さもゆ
2024-11-14 21:15:47
7281文字
Public MHA
 

【出茶】当て馬にだってなってやる

好きな人のためなら。

「好きな人には好きなやつと幸せになってほしいだろ?」


※モブが出しゃばる
2018.5.24 たまごのお粥pixiv投稿作品

「あなたのことが好きだ。僕と結婚してくれませんか」

 誰が聞いても甘さを隠せていない声音に、熱を含んだ表情、差し出した一輪の薔薇と跪いた体勢に、これドラマで見たことあるプロポーズシーンや、と麗日は呆気にとられた。
 そしてそのまましばらく呆然として、差し出された薔薇と告げられた言葉は自分に向いているのだと理解した途端、「はひぇっ」首を引っ掴まれた羊のような声を出して後退る。
 自分は今、よく分からない状況におかれていた。

 二時間目終わりで十分という休み時間の、トイレに行った帰りの、廊下でのプロポーズだった。眼前でいきなり男子生徒が膝を折ったかと思えば、真っ赤な薔薇を一輪掲げて見せたのだ。

「え、えっと、え、あの」

 あまりの非現実的な事態に頭も口も回らず、そんな麗日の手を取り薔薇を握らせた男子生徒は、なにもおかしなことなど言っていないふうな態度でにこりと笑った。

「僕は花尾創。普通科の一年D組。あなたに、麗日お茶子さんに一目惚れしたんだ。あなたのことがもっと知りたい。から、今日のお昼一緒に食べよう! 必ず迎えに行くからね」

 優しい声音のくせにその実全く優しくない内容を一方的に告げると、最後に麗日の手の甲を一撫でし、男子生徒――花尾は踵を返した。
 つい五本の指先で触れてしまった薔薇が、ふわふわと、まるで頭の中のように不安定に浮かんでいた。
  





「麗日さん、食堂に――
 あーやっとお昼かあお腹空いたな今日の日替わり和食定食はなにかなあ早く行こうデクくん、と矢継ぎ早に言いたかった台詞は一音も出てこず、その代わりがたがたと体が震え始めた麗日に、お昼を多くともにしている緑谷はぎょっとしたらしかった。
「ど、どうしたの麗日さん!?」
 慌てる彼に、「な、なんでも、ナンでもないよ、デクくん!」笑顔を作ってみせる。

「い、いやいや、めっちゃ震えてるよ!? 寒いの? 風邪? そういえば二時間目終わってから様子がおかしかった気が、」
 敏いことを言ってくる緑谷に全力で首を横に振る。あの意味の分からなかったプロポーズからなんとか自分を持ち直し必死に抑えてきた混沌を溢れさせたくなかった。たとえ今が、彼が迎えにくると言っていた時間だとしても!

「そそそ、そう、うん、ちょっと寒いかなーって! その震えなの! やから、ごめんねデクくん、今日は私教室で食べるねっ」
 なにが「やから」なのか。意味をなしていない接続詞を突っ込まれる前に、後ろから冷静かつ少し心配の色を含んだ声がかけられた。
「大丈夫か麗日」
 轟だ。横には飯田もいて、最近の昼食メンバーが揃ったことに益々慌ててしまう。
「ぜぜ、全然大丈夫! ほら、元気やし!」
「いや、その震えで大丈夫と断言するのはいささか無理があるぞ麗日くん」
……あっためるか?」
 首をこてりと傾け左手を上げられ、それはあったまるどころか火傷の域ではと轟以外の三人が思うも、口にはせず。麗日は断りの意もこめて首を振った。

「ほ、ほんと大丈夫やから、ほら、みんな先に行っとって? これはなんというか、武者震いというか、未知に対する恐怖というか……!」

「麗日ー! なんか普通科の奴が呼んでんぞー!」

 廊下からした切島の呼びかけに、びたり、震えが硬直に変わった。そして、油の切れた機械のような動作で顔を向ける。

 開いた扉の傍で、黒髪のにこやかな男子が佇んでいた。
 まぎれもない。花尾創だった。

 もしかしたらあの出来事は夢かなんかやったんかも。知らずに期待していた思いはあっけなく現実に打ち負かされ、そして彼の口が「麗日お茶子さん、迎えにきたよ!」なんてまた夢物語のような台詞を放ったものだから、麗日は羞恥の勢いのまま彼を押し出すようにして廊下へ飛び出した。

 その際の、教室に残っていたクラスメイトの好奇に満ちた目は、割とどうでもよくて。
 緑谷のぽかんとした顔つきが、どうにも心をざわつかせたけれども。



「お昼、どこで食べようか? 食堂?」
「ええっと、あの」
 できるだけ教室から離れ息も絶え絶えな麗日に、花尾は相変わらずにこやかに話しかけてきた。その態度につい絆されてしまいそうになるも、彼はプロポーズをしてきた人間なのだ。昼食よりもまずはそこをハッキリさせないといけない。

