騒々

※pixiv再掲
61話以降ウルトラザウルス内。
暇を持て余す若者たちの馬鹿話。

 「……本当にやるのか?」
 気乗りがしない。そんな感情その侭に出た言葉は喉に引っかかって重たかった。確認する様に振り向いて居並ぶ顔を順繰りに見遣るが、それもどちらかと言えば「誰か止めようと言い出して呉れないものか」と込めた意味合いが強かった。
 「まぁ、度胸試し、って言われたらなぁ
 「俺は心底にどうでもいいんだが、なぁムンベイ、何でこんな莫迦な事思いつきやがったんだよ」
 「良いじゃない別に。暇なんでしょ?敗者は勝者にお昼を奢る。そんだけよ」
 頬を掻いて言うバンは、挑戦、と言う部分に唆られるものがあるらしく反対する気配はない。
 続くアーバインは興味こそなさそうだが積極的に反対してくれそうな様子でもない。
 発案者であるムンベイは、ウルトラザウルスの動力まわりのメンテナンスで操縦席を下ろされて余程に暇なのか、無責任な言い種で話を進めている。恰も簡潔な賭け事か何かの様に。
 誰も自分の味方ではないらしい、と悟ったトーマが肩を落とすと、「決まりね」とムンベイがゴーサインを出した。反対者が出なかった事で自動的に開催が決定したらしい。
 名付けるのならば、『第一回度胸試しUZ杯!シュバルツ大佐の軍服の裾を捲ってみよう☆』と言った所か。この場のノリからしてきっとそんな頭の悪そうな感じに違いない。
 
 
 そもそも、互いの国の軍服の話が、暇も手伝って何となく膨らんだのが発端だった。
 「共和国は階級に拠らず機能重視だけど、帝国軍の将官クラスの服装って見た目重視って言うのかな、動き難そうだよな」
 などとバンが言い出したのでトーマは「将官の装束は遠目のシルエットだけでも、誰にでもそれが上に立つ者だと明確に知る事が出来る様になっているんだ」と説明をしてやった。
 特に将校の装束は、機能的な意味を然程に持たない制帽や金縁の装飾にも効力が考えられているのだとトーマが重ねて強調したのは、正に己の兄がそう言った階級に居るからと言う意識もあっての事だった。何しろ他人に余り遠慮のないバンの事だ、きちんと説明しておかねばいつか兄に、軍服の機能的な意味を問う様な無礼を働きかねないと言う危惧もある。
 トーマのそんな言葉に反応したのが、それまで余り興味もなさそうに男たちの話を聞き流しながらコーヒーカップを傾けていたムンベイであった。
 「シルエットって言うけど、例えばあんたのお兄さんの軍服だけどさぁ、アレなんで背中側だけ裾が長い訳?」
 しかも正面からだと見えないんだからシルエットも何もないじゃないの。と突きつけられた真っ当な指摘に、トーマは思わず口ごもった。
 「それは、」
 「意味ないわよねー。前に釦があっても横はスリットみたいに空いてるでしょ?あんなの邪魔なだけだし着難いだけだと思うのよねぇ」
 服装への着眼点は流石に女性と言う事なのか、妙に的確に、矢継ぎ早に続けられて咄嗟に反論も出て来ない。
 挙句の果てには「あんたが言う様な御大層な意味なんて実際は無くて、ただのオシャレなんじゃないの?」と締め括られて仕舞った。
 「そう言や、アイアンコングから飛び降りて来た時のシュバルツの裾、捲れ上がってた気がするなぁ。やっぱり動くのには邪魔なんじゃないのかな」
 と、バンがそれに続いたので、捨て置けずにトーマは食って掛かった。
 「呼び捨てにするな!良いか、捲れると言う事は動き易さを重視していると言う事に他ならないだろうが!」
 「そんならそもそも、捲れる必要がねぇんじゃねぇの」
 野郎の服装などと言う下らない話に花なぞ咲かせてどうするんだ、とばかりの呆れ声で放たれたアーバインの言葉にムンベイが「それよ」と手を打った。
