比類なき狩猟者

※pixiv再掲
GF篇割と直ぐぐらいの時間軸。
ろぶか要素ほぼ無いですが距離は近いです。

 「受け止めろ、ロブ・ハーマン」
 突然そんな声と共に、アイアンコングのコックピット付近から身を乗り出した人影が真っ直ぐに落下して来るのが見えて、ハーマンは慌てて手を伸ばした。次の瞬間己にかかるだろう重量に身構える。
 「っど、、ぉっ、」
 然し余りにも唐突な要求と行動とに、気合いの声は虚しく途切れた。辛うじて落下してきた人体を何とか受け止める事には成功したものの、ハーマンはバランスを崩して後ろに倒れ込み尻餅をつく。
 「おい、大丈夫かシュバルツ!」
 受け止めたものをまず保護しなければと言う思いもあってか、背を正すとがっちりと抱え込んだそれの様子をまず確認する。「ああ」と即座に返事は返ったものの、その声はどこか弱々しく聞こえて、ハーマンは狼狽えた。
 覗き込んだ顔色も悪い。軍帽がないばかりか襟元も緩めてある。常ならば毛筋程の乱れもないシュバルツの凛とした佇まいは、今は酷く草臥れて見えた。
 「負傷は?」
 「発信した通り、足の骨折がまず一つ。後は脇腹を強く打ち付けていて内出血も見られる。取り敢えず骨折の応急処置は自分で行ったが、正直を言うと非常に痛む」
 基本強気で皮肉な言動の多い男にしてはやけに正直にそう紡ぎ、それからふうと息を吐いて、疲れた様に体の力を抜いた。
 「生憎信号は殆ど読み取れてないんだ。こっちで気付けたでも運が良かったよ」
 どうやら余り宜しい状態ではなさそうだと思って、ハーマンは取り敢えずシュバルツの体を抱き上げると手近な岩の上へと座らせた。その前に跪いて、本人曰くの『手当』をしたと言う、軍靴を履いていない左足の状態を確認する。
 
 *
 
 レアヘルツの谷付近から帝国の救難信号が一度だけ届いたと報告を受けた時、ハーマンはレッドリバー基地に居た。ゾイドの制御系を乱すパルスに満ちたあの一帯を通行する時は、ゾイドであればパルスガードを起動させるのが常識である。だが、パルスガードを用いていても、基本的には『狂った』野生ゾイドの宝庫とも言える当該地域をわざわざ好んで通ろうなどと言う者はいない。人間であれゾイドであれゾイド乗りであれ、あの一帯は通らず迂回するのが普通であって、常識でもある。
 さて、そんな前提知識を踏まえてみれば、帝国の、それも軍属のゾイドから救難信号が届くと言った事自体が眉唾であった。軍属のゾイドならば単独で行動していると言う事がそもそもまず考え難い。
 救難信号の発信場所が通信も届き難くなる地帯であったからか、ゾイドの識別コードもノイズ混じりで判然としなかった。ただ、パイロットが負傷している事と、救助を求む、と言う事だけは辛うじて読み取れた。
 帝国に問い合わせをするべきかとまず考えた所で、ハーマンは救難信号に乗せられていた幾つかの数字とアルファベットの羅列に気付いた。
 「……ZA2077S83?」
 どこか聞き覚えか見覚えのあったその羅列を、思いついて身元照会の検索にかけてみれば、そこに表示された名前はこれもまた想像の埒外の人物のものであった。
 取り敢えず未確認の事実について帝国に連絡を入れろと指示を飛ばしたハーマンは、自らプテラスを駆って当該地域へと向かう事にした。救難信号がどれだけの時間発信されていたのかは定かではないが、知り合いが負傷し救助を要請しているなどただ事ではない。
 そうしてひとっ走り──もといひとっ飛びにプテラスを飛ばして来てみれば、谷の途中に壁面にめり込む様にして機能を停止しているアイアンコングの姿を発見したと言う訳だ。
 「どうしてお前ともあろう者がここを通るなんて言うミスを?」
 「部下のダークホーンがな。パルスガードの起動が間に合わず暴走した侭谷の中に消えた。一刻を争う事態と判断したのもあって、パルスガードを作動させて追って来たは良いが、野生ゾイドと当のダークホーンの襲撃を受けたんだ」
 それで、と一旦言葉を切ったシュバルツは壁面に拳を叩き込み、頭部を打ち付けた様な姿を晒しているアイアンコングを見上げる。特徴的な、火気管制装備とガトリングガンを背負った機体はハーマンも見覚えのある、シュバルツの専用カスタマイズ機だ。
 完全に大破状態で沈黙しているその、コックピットがよく無事だったと思う。
