はくう
2024-11-14 21:43:19
3663文字
Public
 

【エリソー】11月11日 93時43分

棒状のお菓子を食べる日。11日当日に思いついたので、遅刻前提の話を書きました。遅刻しても許される。そう、エリソーならね。
そのうちXfolioにもあげたいのですが重かったのでとりあえずこちらで。

「11月11日は〜! 棒状のお菓子を食べる日〜!」
「その日は過ぎたが」
 ソーンズは近くのデジタル時計に目をやる。表示板には「11月14日 21:43」と表示されている。今回は珍しく、日付感覚が狂っているのはソーンズではなくエリジウムの方だ。
「イベント当日を過ぎたお菓子ってお買い得だよね」
 訂正。エリジウムは日付感覚が狂っているわけではないらしい。彼が机に置いた棒菓子の箱には、すべて値引シールが貼られている。プレッツェル生地を細い棒状にしてチョコレートをかけた定番のものから、塩味のもの、中にチョコレートが入っているもの、変わり種としてじゃがいもを原材料とした棒菓子など多種多様だ。エリジウムはその中からチョコレートがかかったものを選んで袋を開ける。
「あ、購買部に踊らされてると思ってる? その通りだよ。あんなに大々的に宣伝してたら、興味なくても食べたくなっちゃうよね。はい、おすそ分け」
 エリジウムは取り出した菓子のチョコレートがかかっている方をソーンズの口元に差し出す。棒菓子を咥えると、ソーンズの口内の熱でチョコレートが溶ける。ソーンズが口で菓子を受け取っても、何故かエリジウムは棒菓子から手を離さなかった。仕方なくソーンズは棒菓子を咀嚼して食べ進める。エリジウムは菓子を持った手を動かさないので、ソーンズの唇がエリジウムの指に近づいていく。
「ふふ、ウニの餌やり体験」
 何だこいつ。酔ってるのか?
 ソーンズは思わず機嫌の良さそうな友人の顔を見たが、酒は飲んでなさそうだった。肌の白いエリジウムは酒を飲むとすぐに赤くなる。酒のせいでないのなら、ただ変なツボにハマっているだけらしい。
 あと一口でソーンズの唇がエリジウムの手に接触する、というところでようやくエリジウムは菓子から手を離した。ポリポリと棒菓子を咀嚼するソーンズをエリジウムが満足げに見守るが、何が面白いのかソーンズにはさっぱりわからない。菓子を飲み込んでからやっとソーンズが口を開く。
「珍しいな。こういうイベントは当日に楽しむタイプだろう」
「そうなんだけど、仕事に追われてたら日付を忘れて乗り遅れたんだよね。そんな可哀想な僕とゲームしない?」
 エリジウムは新しく棒菓子を取り出して、主張するように左右に振る。自分のことを可哀想だと言っているが、楽しげに弾む声に悲壮感は皆無だ。ソーンズが「どんな」と尋ねると、エリジウムは待ってましたと前のめりになる。
「さっき、この棒菓子の片方を僕が、もう片方をブラザーがくわえる。それで、さっきブラザーがしたみたいに、両側から食べ進めていく。お菓子から口を離したり、折ったりした方が負け。ね、簡単でスリリングでしょ?」
 ゲームのルール説明をしたエリジウムはチョコレートがかかった方をくわえて、反対側をソーンズに差し出す。ソーンズはルールを聞いただけで、やるとは一言も言っていないが。
 しかし、勝負を持ちかけられて乗らない選択肢はない。ソーンズは差し出された菓子をくわえた。エリジウムは計画通りとにんまり笑うと、菓子を慎重に食べ始める。ソーンズはそんなエリジウムの両頬を手で挟んで固定した。
 サクサクサクサクサクサクサクサク
「早い早い! がっつきすぎじゃない!?」 
「口を離したな。俺の勝ちだ」
 エリジウムとは対照的に、高速で菓子を食べ進めるソーンズに焦ったエリジウムが文句を言う。当然、エリジウムは菓子から口を離すことになり、この勝負はソーンズの勝ちだ。その判定とソーンズのプレイスタイルにエリジウムが異議を唱えた。
「意義あり! 今のはノーカンでしょ! このゲームってもっと『もう少しでキスしちゃう……』ってドキドキを楽しむもので、スピード勝負で楽しむものではないと思うんだけど!」
「キスするかどうかでドキドキ……? 今更じゃないか?」
 エリジウムとソーンズは付き合っている。恋人同士なのでキスもするし、それ以上のことだってする。だから今更顔が近づいたところで、近いな、くらいの感想しか思い浮かばない。そもそも、キスを仕掛けるのはエリジウムの方が多い。挨拶代わりにキスをしてくるこの男が、このゲームでティーンエイジャーみたいに恥ずかしがるとは思えない。
