おたる
2024-11-15 23:35:06
1151文字
Public
 

注文の多い料理店門前払い

砂と怪異 空腹とレストランとドレスコードの話
砂は生命維持としての食事は不必要という解釈で書いているので注意

 それは久々の休日、ちょっと人の居ない所でも行こうかと、山奥を歩いていた時の話だ。特に目的もなく、ただ日本の山を見てみたいと思っただけだったので行先なんてものはなく、部下に「適当にどこかの山に繋げてくれ」と言ったのが一時間ほど前。四次元空間を通った先でまず目にしたものは足の踏み場もない程の一面の草木であった。人の手が加えられていない、生存競争のみが作り出したある種の整然さを持った空間に、思わず息を飲んだ。中々良いところを選んだじゃないかと心の中で賛辞を送りながら、折角の景観を損ねないように身体を砂へと変じ、木々の間を通り抜けるようにしながら道なき道を進む。

 しばらくそうして進んでいると、突然開けた場所へと出た。さっきまであれほどまでに鬱蒼と生い茂っていたのが嘘のようにぽっかりと広がる空間。そこにあるのは背の低い草が点々と生えているのみであり、まるでその場所を避けるかのように周りの樹々も不自然にその身を捻じ曲げている。明らかな異常に経過しつつ霧散していた身体をいつものように組みなおすと突然、心臓の跳ね上がるような感覚が俺を襲う。

 全身に夥しい数の小さな穴が開くような感覚。そこから汗がじわじわと滲み、血の気は引いていくのに体温だけがぐんぐんと上がっていくような焦燥感。早く何かをはらの内に収めねばという義務感にも似たそれは、いわゆる「空腹感」なのだと本能的に悟った。
 通常のヒト型とは違い、砂でできたこの体は食事というものが必須ではない。もちろん美味いものは好きだし、食事という行為は毎日行っているが、生命維持としての食事とは縁遠い。この世に生を受けて初めての飢餓感は、理性を揺るがすには十分すぎた。
ついに視界がじりじりと黒くなり始めると、突然、目の前に真っ白いものが飛び込んできた。

それは大きな建物だった。俺自身もかなり大きな部類ではあるが、それでも見上げるほどの大きな西洋造りの家が突然現れたのだ。流石にこれはおかしいと二の足を踏んでいたが、ガラスの扉の横に掲げられた『西洋料理店』の札を見た途端、一も二もなくドアノブへ手をかけた。

ぎいと戸が古臭い音を立てるのを聞きながら店へ足を踏み入れると、それは地面へと触れることなく空を切り、いつから開いていたのかもわからない大穴へと落ちていく。穴の前には『お客さまがた、ここで髪をきちんとして、それからはきものの泥を落してください。』と書かれた看板が立っていた。

気づけばそこは元居た山の中で、背の高い樹に取り囲まれるようにして俺は寝ころんでいた。あれほどまでに暴れていたはらの虫もすっかり眠りについている。俺はぐるりとあたりを見回して、「ドレスコードが必要なら最初に書いておきな」と空に向かって中指を立ててやった。