さもゆ
2024-11-15 22:56:17
2737文字
Public 海外作品
 

ミスペレSSみっつ

映画『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』二次創作。捏造、雰囲気もの。超絶短い。原作も最高。

2019.10.4 たまごのお粥pixiv投稿作品

炎と人形

(イーノック×オリーヴ)



 燃やすつもりは、なかったの。
 ただ可愛いお人形だと思って、ほら、金の髪が綺麗で……もう黒焦げだけれど……それでね、お洋服もピンクが素敵な、花柄のワンピースだったのよ。とっても可愛らしかった。ちょっとだけ胸に抱いてみたかったの。私のこの黒い手袋じゃ、せっかくの可愛いお人形が宇宙人の捕虜みたいになっちゃうでしょ。だから手袋を外して、丁寧に、抱き上げようとして……べつに、忘れていたわけじゃないのよ。もちろん分かっていたわ。でも……ほら、私たち、たまに……あるじゃない。無駄なことを、意味があるみたいに。その逆もあるわよね。とにかく、私、お人形を……燃えると分かっていて……、馬鹿みたいよね。本当に。馬鹿みたいだわ。

「イーノック」
 いつも溌剌とした彼女の呼び声が、その時ばかりは水をかけられた炎みたいに、しゅわしゅわ萎んでいた。
 黒焦げになって腕が取れている、彼女曰くの“可愛かった人形”は、ほとんど形が崩れまさしく焼死体だ。
 イーノックは、ふうん、と気のない返事をしようとして、彼女の赤毛の下の青い瞳がどうにも泣いてしまいそうに見えたので、無性に苛立ちが募ってそのまま人形を引ったくってやった。
「こんなの、全然素敵じゃないね」
 いつも通りの皮肉屋な調子に、彼女は曖昧に首を振る。「違うわ。燃える前は、確かに素敵だった」イーノックもやれやれと首を振る。「オリーヴ。勘違いするなよ」
 イーノックはオリーヴの目の前で、黒焦げの人形を引っくり返したり引っ張ったり、乱雑に眺めて、かろうじて赤い靴が引っかかっている比較的燃えていない右足を、ぽっきりと折った。「イーノック!」オリーヴが悲鳴を上げる。イーノックは、テーブルに散らばるたくさんの機械じみた人形の中から、多足類を摸して作った一つ目の人形を発掘して、折った右足をそれに繋ぎ合わせた。ぴょん、と赤い靴がたくさんの足から飛び出ている。
 それからトカゲの心臓をホルマリンの瓶から取り出すと、一つ目の中に埋め込んだ。そうして囁きかける。動け、その足で。動け。動き回れ……
 やがて、ぎぎぎと軋んだ音を鳴らしながら、もぞもぞうじゃうじゃと多足が蠢き、歩け、と命じると、てんでバラバラな動きを見せていた足たちは一方向へと揃って歩き出した。赤い靴が、ぴょんぴょん、跳ねている。他の人形から取った一つ目はあちこちに視線をさ迷わせていた。イーノックは満足してにやりと笑った。
「こっちの方が、よっぽど素敵だ」
 それから、傍でいつものようにそれを見ていたオリーヴの様子が少し火を取り戻したのを確認し、黒い手袋に自分の手を伸ばし、ぎゅむりと握り込んだ。遠慮もロマンもない無造作な握り方に、青い目が丸くなる。イーノックは乱暴に言った。
「俺の前でなら、いくらでも人形を燃やせばいい。なんとか使えそうな部分を見つけて、再利用してやる。それでこんなに素敵に生まれ変われるんだから、本望だろ」
 それに、と続けようとして、やめた。……それに、ここにはフィオナがいるから、人形だけじゃなく素手で草花を摘み取ったって、構わないさ。……そう言うのは、なんだか癪だったので。
 オリーヴは握られた黒手袋の嵌る自分の手と、歩き続けてテーブルから落っこちた赤い靴の多足類人形を交互に見やってから、わっとイーノックに抱きついた。
「ありがとう!」
 何がだよ。おい、離れろ! イーノックはすかさず強引に彼女を引き剥がそうと躍起になる。彼女はけらけら、赤い火のように明るく笑った。彼女の炎そのものみたいに。
 なおしてやるよ、とイーノックは密かに思う。
 彼女が何を怖がっているか、きっと完璧には分からない。けれどたとえ燃えようと、黒焦げになろうと、俺は命を呼べるんだ。
 それが人形か、動物か、そういうものである限り。それで悲しむようならば。
 俺はなんだってなおしてやる。
 ぎいぎいうぞうぞ、テーブルから落っこちた赤い靴の跳ねる人形は、数本の足を散らしたものの、ひたすら床を歩き回っていた。






透明人間の危惧

(ミラードくんのぼやき)



 俺は透明人間で良かったと思ってる。透明じゃなけりゃ見えないものがたくさんあるし。たとえばそこの角でヒューとフィオナが手を握り合ってた、とか。プライバシー? 透明人間にそんなのないさ! でも、エマ、俺にだって怖いものはあるんだ。たとえば、……俺にきみの力がなくて良かった、とかね。だって、透明人間のうえに、空気より軽かったら、俺はもう誰にも見つけて貰えず、大気圏で燃えるんだぜ、きっと。え? ……そうなったらペレグリンに見つけて貰えるって? 服さえ着ていれば。
 はー。やだやだ、これだから。透明人間なのに、益々ここから離れられなくなっちゃうな。






一枚一枚丁寧に

(ヒュー×フィオナ)



 腹の中で飼っている蜂がちくちく抗議してきていた。
 うるさいな、胸を叩いて治めようとする。ぶうん、虫の居所が悪い(ジョークと捉える人がいたらぶっ刺してやる)一匹が我慢しきれなかったのか口から飛び出し、目の前を行ったり来たりした。
 ヒューはそれを手で払おうとするも、しつこく抗議してくるものだから諦めて口を窄めた。ほかの蜂たちが出てこないように細く素早く息を吸い、一匹を胃に戻す。するとまた先ほどよりもちくちくし出す。勘弁してよ。お前たちには関係ないだろ。
 関係ないですって? おそらく女王が憤って胃の中を飛び回っている。関係大ありよ、あの子の元気がなくちゃ私たちの自由もないわ。女王に続くように働き者たちも飛び回る。そうだ、その通り! 女王様万歳! ……うるさいな、分かってるよ。そのまま食道を上がってきそうな勢いを思い切り息を吸い込むことで押し戻す。ぐるぐる、ちくちく。分かってるってば。
 ヒューは自分の背丈よりも大きく育ったキャベツをノックしようとして、いや表の葉を叩いたところで最奥にいる彼女には届かないのではと思い、躊躇って手を下ろした。蜂が騒ぐ。俺たちが出て行って葉の中まで行こうか? 気遣いに、ヒューはありがとうと腹を撫でた。でも、それはまだ、大丈夫。
 彼女をちょっとしたことで怒らせてしまったのは自分だし、結果的に菜園のキャベツを彼女の隠れ家にさせてペレグリンに怒られたのも自分のせいだし、ミラードに痴話げんかはイーノックとオリーヴだけで充分だと冷やかされたのも自分のせいだから。まだお前たちの手は借りないよ。だからちょっと黙っていてほしい。
 今、彼女の鉄壁の城を、どう取っ払っていくか必死に考えているんだから。