心は虎の如く滑らかに動いた

※pixiv再掲
60話と61話の間ぐらいの、クルーガー大佐と帝国軍大佐とのバチバチMousou。

 「若造」
 ノックをして室内に入るなりぞんざいにそう呼ばれて、シュバルツは軍帽の庇の下で眉を寄せた。然しそれも一瞬の事で、医療用の寝台の前へと進み出る頃には感情的なものの一切を表情から消している。
 「何の御用でしょうか」
 「否定せんのだな」
 負傷した頭部に白い包帯の目立つ軍人は、寝台に横たわった侭に剣呑な視線をシュバルツへと投げて寄越す。そこに隠しもせず込められた、嘲る様な、或いは値踏みする様な気配に気付きはしたが、流す事にした。
 「クルーガー大佐からご覧になれば、大概の軍人が若造になるでしょう」
 共和国の大ベテラン。智将と呼ばれるその軍人についての噂は、帝国でも枚挙に暇がない。階級に依らず現場主義を続ける彼の大佐は、その膨大な経験から成る戦術指揮ないし分析能力に於いては間違いなく現在の共和国と帝国、両国の中で最高峰と言えるだろう。
 年齢もあって前線を退きはしたが、デスク組に甘んじる事もなくさっぱりと身を引き、復帰を望まれればまた前線に戻る。正しく生粋の軍人であると言えた。
 老獪──と言うのは今となれば流石に失礼だが、戦時中に帝国側から見たクルーガーの印象や評価とは概ねがそんなものだった。
 さて、そんなクルーガーは現在もなお、共和国の軍事面に於いての精神的支柱であったのだが、ウルトラザウルスの起動寸前に負傷し、本人の希望や体調面からも離艦が既に決定している。
 共和国最後、或いは人類最後の砦とも言えるこのウルトラザウルスとその乗艦人員の総指揮は、クルーガー自身の意志に因りロブ・ハーマン共和国少佐──大佐に任じられる事となった。
 以来、任を解かれ医務室で安静に過ごしていたと言うクルーガーから、突然シュバルツに呼び出しがかかったのである。そうして来てみれば、負傷者を見舞い温和に枕元で会話をする、と言った空気でも無い。
 「シュバルツ家の人間だそうだな」
 「手前の家をご存知なのですか」
 「ふん。帝国建国の頃から帝家に仕えるとも言われている軍人一族を知らぬ方がもぐりだよ」
 横たわっていると言うのに見上げて来る視線には圧があった。弱っていたとしてそんな様は他人には見せず気を張り続けている。流石は老齢のベテランだと素直に感心しながら、シュバルツは軍帽を脱いで頭を下げた。
 「カール・リヒテン・シュバルツと申します」
 対外的に身に着けた、丁寧な所作で取られた礼に然しクルーガーはふんと鼻を鳴らしたのみだった。大凡友好的とは感じられないその態度に、軍帽を被りなおしながらシュバルツは苦笑する。
 「やはり、帝国の軍人はお嫌いですか」
 「戦争が終わって既に二年以上が経過している。そんな状況で帝国人だからどうとか、そんな事を抜かすつもりは無い」
 淡々とした言葉だった。だからシュバルツは得心を感じながら僅かに微笑んだ。
 「それは良かった。つまり大佐のご機嫌を損ねているのは、どうやら帝国軍人全体ではなく、私個人だけの様だ」
 皺の濃い顔の中、瞳がすっと細まった。口端が面白がる様に吊り上がる。
 「は。よく解っとるじゃないか、若造」
 部屋に入った時から薄々とは感じていたが、断言された。経験と時間とに裏打ちされた老獪な軍人の尊大な程の自信に溢れた表情は、大凡引退を決め込んだ老人の姿でもない。シュバルツは笑みを消さぬ侭に静かに問う。驚きはしたが今更だ。別段堪えるものでもない。
 「後学の為にもその理由をお伺いしたい所ではありますが」
 「貴様は先の戦でレッドリバーから前線指揮を振るっておったそうだな」
 問いに直接返る答えは無く、全く関係の無い様な事を逆に問われた。否、質問したと言うよりは確認したと言う所か。レッドリバーと言う単語から浮かぶ心当たりは幾つもある。そして、この老大佐にその事を話しそうな者はと言えば。
 「ハーマン大佐ですか。あの時は彼らにしてやられました。流石はクルーガー大佐の、」
