狂気に焦がれ解放の苦楽を知れ

ろぶか友人風味。※pixiv再掲
59話の終わり寸前。

 深い脳震盪に意識を途絶させたのはどれだけの間だっただろうか。
 辿るまでもなく意識と記憶とが明確に繋がっている事に己の無事を実感し、シュバルツは苦労して肺を膨らませゆっくりと息を吐いた。
 モニタには無情な、CSFの警告アラートが表示されていた。システムが落ちた事で視界は悪く、通信関係も全部機能していない様だ。
 無茶な戦い方をして済まなかったな、とシュバルツは手を伸ばすとセイバータイガーのコントロールレバーに慰撫する様に触れた。フリーズしている愛機がそれに明確な応えを返してくれることは無かったが、互いにこの敗北を悔しく思っている事だけは伝わって来た気がした。
 この場での戦闘不能がイコール死に直結しないと言う事をシュバルツは何処かで確信していた。あのヒルツと言う男を見て、その語る言葉を聞いて、そうして思ったのは、彼が人類やその文明、国、軍、ゾイドをただ破壊する『だけ』の目的は恐らく抱いていまいと言う事だった。
 デスザウラーの様なただの理不尽な『滅び』の権化とは違う。根絶と言う結果は同じであれどその過程は大きく異なる。そう直感したのだ。
 だから、命を拾ったのはある意味で予想通りとも言えた。奴にとっては眼前を飛び回る事をやめた小蝿を、わざわざ叩き潰す必要性や目的意識など無いに違いないのだから。
 尤も、また目の前をしつこく飛んで来たならば何の躊躇いも感慨も手間もなく、叩き潰すのだろうが。
 もう一度息を吐こうとして、不自然な体勢に感じる息苦しさを、丈夫なシートベルトに因るものだと気付いたシュバルツは、のろのろと手を伸ばしてベルトのボタンを押した。
 留める時には存外面倒だが、外す時はボタン一つで、四肢をしっかりと固定する幾本ものシートベルトは一斉に解除される様になっている。
 ベルトが解除されると姿勢が傾いた。どうやら横倒しになっているらしい。完全に90度近く傾いたコックピットの中を座席からずり落ちて、何とか壁面に座り直す。
 漸く楽になった姿勢で息をつく。乱れた髪に触れて、制帽の存在を思い出し頭を巡らせるが、放り投げたそれは手の届く所には落ちていなさそうだった。
 シュバルツにとって制帽は、軍人である己を意識する為の装飾の一つでもあった。ともすれば奔放になろうとする己の精神を、帝国軍人と言う鋳型に収める助けにあれはいつでもなってくれていた。
 ロブ・ハーマンの寄越した突撃の提案は、本来部下を率いている身であれば承認出来る事では到底無かった。粗を探して指摘すればきりがない程に、そこには呆れた無謀さしかなかった。
 だが、『彼らしい』その提案は、膠着にすら至らない戦況では無謀であるが故に余りに魅力的に感じられて仕舞ったのだ。
 賭けと言うには余りに不利。吶喊。そう、ただの吶喊としか言い様のない、一か八かの思いつき。
 他国の立場とは言え、指揮官としてはそんなものに乗るべきではなかった。況してやこちらは、前線の主力と想定されていた、ディバイソンとライトニングサイクスを既に失った状態だったと言うのに。
 (……若い頃の、根拠のない自信や、無謀さをこそ尊ぶ様な──、熱かな。当てられたのは)
 到底『シュバルツ大佐』らしからぬ決断だっただろう。だが、それもまた心地よかった。そうして肩を並べる盟友が居る実感も心強かった。
 帝国軍人である幻想を制帽と共に投げ捨てた今だからこそ、そう思っていられるのだろうが。
 ばんばん、とコックピットを叩く音にふと意識を戻せば、キャノピーの向こうにその、ロブ・ハーマンの姿が見えた。シュバルツは腰を浮かせると操縦席にある、緊急用のロック解除のボタンを探した。
 手探りで探したそれを叩く様に押すと、傾いた操縦席の、キャノピーが僅かに開いて軋んで止まった。どこか傷めたのか引っかかっているのかは判らないが、それ以上開く気配はない。
 「生きてるな」
 「時候の挨拶も抜きか」
 言葉と同時に手を延べられたので、それを取ればぐいと引っ張られてキャノピーに出来た僅かの隙間から外へと軽々と引っ張り出される。
