Eureka!

※pixiv再掲
34話の後。復興中帝都。
17歳、まだビークを開発中のトーマ。

 日の碌に昇らない内から帝都は動き出す。重機を担うゾイドたちの声や音を中心にしたそれは、嘗ての平和な都市の朝には大凡似つかわしくはないものだ。
 共和国から借り受けている、クレーンを搭載したカノントータスが重たい音を立てて瓦礫を運び、廃材を運搬するコンテナを乗せる改造を施されて難なく悪路を走破するのはモルガたちだ。小回りが効くし何より数が多い。
 炎上し多大な破壊の規模に見舞われた帝都の復興事業は、然し何とか順調に進んでいると言えた。
 和平条約の締結と共に支援を申し出た共和国は、表立ってこの支援を『貸し』とは言っていなかったが、今後外交面で帝国はその支援に対する、感謝と言う言葉以外の何らかの表明をする必要性に迫られるだろう。その案の一つとして軍事面に於ける戦力交換と情報公開と言う話が、軍人たちの間では既に噂として上っている。
 そしてそれが単なる噂話ではない事の証左の様に、此度の一件で重要な役割を担う事となったと言う将校の一人であるトーマの兄は、現在酷い多忙の中に身を置いていると言う。戦争が終結してからと言うもの、兄はトーマに走り書きの一通の、無事を喜ぶ手紙しか寄越して来てはいなかった。顔すらまだ合わせていないのだ。
 そんな、一躍時の人となった兄の事を聞こうと、トーマの周囲にもアカデミー内外問わず様々な人間が足を運んで来て一時は辟易させられたのだが、遥か頭上の『鶴の一声』でもあったのか、今ではすっかり静かなものである。
 そんな兄の多忙も、近日予定されているルドルフ陛下の即位式を機に恐らく少しは改善されるだろうが、確証はない。
 アカデミーは帝都の中央からは離れていた為に、被害そのものはそれ程受けてはいない。ただ、軍部に提出していた、軍事に纏わる貴重な研究資料や実験結果の多くが焼失ないし散逸して仕舞った。それを受けて研究者たちは大わらわだそうだが、末端の学生であるトーマには幸い影響はない。こうして、復興中の町にぶらりと出て、カフェの一席で自分の研究資料を前に物思いに耽る程度には、気楽な身であった。
 このカフェの元あった場所も被害を受けた街区であったが、こんな状況だからこそ日常を取り戻したいと願う人々は多かった様で、元々この辺りで暮らしていて、今では家を失って避難している者たちの拠り所として営業を続けている。
 店の外構えも無い、公園の一角に置かれた屋台と席と言った様相だが、穏やかな時間を過ごす人は多い。そんな場所柄ゆえにか知っている顔に会う事もなく、なかなか落ち着いた時間を過ごせるのだ。
 トーマはテーブルの上のノートPCを前に腕組みして唸った。兼ねてから研究していた、ゾイドの操縦をサポートするシステムについて、ここに来て大幅な方針転換が起きそうなのだ。まだプログラムを明確に組むにも至らず、着想をぼんやり得ていると言った段階でしか無かったが。
 帝都を襲ったデスザウラーを打ち倒したのは、銀色のオーガノイドを搭載した蒼いブレードライガーだった。その戦闘の断片的な映像、観測されたデータをあれからトーマは幾度も見直してはそればかりを考えている。
 ゾイドコアに取り付く事でそのゾイドの能力を飛躍的に向上させ、時に想定されたそのスペックをも大きく上回らせる──オーガノイドと呼ばれる野生ゾイドの一種。
 厳密にはゾイドだがゾイド以上の存在なのか。コアに融合する事なく取り付き、そのゾイドの性質を完全に損なう事もなく『共生』する──そんな、ゾイドの強化パーツの様な存在が、古代に一体どの様な理念で誕生したのか。そして何故現在では生存個体が殆ど確認されていないのか。
 データも、判明している可能性たちも、余りに少なすぎる。古代の未知数には現在の人類では未だ触れる事すら叶わない。
 帝国にもシャドーと言う個体名のオーガノイドが確保されていたが、それはプロイツェンの私兵であり完全な機密扱いであった為に、データは限りなく不完全な観測のものしか存在していなかったと言う。
