さもゆ
2024-11-14 21:04:11
7643文字
Public MHA
 

【轟百】氷と炎、どっちがいいと思う

「どっちも良くないと思いますわ、轟さん!」

※モブ敵が出しゃばる

2018.5.8 たまごのお粥pixiv投稿作品。

 あとほんの十分歩けば雄英、という地点で、八百万は道の端に蹲る人影に目が留まった。
 ヒーローを志す者として、いやそれ以前にただの人間として、電柱に体を預けるようにしてぴくりとも動かない恐らく男性を、見て見ぬふりして学校の寮に急ぐなどという選択肢はなかった。慌てて駆け寄り屈み込む。
「すみません、大丈夫ですか? お体の具合でも」
 悪いのですか、続けたかった言葉は伸ばした手首を弱々しい力で掴まれたことにより飲み込む。細い手首。力の籠らない指先。低い体温。男の情報を体調不良のカテゴリーに分け、「……もうし、わけ、ないんだが」今にも事切れそうな声量で何事かを告げようとしてくる男に少しも聞き漏らすまいと顔を近づける。
「力が、入らなくて……
 長い前髪に隠れた男の表情は分からないがひどく蒼白だった。近くの病院を頭の中でいくつか探し出しながら、
「随分顔色が良くありませんわ。力が出ないのですね? 他に何かお悪いところはありませんか?」
 相手を不安にさせないよう落ち着いた態度で状況を把握しようと努めた。すると、男が薄い唇からまた何かを言った。聞こえない。「申し訳ありません、もう一度――」更に顔を近づければ、弱々しく震える指先が、八百万の肩を掴む。
――お嬢さん、俺の個性を教えてあげようか」
「えっ?」
 あんまりにも唐突に、たった今まで虚弱に見えた男から意気揚々とそんな言葉を言われるとは思わず。
 愚かなことに、反応が遅れた。
 肩にあった手は胸倉に移動しそのまま体調不良が嘘のような力で引き寄せられた。前髪から覗いた目を見て悟る。嘘だったのだ。体調が悪いなどと。いやそもそも男には力が入らないとしか言われておらずではこれはこちらの早合点で、そしてその早合点をこの男は利用しようとしていたのだ――敵(ヴィラン)だから!
 陰鬱とぎらついた視線とかち合い、何かを考え抵抗するよりも早く、引き寄せられたまま男の口と八百万の口がくっついた。
 ぶつかった、という表現が正しいそれは、歯のぶつかる硬い音と、少しの柔らかい感触、痛みを併発させて、一瞬で終わった。
 その一瞬で多大なる混沌の渦に飲まれた八百万の眼前で、男が爽やかに笑う。
「ありがとう、お嬢さん。おかげで逃げられる」
 そして爽やかさとは対照に思い切り突き飛ばされた。逃げられる、反射的に反応した体は腕を伸ばし、捕縛武器を創造していたが、中途半端な長さで断ち切れた。夕闇の中男が消えていく。大声を出すこともできなかった。
 ただ、受け身を取り損ねた体が、ふるふると震えている。全身が気怠く、切れたのであろう唇は鈍く痛みを放っていた。




「敵名、口吸い。個性は口づけることによって相手の体力を一時的に奪うものだ。男で痩身、茶髪で、前髪が長い。最近この近くで被害が増えてる。お前らも外出の際は気をつけるように」
 朝のホームルームで合理的にかつ端的に最後にそう告げると、相澤は名簿を片手に教室を出て行った。その際、ちらと気遣わし気にこちらに視線をやってくれた気がして、八百万は感謝の意を含めて小さく頷いておく。

