さもゆ
2024-11-14 22:34:01
3445文字
Public 海外作品
 

Leave London

チャイナ・ミエヴィルの小説『クラーケン』に出てくるゴス&サビーに知人女性がプレゼントをあげる話。夢小説っぽいかも。

2019.1.7 たまごのお粥pixiv投稿作品

 ロンドンの街にあのイカれた殺人鬼コンビであるゴスとサビーが戻ってきたことを、ドナはきちんと風の噂より早く把握していたが、だからと言って他のもの同様逃げ出したり家に閉じこもったりはせず、むしろばったり出くわさないかと期待さえしていた。
 以前彼らに会ったのはもう何十年前だろう? 年月を数えるのはとっくの昔に諦めており、彼女にとって大事なのは日々の数字よりロンドンの曇り空が晴れるかどうかと気温の寒暖差だったので、全く覚えていない。
 ただ、その何十年前かに会った時から、ゴスとくそったれサビーにくれてやろうと思ったとびっきりのプレゼントを渡せずに、長い年月が経っていたことは確かだった。
 彼ら(彼〝ら〟と表現するのが正しいかどうかはさて置き)とドナは別に友人というわけではないが(友人? 冗談じゃない)、それでも敵対関係ではなく、加害者被害者の関係でもない、ただ会ったら噛み合わないお喋りをする程度の仲である。
 だから偶然入った路地で偶然彼らに出くわし、そして彼らが憐れな誰かを成り損ないのアートみたいに殺している最中でも、ドナは止めようとはしなかった。
「ああ全く参った。なあ、サビー? 俺はもう少し芸術的に折り畳んでやろうと思ったんだけどな。しかしこれじゃあとんだゴミだぜ」
 煙草を吸っていない口から煙を吐き出し、血に塗れたゴスが傍らのサビーに言った。同じく芸術的に折り畳まれ出来損なったアートの死体ゴミから返り血をふんだんに滴らせるサビーは、大きな目をぱちくりさせる。
「アール・ブリュットに見えなくもないわよ」
 ドナが後ろから声をかけると、二人は緩やかに振り返り、彼女の姿を認めるとゴスがばちんと手を叩いた。
「なんだお前、久しぶりじゃねえか! 景気はどうだ? ナットくんは元気か? そうかそりゃあ残念なことだったな」
 声をかけたのがドナではなくただのロンドン人だったら、出来損ないアートがもう一体増えていたかもしれない。
 ドナは曖昧に笑い、「久しぶり」と手を振った。ナットくんというのは随分昔から彼女が飼っている犬の名前だった。実際には飼っていないが。ゴスの頭の中ではそういうことになっているらしい。
「びっくりしたわ。もうロンドンには戻ってこないかと思ってた」
「何言ってんだ、ここはロンドンだぜ? 俺たちの巣じゃねえか。なあサビー、こいつのこと覚えてるだろ? 前に会ったのはいつだったかな」
 ゴスが腕を組み首を捻ると、サビー少年も真似るように体を傾けた。
「まあいいか。そんなことはどうでもいい。祝い事だぜお嬢さん、クラーケンも飛び跳ねるくらいにな」
 十本指をあの軟体動物のようにくねらせている。
 クラーケン。
 ゴスとサビーがドナの住む街に現れようがそこでどれだけの残酷極まる殺戮を行おうが彼女は避難しようとは思わないが、今回のあらゆる宗教が波打つロンドンからは、暫くの間去ろうかと考えていた。ナック(魔術的わざ)を持っていない一般人でさえ、分からない何かを感じてロンドンから離れて行っている。ドナは消えた大王イカの行方も迫る終末もタトゥーとグリザメンタムのあれやこれやもクラーケンの子どもを標本にした渦中の中心人物もどうなろうがなんでも良かったが、せっかく保管していたプレゼントを渡す前に消え去る(彼女か、彼らか、ロンドン自体が灰になる)のは、勿体ない気がしていたのだ。
「お祝いついでに、これ渡しとくわ。ちょっと古臭いけど、勘弁してよね」
 細長い箱を二つ、彼らに押し付けた。
 ゴスとサビーは似たような表情で顔を見合わせ、眉を顰める。
「なんだこいつは?」
「プレゼントよ。プ・レ・ゼ・ン・ト」
「プレゼントォ?」
 素っ頓狂な声を出し、次の瞬間には放置されたままだった死体アートが花火のように爆発した。血糊と肉片がポップコーンのように散らばり、ドナは革の鞄をしゅるしゅる広げて盾にし、飛んでくる汚れから身を守った。鞄の口から出てきた舌が自身についた汚れを舐め取り、やがて大人しくもとの何の変哲もない鞄に戻ってから、ドナは批難めいた視線を送る。