 「おべんちゃらは良い、若造。先の戦と言えばな、儂にとっては一つ捨ておけん事がある」
 シュバルツの言いかけた在り来りな感想を遮って、クルーガーは再びじろりと見上げて来る。
 伺う様な、探る様な、どこから攻めるかを考える将の眼だ、とシュバルツは思う。まるで今この場で戦局を模した遊戯盤でも挟んで対局しているかの様だ。鋭い緊張感に晒された意識が冷える。
 「クロノス砦までの進軍状況を見るだに、遊撃隊と連携が取れず足並みを揃えもしない前線の指揮官は、経験少なく功を焦る若輩将校だろうと儂は践んでいた。故に、砦の爆破で軍を立て直し進撃を行うだろう後続部隊こそが敵対部隊としては本命だった。実際後続部隊は儂の想像よりも戦力が整っていたからな。だが、」
 こと、と盤上に駒の置かれる手応えがした。無言のシュバルツを見上げ、老獪な軍人は重々しくその口を開く。
 「偵察機を看過し、兵力を見せつける。あれは、戦争の為の進軍では無かった。共和国軍への降伏勧告を目的とした示威の為の戦力だ」
 敵陣深くまで攻めた駒を置き、見上げる眼は鋭い。
 「賭けてもいい。あの時の後続部隊の将は若造、貴様だ」
 これもまた、断言。シュバルツがクルーガーを見下ろす眼に、称賛とそして同程度の畏怖とが交じった。
 「……流石のご慧眼です。どうやら前線ばかりかここでも私の完敗の様だ」
 己の口が奇妙な程に静かにそう紡ぐのをシュバルツは聞いていた。これは感心か畏怖か。これは対話か戦争か。考えあぐねる間に次の矢が直ぐ様に飛んで来る。
 「若造。貴様は戦争を回避しようとでもしたのか?」
 突き刺し、ねじ込む様な言葉には間違いなく威力があった。受け止め損ねた訳ではないが、自然と眉にきつく力が籠もる。
 「極力は。当時のプロイツェン元帥はそれまでの先帝のやり方とは異なり、明らかに侵略の為の戦争を推し進めておりましたので」
 ルドルフの祖父、先帝が行っていたのは現状維持が殆どであった。専守防衛を掲げる共和国との間、特に国境付近でのいざこざは何十年にも渡って続いていたが、それが然程に大きな火種とならなかったのは、互いに明確な侵略の意図が無かったからに過ぎない。
 老いた先帝が、まだ幼い孫に帝国を委ねるとなった時、幼帝の治世の脅かされる危険性は極力排除しなければならないと、プロイツェンが巧みに侵略戦争への機運を高めて行ったのである。
 その強行なやり方には軍内部でも反発が少なからず存在していた。然し帝の後ろ盾を得て強固になったプロイツェンの権力は既に自浄出来る状況でもなく、軍事ばかりか政治にまで口出しをし、気付いた時には全てが手遅れだったのだ。
 今、共和国への侵略が何かを生むとは到底思えない。現場のシュバルツに出来る事はと言えば、精々がプロイツェンの目論む強行な軍事を、そう思う侭にはさせない事ぐらいであった。
 「は。それでレッドリバーでは進軍の準備をしながら足踏み、大方プロイツェンの機嫌を損ねでもし、クロノスでは後続に控えていたと。まあそんな所だろう」
 「……
 嘲る様に言い放たれるが、概ね真実ではあったからシュバルツは無言で肯定を示した。
 「立場上だがな。どうしても言うべき事がある」
 それをじっと下方から睨めつけ、クルーガーは不快を示す様に目の下に皺を刻むと口を開いた。
 「貴様は兵の命を預かる将でありながら、軍に任じられた戦争と言う目的を勝手に放棄した。戦争を行わない、犠牲を出さない、ご立派な事だ。
 ──だが、それは身勝手な優越や自己満足以外の何でもない。軍規に反し兵を徒に消耗させるだけの行いを、儂は将の一人として認める訳にはいかん」
 「………
 痛烈な指摘だった。確かに、どう取り繕った所でシュバルツの行った遅滞行動は軍規違反に値する。現場判断の重視される状況であったからこそ、犠牲を厭わぬ様な進軍の為の最善手を打たずとも何とか誤魔化せていたと言うだけで。