 その表情はと言えば、暇を潰すのに丁度良いものを見つけたと隠しもしない笑みであった。
 
 
 そこからなし崩し的に、『シュバルツ大佐の軍服の裾を捲るチャレンジ』に話が勝手に発展して行き、この妙な度胸試し大会──参加者三名──の開催に至って仕舞ったと言う訳だ。
 じゃんけんに負けて先陣を切る羽目になったトーマは全身で溜息をつきつつ、こそこそと物陰に潜みながら、格納庫に設置されているキャットウォークを見上げた。
 視線の先にはトーマの兄こと、カール・リヒテン・シュバルツ大佐の姿がある。件の軍服をいつも通りに一分の隙もなく纏った彼は、片手にクリップボードを携え、第一装甲師団の部下と言葉を交わしながら歩いていた。
 ウルトラザウルスの格納庫に収納されているゾイドたちのメンテナンスや修理の状況、パイロットの配備、共和国軍との連携。ウルトラザウルスに乗艦している帝国軍の最高位指揮官として兄は実に忙しそうに立ち働いていた。
 (その弟がこんな、裾を捲るだのなんだの、我ながら嘆かわしい)
 ぐ、と熱くなりそうな目頭に力を込めつつ、トーマはシュバルツの姿から一旦視線を外した。そっと振り向けば、格納庫のハッチ付近に駐機されている蒼いブレードライガーの足元に隠れながら、そらいけ、とばかりにガッツポーズを寄越して来る人影たちが目に留まる。
 バンとジークは応援のポーズ、ムンベイはとっとと行けと言う仕草、アーバインはそもそもこちらを見てすらいない。ブレードライガーの隣に駐機されているライトニングサイクスの足元に寄りかかって腕組みをし、素知らぬ顔で佇んでいる。
 はあ、と更なる溜息を重ねたトーマは、更にその隣、ディバイソンの向かいに駐機されているアイアンコングMK2の正面にある、兄の居るキャットウォークを再び見上げた。すると丁度、シュバルツは上での用事を終えた所だったのか、部下の敬礼に見送られながらリフトに乗って降りて来る所だった。
 (気は全く進まんが、勝負だのと言われたら負ける訳にも行かないからな
 莫迦な事を、と笑い飛ばしたい感情よりも、負けず嫌いと言う性分の方が優先されて仕舞っている自覚はあったが、観念してトーマは深呼吸した。
 何より、それがどんなに下らない事であったとしても、あの兄に纏わる事である。他の誰にもこればかりは負けたくはない。
 (正面から行ってどうにかなる相手とは思えん。ここは背後から何とか隙をついて、)
 同じ階層に降りて来た事で見つかり易くなったかも知れないと、トーマは慎重に物陰から半身を覗かせてシュバルツの様子を伺おうとし──そこでぎょっと目を瞠った。
 「シュバルツ大佐」
 声を掛けられてシュバルツが足を止める。そこに小走り気味に駆け寄って行くのは。
 「フィーネ。どうしたんだい」
 (って、フィーネさん?!)
 思わず身を乗り出しそうになって何とか堪える。フィーネの様子はと言えば、シュバルツに何か用事でもあったのか、偶然に会ったから挨拶をしたと言う風でもなく、二人は話を続けている。
 話は長そうだ。フィーネと時折笑みを混ぜて話す兄の表情を遠目に盗み見て、トーマはふと思う。
 (待てよ、これはチャンスなのでは?!フィーネさんが俺の為に作ってくれたチャンス!)
 フィーネと言葉を交わしているシュバルツの表情には常の固さや緊張感はなく、ただただ穏やかさしかそこにはない様に見えた。今なら兄も油断しているのではないか。
 その思いつきを信じて、トーマは物陰を素早く移動した。こちらに背を、これもまた丁度良く向けてくれている兄のその背後までの距離、10米少々。その間遮蔽物は一切存在していない。
 (素早く接近し、裾を捲り上げて、走り去る!)