 昨日の夕方、その口吸いに襲われた八百万は、自身の混乱を後回しにして警察と雄英の教師陣に携帯で連絡を取った。敵の特徴、憶測だったが個性発動条件、個性自体のこと。すると口吸いは子悪党だが逃げ足が速く、最近巷で女性が被害に遭っているらしいことを知れた。非常に情けなく非常に言い辛かったが自分がその被害に遭い道端から動けないでいることを伝えれば、歩いて十分の道のりを三、四分で相澤が駆けつけてくれたのだ。休日でしたのに、すみません、本当はもっと早く帰るつもりで、等言い訳じみたことを力の全く入らない身体で言い募り、説教は後だと相澤に抱え上げられ無事雄英に。体力を奪われたとなってはリカバリーガールの治癒は受けられず、彼女からは体にいいものを食べ質の良い睡眠をとるしかないね、本調子に戻るまでは無茶はせず、イレイザー、演習に出させちゃいけないよ、と飴玉を出された。
 それから詳しい事情をもう一度説明して、今日はもう休んだ方がいいと寮に戻ったのだ。もちろん相澤に抱えて貰ってだった。八百万はこの時断ろうとしたが、歩こうとすると足は生まれたての小鹿のように震えるのだ。大人しく負ぶわれることを選択せざるを得ない。
 外出していた八百万が担任に負ぶわれて帰ってきたのを見てクラスメイトたちは困惑していたが、当の本人もなんと説明したらいいか迷い、すかさず相澤が合理的虚偽を発する。
 外出先で捻挫したらしい。自業自得だからリカバリーガールには診て貰わなかった。暫く演習も参加できないかもしれんが、手助けしてやれ。
 数人が眉を顰めたが、大半の者は虚偽を真実と思ったらしく、下ろされた八百万に駆け寄り心配してくれた。
 被害の遇い方が如何せん公にすると被害者を傷つけてしまうかもしれないものだ。八百万とてヒーローの卵だがあまり口にしたくはなかった。これは教師陣と決めたことで、配慮には感謝してもしきれない。だが合理的虚偽のおかげで足を怪我した演技をしなければならないのは少し大変だった。
 今朝起きると歩けるほどには回復していて、走れるのではと試していたところを麗日に見咎められた。足捻っとるんやから、ほら、ここ座って! あ、湿布とか貼っとる? ちゃんと換えた? 手当てとかなんでも手伝うよ! まだ痛い? くるくる表情を変える友人に八百万もくるくる表情を変えながら、いいえいいえ麗日さん、その、全然大丈夫ですのよ! 確かに走ることはできませんでしたが、見た目はなんともありませんから、腫れてもいませんもの! それはそうだ捻挫などしていないので。そんなわけで昨日から体も心も苦しい。

 相澤が出て行き、クラスは会話に包まれる。うわ、何その敵、正しく女の敵だね。誰かが漏らした感想に心中何度も同意する。でもあくまで知らぬふりをしなければ。
「はあ……