 途端、外の世界の遠い轟音や地響き、火の手のそこかしこで上がる、文明の終焉の風景が視界一面に飛び込んで来て、シュバルツは暫し立ち尽くした。
 憶え深い光景によく似たそれに、くらりとする脳が訴えて来たのは義憤かそれとも悲嘆か。そこに無辜の人々の悲鳴が無い事ぐらいしか違いはないが、指し示す意味はきっと同一のものであった。
 「色々と言葉を飾ってやりたいのは山々だが、余り悠長にしていられる状況でもない。市民の脱出は完了し、首都の放棄命令が先程大統領から出された。主力ゾイドも粗方撤退作業が完了している」
 「……そうか
 呆けた様に頷くばかりのシュバルツの手を、まだ掴んだ侭だったハーマンの手に力が籠もった。まるで励ましでもする様な力強さに顔を向ければ、己より少し若い軍人の、無謀さと知性とを同時に保った精悍な笑みがあった。どこか負傷しているのか額が擦った血で汚れていたが、全く気にしてもいなさそうな、勁さと青さとに満ち溢れた表情をしている。
 「ガイガロスの時とは比べものにならん。住民は全て逃したし、被害は最小限に食い止めた。なぁに、街なんてまた造れば良い」
 それを、己を励ます為の方便や空元気だと断じた訳ではないが、また一つ後方で起きた轟音とゾイドの倒れ伏す音とに、シュバルツは次の瞬間に訪れるのだろう誰かの叫喚に堪えるべく目を眇めた。
 「……だが、ここは故郷なのだろう」
 「まぁな。だが、大事なのは思い出よりも未来だ。さ、早く行くぞ。前線パイロットの救助者をピックアップする撤収部隊に合流し損ねると、ウインディーヌレイクまで歩いて行く羽目になる」
 「そう、だな」
 もう一度手指に力が込められて、そうしてほどける。手放された己の手が顫えるのを密かに堪えながら、シュバルツは傾いたセイバータイガーの頭部から飛び降りた。建物に躯を打ち付けて横臥し倒れている愛機の、地面に突き立てられた爪からその悔いを感じ取れた気がして、てのひらをそこに押し当てる。
 撤退戦では運び出せるゾイドの数にも限りがある。幾ら指揮官の搭乗機であれど、重度の損壊やCSFに陥った機体の保護は優先されない。動けるものや無事なものが重視されるのは誰であっても当然の判断だ。
 トーマのディバイソンやアーバインのライトニングサイクスには、損傷が軽微な内に最優先での回収指示を出してある。両機が倒された地点はこの場所からは遠くて目視は出来ないが、ハーマンの言う通りであれば心配はあるまい。搭乗者たちの安否も戦闘中の通信で既に確認済みだ。
 「………後で必ず迎えに来る」
 傷ついた愛機を撫でて呼びかける。応えは無かったが、名残を惜しむ様な『らしくない』感情が喚起されるより先にシュバルツは手のひらを離した。
 今は未だ感傷に浸る時間ではない。この、滅びと破壊で出来た不協和音の黄昏を齎すものに向かい立たねばならない時だ。
 「あったあった。──シュバルツ!」
 そこに、まだコックピットを覗いていたハーマンが何やら場違いな明るい声を上げるのが聞こえた。頭を持ち上げれば、火の粉と黒煙の舞う中を、見当たらなかった制帽が降って来るのが目に入った。思わず手を伸ばし、鍔をキャッチする。
 「わざわざ探していたのか」
 紛れもなく己の制帽である事を確認したシュバルツが思わず肩を竦めて言うのに、続けて飛び降りて来たハーマンは軽快に笑う。
 「それがないと締まらんだろ」
 つまりはハーマンも、軍人としてのシュバルツのイメージにそれが必要なものであると認識していると言う事か。苦笑したシュバルツは手の中の制帽を持て余す様に軽く揺らして持ち上げ──、
 「行こう。時間も余り無いのだろう。指揮官二人がこんな所で雁首揃えて突っ立っていて良い筈がない」
 矢張り被らず下ろしたそれを小脇に抱えたシュバルツは、己に並び立ったハーマンの背をとんと叩いた。促されて歩き出すその横に続きながら、次に己に何が尽くせるかを思考する。
 生の実感に鳥肌を立てるのは、憤りに身を焦がし歓喜するのは、己に許されたささやかな権利であった。