 言葉にしてみれば存外簡単そうに思えるその行程を実行すべく、利き足に力を込めてトーマは床を蹴った。
 格納庫はゾイドのメンテナンスを行う機械音や工具の音が常時重たいBGMの様に響いている。その中からトーマの駆ける音を異音としてシュバルツが拾うより先に、事を成すしかない。
 数秒金属の上を駆け抜ける甲高い足音を引き連れて、最後の1米。手を伸ばす。然しトーマの手は虚しくも空を掻いた。下から上に振り上げた手のひらには裾どころか何も触れてすらいない。
 はっと目を見開く。眼の前に居た筈の兄の姿が無い。
 (消えっ、)
 「さっきからこそこそと何をしているんだ、シュバルツ中尉?」
 冷ややかな声は背後から聞こえた。手で空を切った侭の姿勢で固まったトーマの背をどっと嫌な汗が伝う。
 「あら、トーマさん?」
 フィーネが、駆けてきたトーマに驚いた様にぱちりと瞬きをして言うのに、口許を引き攣らせたトーマには挨拶を返す余裕もなく、乾いた笑みしか浮かべられない。
 こつ、と硬い軍靴の打つ硬い足音。己の背後でぴたりと静止したそれは恰も死神の下駄音の如く。
 きょとんとしているフィーネを前に、トーマはひんやりと冷えている気のする背後を恐る恐る振り向いた。
 果たして。兄はフィーネと相対していた時と変わらぬ穏やかな様相で、その口許には僅かな笑みすら浮かべていた。だが、そこに見た目通りの穏やかさなど微塵もない事を弟の経験則が判断する。
 「に、っ、にいさ、、」
 「中尉?」
 「し、シュバルツ大佐、ええとですね、」
 こそこそと伺っていたかと思えば走り込んで来て腕を振り上げる謎の動作。弟の奇矯な行動を兄がどう取ったのかまでは判然としないが、それが己にとって余り面白い類のものではないとは認識したらしい。問う様に見つめて寄越す視線は鋭い。微笑む様に細められている癖に、「とっとと白状した方が身の為だぞ」と無言で『優しさ』を冷たく突きつけて来ている。
 「お、俺はやめろと言ったのです!度胸試しだとかなんとか、子供じみたお遊びでして!大佐の軍服の裾を捲り上げる事が出来たら勝ちだとかなんとか
 格納庫のハッチ方面を振り向いて言うトーマの視線をシュバルツの視線がゆるりと追って動く。その先には「げ」と言う顔をしたバンとムンベイ、それと「あいつ売りやがった」と言いたげに忌々しそうな表情を作ったアーバインの姿がある。
 「ほう?」
 そちらを捉えたシュバルツの、制帽の翳りの下の眼が剣呑な気配を宿すのを見て、トーマは胸中で三人+一人に謝罪し目を逸らした。誰だって自分の命はかわいい。
 降伏したトーマからもう聞き出す情報はないと判断したのか、シュバルツの足がバンたちの方へと向けられた。
 「そんなに暇ならお前たちにも──、」
 忙しく立ち働く横でふざけていたのだから、ある程度のお叱りは仕方ないと早々に諦めて仕舞う事にしたのか。三人+一人が観念の表情を浮かべる。その方が被害が少ないのは間違いないので、実に懸命な態度と言えたが。
 「えいっ」
 その時であった。軽く、可愛らしい掛け声と共に、シュバルツの軍服の背中側の裾が舞っていた。
 裏返って持ち上がったそれが、ぱさりと元通りに落ちる。その間は僅か秒にも満たなかったが、目の当たりにした当事者たちの間の空気は一瞬にして凍りついた。
 「度胸試し?これでいいのかしら、トーマさん」
 「ふぃっ、フィーネさんっっ
 にこり、と微笑みをフィーネに向けられて、普段のトーマならば舞い上がっていた所だっただろうが、今は青褪めて口をぱくんと上下させる事しか出来ない。
 これで勝ちなの?とばかりに小首を傾げてみせるフィーネに、はっと我に返ったシュバルツがこほんと咳払いをした。
 「……フィーネ。彼らのおふざけは余り真似しない方が良い」
 「はい、わかっています」
 本当に解っているのか判然ともしない表情でにこにこと微笑んでいるフィーネに、いよいよ堪えきれなくなったのかムンベイが俯いて肩を震わせ始めるのが見えた。
 「でも、何だか皆が楽しそうだったから」
 そう言ってフィーネが向ける視線の先には、苦笑するバンと、首を傾げる真似をしているジーク、肩を竦めるアーバイン、笑いを堪え損ねて壁に向かっているムンベイの姿がある。
 シュバルツはそれらの様子を一瞬鋭く見はしたものの、思わぬ『勝者』になったフィーネの手前咎めない事にしたのか、それ以上を続ける事なく、無言でそっと制帽の鍔を直した。
 トーマは、思わぬ救いの女神となったフィーネに感謝を紡ぐべく口を開こうとして、そこで。
 「見た所、件の度胸試しとやら、実行して『敗者』になったのはお前だけの様だな、トーマ」
 静かな憤りを滲ませた声は、上官としてではなく兄のそれであった。言葉と同時に、ぽん、と肩に手を置かれたトーマの顔は青褪めるが、思わぬ形で難を逃れた三人がわざわざ藪に手を突っ込んで助けようとしてくれる筈もなく。フィーネも『敗者』に何を言い添えてくれるでもなく。
 莫迦な事に付き合って仕舞ったが故の報いかと、トーマは後悔を抱えてがくりと項垂れた。
 「暇ならばゆっくりと『話』でもしようか?」
 「……はい
 肩を掴む手にみしりと骨の軋む音をさせられながら、トーマはぎくしゃくと頷いた。