 現に、シュバルツが共和国の降伏を見越して戦力誇示に前に出したアイアンコングを見て、クルーガーはゴジュラスを動かす事を選んだ。プロイツェンは元々シュバルツとマルクスの前線部隊を陽動に使う算段だったが、あの場では見事にやり返された形になった事で不要な損害が出たのも事実である。
 撤退の判断は早かった。それ故に犠牲は最小限に抑える事が適った。だが、あれは帝国の視点から見れば防衛戦ではない。侵略戦なのだ。共和国が虎の子のゴジュラスを動かす判断を下す前に、シュバルツの前線部隊が電撃戦を躊躇わず試みていれば、少なくとも早々にマウントオッサの占拠が叶った可能性はある。当然、その後の戦局へと与えた影響は大きい。被害も大きいだろうが。
 その大義に如何に反しようが、努めを放棄した時点で、指揮官としては無能の烙印を押されても本来おかしくないものだった。
 「若造、貴様は将の資質に大きく欠けている」
 表立って罵倒されるより余程に響く弾劾の一撃にシュバルツは、成程、ずっと向けられ続けていた嫌悪や敵意の正体はこれかと酷く納得した。
 「耳の痛い話です」
 一度目を閉じて、シュバルツは己を静かに断罪する老将へと静かな一瞥を向けた。
 「ですが、ただ一つ。これは家訓でも帝国の法律でもなく持論ですが──、一兵士であろうが将校であろうが、責を負う立場である以上、最も重んじるべきものは何か?と言う問いに、私はこう答えます。──信念、と」
 己の二回り以上は生きて、それより遥かに多くの修羅場をくぐって来た男に、シュバルツの言葉はどれだけの脆弱な論として映るだろうか。だが、欺瞞を飾り立てるのを看過していられる程に、己の性格は優等生でもない。
 「兵は駒たらねば意味がない。ですが、意志なく是非なく号令ひとつで命を武器とせよと命じるならば、それは相応の信念に因って命じられるべきであると私は考えます。それで敗軍の将たれば相応の責を負うのみです」
 シュバルツは横たわる老将に向けて毅然と言い放った。
 これが水掛け論なのは互いに承知している。戦争とは一人で行うものではない。様々な要素が因果を深め複雑に混じり合って構成された、人間の知性と理性だけでは決して制御しきれないものだ。そこにある程度のセオリーはあれど答えはない。
 「……ご高説だな。如何にも軍人貴族らしい。貴様は詰め腹でも切らされれば良いやも知れんがな、それに付き合わされる兵たちはどうだ?蕩尽させられる国はどうだ?」
 「彼らをむざむざ死なせるよりは良いと。そう思うほかありません。その場で失われなかった命は必ずや意味を成すものです」
 「……
 苦痛を堪えて唸る様に吐き出されたシュバルツの声に、クルーガーは暫し黙った。そうしてやがて布団の下で肺が上下し、彼が深い息を吐き出したのが知れる。
 「動き出した流れは誰にも止められん。人間一人を殺す為だけに戦争を行う指導者も居る。戦争が手段ではなく目的なのだとすれば、どうした所で犠牲は払われる。では、犠牲を避けるのに一番良い手段は何だか知っているか?」
 「先に相手を殺す事です」
 探る様な視線に晒され、間髪入れずにシュバルツは冷淡な声で答えた。すれば、クルーガーはそこで漸く、出来の悪い生徒を初めて褒めた時の様に満足げに笑ってみせた。
 「ふん。解ってるじゃないか。綺麗事で撃鉄は引けない。況してこれからの戦いは国家間の争いでも何でもない。強いて言うならば、人類とそれを滅ぼす災厄との戦いだ。絶望との戦いだ。
 ──躊躇うな、カール・シュバルツ大佐。貴様は正しい判断をしろ」
 言う語調こそそこまで強くはなかったが、雷にでも打たれた様な衝撃を得た気がして、シュバルツは背筋を正した。若い頃に戦術教官らから訓示を受けた時にも、こんな風に真摯な感慨を得た事は無かった。
 それは恐らく、信頼を得たからだ。理解せざる者に説教を垂れる人間はいない。
 軍人としてクルーガーがシュバルツの行動を許せないと思っていようが、どうやらその隠さず告げた理念には一定の理解や共感を得られたらしいと言う事だ。
 これで漸く及第点と言った所か。我知らず詰めていた息をそっとシュバルツが逃していると、「ロブは、」とクルーガーが不意にそう切り出した。