 「攻撃をパルスガード発生装置の付近に貰って、こちらも暴走。あわや部下の乗った機体を破壊する所だったが、」
 そこで言葉を切ったシュバルツは整った顔に僅かだけ苦い翳りを乗せると、髪をぐしゃりと片手で掴んだ。
 「……私に殺させる、殺されるぐらいならば、と。通信の向こうで銃爪が引かれた」
 「…………
 「止める間も無かった──と言うのは言い訳にしか過ぎんな。
 後で、ダークホーン共々回収してやって呉れないか。この少し先に居る筈だ」
 「……解った」
 淡々と語られてはいるが、壮絶な状況があった事は想像に易い。鎮痛な面持ちになったハーマンは項垂れたシュバルツの肩を労う様にそっと叩くと、ここまで持ってきた救急キットの中から鎮痛剤と飲料水の入ったボトルを手渡した。
 「意識が薄らぐから鎮痛剤は好きではないのだが」
 「そう言わず飲んでおけ。アドレナリンが已むと痛みが一気に来るぞ」
 シュバルツは何か反論したげに口を尖らせたものの、やがて諦めたのか目を閉じて薬の錠剤を口へと放り込んだ。水も含まずに飲み込む。
 「お前の負傷はコックピットの損傷が原因か?」
 「ああ。両足を潰される前に遁れたが、衝撃の時に打ち付けたらしくてな」
 機体に搭載されている備品やらパーツを破壊して作ったらしい即興の添え木が左足には巻かれていたが、患部は紫色に腫れ上がっていて痛々しいことこの上ない。
 この足では傾いたコックピットの辛うじて出来た隙間から脱出しても、綺麗に着地とは到底いかないだろう。いきなり「受け止めろ」は無茶振りだと思うが、まあ仕方あるまいとハーマンは思う事にした。
 「脇腹(そっち)の方は?」
 「っ、」
 検分する様にしてそこに触れた途端、ぐ、とシュバルツが呻いてハーマンの手を押しのける。「酷いのか?」と見上げれば、額に脂汗をかいたシュバルツは不承不承と言った感で頷いた。
 「……少々痛々しい色になってはいた」
 「そっちの方が重傷かも知れんな。──急いで戻るぞ。地図上にここをマーキングしたから、戻ったら帝国に報告の上で救援を派遣する。いいな?」
 ハーマンの有無を言わない強い調子に詰め寄られる形になり、シュバルツはやや躊躇う様子ながらも、僅かに顎を引く事で是を示す頷きを小さく返した。
 それが悔しさを由来としたものなのか、或いは全く異なったものであったのかは解らない。ハーマンはシュバルツの体を抱え上げると、すぐ近くの広場に降りたプテラスの方へと戻った。複座機に乗って来て良かったと思いながら、傷に障らぬ様シートベルトを装着させて自らも操縦席につく。
 ゆっくりと飛び上がり、狭隘な谷間の地形を遥か眼下に見下ろしながら、ハーマンは怪我人に障らぬ様にプテラスをゆっくりと旋回させた。レアヘルツの谷を離れた所で通信が回復したのを確認し、レッドリバーに通信回線を開く。
 「こちらロブ・ハーマン少佐。救難信号のあった地点で要救助者を一名保護した。直ぐにそちらに帰投するので、至急医療班の準備を願いたい」
 通信に出たオコーネルとその他必要最低限の遣り取りをしてから、通信を切る。
 「生きてるか?」
 背中の複座席に声を掛ければ「生きている」と淡々とした調子が返ってくる。
 「余り落ち込むな。調子が狂っちまう」
 と言っても難しいかも知れないが。
 それでも、常に尊大なまでの自信に溢れて見える男が鬱ぎ込んで見えると言うのは余り愉快なものでもない。
 ハーマンがシュバルツと国家間の事だけではなく個人的に友人として相対する様になってからまだそう長くはないが、相手の為人に関してはそれなり、一定の理解と評価は得ているつもりだ。
 「……落ち込んでいる訳ではないが」
 「ん。聞いた方が良いか?」
 「………
 僅かに落ちた沈黙の間を避ける様にハーマンが問えば、何かを堪える様な歎息だけが返って来る。その侭暫く沈黙を挟んだ所でシュバルツはぽつりと口を開いた。
 「……戦後の復興の中、反プロイツェンの代表格の様な存在であった私の出世は一部から酷く疎まれた。階級などどうでも良かったが、陛下に託されたのはプロイツェンに因って混乱を強いられた軍上層部の建て直しだったからな。どうしても一定以上の地位とそれなりの行動は必要だった。仮令それで敵を増やす事になったとしても」
 「……
