希望は万人の私有

※pixiv再掲
61話後から62話までの間ぐらい。
バンVSシュバルツの適当ゾイド模擬戦。

 地面を蹴る鋭い音がした。バン・フライハイトはその音に素早く反応し、愛機の頭を巡らせつつその場を飛び退く。その影が完全に移動しきらぬ内に、上空から降って来た鋭い爪が着地した地面に突き立てられるのを見て、思わず口端が笑う様に引き攣って仕舞う。
 感覚としては目の前に刃物が鼻先を掠めて落ちて来た様なものだ。ぞっとしない。
 この侭接近戦に持ち込むよりは、ブレードライガーの機動性を重視した戦い方の方が良いと即座に判断し、バンは愛機を更に飛び退かせようとする。そこに突如、降ってきたシールドライガーがEシールドを数秒だけ展開した。
 「っっ危なぁ!」
 バンの判断が早かったお陰でシールドの反発は受けずに何とか飛び退く事に成功するが、距離を取って猶、悠然とシールドライガーは首を擡げて咆哮した。
 「おーおー、奇襲で接近戦を迫るたぁ、なかなか好戦的なこった」
 その光景をモニタ越しに見ているアーバインが呆れとも感心ともつかぬ調子で言うのに、横に立つハーマンも苦笑する。
 「あれで共和国の機体を扱うのは初めてだと言うんだから、たちが悪いな」
 観測用のプテラスが上空から撮影している映像を映しているモニタの中では、蒼いブレードライガーと、共和国標準の白いシールドライガーとが向かい合っている。
 先に動いたのはシールドライガーの方だった。素早く身を翻して岩山を斜めに駆け上がると、その背を即座に追いかけるブレードライガーに牽制射撃をして一直線に背を追われる事を防ぐ。機動性の面の不利をカバーする判断だ。
 シールドライガーはその侭複雑な地形の中を縦横無尽に駆け回り、ブレードライガーに接近を許さない。それでいて時折放たれる射撃武器の精度も高く、相手の動きを制限する。
 またビーム砲が放たれ、ブレードライガーがそれを最小限の動きで回避する。
 「上手く苛つかせる様な戦い方だな。アーバイン、お前だったらとっくに忍耐が尽きている頃じゃないか?」
 「接近しちまえば有利になるってのが解ってるだけにな。バンのやつも、この侭じゃ面白くねぇだろうよ」
 口笛を吹いて言うハーマンに、アーバインは解答を避けて肩を揺らした。
 「やけに演習範囲のデータをじっくり見ていると思ったら、地形の使い方が見事なもんだ。さすがは歴戦の軍人なだけある」
 モニタの向こう、ブレードライガーを駆るバンは徐々にこの状況に慣れて来てはいたが、相手もそのぐらいは把握している筈だ。そうなるとそろそろ次の一手を打たれるのではないかと、少し緊張気味にコントロールレバーに力を込める。
 と、前方の崖にまた上った様に見えたシールドライガーが、壁面を蹴ってその場で反転した。大きな機体が驚く程に軽やかに宙を舞うのを見て、バンは素早くブレードを展開する。空中ならば回避は出来ない。好機だ。
 今はオーガノイドのジークは積んでいないブレードライガーだが、その機動性は非常に高い。左右に展開したブレードは違えず中空のシールドライガーを捉えるかに見えた。
 然しブレードライガーが跳躍するより先に、落下しながらシールドライガーがビーム砲を放つ。それは正確に跳躍体勢に入ろうとしたブレードライガーの足元に命中し、足元を大きく傾かせる。続けざまの連続着弾で土煙が巻き起こり視界が一時濁る。
 「──」
 今から跳んでも今度はこちらが的になるだけだ。跳躍を停止させたバンが全神経を集中させると、そこにまた連続してビーム砲が降ってくる。難なくそれを回避していると、突如土煙で濁った前方に反応が出現した。着地するなりこちらに向かって真っ直ぐに飛びかかって来たシールドライガーの牙を足で払い除ける。
 そうしてまた二機は距離を保って対峙する。
 「やっぱり、大佐は怖い」
 バンが笑って言うと、開かれた通信回線の向こうで、シュバルツも笑い返す。
 《まだまだ現役のゾイド乗りとして、足手まといと言われる訳にはいかないからな》
 いっそ朗らかな調子で放たれるそんな言葉に、モニタを見ていたアーバインが頬を引き攣らせる。
 「根にもってやがったのか
 過日の、ウルトラザウルスの起動を防衛していた時の事だ。格納庫の出口からまともに出る事も出来ない程のヘルキャットの物量に囲まれ、バンのブレードライガーとアーバインのライトニングサイクスは包囲を抜ける事も出来ず、シュバルツとその部下たちは殆ど身動きの取れない場所で固定砲台として火力支援のサポートに入ったのだが、芋洗いの様な状況に負傷機体も増え始めた事で、バンはシュバルツに足手まといだからと言って撤退を進言したのだ。
 「あの場だと、ああでも言わないと大佐は退いてくれなかっただろ?」
 その思い当たりにバンが苦笑するのに、シュバルツは悠然と微笑んで《冗談だ》と返す。
 《純粋に、後続の者に自信を持って託せると言うのは、年長者としては誇らしいものだよ》
 穏やかな表情とは裏腹に、シールドライガーが獰猛な動きで身構える。
 「なら、安心して託して貰える様、こっちも踏ん張らないとな」
 合わせて、ブレードライガーもまた勇ましく身構えた。
 