 溜め息を吐いた八百万は、机に突っ伏したいのをどうにかこうにか我慢しながら、一時間目の座学の用意をし終えた。気を抜くと崩れてしまいそうだった。
「なあ」
 ぼんやりする意識に隣から声をかけられ、ぼんやりするまま振り向く。左右非対称の色をした瞳がほんの僅か眉を下げ自分の唇を指し示していた。
「怪我、足だけじゃねえんだな」
「あっ」
 ハッとして口元を覆う。唯一怪我したその場所は、一点だけ赤く傷になっている。数日したら痕にもならずに消えるだろう。元通りに。
「八百万、大丈夫か」
 考えないようにしていたことが一気に逆流してきた。
 ……元通りって? これは私の不注意が招いたこと、私が傷つく道理はないのよ。むしろ私の証言であの敵に危機感を持って貰えるわ。捕まえることや反撃ができなかったのは本当に悔しいけれど、これで被害が減ってくれれば。
「おい、」
 そうよ、私じゃなくて一般の女性ならもっと怖い思いをしたかもしれない。私で良かった。そう、抵抗もできなかったけれど。……でも、でも。抵抗って? だってまさかあんな、あんなことをされるとは思わなかったのだ、あの敵にとってあの行為は個性の一部で、される側の女性のことなんかこれっぽっちも気にかける存在ではないのだろう。でも、こちらにとっては。腹立たしい。悔しい。……気持ちが、悪い。口づけはあんなことで行われるものではない、本当はもっと素敵なもののはずなのだ。したことはないけれど、いやもうされてしまったけれど、こんな辛くて涙が出そうなものではないのだ、きっと。
「八百万!」
 とどのつまり、八百万はノーカウントとも言えるあのやむを得なかったファーストキスが、嫌で嫌で仕方なくて、昨日からちょっと泣いてしまいたかったのだ。
 意識を揺さぶった珍しくも焦った様子の轟の呼びかけに、八百万は「は、はい、なんでしょう」なんにも気取られないよう笑みを浮かべて見せた。
「なんでしょうって、こっちが聞きてえ。なんで泣いてる」
「へ」
 奇妙なものでも見るような轟の視線に、漸く気づく。両目から水が出ている。「な、」ハンカチは鞄の中にあるというのに咄嗟に掌からハンカチを創造してしまって、それで顔を隠すと個性を使ったせいか余計怠くなった体に鞭打ち「なんでもありませんわ! そう、ちょっと目にゴミが! 両目に睫毛が入ってしまったみたいで、それだけです!」他のクラスメイトにも聞こえるように声を張り上げた。
「睫毛が」
「そう、睫毛が! あ、でももう取れました、ご心配ありがとうございます轟さん!」
 強引に涙を拭き取り今度こそ笑顔を見せる。納得し兼ねるというふうに眉根を寄せていた轟は、「……そうか。あんま擦んなよ」誰がどう聞いても納得していない声音で八百万との会話を切り上げた。 




