さもゆ
2024-11-15 22:48:50
2758文字
Public 海外作品
 

【NT】〆切ギリギリ常習犯とその原因

お付き合いか既に結婚しているニューティナ。

2019.10.4 たまごのお粥pixiv投稿作品

 私にも、何か、彼をあっと言わせる口説き文句がないかしら。
 ティナがそう考えたのは、一生懸命書き物机に向かう、積まれた資料を崩したり、直したり、杖を振ったり、羽ペンを握り直したりする丸まったニュートの背中を、言われた通り監視していた時でした。
 彼は今、仕事に追われています。原稿の〆切が近いのです。近いにも関わらずこうして忙しく遅れを取り戻そうとしているのは、彼の自業自得でした。仕方がないのかもしれません。何せ、彼は、やりたいこととやるべきこととやりたくないことが、たくさんあるものですから。でも仕事は待ってはくれません。そんな時に、
 ──お願い、僕を監視していて。
 彼が言ってきたのでした。
 ──気を抜くと、すぐにトランクの中に逃げ込みたくなるし、窓から見える空にアマゾンの(彼が今とても行きたい場所でした。そこには未知の魔法動物がたくさんいるらしいのです)幻影を見てしまいそうになるんだ。きみが監視してくれたら、ええと、明日の朝刊が『ニュート・スキャマンダー、窓から飛び降りか』っていう魔法使いにあるまじき方法の自殺の見出しにならずに済むかも。
 半ば脅しでした。それほど切羽詰まっているのね、ティナは二つ返事で了承したのでした。
 そうして、ティナはコーヒーを淹れてあげたり、部屋の温度を変えてあげたり、時たまトランクの中の様子をうかがいに行ってあげたり、窓枠に手をかける彼の背中を引っ張ったりしていたのですが。
 彼がようやく集中し始めて暇になると、どうにも取り留めのないことを思うのでした。
 たとえば、今日の夕飯は何にしようとか、ニフラーの子どもたちからまだ金貨を取り返せていないわとか、この間捕まえた魔法使いはちゃんと改心しているかしら、とか。ニュートをあっと言わせる口説き文句が何かないかしら、とかとか。
 なるほど口説き文句。
 ティナはちょっと悪戯心にわくわくしました。今まで彼に言われてきた独特な言葉たち(愛の告白というものです)を思い出し、ふふっと笑いました。しかし、対して私はどうかしら。いえ、もちろん私も、私の言葉や態度で愛を伝えているつもりだけれど……
 でも彼らしい言葉で伝えてみて、果たしてそれがきちんと伝わるのでしょうか。
 一度そう考えるとむくむく疑問が膨らんで、ズーウーより大きく素早くティナの頭の中を駆け巡ります。つまり、やってみよう、と結論づけたのでした。彼らしい愛の言葉を言ってみよう。だって、暇なんですもの。
「ニュート」
 ティナが丸まって固まっていそうな彼の後ろ姿に呼びかけると、数十秒後、ん? とおざなりな返事がきました。しめしめ。いいわよ。ティナはにっこりします。集中しなさいな。
 それからひとりごとのように言い連ねました。
「ねえ、ニュート。私、あなたの手がとっても好きよ。あなたの手って、陽だまりみたいなの。魔法動物たちに触れ合う傷だらけの手も、そうやって原稿を書くペンだこのある手も、私の手を引いてくれる力強い手も。時々、とても熱いわ。私の瞳がサラマンダーなら、ねえ、分かる? この瞳にほかから火を灯せるのは、あなただけよ。もしかしてあなたの手って、発火呪文の役割があったりする?」
 まるで分からない。
 失敗だわ。ティナは思いました。そしてナンセンス。やはりニュートの言葉はニュートにしか生み出せないのですね。出来損ないもいいとこ、これならまね妖怪にまねさせた方がよっぽどニュートらしい。ティナはつまらなくなって膝に肘を立て頬杖します。どうせ聞いてやしないでしょう。
 ところが、バサバサと積み上がっていた資料やら何やらが床に落ち、落としたニュートが椅子ごとこちらへ向き直りましたから、ティナはびっくりしてベッドから腰を浮かせかけました。「ニュートっ?」
「ぼ、僕は」
 なぜかインクのついている頬を赤らめ、彼が勢いよく立ち上がります。腰が机に当たってインク壺が倒れました。ああっ、ティナが目を丸くし悲鳴を上げるより早く、ニュートが叫びます。
「ティナ、僕は、きみがとっても大好きだ!」
 ひゅーぴゅーぐおー。そばに置いてあったトランクの中から冷やかしのような鳴き声がしました。
「これって、伝わってる? きみがいつも真っ直ぐ伝えてくれる言葉を真似しても、僕には向いてない気がして、だって、足りないって思ってしまって……
「ニュート、」
「いや、ちが、きみの言葉が足りないって意味じゃない、そうじゃないんだ。ただ僕は慣れてなくて、だから違和感が、僕はきみが好きだ。大好きだよ。きみが心からそう言ってくれてるの、ちゃんと伝わってる。だから、さっきの言葉、もしかしなくとも、自惚れてしまうんだけれど、」
「ニュート。ええ、ウン、そうね。伝わって良かった。失敗したかと」
「自惚れじゃないっ?」
「事実。事実よ。つまり、アイラブユーってことを、あなたふうに言ったわ」
「もう一度言って」
 ティナは浮かしかけていた腰をベッドに下ろし、居住まいを正しました。「ねえ、ニュート。私、あなたの手が……」「あっいや、そ、そっちじゃなくて」
……アイラブユー?」
 訊かれたニュートは唇の上下をふくふく擦り合わせて、斜め下を見て、ティナを見やりました。
……アイラブユー」ティナはもう一度言いました。
「僕もだよ。ティナを、その、愛してる」
 囁き声に、珍しい、と思いました。同時に気恥ずかしくなって、妙に足りないわ、とも。
 ティナはニュートの言ったことを正しく理解しました。自分たちには自分たちなりの愛の伝え方があって、たとえちぐはぐでも、お互いそれがどうしようもなく嬉しく楽しいのです。その伝え方を急にトレードして実践しても、物足りなさがあるのですね。まあ、なんて幸せなことなんでしょう!
「ニュート。私の瞳は?」
「サラマンダー。これだけは譲れない。絶対に」
「ふふ、ええ。譲らないで」
 伝え方が変わっていても、普通でも、それが心をあたためてくれたら、愛の言葉は自分らしいものでいいのです。どうやらいつも、ティナの言葉でニュートはあっと思ってくれているようですから。いいことを知れたわ、ティナはくふくふ笑いました。ああ、けれど、どうしましょう。
 わるいことに、彼のせっかくの集中力を乱してしまいました。それに、ぽたぽた、原稿にぶち撒かれたインクが床にまで落ちています。ニュートはそれに気づかず恥ずかしそうにはにかんでいます。それを見ているティナは、二人して杖を振るのはもう少しあとでいいかな、と思いました。
 それでも、仕事をするニュートのことも大好きなティナが、監視役として厳しく本領発揮するのは、僅か数分後のことでしたが。