ミイ
2024-11-14 21:11:52
8169文字
Public ぶぶでぼ
 

仲直り

・静なつ前提のぶぶでぼです。
・祭りのあとの遥ちゃんと静留さんのお話です。

 夕日が校舎を紅紅と染め上げる放課後。奇跡的に無事だった教室を間に合わせの生徒会室として使い始めてはや数日。机に積まれた膨大な量の紙束から一枚を手に取り、目を通してサインをしたところで、静留は浅いため息をついた。

 あの凄惨な祭りの後片付けは、一人でするには少し荷が重い。かといって唯一頼れる人は入院してしまっているし。事が事に、部外者を引き入れるのも気が引けてしまっている。小さな使い走り程度は取り巻きや他の役員に任せることができるものの、決裁関係の仕事は主に静留一人がとり行っていた。

 量が正気の沙汰ではないくらいだが、忙しくしていれば気がまぎれる、というのが理事長から仕事を引き受けている表だった理由の一つ。

 聡明な彼女が、本来祭りの後処理をするはずだった機関を潰したのが誰か、なんて。覚えていないはずもない。

 自分がこの手を紅く染め、奪った命。それらが舞い戻ったからなんだと言うのだろう。生き返ったとはいえ、自分が一度殺めてしまった事に、なにも変わりはしないのに。

 こんな自分が。愛する人のためなら何をしても許されると思っているような人間が、あんなに優しくて純粋な子の隣に居られるとは思えない。誰がどう見たっておかしい。離れたほうがいい。近寄らないほうがいい。そう、思うだろう。

 あの出来事を経て、自分のなつきへの想いが、変わったわけではない。それでも。一度自覚し、ずっと隠し続けてきたものが一度あんな形で表にでてきて仕舞えば。自分の異常さに慄いてしまうのは当たり前のこと。

 二人あの場所で蘇って、全てが終わった後。特に異常もなかった自分は、すぐに学園に戻った。そしてそこからは仕事、仕事、仕事の日々。もう、一週間ほど経つだろうか。

 まっすぐな瞳で自分を見つめて、「もういいんだ」と言ってくれたあの子にはまだ、会えていない。

 あの子は……なつきは無事だろうか。

 六つの頭を持つ愛し子と共に切先を向けた自分が、そんなことを考える権利など、ないのかもしれないけれど。

 あの子のことを考えれば、祭りのことを思い出してしまう。

 夜な夜な清姫と共に歩き続け、彼女を苦しめる全てを壊し続けたあの日々を。……あの頃から眠れていないことくらい、罰の内にも入らない。

 浅い眠りにつけば、自分の手がじわじわと紅く染まっていき、そして命を奪った存在たちに耳元で囁かれるのだ。

「お前は鬼だ」
「お前が幸せになれることはない」
「地獄に落ちるがいい」
と。

 それが自分への罰なのだと受け入れようとも思ったが……眠れないのであれば仕事をしたほうがマシだと、学園から寮へ、資料やらなんやらを持ち込むようになった。そうすれば、放課後、夜、朝方。様々な業務をあてがわれる昼間以外の全ての時間を費やせる。……ある意味で、それはとてもありがたかった。

 眠ることもほとんどなく、片付けたそばから増えていく仕事に、いっそ倒れてしまえたらと思うのに、どうしてかこの体は風邪も引かなければ、倒れることもない。

 一度死んだはずなのに記憶も無くならず、自分がしたことはなかった事にはならない。苦しみ、己の醜さにのたうち回り、どうやって償っていけばわからないものに押しつぶされそうになっていた時。理事長から提示された生徒会長としての仕事。

 HiMEたちのこれからの生活。身の回りのものの手配。そして必要があるならば学園から惜しみのない支援をするから、その窓口になってほしい、と。憔悴しきっていた自分に、償いの形を与えてくれた。これはきっと、理事長なりの心遣いなのだろう。それならば。生徒会長になった動機も動機で、一部以外は真面目にこなしてきたとは思わない仕事を、きちんとしてみようと思ったのだ。