「あっ」
 あれから一週間が経った。
 敵の個性は一日だけのものだったようで、体調は早々に本調子に戻り、合理的虚偽の方も翌日には治ったことにしてしれっと演習に参加できていた。ただ相変わらず心の方は容易にいつも通りとはいかず、ふとした拍子にぶつかった口を思い出しては唇を噛み締めていたのだが。
 そして、今、八百万はその比じゃないくらい唇を噛み締めていた。
 クラスメイトたち数人と買い出しに来ていた大型ショッピングモール、そこで、悠々と歩くあの男を見つけたのだ。痩身に、茶髪。横顔から見えた前髪は長い。
「八百万さん? どしたん?」
 一緒に食品売り場に向かっていた麗日が、話の途中で顔色を変えた八百万を不安げに覗き込んでくる。自分より背の低い彼女に「えっと、」だいぶ先を歩く男が角を曲がったのを視界の端で捉えた途端、「私ちょっと用事がありますの!」言い捨てるようにしてその場を駆けだした。「八百万さん!?」ごめんなさい麗日さん、せっかくの楽しいショッピングを。心の中でたくさん謝り、今度お詫びにチョコレートをご馳走しようと心に決める。
 なんとか人を縫って走りを止めず角を曲がった。先には地下駐車場に繋がる扉しかなく、勢いのまま躊躇なく鉄扉を開けていた。 
 コンクリートでできた、薄暗く静かな駐車場には人影がなく、そこで冷静になろうと一歩二歩慎重に歩を進めていく。
……誰も、いませんの?」
「いるよ」
 反響する自分の声音に被さった男の声は真後ろからだった。
「!」
 瞬間、個性を発動させ背中からネットを放出させる。一寸の間も置かず振り向きざま距離を取った。
 捕縛用のネットは男を捕らえることなく地面に着弾していて、悔しさで顔が歪んでしまう。一方敵――口吸いはネットの傍で余裕な態度を崩しもせず八百万を見ていた。
「すごい個性だね。でも背中破けてるよ? 夏とはいえ風邪引いちゃうかも。上着貸そうか?」
 この男は何を言っているのだろう。やはり自分が世の女性にとって余程のことをしている自覚がないのだ。にこにこと口端を上げている男に、口端を下げて冷たく言い放つ。
「結構ですわ。あなた、自分が捕らえられるべき対象であることを知った方がいいですわよ」
「知ってるよ。俺は口吸い。お嬢さん、きみは先週俺が体力を分けて貰った子だよね」
……覚えていてくれて何よりです」
「こんなところでまた会うなんてさ、しかも追いかけてくれて。嬉しいな。あ、まさかまた口づけて欲しかったりする? ごめんね、あの時は丁度ヒーローに見つかりそうな時でさ、ゆっくり味わう暇もなかったから、強引だったでしょ。俺追いかけっこが好きでさあ――
 我慢が効いたのはそこまでだった。鷹揚に喋り続ける敵に向けて、密かに創造していた銃を撃ち込む。実弾ではなく、催眠玉だ。空中で弾けた玉は白い煙を噴き上げ敵を包み込む。はずだった。
「それともう一つ好きなことがあってさ、」
 煙がすぐに晴れたそこに、男の姿がない。
「俺、隠れ鬼とか、素早く動く遊びが好きなんだよね」
 だん、と体に衝撃がきて息が詰まった。視界を埋め尽くすのはコンクリートの地面。頬に冷たい感触が広がる。背中には重み。両腕は後ろ手に掴まれている。やられた! ぎりりと唇を噛み、首を捻って自分に跨る男を睨む。
「駄目だよ、お嬢さん。そんなに強く噛んじゃ、血が出てしまうかも」
 男はにこやかで、爽やかで、こんな場面でなければ紳士然だとも思える態度だったが、八百万を見下ろす長い前髪から覗く両目は明らかに犯罪者のそれだった。
「綺麗な肌だね」
「っ、やめ……!」
 盛大に破けていた服の端から指が背中を這った。ぞわ、全身が粟立つ。すぐにでも何か創造しなければ、そう思うのにこの一週間分の行き場のなかった感情と今の不快と感じないようにしていた恐怖が八百万の判断と動きを鈍らせる。
 するりと指先が腰を撫で、そうしてぐっと口吸いの顔が近づいてきた。
「お嬢さん、キスするときは、目を閉じるものだよ」
 閉じて堪るもんですか、ありったけの抵抗心を込めた言葉を何か叫んでやろうと開いた口は、じわじわと滲む視界で距離が分からない敵に震えるしかなく――
「八百万!!」
 ――轟の声が駐車場に響き渡った。
 そして、ばきり、と聞き慣れた氷が生成される音と冷気が肌を刺す。
……なんだこれ」
 敵が迷惑そうに八百万から顔を離し、自分の左足を見ている。敵の地面に着けていた足は、左だけ、膝上まで八百万を避けるようにして凍っていた。地面を凍らせている氷を辿り見て、あれだけ震えていた八百万の唇はきゅっと引き結ばれる。轟が、氷にも劣らないひどく冷たい眼差しを、敵に向けて立っていたのである。それだけで、この場における最適解が浮かび八百万を突き動かさせた。
 闖入者に気を取られた敵の手が緩んだのを、冷静になった八百万が見逃すわけがない。    
「轟さん! 溶かしてください!」
 射殺しそうだった目つきを瞬かせ、数秒と置かず炎熱が地を這い敵の足を留めていた氷を溶かす。「うわ、熱っ」敵が腰を浮かす。八百万は状態を捻るとすかさず敵の手を掴み足を払った。体勢を崩した体をそのまま地面に引き倒す。形勢逆転――
「キスする時は、目を閉じるものですわ」
 指先から創造した催眠玉を顔の近くで潰し、八百万は口吸いの唇を見事、地面とくっつけさせていた。