「あ、あのね、さっきの話なんやけど」
 なんとか頭一つ分高いところにある黒目を見つめると、その目が穏やかに弧を描いた。
……プロポーズのこと?」
 てらいもなく返され、やっぱりあれは幻聴とかなんでもなくぷ、プロポーズやったんやと内心荒ぶる。体中の血液が沸騰しているようだった。恥ずかしいとか嬉しいとかではなくて、だってそういう色恋的なことに免疫がないのだ。
「あああの、なんで、ぷ、ぷろぽーず……?」
「そうか、僕は愛を伝えるばかりで何一つ言っていなかったな。分かった、僕が麗日さんのどういうところに惹かれてなぜ結婚したいのか、ちゃんと説明しよう」
 確かに説明はしてほしいが果たしてそれを聞いてこの心臓と脳みそはちゃんと正常に機能してくれるだろうか。危ぶむ麗日の手をなんのいやらしさもなく取ると、にっこり微笑まれる。
「でも、お腹すくだろ? ご飯食べながらにしよう」
 食堂はちょっと、と思ったが、自分はご飯を持参していないし購買でパンを買ったとしてもどちらかの教室で食べることになり、そうすると他にどう見られるかが不安だ。
 
 大丈夫、食堂広いし、騒がしいから会話も聞かれやんやろし、デクくんに会わんようにしたら、……そこまで考え、こっくり頷く。
 緑谷のぽかんとした顔つきが脳裏に浮かび、この状況を知られたって、私がわたわたするだけなんやろうな、麗日は肉球の触れていない手を引かれながら、胸を少しもやりとさせた。


 
 食堂に着くまでに分かったことがある。
 花尾創は麗日と同じペースで歩いてくれて、最初は引いていた手も麗日が横に並ぶとさりげなく離し、突飛な発言をしてきた割には穏やかで紳士的。優しげな顔はイケメンともとれるかもしれない。
 芦戸がいたら優良物件と評しそうな生徒だった。

 食堂の目立たない隅の席に向かい合って座り、オムライスをつつく姿をちらちらと窺いながら、和食定食の鮭を食べる。緊張のせいか味がよく分からなかった。

「そんなに見られると、食べづらいな」
「へっ、あ、ごめんっ」危うく鮭を取り落としそうになる。
 花尾はおかしそうに笑って、「緊張してる?」問いに全力で首を縦に振る。緊張というか、不審というか、なにか裏があるのではと勘ぐってしまう。それとなく聞いてみることにする。

「は、花尾くん、私あんま恋愛ごとに詳しくないし、ドッキリやっても大したリアクション取れやんよ」

 眉尻を困ったように下げられた。
「ドッキリじゃないよ。……あー、やっぱり嘘くさいなって思った? クラスの奴らからも言われるんだ、花尾は笑顔で人を騙せるタイプだって」

 そうかもしれやん、心の中だけで普通科一年D組の生徒に同意する。
 なんというか、ほんとに申し訳ないのだが、優しい雰囲気ゆえの怖さというか胡散臭さというか、廊下でいきなりプロポーズをするちょっとした異常性というか、彼の声で「百万円貸してくれないかな」と言われてもサラリとしすぎて違和感もなくお金を騙し取られそうというか。

「でも、本気なんだ」

 不意に真剣みを帯びた声に、失礼な考えが霧散する。
 そして悠々と語られた。

「僕が初めて麗日さんを見た時は、食堂だった。遠目だったけど、あなたはおいしそうにご飯を食べていて、その時は可愛らしい人だなあって、それだけだったんだ。でも、体育祭で、あなたの姿を見た時、恋したんだ。すごくカッコよかった。凛々しかった。綺麗だった。美しかった。ヒーロー科のみんなは、そりゃ嫉妬の対象でもあるけど、確かに憧れでもあるんだ。けど、麗日お茶子さんに対しては、嫉妬や憧れ以上の感情が芽生えた。夏休み中、合宿先で敵に襲われたって聞いた時は心臓が凍るかと思った。……だから、この気持ちはすぐに伝えようって。麗日お茶子さん、好きだ。お近づきになりたいし、できれば結婚したい」
 
 もしサポート科の誰かが生徒の総羞恥量を計測できる機械などを作っていたとしたら、間違いなく今の麗日がトップの位置を占めていただろうと思われた。ごつん! ぎりぎりの理性でお盆をどかしテーブルに突っ伏す。