 部活動も授業も中止になり、早まった、といっても存在しているかもわからない下校時間という概念。まだ夕陽が照らしている中、大きな紙袋を右手に一つ、左手に一つ下げて歩いていた時、ふと後ろから声をかけられた。

「藤乃」

 何度も何度も。こちらがすげなくあしらっても繰り返しぶつけられてきた快活な声。先ほどから声をかけるタイミングを見計らっていたことはわかっている。まるで太陽にじりじりと焼き付けられるような熱い視線を、背中に感じていたから。

「藤乃! 聞こえてるんでしょう?! 返事くらいしなさいよね!」

 少し様子を見たかっただけなのに、無視されたと思ってしまったらしい。相変わらずこの人は沸点が低くておもしろい。

 薄い笑みを貼り付けながら静留は振り向き、次いで目をすぃ、と細めた。夕陽を受け、きらり、と光るでぼちん。もといおでこを持つ少女。

 生徒会執行部部長、珠洲城遥が、静留にびしぃっと人差し指を突きつけながら、そこに立っていた。

「珠洲城さん。どないしはったん?」
「あんたに話があるのよ」
「あら、もしかして告白やろか。珠洲城さんからやなんて……うち、どないしましょ」
「はぁああっ!? 何言ってんのあんた! ……もう、とにかくこっちに来なさい! 早く、ついてきて!」
「はいな」

 ずんずんと振り向きもせず歩いていく彼女の後ろを静留はしずしずと歩いていく。遥の握り拳にはぎうっと力が入っていて、肩もいからせ何やら気合いが入っている様子。なにか、緊張でもしているのだろうか。不思議に思ったその時、

「あ」
と急にこちらを振り向いた彼女は静留に向かって
「ん」
と片手を差し出した。

「珠洲城さん?」
「それ、重そうだから一つ持ってあげるわ。感謝なさい」
「あら、おおきに」
「って! 一つって言ったでしょーが!」
「やって珠洲城さん、うちより力持ちやし……ああ、もし無理いうんやったら」
「バカにしないでくださる!? こんくらい十個でも百個でも持ってきなさいよ!」
「ふふ。やったらお願いします」
「はっ!? 謀ったわね!? 藤乃!」
「あら、なんのことやろか」

 素知らぬ顔をしてみれば、ぐぎぎぎと悔しそうに歯軋りをしながら、それでも両手に紙袋を持って進んでいく彼女。不器用な優しさに少しの暖かさを感じながら、静留は遥の後について行った。

……この辺でいいかしらね」
……珠洲城さん、堪忍な。うちには心に決めた人が」
「だぁかぁらぁ! 違うって言ってんでしょーが! てか知ってるわよ! あんたは人の話を聞きなさい!」

 ぜえ、はぁと息を吐きながらもキレのいいツッコミ。おもしろおすなぁ、なんて思いながら静留は興味深そうに彼女を眺める。

 本当に、何の用なのだろうか。あの祭りが終わってから彼女に面と向かって会うのは初めてだ。彼女が菊川さんの大切な人だということは、菊川さんがHiMEだと知った時から気づいていた。だから、彼女のチャイルドを倒して仕舞えばどうなるかも。……わかっていたのだ。その上で、あの場で二人と話をした。菊川さんだけを残して、珠洲城さんには帰ってもらってもよかったのだ。何も知らない彼女は何も知らぬまま、消えていけばよかった。だけど自分は……そうしなかった。まあ、あの状況で帰れ、と言っても彼女はそう簡単に引き下がらなかっただろうが。

 ずっと秘めてきた自分の想いを暴かれて、穢らわしいと罵られて。あまつさえ、なつきにまで知られてしまった。許せなかった。…………全てが。

 彼女たちさえいなければ、あのままなつきと二人で過ごしていたはずなのに。……長く続けば、どこかで綻びができていたかもしれないが。

 だから、あれはただの八つ当たりのようなものだったのだ。愛する人を目の前で失うとはどういうことか。同じ気持ちを、自分の秘め事をなつきの前で暴露した彼女に、味わせたくなった。

