織音
2024-11-15 21:12:04
3159文字
Public
 

青薔薇の代償

「これは、叶わない恋。」
1人凍えるようにリーを想う、片想いの指揮官の話。
21章と2024バレンタインの内容があります。
TenTwenty様のブルーという曲からイメージを受けて。

 密やかな恋をした。
 凍えるような熱を伴う片想いをしていると、自覚した。
 世間一般、人々が恋や愛と呼ぶものとはあまりに無縁の人生を送ってきたためか、相手へ向けるこの感情がただの信頼や友愛の類のものではなく「恋」と呼ばれるものだと、そう分かった時は酷く驚いたものだ。
 更に言えば、その「恋」と呼ばれる感情を向ける相手がまさか同性の構造体、その上自隊の隊員であるあの青を纏う構造体だなんて。
 小さな芽に過ぎなかった恋心は長い時間をかけて雪のように静かに降り頻る想いの中で成長し、鮮やかに咲き誇っていた。
 一つだけ、問題があるとするならばこの想いを、彼に伝えるつもりがないと言ったところだろうか。

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 最初に違和感を感じたのは、リーが異重合塔から舞い戻った時だった。
 無差別に狂気を撒き散らす、赤い塔。一人の構造体が背負うにしては重すぎる、人類の未来を背負って彼はあの異重合塔へ足を踏み入れた。
 崩れそうな戦場、極限状態が続く中ようやく訪れた、薄明。赤は青へと反転し、全ての狂騒を飲み込んで静かになっていく世界。
 そして目の前に舞い戻ったまだ見慣れない新しい機体の姿と、よく見慣れた透明で凍ったような、全てを冷静に見ているような表情。
「まったくどうしていつも僕をこう慌てさせるんです?」
 そう言ういつも通りのリーの姿を見て酷く安心したことを覚えている。あの塔の中で何があったのかは分からない。が、全身傷だらけの機体を見ればどれほど過酷な戦闘をしてきたのかは分かる。
 その場にいた全員の目視による傷の確認のおかげで問題のないことも確認されたし、リーフの簡易的な検査と自分による意識海の確認も問題なしということで、事態は無事に収まったという結論に至った。
「皆さん、ただいま」
 おかえりという言葉に、不器用に笑いながら言う彼の姿を見て不意に言葉に出来ない感情が湧いた。
 普段リーに抱く信頼や感情。それとはどこか違う微妙な違和感。今回の任務は極限状態が続いていたし、きっと酷く心配していたせいだろうとその時は気に留めなかったのだがそれ以降、その違和感を感じることが増えていった。
 目で追ってしまうような感覚や「また明日」とすぐ別れてしまうのは妙に名残惜しいような感じ。自身の感情の機微に疎いせいか分かるのは、それだけ。
 しかしその違和感を形容する言葉が見つからないまま、彼と接する度に感じるようになったそれは再び、きっと『信頼』から来るものだと結論付けられた。
 きっとそう思いたかったのだと、今になって思う。
 それを『恋』と呼ばれるものだと自覚してしまったのは、彼からのバレンタインの贈り物を受け取った時だった。
 いつも通り何気ないけれど少しだけ、特別なプレゼントを贈って、彼からのお返しという形で贈られたギフトボックス。リーとの短い通信を終えた後、そのボックスを開いた。中に収められていたのは、星のように煌めく意識海を再現したモデルと鮮やかに咲き誇る青い薔薇。
 彼が抱く静かな想いと厳密な管理の下美しく咲くその花。綺麗だと口許を綻ばせたのも束の間、胸の奥で確かに息づいていたそれ『信頼』だと思い込んでいた正体に気付いてしまった。
リー」
 既に切られた通信画面に向かって彼の名前を呼ぶ。勿論、返事など無い。何かがそれを言ってはいけない、口に出してはいけないと警鐘を鳴らす。
「君が好きだ」
 そう言う声は酷く震えていた。
 刹那、手の中にある薔薇と同じ青が咲いた。降り頻る想いという名の雪を被り、隠れていた恋心が静かに花開いたのを見つけた。見つけて、しまった。
ぁ」
 遠く揺れる幻影。その青と目が合った瞬間、頬を掠めるように冷たい風が通り抜け、末端まで冷えるような感覚に襲われる。
『指揮官』
 声、が、した。
 指先が震える。違う、僕は
こんな、こんな想い、抱いたら」
 これは、だめだ。これは伝えてはいけない想いだ。
 明日の保証どころか、一秒後さえどうなっているか分からないというのに僕達が結ばれたとして、一体リーの隣にいられるのはあと何日だろう?それが寿命であれ他の理由であれ、人という脆く弱い体で生きる僕はきっと機械の体で生きる彼を置いて逝く。それが酷く怖くて。
 それに、この想いを伝えてしまったらきっと彼の重荷になってしまう。それならばいっそいっそこの想いを、殺してしまえば、きっと
 一粒、二粒と手中の青い薔薇に涙が落ちる。それなのに泣いていることさえ気が付けないほど酷く動揺していた。
 もしこの恋に気付かなければ、どれほど幸せだったのだろう?
 もしこの恋を見つけなければ、今まで通り君の隣に立っていられたのに。
 もしこの恋を自覚しなければ、一人で凍えるように君を想わなくても良かったのに。
 もしこの恋を自覚しなければと、どうしようもない後悔で満ちていく。
 しかし、この世界に『もし』など存在しない。そこに在るのは残酷な時間の不可逆性と自覚してしまった青き恋心。
ごめん、リー」
 花に似たその恋に気付かなければ良かったと後悔しているのに、その後悔で形作られた花の棘さえも握り締めて、手放せそうに、なくて。度々、人間とは酷く矛盾しているなんて他人事のように思う。
「ごめんっ」
 誰か、誰か僕を嗤ってくれないか。誰だって良いから。
 これ以上の関係になるのが怖くて、でも今までのように『指揮官』として接することも出来ない。何者にもなれない、僕を。

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「指揮官、ミニロボのメンテナンス終わりましたよ」
「あぁ、助かるよ。ありがとう」
 デスクに置かれたミニロボをおかえり、と撫でる。
 恋を自覚してしまったあの日から、相変わらず僕は一人で、リーを想い続けている。
 たった二文字の想いさえ伝えられない自分を嗤うように、想いは成長し続け鮮やかで美しく咲き誇っていた。まるであの日彼から貰った青い薔薇のように。
 実のところ、この関係が壊れてしまうことを承知の上で一度だけ、伝えようとしたことがあった。
 この想いを花束のように束ねて、リーへ渡す。たった三秒あれば事足りる話だ。
 しかし、彼を前にすると言葉が喉につかえ、渡せない花束は崩れ落ちそうなほどに儚くなる。
 その時に理解した。この想いはきっとどうしたって彼には伝えられないのだろうと。
 だから、僕は口を噤むことを選んだ。
「指揮官?」
 作業の手が止まっていたらしい。リーは小さく首を傾げ、こちらを見ている。
「大丈夫だよ、気にしないで」
 なんでもない、と想いを渡せなかった日と同じように彼に向かって笑ってみせる。
 この想いを伝えられないのなら、せめて。束ねたこの想いを他の誰にも、君にさえも知られぬように。
 誰にも触れられないように閉ざして、慎重に隠して、奥に仕舞い込んで。
 これでいいと、声に出さずそう呟く。
 叶わないと知りながら思うことをやめられない、密やかで痛みを伴う恋を知った。
 この恋はきっと、リーの隣に立てる奇跡の「代償」。
 君の鮮やかな青色が、僕の恋の全て。