 告白なら、されたことは、ある。
 けど、こんな、好きの二文字よりも熱烈な言葉は、言われたことがなかった。

「あ、ありがと……花尾くんが、私のどこが好きか、よく分かった」
 自分はきみが思うような人間じゃないよと反論しても、倍になった好意が返ってきそうな気がしたので、やめる。その代わり、でも、と続けた。

「こ、こういう場合ってお付き合いを申すもんっちゃうかな……なんで、いきなり、けけ結婚……?」

 とても相手の顔を見られそうにないためそのままくぐもった疑問を発すると、つむじに自信満々な声が降ってきた。

「だって、好きの最上級って結婚じゃないか! とにかく僕はあなたに対する好意が抑えきれなくってさ、それで、もう、プロポーズするしかなかった」

 なんやその理屈。突っ込みたかったが留めておく。先ほどの彼に感じた怖さが浮き彫りになった気がした。たぶん、価値観や発想の違いに受け入れ難さを感じているのだ。こんな人今まで周りにいなかった。
 すう、はあ。深呼吸した麗日は勢いよく頭を上げた。思ったより近い位置に星の瞬きを宿したような黒目があって、寸の間ぎょっとするも、姿勢を正して一つ咳払い。

「では、私の考えを言いたいと思います」

 ここで怖気づいてしまっては、勇気を出して……いたかどうかは分からないなにせ日常会話の如く愛を告げてきたものだから。とにかくきっと本人にとっても重大なことを真剣に話してくれたのだから、こちらも真剣に嘘偽りなく返事するべきだ。

「私は、花尾創くんのことを全く知りません。やからこれから知っていきたいとは思うけど、それでも、ごめんなさい。結婚したいとか、そういう気持ちには答えられやん、です。まだ学生やし、いや、ちゃうな……今は、自分の夢のために、そういうこと考えられやん、っていうか」

 逃げている、と思った。
 そういうことを考えられやん? じゃあ、自分が緑谷に寄せている思いは、なんなのだろうか。
 違う。今は、そういうことはよくて。

「やから、……ごめんなさい」

 一応は嘘偽りのない答えだった。初対面といえども、振った側と振られた側という関係に恐縮していると、全く想像していなかった優しく気落ちもしていない声が、

「そうだと思った。だから好きなんだよなあ」

 からりと言った。
 かち合った目線から感情を読み取ろうと試みるが、穏やかな色があるばかりで、なにも読めない。オムライスを口に運んだ花尾は、飲み込むと、もう見慣れてしまった笑みを浮かべる。

「振られることは分かってたんだ。知らない男から、いきなりプロポーズ。しかも相手はヒーロー科。よっぽど好きあった相手じゃなきゃ、了承なんてしないよ、普通」 
 
 この人にもちゃんと普通が備わっていたのかと妙に安心してしまう。誤魔化すように麗日もご飯を食べる。

「なんというかね、自己満足というか。抑えきれなくなったから、好きを伝えたかっただけなんだ。僕があなたのことをどうしようもなく好きだってことを、知ってほしかった。こんな言い方あれだけど、返事はなんでもよかったんだ」 

 それを聞いて心の底から安堵してしまう。
 気まずさを感じさせないというのは、とても有り難かった。花尾創という人はあんな突飛なことさえしなければ、胡散臭さというか恐ろしさというか、ほんのちょっとの雰囲気の欠点がなくなってまさに真のイケメンになるのではないかと余計な世話を考える。

「それに、あなたに好きな人がいるってことも、分かってたしな」

 ふぐっ。飲み込んだ米が変な場所に入った。

「げっほ、んん! ど、なん、はえ!?」

「落ち着いて、ほらお茶。……緑谷出久くん、だっけ。なんとなーく、そうかなって」

 打って変わって悪戯っぽそうに笑う花尾に、今日一番顔が熱くなる。期末での記憶が蘇り同じように否定を繰り出そうとするが喉が苦しい。お茶を一気に飲み干した。

「安心してよ。麗日さんを見てたから気づいたんであって、あなたが分かりやすいわけじゃないから」
 ならば夏休み前、麗日の知らずにいた心の蓋を見つけたあのクラスメイトは一体どういう観察眼をしているのだろう。あれは結局うやむやのままになっている。いや、掘り返そうとも思わんけども!