 めがねのあの子も、ダイアナ、と名を呼ばれたチャイルドさえも。なつき以外になにも目に入らなくなった自分の目にぐいぐいと入り込んできた黄緑色は、あまりにも鮮やかで眩しかった。柄にもなく気が立ってしまうほどに。どうしてそんなに、素直でいられるのだろう。どうしてそんなに、何も考えずに口を開けるのだろうか、と。

 勝負がついたのは一瞬。バラバラになったチャイルドが頭上から降り注いで視界を覆っていった。ああ、これで。これでうちはまた、なつきを守れた。

 最後の最後まで戦い抜いて、なつきを守る。なつきの邪魔なもの全てを、うちが全部倒したる。

 そう、恍惚にも似た逃避をしていた静留の視界は突然、ぐらりと揺れた。
 頭突きをされた、とわかったのは、瞬きを一つしてからだった。
 大きな声で正義を説き、冗談なんて通じない。全てを真正面から受け止める、自分とは正反対の彼女は……苦しみに喘ぎながらも満足げに笑みを浮かべていた。一矢報いた、とでも言いたいのだろうか。……アホらしい。

 菊川雪之の想い人。珠洲城遥は、緑色の粒子となり、空に消えていった。その腕にいつもはめていた腕章だけを、この世に残して。

「ちょっと藤乃! 聞いてるの?」
「あら……堪忍な、珠洲城さん。やからうちは」

 物思いにふけっていた、と気づいたのは、やはりあの金髪と目に映える黄緑が視界に飛び込んできたからだった。そういえば今日の彼女は腕章はしていない。あの子に渡したきりになってしまっているのかもしれない。

 ……ほんに、眩しい人。うちとは違う、自分から光を放ってみんなを照らす、お陽ぃさんみたいな人。

「ってやっぱり聞いてないじゃない! ほんっとあんたってやつは!」

 はぁ、とこれみよがしにため息をついて、彼女はキッと瞳を釣り上げる。といっても、元々がタレ目なのでそれほどの威圧感はないのだけど。

「一回しか言わないから鼻の穴かっぽじってよぉく聞きなさい! いい? 一回しか言わないからね!」
「はい」
…………めん」
「え?」
……あの時は言いすぎたわ。だから、ごめんなさい」
……え?」
「あの時は私も気が動転してて、だってそんな、藤乃が………………なんて」
…………
「あんたには激しく失望させられたわ、なんて言ったけど……あんたにも事情があるってこと、考えられてなかった」
……え?」
「ねえあんたわざとやってるでしょ!?」

 しおらしく謝罪の言葉を並べていた、と思ったら、いつものようにぎゃんっと噛みついてきた遥。上目遣いに睨みつけてきた遥に狼狽え、静留は言い淀む。俯き、目を逸らす静留の姿は、遥が今まで見たことのないくらいに弱々しかった。

「藤乃? あなた……
「いや……その……珠洲城さんからその話、振られる思てなかったし、謝る、言うたってそれ、は……

 うちの方、やし。

…………はんっ、こーんな弱っちいやつにやられたなんて、珠洲城家マツダまでの恥よ!」

 よくわからないことを大きな声で言っているが、上目遣いに少しだけ視線を流してみれば、珠洲城さんはあの射抜くような瞳で自分を見つめている。逃がさない、逃げることは決して許さないとでも言いたげな瞳だ。

「私は謝ったわ。次はあんたの番よ」
……え?」
「だから次は藤乃の番。あれは……正直ちょっと怖かったし意味わかんなかったけど、お互い様ってことで、話をおとしてあげるって言ってるの。藤乃、こんなこともわかんないなんて、あんたボケてんじゃない?」
「やかて、あれは……謝ったかて許される、言うもんやない……
「だから謝らなくてもいいっていうの?」
…………

 はあ、と深くため息をつき、眉間の皺を摘んでほぐす遥。今までも彼女をよく困らせてきたが、ここまで呆れた顔をさせたことはあっただろうか。

……藤乃、仲直りってしたことある?」
「仲直り……
「やっぱり。あんたしたことないでしょ。この私が特別に教えてあげるわ!!」

 鼓膜が割れそうなくらい大きな声に、急にきらきらと輝き出した瞳。一体どうしたというのか。

 確かに生まれてこの方、怒られたこともほとんどなければ歳の近い子たちと喧嘩したこともない。仲直り、なんていうものは喧嘩の仲裁をしたことはあれど、自分が当人として参加したことはなかった。誰かと本心でぶつかり合うなんてことを、静留はこの祭りが訪れるまでしたことはなかったのだ。