「これ着とけ」
 携帯で麗日たちに連絡し、拘束した敵を駐車場の隅に移動させ終えたところで、頑なに目線を寄越さない轟が自身の着ていた半袖のシャツを差し出してきた。八百万は自分の恰好に意識が向く。
 上に着ていた服は背中が大きく破れ、けれども八百万的にはまだセーフというか、隠すべきところが隠れているのでそこまで羞恥もないというか、いえそんなことより。
「大丈夫ですわ。服だって創れますのよ」
「駄目だ」
 明後日の方向を向きながら轟はキッパリ言う。
「お前、創り出す場所選べねえんだろ。更に破れたら困る」
「それはそうですが……轟さんがタンクトップ一枚になってしまいますわ。寒くなったりは」 
「左で体温調整できる」
……では、あの、有り難く貸して頂きます」
 シャツを受け取り、でもなんだか袖を通すのは服が破けるより恥ずかしい気がして、羽織るだけに留める。漸くこちらを向いた左右非対称の瞳はちゃんと着ていないことに微かに顰められたが、本当に微かだったので見間違いかもしれなかった。
「大丈夫か」
 改めて訊ねられ、改めて頷く。
「大丈夫です。情けないことですが、轟さんが駆けつけてくれたおかげで対処できたんです。どうして私がここにいると?」
「二階で緑谷と店回ってたら、お前が一階で走ってくのが見えた。それでだ」
「それだけで、追いかけてきてくれたんですか?」
「ああ。八百万がなんか、必死な顔してたから」
「まあ」
 よっぽどひどい顔をしていたに違いなかった。両頬を手で包み、柱に凭れて眠りこけている敵をちらりと見る。ひどい顔をさせた原因は、捕まえることができた。轟に助けられたが、紛れもない、自分の手で。これからはこの口吸いによって世の女性が辛い思いもせずに済む。嬉しいこと尽くしだった。一週間前の嫌な気持ちも、ちょっと前の悔しさや恐怖も、凍らされて溶かされてすっかり消えてしまっている。だから、八百万は、幸せな気持ちのまま幸せな気持ちの要因となった轟に笑いかける。
「轟さん、本当にありがとうございます」
 だが轟は、明確な皺を眉間に寄せた。「八百万」いつもより低い声音からも、彼の機嫌が宜しくないことが分かってしまう。
「は、はい」
「こいつ、前に相澤先生が言ってた敵だろ? お前は知ってて追いかけたんだよな? 確かにお前はすげえ個性で、俺が来なくたって一人で切り抜けたかもしれねえ。でもだ。個性とかヒーローとか抜きにして、自分が女だってことを、もっと自覚しろ」
……私、自分が男だなんて思ったことありませんわよ」
「なら尚更だ。お前はこいつの個性を知ってて、自分が女だってことも分かってる。キスされて体力奪われて、好き勝手されるとか少しでも危惧したか? それともお前は知らねえ男に背中撫で回されて、平気でいられるくらいの女なのか」
 さすがの八百万でもこれにはカッとなった。カッとなって、知らずの間に俯けていた顔を轟に向け、その怒りと心配を綯い交ぜにした表情に、しゅるしゅると言い返そうとした気持ちが萎む。言い訳のように小さく返した。
「も、もちろん、私だって充分に自分がそういう対象になるってこと、分かってましたわ。で、でも、絶対にもう逃がしたくなかったんですの。肌を触られたことだって平気なんかじゃありません。……世の女性のためを思って……いえ、半分以上私個人の恨みで追いかけたのかも……それで轟さんに助けられて、私は本当に情けないですわ……
「待て、八百万」
「はい……
「こいつに遇ったの、今日が初めてじゃねえのか?」
「はい……
 自責の念から会話の流れで返事をしてしまったことに、数秒遅れて八百万は気づいた。ああ、でも今となっては隠すこともないわね、と判断する。ある種敏い轟のことだから、一週間前の合理的虚偽と気丈に振舞おうとして度々失敗していた八百万のことを合わせて、事の顛末を察するだろう。そうしたらどんな言い訳をもってしても八百万に勝ち目はない。

 項垂れ大人しく説教を待つ八百万は気づかない。
 八百万の思った通り、轟が事の顛末を考え至るまでが、その時間が敵を無傷で送検できる少しの時間であったことを。
 数十秒後、降ってきた舌打ちに身を竦ませた彼女が見たものは、両手を敵に向けている轟の凍てつき燃え盛る怒気を孕んだ顔だった。