「ただのゴミクズになっちゃったわね」
 彼らのナックは一体いくつ種類があるんだ。
 自分で作ったアートを自分で壊したある意味芸術的なことをしたゴスは、「おいおいおい」表情を楽しそうに崩した。「プレゼント?」それからサビーの手にある箱を開けてやりながら、親のように言う。
「良かったなあ息子よ、俺の言った通りだったろ? いい子には贈り物があるんだよ。プ・レ・ゼ・ン・トだ。サンタクロースを取っ捕まえる手間が省けたな」
 小箱から取り出したのは、ドナが何十年も前に買った、当時は流行だったネクタイだ。
「こいつはいいな! サビー、その首からぶら下がった蛇の皮より皺くちゃな気持ち悪いもんを外せ」
 サビーは言われた通りにネクタイを外し、ゴスの手によってその襟に新しいネクタイがつけられた。
 血塗れでぶかぶかのスーツに、ネクタイだけが綺麗に収まっている。数日もしないうちに汚れるのに幾らか賭けてもいい。
「似合うわね。カッコイイわよ、サビー」
 サビーは指先でネクタイを弄ると、大きな目をドナに向けて頷いた。どういたしまして。ドナも笑って頷く。
「うん、どこぞの三丁目に住んでるお坊ちゃんみたいだぜ。サビー、イエーイだ」
 片手を挙げたゴスに、サビーも片手を挙げてぱちんとハイタッチした。ゴスとサビーの繋がりを知っているドナは常々イカれた光景だと思わなくもなかったが、わざわざ口に出すほど重大なことでもないので、いつも思うだけで留まっている。
「ほら、ゴスのも開けるわよ。開けていいわね?」
「ああ。慎重にな、噛みつかれるかもしれん」
「なんで私があげたプレゼントに私が噛みつかれなきゃいけないのよ……
 ずっと閉められていた小箱を開け、ずっと寝かされていたそれを取り出し、「はい、これ」ゴスに差し出す。
 彼はまたニンマリと笑った。「サビー、見ろ、お揃いだぜ」サビーのネクタイと同じ模様のリボンだった。「こんなお洒落なリボンに首を絞められる奴はちょっとしたパーティーだな。誰から行こうか?」「バカヤロウ、殺人道具じゃないわよ。ゴス、ちょっと屈んで」「あんだって?」ゴスの肩を押し込むようにして屈ませ、様子を見ているサビーにリボンを掴ませる。
「髪よ。髪の毛を結ぶ用。ほらサビー、結べるわね? やってあげて」
 サビーはきょとんとドナを見上げている。
「なるほどな」ゴスが長い髪を束ねていた紐を千切ると、「サビー、できるな? 俺の髪の毛をさ。オリガミよりは簡単だろ? さあやるんだ」サビーに頭を寄せた。
 少年は小さな手で持て余すように男の長髪を一つに纏め、リボンでよたよたと結ぶと、最後はぎゅっと締めた。
「できたな、よくやった。人の頭を掻き回すとち狂い理髪店よりはマシな出来上がりだ。そうだろ?」
 ゴスとサビーは再度ハイタッチした。1950年代から飛び出してきたような血塗れジーンズとジャケット姿のゴスの新しい髪留めも、数日、もしくは数時間も経たないうちに汚れるのに賭けても良かった。本当、なんでこんなもんを贈ろうと思ったのかしら、何十年前の私は。
「じゃ、私の用は済んだから」
 ドナは常に持ち歩いていたプレゼント(用事)がとうとう漸く偶然手元から離れたことに清々しつつ、彼らを放って路地の出口であり入口でもある方へ歩いた。これからこの街で何が起こるか誰も分からなかったが、何かが起こるのは誰もが信じていたので、その何かに巻き込まれないようロンドンから出て行こうと思った。もうプレゼントはないのだ。留まる理由がない。
「よう、ドナのお嬢さん」
 血臭と無臭の煙が漂う背後で、ゴスが言った。
「あんたとは偶然でしかねえが、偶然ってもんはそう何度も起こっちゃおかしいもんだろう。え? 今度はロンドン以外で会えるか、会えないか、どっちだろうな」
 ドナは振り返った。親と子、男と少年、殺し屋で殺人鬼。ゴスとサビーが手を振っていた。
「じゃあな。ナットくんに餌あげた方がいいぜ」
 ドナもひらりと手を振り返し、死の路地を抜けた。
 今度もし偶然があるならば、そのためにまた用意をしておこう。
 本物の犬にナットと名付けて、連れ歩こう。あいつどんなことを言い出すかしら。
 ドナはロンドンを後にした。