「君は小麦とライ麦がどう違うのか知っているかね?」
夕日が差し込む部屋の中、男がラスティに尋ねた。
黄昏時の仄暗い太陽だけが照らす、薄ぼんやりとした部屋の中、美しく食器が並ぶテーブルに二人だけが座っている。
胸元まで髪を伸ばした聡明そうな彼はシャンパンを優雅に持ち微笑んでいる。
サーヴァンタス。
そう呼ばれた男はシャンパンを一口含む。
サーヴァンタス。
アーキバス内部監査部部長にして、監査部執行部隊隊長。
そして我々、ルビコン解放戦線に手を貸す内通者。
フラットウェルの古い友人であるとフラットウェル本人からは聞いている。
あいつは蘊蓄に意図を含める物言いをする奴だとも。
友人関係にあるとはいえ、敵対勢力の幹部。
発言の意図は牽制か、あるいは忠告か。
ラスティはほんの少し、親指に力を入れて、自身のモードを切り替える。
「すまない、Mr.サーヴァンタス。私はルビコンの外に出たことが無くてな。宜しければご享受頂けるだろうか?」
サーヴァンタスがグラスを掲げくるくると回す。
シャンパンがガラスの器の中でくるくると回る。
彼はラスティに目を合わせず、回るシャンパンを見つめて話す。
「小麦は名前の通り麦だが、ライ麦は麦畑に生えていただけの雑草だ。小麦によく似ていたものが除去されず、残り続けて結果的に作物となったんだ。因みにこれをヴィヴァロフ型擬態と言う」
「教えて頂き感謝する。流石宇宙一の図書館の館長も務めるお方だ。博識でおられる」
「私がバベルの館長をやってる事は知っているのだね。予習をして来る生徒は好きだよ。ラスティ」
彼の言葉には感情が籠って居ない。
世辞程の親しさすらも感じない。
完全な皮肉だ。
「して、その質問の真意をお聞かせ願えるかな。サーヴァンタス」
「真意か。簡単な話だよ君はライ麦で、我々はそれを食う人間だということだ。」
回したシャンパンを飲み干す。
空になったグラスがテーブルに置かれる。
「雑草であるライ麦は小麦に限りなく似ることで生き残った。偽物である君もライ麦のように生きねばならん」
サーヴァンタスと視線が合う。
彼はラスティのことを睨んでいた。
ラスティは悟る。
ああ、彼は心底嫌なのだ。
敵である我々《ルビコン解放戦線》に手を貸すことが。
「己が星を救うために偽物と成った勇士君よ。よく働き、良く殺し、良く成果を出し給え。アーキバスを裏切るまでは、貴様は我が企業の為の糧なのだ」
ヴェスパーに入ったら仲間殺しをさせる。
拒否権はない。
時がくるまで精々苦しむがいい。
気取った物言いをしているが、所詮は只の捨て台詞に過ぎない。
そんな事。
灰に塗れた警句を捨てたその時から覚悟している。
私の覚悟はそのような粗末な脅しで揺らぐ程薄くない。
「忠告痛み入る。貴方に言われなくともそうするつもりだ」
「ならば結構。君の活躍を期待している」
部屋の扉を開けて、給仕達が食事を運んでくる。
「さあ、食事が来たぞ。君のヴェスパー就任祝いだ。堅苦しいのは抜きにして食事を楽しもうじゃないか」
サーヴァンタスが飾り皿の上に置かれたナプキンを手に取り、半分に折って膝にかける。
彼がラスティに目配せしてくる。
ラスティは彼に倣って同じ仕草をする。
これもアーキバス直属部隊に就任する自分への教育なのだろう。
心根で心底嫌悪していようが、仕事には忠実に取り組む姿勢には感服する。
グラスに白ワインが注がれる。
サーヴァンタスがワイングラスを手に取る。
ラスティもグラスを手にする。
「ラスティ、君のヴェスパー就任を祝して、乾杯」
「乾杯」
胸元から少し上にグラスを掲げて、グラスに注がれたワインを飲む。
飲み込んだワインは渋く、えぐみのある味がした。
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