 「この世界の命運を懸ける様な戦いの指揮を負うには、責を直視しそれに堪えるには、まだ若く経験も多くはない。やつは望んで前線にこそ向かったが、大軍勢を死に走らせる様な事は未だ嘗て無かった」
 老人は己を真っ直ぐ見下ろすシュバルツの視線からすいと逃れる様に天井を見上げた。深い、溜息に潜むのは哀切や悲哀。或いは祖父が孫でも思う様な憂いと優しさ。
 「バンもあれも不思議な魅力を持っている。天性の愛嬌とでも言えば良いのか。自然とその言葉で他者に勇気や希望を与えられる、稀有な資質だ。そんなあれの、言葉や判断を疑う者はおるまい」
 バン・フライハイト。ロブ・ハーマン。生まれ持っての帝王でも無く数奇な運命に翻弄され続けた訳でも無い彼らは、それ故にか誰にでも寄り添う事が出来、他者の心を奇妙に擽る。純粋さや熱意と言ったものに大人の分別を落とし込んで、常識的に狭量にならず酷く欲深に在り続ける事の出来る者たちだ。
 求心力。形は違えどそれはプロイツェンも持つものだ。尤も、彼のそれをシュバルツは魔性と捉えているが。
 正義、或いは利害。そんなものを由来としない行動には一種の憧憬がある。それに惹きつけられる事には善悪は無い。何故ならそこにはただの美しさや力しかないからだ。
 「だが、今やつは途方もない責の前に立っている。やつにはこれからの戦いで、己の判断を自身で信じる事の出来る言葉が、存在が必要だ」
 ゆっくりと、老いた眼差しが戻ってくる。そこに深い仁慈と公平さを見て取って、理解する。
 嘗ての戦に仮託して、この帝国軍人の心の裡は試されたのだと。
 「……頼まれてくれるか、シュバルツ大佐。やつの負う荷を支えてやれるのは、この艦に貴官を於いて他にはおるまい。そして、貴官の言う『信念』はロブのそれと一致していると、私はそう考えている」
 共和国の、世界の命運の為に、帝国ではなく『ここ』を選んでは呉れないか──と。
 受けて、この上なく穏やかな心地でシュバルツは微笑みを浮かべた。
 「望まれずとも、そうするつもりでした。彼は私を『友』と呼んで呉れる、数少ない人間の一人ですから」
 それに、誰かに頼られるのも、支えるのも、嫌いではない。
 いとも容易く己が去就を決めたその口で、軍人は闊達に笑う。
 「確かにご指摘通り、私は将に相応しい人間ではない。理性で私情を飲み込む事にさえも苦心する、『若造』です。だからこそハーマン大佐が迷いを憶えた時に、寄り添い諫言する事の叶う人間であるとは、自負しています」
 若造、と誹った事を混ぜっ返して言うシュバルツに、クルーガーは「ふん」と鼻を鳴らして笑った。悪意の無い苦笑だった。
 「可愛げのない若造だ」
 「よく言われます」
 目を伏せたシュバルツは笑みの残滓を消すと、顎を引いて眼前の共和国の老軍人に向け敬礼を取った。
 クルーガーも、横たわった侭ながらも力強い所作で若い帝国軍人に向け敬礼を取った。
 「──ただ、クルーガー大佐。私の言葉はあらゆる命と心を殺戮して来ました。だからこそ、彼らの死に値するものはこの大地に存在しないのだとは、決して言えません」
 これからの戦いに犠牲は避けられない。時に冷徹或いは豪胆な判断も必要とされる局面は幾度となく訪れる筈だ。
 だが、彼らに死を命じてまで得られるものなどない。消費される命と消耗される平和とは等価には決してならない。
 これは生存の為の戦いだからだ。



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舅クルーガー大佐に嫁いびりされるシュバルツ。
ハーマンのフォローをしたりGF+1三人組を遠くから見つめていたり、Uザウルス乗ってからのシュバルツ大佐は外様なりに尽くしていたと思ったゆえ
共和国進軍には積極的で無かったのに、GB誕生阻止では徹底して危機を排除しようとして結構な犠牲を出して仕舞った事を踏まえると、国を護る為の軍人としてならば冷徹になれる筈。