「ごめんって言われたらごめんって言えばいいのよ。それだけ」
「それだけ、どすか? ……やかて」
「許すか許さないかはその後。とりあえずちゃんと謝っとけばいいのよ。ほら、言ってみなさい? 私が聞いてあげるから」
……珠洲城さん」
「なに? 藤乃」

 そんなことでいいのだろうか。……いいはずはない。口先だけで、いや、心がこもっていたとしてもあれは、なかった事にはならない。大切な人を守る、という口実で人の命を奪ったこと。すがるように秘め続けた恋を暴かれたからと、苛立ち、憎み、逃げ惑う者たちを相手に弄んだこと。自分が手にかけた誰もが、きっと誰かの大切だった。そしてその誰かの大切な人も、傷つけた。それでも、自分は。

 自分のてのひらが、赤く染まっているように見えた。それから目を逸らすようにしてゆるゆると、顔を上げる。自分を見ているその瞳がどうか、憎しみに満ちたものであって欲しいと願いながら。……それなのに。

 こんなにも醜く汚い自分を見つめる遥の瞳は、星々がきらめき、何よりも澄んだ色を浮かべていた。自分を殺した相手に、大切を、弄んだ相手に、どうしてこんな目を向けられよう。

 しばし考え込んでしまったが……それはきっと、彼女が『珠洲城遥』だからなのだということで、腑に落ちた。

 出会った時からずっと。呼んでもいないのにそばに来て、テストがどうの、体力テストがどうのと喚き立てていた存在。それほど気にしていなかったものの、あのきらりと輝くでぼちんが、嫌にでも目に入り、いつしか彼女の名前を呼ぶようになっていた。

 実直で冗談も通じない。ほんの少し手のひらで転がしてやれば、思っていた以上にごろごろとどこまででも転がっていってくれる、都合のいい人間。だけど情に熱くてまっすぐで。自分にないものばかりを持っている人。なんとも思っていなかったつもりが、思い出の中の所々に彼女がいた。

 仲直り、なんて。友達はなつきの他にはいないと思っていたけれど……彼女からすれば自分なんかが友達だと、思ってもらえていた、ということだろうか。

 あの罪を、今生だけで償うことはできない、と思うし、今でもずっと苛まれ続けている。

 だけど……後悔をしているわけではなかった。きっと自分は何度あの時間、あの場所に立ち戻ったとしても同じことをするだろう。なつきを守るために、なんて大義名分をかざして、なつきを脅かす存在は全て、一つ残らず消し去っていくのだろう。

 ……ああ、あの時なつきを一番怖がらせていたのは、あんな顔をさせていたのは、珠洲城さんでも菊川さんでもない。他でもない自分自身なのに。自分さえいなければ、なつきが幸せになれるかもしれない、と思っても、自分が消えて仕舞えばなつきも消えてしまう。死にたいのに死ねない。生きていたいのに、死んでしまいたい。なんて生き地獄だろうかと、自分の運命を呪った。

 そんな自分を。彼女は。

 あの日の自分の声、瞳、態度。取り繕ってきたものが全て剥がれ落ちた自分を覚えているはずなのに、彼女は変わらず、自分にぶつかってきてくれる。珠洲城遥が見ていた『藤乃静留』は、憧れていた自分は、どこにもいなかったというのに。

 ああ、もう……ほんに、かなんなぁ。

……かんにん」

 ぽろり、とこぼれ落ちた涙をどうすることもできずそのままにしていれば、まるで子供相手にするみたいにハンカチでぐしぐしと強く拭われた。手慣れた仕草に、きっと幼い頃からこの人は、自分の、そして幼馴染のあの子の涙を、何度も拭ってきたのだろうと思った。