 せめてあの銀色のオーガノイドのデータを得られれば、と思うが、それこそ『英雄』として宮殿に留め置かれた彼らになど一介の学生が易々近づける訳もない。
 あの戦いに関わった兄に頼めば或いは、と思った事もあったが、そんな事で横車を押すのは嫌だったし、何より多忙に置かれた兄をそんな『自分の研究』と言う些事で煩わせる訳にもいくまい。
 荷電粒子をブレードの微振動で裂いて飛んだ蒼い機獣が、黒い魔獣を貫く光景。遠くから撮影されたその映像を何度も何度も見返しながら、トーマは自分の断片的でまとまっていない考えをキーボードで次々打ち込んでは消して行く。
 サポートシステムには元より学習機能を持たせる構想ではあった。だが、余りに機械的な処理を行うシステムだと、現状のコンバットシステムと大差無い。例えばオーガノイドの様にもっと自然にゾイドコアに接続をするシステムを生み出せはしないだろうか。
 もっと斬新で、角度の違う発想が必要なのだ、と、冷めたコーヒーを啜ったトーマが溜息をついたその時であった。ごつ、とテーブルに何かがぶつかって揺れた。
 何だろう、と眉を寄せたトーマがテーブルの下を覗き込んでみれば、そこにはずた袋──否、ずた袋を頭から被った人間がしゃがみ込んでいた。
 「うわ、」
 咄嗟に驚きの声を上げかけたところで、ずた袋が「しーっ」と、口のある部分なのだろう、袋の一部に人差し指を立てて、少し咎める様な調子で喋った。
 「今、隠れん坊の最中なの。子供たちを少しでも笑顔にしてやれって。ジークが鬼なのよ」
 「………
 どうやらずた袋は隠れているつもりらしい。よく見ればその袋も、屋台状態のカフェの周辺に置かれているコーヒーの豆の入った袋と同じものだ。
 驚きに跳ねた心臓を軽く手で押さえながら、トーマは浮かせかけていた腰を下ろした。いきなり袋が居たから驚いただけで、何のことはない、相手は子供だと思えば驚かされたことさえ馬鹿馬鹿しくなる。
 この復興の最中の帝都はあちこちで崩れた家屋やインフラの工事が急ピッチで進められている。だが、避難した人々にも生活がある。ただ避難所で頭を抱えて絶望を振り向いて見ているばかりではいけない。
 「孤児か?」
 少し咳払いしてそう問えば、ずた袋が僅かに体を揺らし、隙間から飛び出した長い金色の髪がふわふわと揺れた。どうやらかぶりを振ったらしい。
 「私はわからない。でも、子供たちはそう」
 成程、家と家族を失った子供たちの遊び相手をしてやっている子か、と、得心したトーマは、その殊勝さに感心し、少しの哀れみと気まぐれも手伝って、ノートPCと共に持ち歩いていた研究用の資料の入った鞄をずた袋の前に置いてやった。トーマの座っている席の横は茂みだから、通りに近い視線を遮ってやれば少しは発見され難くなるだろう。
 「ありがとう」
 トーマの行動に、少し大人びた声が返った。ひょっとしたら見た目──小さなずた袋相応の子ではないのかも知れない。トーマ自身も子供の頃はよく、子供の癖に賢しいと煙たがられたものなのだが、この推定少女のずた袋からはそう言った、生意気と言う気配は感じられない。きっと他者を気遣い振る舞う事の出来る、優しい子なのだろうと勝手半分に想像しておく。
 「で、鬼は誰だって?」
 「ジークよ」
 それらしい子供が来たらさりげなく追い払ってやれば良いのだろうかと考えながら、冷たくなって苦みの増したコーヒーをトーマはまた啜った。ふとノートPCに視線を戻し、そう言えば件のオーガノイドの名前もジークと言うのではなかったか、と思って、腕を組んだ。頷く。
 「ふむ。悪くないな」
 「何が?」
 思わず漏れた呟きに、テーブルの下のずた袋が不思議そうな声で問いて来た。良くなる気分に自然と浮かんだ笑みと共にトーマはキーボードを叩きながら答えてやる。
 「良い名前が決まったんだ」
 戦闘用のシステムだから綴りの最初には『Z』ではなく『B』が持って来られるが、並べてみるとなかなか据わりの良さそうな響きが出来上がっていた。
