいから頭に残ってただけだ」
昨日からちゃんと意識してたのに、そんなことを正直に言えるわけがない。オレはいつも通り可愛げのカケラもない言葉を吐いて、驚いた顔がちゃんと喜びに変わるかどうか確認する前に目を逸らした。過去の記憶のないこいつが、誕生日をどう思ってるのかわからない。だけど誕生日だと知ってしまったからには、一言言いたかった。それだけ。
「そっか。じゃあ分かりやすい誕生日でラッキーだった」
いつも通りの、気の抜けた明るい声に顔を上げる。行為後の甘い雰囲気を抜きにしても十分に嬉しそうに笑ってて、杞憂だったことにほっとした。祝われるのが嫌とか、そういうのはなさそうだ。
「うん? なぁに? 覚えててくれて嬉しいよ、ありがとう」
……目、とじろ」
「え」
「今すぐ」
「は、はいっ」
オレの唐突な命令に困惑しながらも、神家は言われた通りにギュッと目を瞑った。まぬけづら。ただ誕生日を覚えていただけで満足そうな顔をするコイツに何か他のことをしてやろうと思ってはみたけれど、例えば、何を。
そのまま顔を数秒間じっと見つめていたら、神家が「麗……?」と不安そうな声でオレの名前を呼んで、背中を抱いている手に力を込めた。オレは黙り込んだまま、いつも神家がするように手を伸ばして頬をそっと撫で、やっぱりらしくないかもと思って柔らかいその頬をふにっとつまんだ。神家はビクッと驚いてから「いたいよ」と優しく囁いた。
「まだ、目開けちゃダメ?」
「だめ」
……うらら」
「ちょっと黙ってろ」
……
そわそわと落ち着かない表情で黙り込んだ神家を目の前にして、そのまま何もできずに見つめ続けると、良いと言っていないのにパッと開いた目がオレを見つめて「ドキドキして死んじゃうんだけど」と震える声でそう言った。赤くなった目元に思わず吹き出し、今しかないと前触れなく首を伸ばして自分からキスをする。触れる瞬間だけ目を瞑って、離れてすぐに目を開けば、神家は見たことないくらい驚いた顔をしていた。
……誕生日、おめでと」
……
……おい。なんか言え」
……だいすき……
「あっそ」
「麗、ありがとう! 本当に大好きだよ! わあもう、心臓爆発しそう……!」
神家はぎゅうぎゅうにオレのことを抱きしめて、頭の上にキスの雨を降らせた。赤い顔を見られずに済むから今回だけはその腕の中で大人しくしていてやろう。あと、コイツ誕生日だし。
「好きな子に誕生日祝ってもらうのってこんなに嬉しいんだね。ふ、心臓めっちゃドキドキしてる。わかる?」
……
抱き寄せられた胸に頬をくっつけると、確かに内側から叩くようにドクドクと脈打っているのが伝わる。顔を上げると神家は幸せそうに笑ってて、それだけでオレまでたまらなく嬉しくなったけれど、そんなこと悟られたくなくてフンッとそっぽを向いた。
「うーらら」
……んだよ」
「ね、誕生日プレゼント、もういっこお願いしてもいい?」
ふわふわ、くすぐったいくらいに甘ったるく神家が囁いた。オレの頬をさらりと撫でて耳たぶに触れる指先に腹の奥がじくっと疼く。睨むように見上げたつもりだけれど顔は熱いし神家はとろけるような笑みを浮かべているし、たぶんうまく睨むことができていないんだろう。
「もういっかい、麗のこと触ってもいい?」
……もう、触ってんじゃねえか」
「もっと」
……
「いいよって言って」
額、目元、頬と順に下りてきた唇が、オレの口の前でぴたりと止まる。重なった視線がオレの許可を待っていた。ぱちんと、瞬きひとつで、いつもは伝わるのに。
……ばかみや」
「ふふ。うん」
……チッ。誕生日じゃなかったら絶対殴ってる」
「誕生日でよかったな。それで?」
…………おれも、したいからっ、! ばか、まだしゃべって、っだろうが……!」
「だってもう可愛すぎて待てない、大好き、だいすきだよ麗」
自分で言えって言ったくせに、神家はオレの言葉の途中で唇を塞いでちゅ、ちゅっと何度もキスをした。バシッと肩を叩いた手はすぐに掴まれ指を絡めて繋がれる。抵抗をやめればキスは深くなり、神家はオレの上に覆い被さった。
「俺と一緒にいてくれてありがとう、麗。麗と会えて、よかった」
……くだらねぇこと言ってないで、早くしろ」
「うん。興奮しすぎてヤバイから嫌な時は蹴っ飛ばしてね。やめられるかは分からないけど」
……あほかみや」
「ふ、それ、かわいい」
「チッ、ちょっと黙れ。二度と言わねえからよく聞いとけタコ」
「えっ。うん、なに?」
……おまえの好きにしろ。やめなくていい」
……
……おい、聞いてんのか」
「あ、……えっと、……ほんとうに?」
……オレもおまえのこと嫌いじゃねえって、ちゃんと分かってんのかよ」
……っ! わ、わかってる、……わかってるけど、……泣きそう」
「は? ……ばか、おい、こっち向け」
本当に目を潤ませてふいっと顔を背けた神家にオレは眉間に皺を寄せ、その頬を両手で掴んでこっちを向かせた。正面から見つめ合い、珍しくブレる神家の視線をオレのまっすぐな視線で絡めとる。
「神家」
「う、ん」
……誕生日プレゼント、もういっこやる」
「え……もう、すごい貰ってる気がするけど……?」
「いつも強引で強欲なくせにこういう時に引くな」
……じゃあ、ありがたくいただきます。……なにを?」
たぶんこんな時じゃないと、あげられないもの。オレは神家の顔を引き寄せてゴツンと額をくっつけた。驚いて目を見開く神家の夜明けみたいな綺麗な瞳を見つめたまま、そっと唇を重ねる。神家はピクッと震えて何かを堪えるみたいに目を眇めた。まだ、これだけじゃねえっつーの。大人しくしとけと伝えるように一度離した唇をかぷりと噛んでから、オレは濡れたくちびるを、小さく開いた。
「好きだ、ばか」
「っ!」
以上、終わり。その意思表示のためにずっと神家を見つめていた目を閉じて鼻先をすりっと擦り合わせた。数秒、石のように固まっていた神家は、オレがそれ以上何もしないと分かると唇の間を舌でなぞり強引に口内へ入り込んできた。神家のキスはいつもしつこくて、気持ちよくて、まあ別に嫌いじゃないから、オレは目を瞑ったまま神家の首の後ろに腕を回してそのキスに応えた。息を呑むような呼吸音の後、キスはグッと深くなる。
「ごめんうらら、けとばされても、やめられないかも」
キスの合間に伝えられた言葉に返事はせず、オレはお望み通り神家の足を軽く蹴飛ばした。やめられるもんなら、やめてみろ、ばーか。