 一旦言葉を切るが、それはハーマンの相槌を待ってのものでは無かった。何も挟むな、と言う気配を背後からひしひしと感じる。シュバルツは何かを、どう言葉でそれを言い表したものかを考えあぐねる様に目を一度伏せ、その侭続ける。
 「暴走した振りをして私をレアヘルツの谷に誘い込む所までは計画通りだった。だが、その後作動する筈だった、ダークホーンの予備のパルスガードが正しく機能する事は無かった」
 「………シュバルツ?」
 「私はダークホーンの足を破壊し行動不能にしてパイロットを救出した。だが、私が彼の謀を察知していた事が気付かれた。上官の暗殺未遂では帝国に戻っても処分は免れない。ダークホーンの火器機能はまだ動作可能だった。苦し紛れに引いたトリガーは運悪く──いや、良くか。アイアンコングのパルスガード発生装置を破壊。誰かに雇われたと言うだけでは恐らく無かったのだろうな。道連れだと嗤ってパイロットは自らの頭を撃ち抜いた」
 じわ、とハーマンは項に嫌な汗を感じた。シュバルツは一体何を口にしているのか。何故事の経緯が異なった二つも存在するのか。何のつもりで『それ』を語るのか。
 そろそろレッドリバー基地が見えて来る。散々飛び慣れた空域だ。ハーマンはプテラスの制御に集中しながらも思わず振り返って声を上げた。
 「おい、何の話──」
 「果たして、」
 帝国軍随一の解語の花などとも呼ばれる男の端正な貌に添えられた笑みは、負傷で青褪めた白皙の顔色の中でも変わらず、いっそぞっとする程に穏やかだった。
 「どちらが真実だと思う?」
 「………
 二つの異なった、結果だけが同じ話。片方は部下が上官の為に死に、片方は部下が上官を暗殺せしめんとして死んだ。
 ハーマンは直感的に悟る。この話は恐らくどちらであっても、証拠を精査したとしても成立する様に出来ている『話』なのだと。そうなる様に考えられたのだと。
 「どれを採用するのは、私から話を聞いたお前に任せる。好きにしてくれ。私自身は多分、暫くは話せない、から」
 「っおい!?」
 言うだけ言った所でシュバルツの首がかくんと項垂れる。意識を失って脱力したその様子にハーマンは慌てて、レッドリバーに至急の着陸を求める通信を入れた。基地から許可が返るなりゆっくりとプテラスを降下させていく。
 駐機場の近くに医療班が待機しているのを遠目に確認しながら、ハーマンは酷い厄介事を押し付けて行った友人を苦々しく振り向いて見た。
 最初に話した方が恐らくは、部下の名誉を護る意味での真実には近いのだろうと思う。陥った状況としては今の話の方が正しさに近いのだろうが。
 (だが……、)
 プテラスが駐機場に降りる振動を感じながら、ハーマンはシートベルトを外してキャノピーを開いた。意識を途絶しぐったりとしている男の、真実など何一つ語らなかった可能性さえある身を、舌打ちしながら抱え上げる。
 (そんな信頼のされ方は嬉しくないと、後でしつこく言ってやらんと気がすまん)
 いざとなったら己が身さえ囮として使うも躊躇わない相変わらずの命知らずの癖、そこに至るまでに誰の手も借りようとしないと言うのは矢張り『友人』からすれば腹立たしいものだ。
 医療班の押して来たストレッチャーにその身を横たえれば、医療班は慌ただしく医務室に向けて傷病者を運んで行く。帰投の際に救助者の身元は帝国軍のシュバルツ大佐に相違ないとは既に報告してある。恐らく医療班の総力を尽くしてその治療に専念してくれる事だろう。そちらは最早ハーマンが心配し続けていても仕様がない事だ。
 「……さて」
 汲んでくれ、と。任せると言う言葉の指す本当の意は恐らくそんなものだ。
 伏せておけば良いだけの二つ目の話を敢えてシュバルツが喋ったのは恐らく、己の暗殺に失敗した時点で、暗殺を仕向けた輩が尻尾も出さずに消えるだろう事を危惧したからに違いない。
 シュバルツが負傷に意識を落としさえしなければ、きっと彼は一つ目の話を押し通しつつ、帝国に即座に戻ってその輩の首根を押さえていただろう。
 それが出来なくなったから、ハーマンに二つ目の話をしたのだ。つまりはそう言う事だ。
 「オコーネル」
 「はい?」
 事の顛末の詳細を訊きたげな顔をしつつ近づいて来た副官を呼ぶと、ハーマンは重々しく口を開いた。
 「シュバルツ中尉に至急連絡を。──ガーディアンフォースの任務だ」