 「良かった」
 満足げに頷いたトーマに、柔らかい響きがそう返して来る。それが心底の同意であると恐らくは正しく聞き取って仕舞って、トーマは少し困惑した。
 「何でお前が良いんだ?」
 「だって、額に皺を寄せて、とてもつまらなそうだったから。どんな時でも、こんな時だからこそ、人は笑っていた方が良いの。笑えた方が良いもの」
 透徹とした声でそう紡ぐずた袋が、テーブルの下から見つめているのだろう復興中の町並みをトーマも自然と見回していた。
 朝も早くから動いているゾイドたちと、復興の為に忙しく立ち働く軍人や人足。手伝いを申し出て集まっている近隣住民たち。
 彼らに突きつけられた現実は重たい筈だと言うのに、誰もがその風景に絶望を見出してはいなかった。訪れる明日の為に生きる、逞しい人たちの声は晴れ晴れと笑っていた。
 「そうだな」
 トーマは静かな声で同意した。
 これが、自分が軍人になった時に思い出す風景であればいいと思いながら。
 
 ひととき胸に満ちた穏やかな空気に身を任せて仕舞おうとした矢先であった。重機ゾイドたちの立てるものとは明らかに違う轟音と、高々と空気を震わす咆哮に、辺りの空気がざっと緊張に固まる。
 立ち上がったトーマが視線を巡らせれば、崩れた建物を撤去し整頓中の広々とした区画に、どこから来たのか一体のセイバータイガーがその巨躯を持ち上げていた。
 セイバータイガーは帝国軍の主力戦闘用ゾイドだ。復興事業の警備や誘導と言う役割を担う事ぐらいはあるが、作業そのものには用いられていない。
 何事だ、とざわめく人々の間に飛び出して来た警備兵たちの無線から漏れ聞こえて来る断片的な情報。
 プロイツェン派の残党兵士。警備のセイバータイガーを奪って逃走。
 奪われたセイバータイガーに乗る者は眼下の惨状に心を痛める事すらないのか、瓦礫の山を踏みしだいて歩くと、ビーム砲の砲塔を町中の公園へと平然と向けた。
 「──!」
 こちらに突如向けられた兵器。眼の前に迫る脅威に人々が悲鳴を上げて散っていく。まずい、と、トーマもテーブルの下のずた袋を抱えてこの場を離れようとするが、抱え上げられたずた袋は「大丈夫」と静かに──あの透明な声でそう言った。恰も何かを宣言する時の様な、奇妙に落ち着いた声だった。
 「  と、ジークが来たもの」
 誰だって?と聞き返す間もなく、振り仰いだトーマの視線の先で、風の様に高所から跳躍してきた蒼いブレードライガーがセイバータイガーに飛びかかるのが見えた。まだ距離はあると言うのに、風圧にテーブルの幾つかが倒れて転がる。
 「………!」
 続けて、銀色の光がどこからか矢の様に飛んで行き、蒼い機獣に吸い込まれる様にして消える。
 それは映像資料でしか見たことの無かった光景。
 「オーガノイド合体!」
 息を飲むトーマの前で、ブレードライガーはセイバータイガーを完全に抑え込んだ。わあっと帝国兵士たちがそこに集まって行くのが見える。
 勝鬨を上げる蒼いブレードライガー。それを呆然と見上げるトーマの脳裏に、純粋な感嘆と興奮、そして同時にシステムの構想が湧水の様に溢れ出した。
 オーガノイドの様に。ゾイドコアと共存出来る様な。人格を持ったAIを作れば或いは。
 「……あ。見つかっちゃった。もう行くわ」
 「え、」
 トーマの腕から抜け出したずた袋はひょいと地面に降りると、その侭背を向け駆け出した。袋の隙間からこぼれる金色の長い髪が尻尾の様に揺れながら遠ざかっていく。
 事態の鎮圧に成功した蒼いブレードライガーから銀色の光が飛び出して来て、トーマからそう遠くない公園内に着地した。銀色の体躯の美しいオーガノイドは首を擡げきょろきょろとしてから、ずた袋の走り去った方角へと駆け出した。大きな銀色の尻尾が揺れて遠ざかっていく。
 「…………
 何だったんだ、とぽかんとそれを見送った所で、トーマははっと我に返った。倒れたテーブルを退け、無事だったノートPCを引っ張り出すとそれを地面に置いて猛然とキーを叩き始める。