「みっともない顔しちゃって。藤乃。私がどれだけあんたのこと見てきたと思ってんの?」
……隠れる気もなく尾行してきたり……堂々と寮の前に居った時、はっ、新手のストーカーさんやろか、思いました、けど」
「あ、あれはストーカーじゃないわ! けーさつよ! 全くもう。失礼ね」

 おそらく偵察と言いたかったのだろうが。どちらかといえばお縄につくのは珠洲城さん側のような気がする。

……あれが、私と雪之がしたことが、あんたにとってどれだけのものだったのかは……よくわかったし、私は悪かったって思ってるわ。あのことは他言しないし話題にも出さない。まあ、雪之を傷つけようとしたことは絶対許さないけど」
「うち……珠洲城さん、が……いなくならはるの、わかっ、てて……あの子を」
「全っ然良くないけど、私が今、生きてるからいいのよ。悪いと思うんだったら、これから償いなさい。私の部下にしてやるわ!」
「珠洲城さんの部下、言うんは楽しそうやけど……気乗りしぃひんさかい、お断りします」
「はぁ!? そこはよろしくお願いします遥様でしょ?!」
……珠洲城さんにはもう、おらはるやろ? 大事な大事な、あんたを慕うてくらはる子ぉが」
「そうね。あんたの出る幕はないわ。……まあてなわけで。仲直り、しましょ」
………………
「どうしたのよ、藤乃」
「仲直り……したら、どうなるん?」

 喉から搾り出すように出たのは情けなくて、自分でも笑ってしまいそうになるくらいか細い声だった。

 それを聞いても遥は馬鹿にすることもなく、広いでぼちんをきらりと光らせて、口端を引き上げニッと輝くような笑顔で笑った。

「元通り、にはならないかもしれないけどその話は一旦終わり。私たちがいつも通りになっても、周りが戻るのには時間はかかるかもしれないけど。ほら。手、出しなさい」

 きゅっと掴まれた手。自分のよりも小さなそれが、静留の手をそっと包む。

「仲直りのあ、く、しゅ。はい、これでおしまい」
……珠洲城さんの手ぇ、あったかいなぁ」

 思わず握り返して仕舞えば、面白いものを見つけた、とでも言いたげに眦が緩んでいく。

「ほんと、好きな相手のために職務奉仕するわ、仲直りの仕方も知らないわ、手のかかる生徒会長様ねぇ?」

 職務放棄をした身としてはこの言い間違いに突っ込むか迷ったが、それは彼女を慕うあの子の仕事だと思い、静留は笑みをこぼすに止めた。

「ほら、あんた寮に帰るんでしょ? 運ぶわよ、それ」
「ええの?」
「ええのよ。ほら、行くわよ藤乃」
……おおきに、珠洲城さん」
「ふんっ! 藤乃にお礼言われたって嬉しくないんだから!」

 両手に大きな紙袋を持った、珠洲城さんのあの鼻息の荒さを見るに、きっと嬉しいと思っているのだと思う。こんな自分に憧れていてくれたという彼女。その期待も全て裏切ってしまったというのに、彼女は前のように自分のそばにきてくれる。「藤乃!」と強くはっきりと、自分を呼んでくれる。勝手に救われた気持ちになることは、許されるのだろうか。これを彼女に聞いたらまた、怒られてしまうのだろうけど。

「仕事、立て込んでるんでしょう? 藤乃、寝てないみたいだし。私も復帰したんだから半分よこしなさい」
「嬉しいお誘いやけど、珠洲城さん、時々けったいな間違いしはるからなぁ」
「ぬわんですってぇ!? 私だってやればできるんだから!」
……うーん。そやったら少し、お願いしてもええやろか」
「ん。最初っからそう言えばいいのよ。この遥様を頼りなさぁい?」

 隣を歩いているのは珠洲城遥なのに、静留は無性に、なつきに会いたいと思った。今の自分なら、会える気がする、と。

 月明かりが照らす夜道を二人並んで歩く。かたやその命を奪ったもの。かたや、その命を奪われたもの。二度と交わらぬと思っていた縁が再び交錯していく。街灯が照らす影の長さは違えど、二人の歩調は、今までになく合い、穏やかなひと時となった。