「いやいや、決めつけはよくないよ。僕がお手本を見せるから、君は動かないでね」
「わかった」
 エリジウムが棒菓子をソーンズに差し出す。ソーンズがチョコレートでコーティングされたプレッツェル生地を唇で挟む。エリジウムが反対側をくわえ、食べ進んでいく。
 ポリポリポリパキッ
 エリジウムが数口かじっただけで、菓子が折れてしまった。ソーンズは微動だにしていないため、原因は明白だ。
……
「い、今のは練習! 次が本番だから、見てなよ」
 エリジウムはもう一度ソーンズに菓子を差し出す。仕方なく付き合ってやる。
 ポリポリポリポリパキッ
「下手くそ」
「いや、ブラザーが上手すぎるんだよ! 何これ、すぐ折れるんだけど。君がさっきあんな速度で食べて折れなかったのは何?」
「一度練習したおかげだな」
「じゃあその練習に付き合った僕のおかげでもあるね。お礼にもう一回付き合ってよ」
 負けず嫌いが出たらしいエリジウムがまた棒菓子を取り出そうとするのをソーンズが制する。
「チョコレートはもう飽きた。こっちにしろ」
 そう言ってソーンズが開けたのは、じゃがいもを原料とした棒菓子だ。こちらは甘くなく、何より、先ほどエリジウムが散々折った菓子よりも太い。途中で折る方が難しいほどの太さだ。
……馬鹿にしてる?」
「さあな。やらないのか?」
 ソーンズがじゃがいもの菓子をくわえてゲームを誘うと、エリジウムも乗ってくる。
 ボリ、もぐもぐ……ボリ、もぐもぐもぐ……ボリ……
 数口食べたエリジウムが、手のひらをソーンズに向けて「一旦ストップ」の意思を示す。そして菓子を手でつまんで口を離す。
「君がこのお菓子を提案してきたんだから、笑わないでくれる!?」
「はははは!」
 口が塞がって笑いを堪えていた反動で、ソーンズは声を出して笑った。じゃがいもの棒菓子でするゲームはプレッツェルの棒菓子でするものと比べて、なんというか、もっさりしていた。じゃがいもの菓子は太さがあるせいで、一口ごとに咀嚼して飲み込まないと次の一口に進めないらしい。その咀嚼するエリジウムがなんとも不満そうで、ソーンズは笑いを堪えるのに必死だった。エリジウムに突っ込まれている時点で笑いを堪えられてないのだが。ソーンズはひとしきり笑ってから呼吸を整える。やはりこのゲームはあの細い棒状の菓子でやるしかないらしい。
「ほら、もう一回、やり直すぞ。今度は途中まで行ってやる」
「わあ優しい。やっぱり馬鹿にしてるよね?」
 エリジウムの問いには答えず、ソーンズはチョコレートのかかったプレッツェルを歯と唇で軽く挟み、反対側をエリジウムに差し出す。エリジウムが菓子をくわえたのを確認し、ソーンズはエリジウムの頬を手で固定する。そしてまっすぐ菓子を食べ進める。エリジウムは食べ進める途中で、キスをするときのように顔を傾けるから菓子に変な力がかかり、すぐに折れてしまう。初めからキスを意識しすぎだ。菓子に不要な力を入れないようまっすぐに食べ進めるソーンズの顔が、エリジウムに近づいていく。ソーンズを受け入れるようにエリジウムの顔が傾こうとするのを手で抑える。エリジウムの頬がさっきよりも熱い。あと三口で唇同士が触れる、というところで、ソーンズは食べ進めるのをやめた。
 エリジウムが手本を見せようと四苦八苦するうちに、ソーンズはこのゲームの醍醐味を理解した。要するに、我慢比べだ。
 このゲームは口を離した方が負けだ。つまり、大抵の場合、恥じらった方が負ける。双方が負けまいとゲームを続けると、キスをしてしまう。恥ずかしがって負けるか、キスをするか、その二択の駆け引きがこのゲームの楽しみなのだろう。
 しかし、エリジウムとソーンズにとって、キスは恥ずかしくも特別でもない。だから二人がこのゲームをすると、途中で菓子を折ってしまわない限り、キスで終わることは確定している。問題は、どちらからしたかである。
 ソーンズはエリジウムに向けて、挑発するように笑いかける。ほら、キスしたいんだろう。
 エリジウムの目が好戦的に細められる。エリジウムが菓子を一口食べ進める。間髪入れず、ソーンズも食べ進める。鼻と鼻が触れ合いそうな距離で、エリジウムとソーンズは駆け引きをする。この距離で、どちらが先に我慢できなくなって唇を重ねるか。正直どっちでもいいのだけど、こういったくだらない賭け事が二人は好きだった。
 デジタル時計の時間は進む。購買部の広告には乗り遅れたが、二人が揃えばそんなことは関係ない。エリジウムとソーンズはイベントごとがなくても、二人で盛り上がることが得意だった。