 *
 
 ばたばたと慌ただしく駆けて来た足音に顔を起こすと、丁度休憩室に駆け込んで来たトーマが不機嫌そうに眉を寄せ口を開いた所に出会う。
 「おいバン!兄さんと模擬戦をしたと聞いたぞ」
 「ああ。相変わらず耳の早いこって」
 ず、と熱い珈琲を啜って言うバンの向かいのソファに腰を下ろしながらトーマは舌を打つ。どことなく不満そうな理由の見当はついたが、バンは敢えてそこに自分からは触れたりしない。
 「人がウルトラザウルスの整備に働いていると言う時に貴様と言う奴は。──で?」
 トーマはフィーネやムンベイにドクター・ディらと共に未だ未知の部分の多いウルトラザウルスの機関部をチェックして回っており、ハーマンやアーバインの様に模擬戦を高みの見物と言う訳にも行かなかったのである。
 「で、?って?」
 「とぼけるな。勝負の結果だ。どうなったんだ?」
 当人の気にしている兄の元へと行かずにこちらに先に訊きに来た辺り、勝負の結果の想像はトーマにはつかなかったのか、それとも単にシュバルツが負けていたら気まずいと言った心理でもあるのか。どちらでも同じかとバンは肩を竦める。
 「シュバルツの乗ってた借り物のシールドライガーがシステム落ちしちまって。ドローって事で落ち着いた」
 勝負の顛末としては余りにお粗末であった。コンバットシステムの落ちた警報が鳴った時のシュバルツの、常には見ない様な悔しそうな表情が印象的だったのだが、それは言わずにおこうとバンは思った。知らない方が良い事もあるだろう。
 「呼び捨てにするな!──……そうか、決着はつかず、と言う訳か。然しバン、貴様よく兄さんと渡り合えたな?ゾイド乗りの腕は帝国随一の人だぞ」
 何でお前が得意げに言うんだよ、と思いながらも口にはせず、バンはカップをぐいと傾けて珈琲を最後まで干した。後味の苦みに息を吐く。
 「実際強かった。状況や地形を巧みに利用するのは戦術面での卓越した技倆ならではだった。攻撃の精度も恐ろしく高かったし、心理的にも上手く戦場をコントロールしていた。あれで大佐の乗り慣れた機体だったら、こっちはジークがいないとキツかったかも知れない」
 バンのそんな評価を聞くなりトーマは「そうだろう、そうだろう」と矢張り我が事の様に誇らしげにしている。まあ何かと兄が誇らしい弟心理に今更突っ込むのも野暮だと思ったので、これもまた何も言わなかったが。
 カラになったカップをテーブルに置くと、バンはひりつく様な模擬戦の様子を思い起こした。慣れない機体相手だったのもあり、多少こちらも様子見をしながらだったから余り積極的に向かわなかったのだが、そんな手心は最初の接敵であっさりと打ち破られた。
 加減は必要ない、と言われて通信画面の向こうに見たシュバルツの表情は軍人と言うよりも、ゾイドに乗る事が好きで、共に戦う事を楽しめる、正しくゾイド乗りとしか言い表し様のないものだった。
 時間があるならば模擬戦でもするか、と言い出したのはハーマンだったが、前線向け要員のアーバインを差し置いてそれに乗って来た辺り、久々に自由にゾイドを駆ってみたかったのかも知れない。矢張り軍人、それもある程度の階級にまで昇るとなかなか自由に戦えないと言うのはバンもクルーガーなどの前例を見てよく知っている。
 「そんなに言うなら、トーマが大佐と戦ってみればいいんじゃないか?」
 「ぐ、やってみたい、と言えばみたい、が、勝ち目がある訳ないだろう馬鹿者が」
 「いやだからなんでそこで威張るんだよ
 また未熟だと叱られるのは余りと、こぼしながらもすっかり機嫌を取り戻したらしいトーマの様子に脱力混じりに笑うと、バンはそろそろ部屋に戻るよ、と言って立ち上がった。久々に良い運動をした様な心地で、丁度いい疲労感が気持ち良い。
 お疲れ、の様な仕草を寄越すトーマに手を振って返すとバンは廊下に出た。
 バン・フライハイトの名はガーディアンフォースとして名を馳せ、ゾイド乗りとしての腕も超一流と知られる様になった。その成果にはジークの力やフィーネのサポート、自分を信じ共に戦い支えてくれるアーバインやムンベイやトーマと言った人たちの存在は欠かせない。
 ドクター・ディは機体をバンの戦い易い様に改良を加えてくれるし、年上の上官であるハーマンも自分たちの実力を信頼し送り出してくれる。
 ついこの間までは大人だと思っていた人々に自分もいつしか並んでいたと言う感慨。元来バンは年長者相手だろうが物怖じしない性格であったが、軍属として暫く過ごせば年齢や組織の上下は見えて来る。そして、その社会的な差を埋めるのは信頼なのだとも。
 自分は色々な人のお陰でここまで来られたのだろうと思う。
 未だ自分は彼らの手を借りずには一人で何でも出来るとは思わない。彼らの寄せて呉れる信頼に応える事こそが、今自分のやるべき、やれるべくして収まった位置なのだろう。
 「……託せる、ってちゃんと言葉で言われると、ちょっとこう、来るものがあったなぁ」
 こそばゆい様な心地に鼻を掻いて、バンは真剣な眼差しで前を見据えた。