きみが眼ざめたとき、きみのなかではじめて眠りにつくものが見る夢

※pixiv再掲
最終話。或いは古代の記憶。
若干片思いぽいヒルツさんとエレシーヌ・リネの幼い記憶。

 天に向かい聳える尖塔の林立する都市。
 華やかできらびやかな発展を遂げた絶対的な楽園。見下ろす今日もそこは平和を謳歌する人々で溢れている。
 その平和は彼らの使役するゾイドたちによって保たれている。美しき力の象徴であるゾイドイヴのお陰で、この平和と発展とは永劫に保たれ続けていく。
 彼はずっとそう教えられて来たし、そう信じていた。このイヴポリスを離れた所でどれほど戦火が拡がろうが、『ここ』には楽園が存在し続けるのだと信じて疑っていなかった。
 
 覆った硝子に偽りの空と地平の姿とを投影した空中庭園。今では貴重な青い草たちが吹く風にさわさわと揺れている。
 彼はそれを余り意味のあるものとは思っていなかった。戦火を警戒して僅かに開かれた天窓から吹き込む弱い風が種を飛ばし、花が咲く偶然を待つなんて効率的じゃない。花が、結実が欲しいのであれば、完全に環境を管理した硝子瓶の中の『農園』で行われた方が良い。自然の気まぐれとやらを待っていたら、人は果実ひとつ食べられないし、花冠ひとつ作れないではないか。
 それでも、何か惹かれるものでもあるのか、その少女はいつもそこにいた。
 彼より少し年齢の幼いその少女は、ふわふわとした長い髪を穏やかなそよ風に流して、飽きもせずにいつもそこにいた。
 彼もまたいつもの様に少女の横に立った。同じ風を受けている筈なのに、彼の燃える炎の様な髪はこのぐらいの風では余り乱されない。少女の柔らかな髪が気持ちよさそうに風に踊るのを横目に見つめながら、きっと少女はこの風を心地よく思っているから風の好きにさせているのだろうと、益体もない様なことを考えた。
 『彼女』はゾイドイヴを制御する為の人格のない、ヒトの形をしただけのものだと大人たちはそう言う。確かに愛想もなく口数も少ない、日がな一日こんな所で無意味に時を過ごしている様な人形めいた少女であったが、彼にはどうにもそれだけとは思えなかった。だからこうしていつも、意味もなく、横に立っては言葉を掛けている。
 それが何の意味にならないとしても、己と同じ様にして『意味を持たされつくられた生命』ならば、それでは余りに悲しいのではないかと思ったのだ。
 「戦争はもうじき終わるって」
 風の行く先を見つめながら独り言の様にそう言えば、少女は「そう」と小さく頷いた。
 「大人たちが最強のゾイドを作ってる。僕はそれのパイロットに選ばれたんだ。オーガノイドだってもらえるんだって」
 また小さく頷きが返る。緑の草が揺れるのをただ見つめている紅い瞳はふしぎな色を湛えていてとても綺麗だと彼はいつでもそう思う。少女が何もない草の群れたちを飽きずに見つめているのと同じ様に、きっと自分も飽きずに何度でもそう思うのだろう。
 紅い色は自分の髪の色とよく似ていたし、好きな色だと思った。だから、貰うオーガノイドは紅い体色の子をと願ってみたのだ。彼はその事を少女に話そうとしたが、少し考えて、やめておく事にした。
 後日連れてきて驚かせてやろう。
 彼女はその子を綺麗と言ってくれるかな。言ってくれれば僕もきっと嬉しい。
 
 彼はその為に生まれた。その為に造られた多くの子供たちの一人だった。中でも取り分け彼の成績はずば抜けていて、故に大人たちから『期待』をされていた。
 彼は優秀なゾイドの使い手である事を求められて来たし、それに正しく応えて来ていた。
 彼のゾイドが──開いた天窓からも見える、白い四角錐の建造物の中で眠るあのゾイドが、彼と共に戦争を終わらせるのだ。
 「あのゾイドに反対する人たちも居るそうだけど、僕はそうは思わない。絶対にやり遂げてみせる」
 そう言った人たちも居ると彼は聞いていた。優秀なゾイド人としてこの楽園で暮らしながら、戦争に反対するなんておかしな人たちなのだろうと、彼は端的にそう思う。
 大きな力がないと終わらないのだ。だからその為にあのゾイドは生まれた。この楽園とゾイド人たちの永劫の発展を約束する強大な兵器として。
 だから彼はとても誇らしかったのだ。自分が、その役目を与えられた事を心の底から喜んでいた。
 「うん。わたしも、あの子はすこし、こわいとおもう」
 けれどもやはり、少女は彼の考えとは少し異なった、余り意味のない様な事を言った。
 すごいね、とか。がんばってね、とか。きっと欲しかったのはそういうものだったのだろうけど。
 彼は、少女の綺麗な紅い瞳の見つめる先を追おうとして、やめた。
 失意でも落胆でもない感情は、彼の浮いていた気分をひどく悪くさせたけれど、風に揺れる草の海の中に佇むばかりの少女は、きっとそういうものなのだと思ったから。
 そう在って呉れれば良いと、ただ思ったから。
 
 きみはこわいことを想像出来るから、きっと善なる純粋な心の持ち主なのだ。
 わるいものは、こわいものは、己をそうと想像する力を持たない。
 だから今もどこかで戦争が起きているし、終わらない。
 みんながきみのように、美しくもないものでもただありのままに見つめることが出来れば良いのに。
 
 「戦争はもうじき終わるって」
 彼はもう一度そう口にして、少女も同じ様に「そう」とだけ応えた。
 ぼくがおわらせるんだよ。そう心の中でだけ続けて、彼は眩しいほどの緑の草原を見つめた。つまらなく平坦な風景を見つめた。
 きっと自分の眼には、少女の見ている世界と同じものは見えていないのだろう。
 
 ぼくはきみにはなれないから、きみにひどく憧れる。
 きみのことを蔑みながら、きみの心に焦がれている。
 
 「そうすればきっとここにも花が咲くよ、エレシーヌ・リネ。君の髪みたいな、きんいろの花が」
 彼と、あのゾイドの力で戦火が無くなり、天窓を大きく開いて、風も種ももっとよく通る様になれば、きっと。
 「そうね」
 彼の言葉に少女は少し大人びた声でそう言って微──、
 
 
 
 笑
 
  んで、、
 
 
 
 
        くれたのだろうか
 
 
 
 
                  ?
 
 
 
 
 
 
 *
 
 
 
 
 
 ぴし、と視界に亀裂が入った。
 金色の光を背負った蒼い機械の獣が食い破った彼の身は砂の様に崩れていき、その目蓋の裏にいた筈の少年と少女の姿も消えて行った。
 
 
 
 
 
 
 
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 これはただの夢。消えるその瞬間に彼が世界の空隙に見た、夢。