盛霊淵はじっと水晶でできたキャビネットを見つめた。一見水晶に映る自身の姿を覗き込むナルシストのように思われる行動だったが、彼の息を呑むような美しさを知ってしまえば、それは至極当然の行動でむしろ覗き込まれる水晶は陛下に泣いて感謝を示すべきだろうと宣璣は考えた。
しかし我らが陛下は映り込む己の影など興味がなく、キャビネットの中にある彫物の方に注目していた。それは斉時代の文化とは比べ物にならないほど精巧に作られていて、どれだけ眺めていても飽きがこない。ましてや美しいものに目がない宣璣がせっせと集めたものである。
初めてそれらを目にしたときは、幼稚的な趣味だと思ったものだが、オーナーの正体が剣霊だとわかってからは、宣璣が目を輝かせて自慢してくるコレクションの数々を盛霊淵も愛おしく思えるようになった。正確には喧しく口を動かして説明する宣璣が愛おしいのだが。
さて、盛霊淵にはそのコレクションの中に気に入らないものがあった。それは宣璣が最も素晴らしいと賞賛する彫物で、長い髪をたなびかせる青年の姿をしていた。
器霊として思うところがあるのか、定期的にコレクションを磨く宣璣は特にその彫物を丁寧に扱い、時には写真を撮ってSNSにあげるほどだった。それが陛下には気に食わない。
宣璣が愛おしいと思うものは盛霊淵も関心を示すし、宣璣が欲しいと思うものは例えその価値がわからずとも惜しみなく与えてやりたいと思う。しかし、あれはだめだ。
宣璣の執着具合は異様で、ふとすると恋する娘のような熱い瞳で見つめているのだ。初めてその様子を目撃した盛霊淵は、考えるよりも先に黒い霧で膝の上に宣璣を抱きかかえ、なにも見えないように唇が触れる位置に顔を寄せた。
「へ、陛下?どうしたの」
頬を赤らめ慌てふためく姿に微笑みを返すと、宣璣は首まで赤く染め、その背中からは勢いよく翼が飛び出した。宣璣が慌てて隠そうとすればするほど翼は勢いよく風を呼び、机の上に置いてあった書類が舞い上がった。
ここまでしてようやく満足した盛霊淵は、形のいい頭を撫でてやりながら笑った。
「お利口さん。興奮しないで、落ち着きなさい」
再び黒い霧で宣璣をキャビネットの前に返し、部屋中に散らばった書類を元通りにする。宣璣は先程まで熱い視線を送っていた彫物のことなど忘れて、なにかを期待する目でちらちらと盛霊淵の様子を窺っていた。
恐らく今晩のお誘いをかけるかどうか悩んでいるのだろうが、盛霊淵は知らんぷりして書類を手に取った。
「霊淵、なにか飲む?コーラがあるよ」
「うん」
なんとかして会話の糸口を掴みたい宣璣がいつもより高い声を出した。盛霊淵が笑いかけると、しまい忘れた翼をバサバサと鳴らしながら冷蔵庫へと向かった。
ダイエットコーラをコップに注いでいるとき、宣璣はふと冷静になった。なんかおかしくないか?
盛霊淵の先程の行動は違和感を覚える。突然宣璣の意識を引き寄せたかと思えば、すぐに身を引いた。まるでなにかを宣璣から隠すかのように。······隠す?
宣璣は自身の行動を振り返り、はっとするとキャビネットに駆け寄った。そこには先程まであったはずのお気に入りの彫物が、ない!
「霊淵」
宣璣がぽっかり空いたキャビネットを見つめながら名前を呼ぶと、盛霊淵もまた書類を見つめながら返事をした。
「俺のコレクション、知らない?」
「さあ」
あまりにも白々しい態度に呆れて声も出ない。しかし、あれは本当に宣璣の宝物なのだ。
宣璣は盛霊淵の足元に座り込むと、その長い足に顎を置いて泣きついた。
「ひどいよ霊淵お兄ちゃん!あれは俺の宝物なんだ!」
盛霊淵はちらりと宣璣に視線をやった。今だ!
「霊淵お願い。俺の宝物を返して」
目を潤ませ、渾身の上目遣いで懇願する。宣璣は己の顔の良さを自覚しているが、盛霊淵の美貌には叶わないと思っているので、正直なところこういったあざとい行為を盛霊淵にするのは精神的に厳しいものがあった。しかし宣璣には自信があった。宣璣が盛霊淵の顔を好きなように、盛霊淵もまた宣璣の顔が好きなのだと。
実際、盛霊淵は大きく噎せると完全に書類から目を離して宣璣の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。
「可愛いものだ。どうしても返してほしいのか」
「うん!」
「だめだ」
しかし彼の陛下は無情だった。
「なんで!あれは!俺のもの!返せ!」
返せ返せと盛霊淵の周りで騒ぎ立てる姿は喧しい鳥そのもので、盛霊淵はいっそのこと聴覚を閉じてしまおうかと思った。
「なにがそんなに気に食わないんだ!あれは霊淵ほどじゃないけど造形が深いし、霊淵ほどじゃないけど美しい!霊淵には適わないけど!」
その言葉を聞くと盛霊淵はゆっくりと顔を上げ、首を傾げた。
「なぜあれに私が関係する」
「だってあれは霊淵に似てるだろう」
ようやく宣璣が執着する理由がわかり、盛霊淵は笑いたいような泣きたいような複雑な心境だった。ただ、心臓はうるさい程騒ぎ立てていたので、宣璣が朱雀で本当によかったと思った。これが耳のいい妖族だったら心臓の音で盛霊淵の心情がバレていたかもしれない。
宣璣もまた、盛霊淵の意地悪の理由に思い至り、再び翼で書類を吹き飛ばした。
「俺が一番好きなのは霊淵だ!」
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