「ちゃ、ちゃうよ、そういうんじゃなくって」

「そうなの? まあ、それもなんでもいいんだ。そんな麗日さんが好きだからね」

 再三言われる『好き』に、反論したい気持ちがしゅるしゅる萎む。花尾は、つまり、「僕はあなたのことが好きだけれど、なにも望まないし、聞いてくれるだけで満足なんだ」と言っているのだ。それはなんて聖人じみているんだろう。普通なら、もっと、欲が出たりしないのだろうか。好きな人が別の人を好いているなんて、もやもやする案件じゃないだろうか。私なんて、デクくんが他の女の子にわたわたするだけで、胸がこう、もやっと……ちゃうわ! ちゃうからー! 
 頭を振り、恥ずかしさにはにかんだ。

「花尾くんは、すごいね」

「え?」
 首を傾けられる。

「もうちょっと、欲深くなっても、いいと思う」

 もちろん峰田のようにとは言わないけれど。

「うん、なんか、最初プロポーズされた時はどうなるかと思ったけど、褒められたんは素直に嬉しかった。ありがと――

「欲を言ってもいいなら」

「うん?」
 今度はこっちが首を傾ける番だった。

 ふに、唇に柔らかい感触と、ご飯に負けないいい香りが鼻先をくすぐる。
 赤い、四つの、薔薇だった。
 花尾の指先から生えるようにして成ったそれが、麗日の唇に当てられている。

 花尾が笑った。
 それはいかにも優しげだったが、瞳の奥は異性を落とそうとするような、怖さが滲んだ色だった。

「あなたの唇にキスしたいって思ってるよ」

「へ」

 時が止まった麗日の唇から薔薇を離し、次いで触れたのは指だった。かさついた指先の、固い爪の先が唇の表面を撫でる。
 この時、冗談でもなんでもなく麗日の思考回路はショートしていたし、働きをやめた脳みそでは目の前の男子生徒はマネキンでしかなかったし、周囲の喧騒は聴覚器官から一切遮断されていた。有り体にいえば、混乱ここに極まれりだった。

「あ、ああ、の」

 それでもなにかしなければと粘った本能が口を動かすが、意味のない音しかでてこず。
 唇に触れていた指がするりと下がって顎を掴んだ――

「麗日さん……!」

 ――と。
 麗日の名を呼んだ最も安心する声と、麗日に伸びる花尾の手首を掴んだ傷だらけの手、背後に現れた気配で、止まっていた時が動き出した。
 どころか、どっと心臓が遅れを取り戻すように早鐘を打つ。

……に、用事があるんですけど、連れてっていいかな」

 振り仰げば、花尾を厳しい顔つきで見つめる、緑谷が立っていた。






 気まずさで逃走したい意思に駆られた。
 教室までの道のりに逃げ道なんて存在せず、麗日は黙って緑谷のあとをとぼとぼ歩くしかない。

 あれから、おかしな具合に、花尾は妙に晴れ晴れとした笑顔で「うん、連れてって、どうぞ」と緑谷に掴まれた腕をふりふり振って麗日と別れた。その際、謝罪とまた一緒にご飯を食べようという誘いを受けたが、曖昧な返事をするに留めた。ますます花尾がなにを考えているのか分からなくなってしまったからだ。
 あれは、あのまま緑谷が来てくれなかったら、もしかしたらキスをされていた流れじゃなかっただろうか。
 でも、そんな流れを作っておいて、あんなにあっさり罪悪感や羞恥もなく身を引けるものだろうか。花尾創。やっぱりどこか恐ろしい。

「あの、麗日さん」

 足を止めた緑谷に、思わずびくりと立ち止まる。

「な、なに?」

「その、ごめん、用事とかほんとはなにもなくて」

 先ほどの厳しい目つきはどこへやら、恐る恐る、といった様子で振り向かれる。

「その、もしかして、……邪魔、しちゃったかな」

 言葉の意味を一瞬考え、それから「そんなことない!」大声を出してしまう。
 慌てて周囲を見渡すもまだ昼休み、生徒はまばらにいて、邪魔にならないように緑谷に駆け寄ると両手を握り込んで隅に移動した。肉球で触れてしまわないように、両手とも小指を浮かして握る手首に、感謝が伝わるよう少しだけ力をこめる。

「デクくんが来てくれて、助かった。私ちょっと雰囲気に飲まれそうやった、もう絶対気をつける! ……止めてくれた時、すごく安心したんよ。やから、ほんとに、ありがとう」

 来てくれたんが、デクくんでよかった。
 心の中だけでつけ加える。

 すると緑谷は予想通りというか、顔を赤くさせてわたわたし、麗日は笑ってしまう。

 もし、あれが私じゃなくって、他の誰かでも、デクくんはああやって止めに入るんかな、とか。
 戦闘時にしか見られやんような顔をするんかな、とか。
 こうやって、慌てて手を彷徨わせたりするんかな、とか。

 それらは、今は麗日にしか向けられていないのだから、考えたって仕方がないことなのだ。

 麗日は気持ちにそっと蓋をしなおして、今の幸福を噛み締めるのだった。