あさかわ
2024-11-14 22:23:50
2213文字
Public
 

可愛いあの子

口説いたりしてチューする👹💧です。
素敵なお祭りがあったので参加してました。


「あそこの栗色の髪の可愛い子、貰っていってもいいかい?」
 飲み屋で気に入った娘を見つけたかのように、ひょいと水木が示す先には鬼が一匹。収まりきらない妖気と怒気をひと匙の寂寞で取り繕いうなだれる背中が、大きいような小さいようなちぐはぐな様子だ。

 飲み屋の妖怪たちは鬼太郎が店内に入ってきた瞬間、なるべく距離を取ろうと壁に張り付いた。勿論ジョッキとつまみを避難することは忘れない。たまたま居合わせたねずみ男と子泣きじじいもアツアツのおでんを持って壁際に移動した。一足先に千鳥足ならぬ酔いどれ千鳥の有様で帰った一反もめんを恨みつつ、ねずみ男はビールを啜り、子泣きじじいはぬる燗をちびちびやっていた。
 鬼太郎は砂肝と枝豆、それに飲み物を頼んで無言のままカウンターに座っている。
 ただ黙って座っている。鬼太郎は三つ目小僧が運んできた料理にもグラスにも手も付けていない。俯いてじっと何かを耐えている。さて、どうしようと悩む妖怪達の元にペタペタ雪駄の音を鳴らして和装の水木がやってきた。どうもと朗らかに暖簾のくぐって早々にカウンターの鬼太郎を指さして言ったのが例の台詞である。
「あれのどこが可愛い子ちゃんなんだよ。妖気を溢れさせて周りをビビらせてるぜ」
 ねずみ男がふんと鼻を鳴らした。どうせ、妖怪ポストがらみでやるせない事件にかかわったのだろう。生来の性質なのか、鬼太郎はやたらと考えすぎて必要以上に苦しむところがある。
「そうか? 真面目で優しそうな子じゃないか。何やら落ち込んでいる様子だし、ちぃっと飯でも奢って口説いてやれば連れ帰れるかもしれん」
 水木の甘ったるい言葉に子泣きじじいがむせた。ねずみ男は本格的にせき込む子泣きじじいの背中をさすってやる。
「まあ、蓼食う虫も好き好きって言うからね。兄さん、好みの子を見つけたんなら口説いて持ち帰ってくださいよ。美丈夫に囁かれたらコロリといっちまうかもしれん」
 水木は目をすがめてにっと笑うと鬼太郎に近づいていく。カウンターの椅子を引いて鬼太郎の左隣に座ると三つ目小僧にビールを頼んだ。
 隣に座った人物に気が付いたのだろう。鬼太郎がゆっくりと顔を上げた。
……水木さん」
「目玉はどうした」
「父さんが先に森に帰ると言っていました。僕はその……
 言い淀む鬼太郎が手を握り込んでいる。水木は届いたビールを一口飲んでから鬼太郎の前にある枝豆を勝手に食べ始めた。
「気落ちした時は何か腹に入れた方がいいと思って。昔そう言われたから……
「んなら、一粒でもいいから食っておけ。腹が満たされれば元気になるとは言わないが、持ち直すとっかかりにはできる」
「はい……そう、ですね」
 鬼太郎が箸を割って砂肝を口に含んだ。水木も鬼太郎の皿から一つ勝手に摘まんで食っている。鬼太郎は咀嚼して肉を飲み込むとグラスに口を付けた。
 飲んで、食って、追加で頼んだ冷ややっこを二人で半分ずつにして食べている。そうしている内に鬼太郎の妖力が器に戻って、普段と変わらぬ程度に落ち着いた。
「ところで俺はお前を口説きに来たんだが」
 途端に鬼太郎の肩が跳ねた。水木曰く可愛い子の栗色の髪がぶわりと広がって、拳一つ分水木から離れる。
「あの……僕は」
「店に入って一等可愛い子が目に入ったから下心で近づいた。どうだ、俺に口説かれちゃくれないか」
 戸惑い離れようとする鬼太郎の肩を水木がつつく。そのまま優しく髪を梳き始めた。知らぬ他人がやったらセクハラだが、あの二人は連れ合いなのでただの茶番だ。つまり店の客は人様のお宅の色恋沙汰に強制的に巻き込まれている。ホール担当の三つ目小僧の三つの目玉が全て死んでいた。
「豆腐半丁でなびくほど安くないか。さて、何が欲しい?」
 安いも高いも、鬼太郎は水木に心底惚れているので、地面に落ちている枯葉一枚だってすぐになびくだろう。勿論水木が誘えばの話だ。
 鬼太郎は唇を引き結ぶと、髪に触れる水木の手を引いて身体を引き寄せた。鬼太郎の反対の手が水木の頤を捕らえたあたりで、ねずみ男と子泣きじじいはさっと目を逸らし、遅れて他の客も目をつぶった。三つ目小僧はとっさに機転をきかせて盆で顔を覆った。
……なあ、終わったか?」
 ねずみ男が大根を箸で割りながら訪ねると子泣きじじいが酔っ払いと思えない速度で二人を確認して首を振る。
「まだじゃあ。チューしとる」
 ねずみ男は床に伸びている影がくっつくのをやめて離れるまでじっと待っていた。
 ようやく二人の影が離れた時、鬼太郎は眩しそうに水木を見上げていた。励ましより、慰めより、隣にある温度がありがたい時もあるのだろう。
「あなたの言葉が貰えれば十分です」
 いや、チューしただろと突っ込むには命が惜しい。ねずみ男は大根を咀嚼して、小声で言葉を交わす水木と鬼太郎を眺めた。
「悪いね、邪魔をした」
 水木がカウンターに札を置いて立ち上がる。鬼太郎を横にぴたりとくっ付けて、連れ合い二人が店を出て行った。

 暖簾の向こうに姿が消えてから、店の客は安堵の息を吐く。ねずみ男は大根を飲み込み、店から離れる二人組を思い出し顔をしかめた。
「あれのどこが可愛いんだろうなあ……俺は一生分かりたくないね」
「儂もじゃあ」
 ねずみ男に子泣きじじいが同意する。怒気と惚気を強制的に浴びさせられた客が一斉に頷いた。