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祭
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pixiv再掲文
あなたの眼に見る称讃
とまかる。 ※pixiv再掲
シュバルツ兄弟Mousouに捏造過去をひとつまみ。
にいさん、と呼びかけた声は寒さに震えて酷く小さかった。
毛皮の手袋に包まれていると言うのに、冷えた指先が痛く悴む。きっとさっき雪を触って手袋を濡らして仕舞ったからだ。生地が濡れて、大気に冷えて凍り付きそうに冷たくなっている。
少し先を歩いていた兄は、寒さに消えそうに発せられた小さな声を、然しトーマの期待していた通りに正しく聞き取って立ち止まって呉れた。
どうしたんだ、とは問わず、兄は黙って、立ち尽くしているトーマの前まで戻って来ると、そっと膝をついてしゃがみ込んだ。滅多に着る事などない、黒い衣服の膝に雪と泥の汚れがつくのを全く気にしていない様な兄の様子に、逆にトーマの方が何だか悪いことをして仕舞った様な気持ちになる。
濡らして仕舞った手袋を隠そうと、後ろ手で拳を作って俯くトーマの顔を兄は優しく覗き込み、幼い背中に隠そうとした冷たい手袋に聡くも気付いた。
何か言われるかと身構えるが何も言わず、兄はやんわりとした仕草で濡れた手袋を外すと、小さなトーマの手を両手のひらで包み込んでそっと温かな息を吐きかけた。
ちりちり痛む程に冷えていた指先が少しずつ、兄の体温を分けられて温度を取り戻していくのに、トーマは安心と嬉しさとを綯い交ぜにした侭笑ったのだと思う。
すると兄は、トーマの知る他の年長者たちより余程に大人びた優しい眸をして微笑むと、温まったトーマの手に、外した自分の手袋を身につけさせた。落とさない様にと仕草で注意すると、その侭トーマの片手を引いてゆっくりと歩き出す。
さくさくと雪を踏んで進む轍の様な細い径。教えられていた通りに、兄の踏んで固めた雪の足跡を辿ってトーマは歩いた。
サイズの全く合わない大きな借り物の手袋の向こうで、兄の白い手が小さな弟の手を、もう孤独に冷えぬ様しっかりと握りしめていて呉れていたのだけは、今でもはっきりと憶えている気がする。
ふたりの背を追う様に教会の鐘が重々しい音を響かせ、林の中の烏たちを羽ばたかせた。
*
傘をささなかったのは恐らく、両手が塞がる事を解っていたからなのだろうと、今更の様にそんな事に気付いた気がした。
その年の春から軍属の学校へと進学する事の既に決まっていた兄は、きっとその時点である種の覚悟を決めていたのだろう。それまでの子供らしい溌剌さはなりを潜め、礼儀正しく振る舞う事を身に着けた。
尤もそれは当人に言わせれば『外面は良くした方が何かと物事は易く進むと気付いたから』だそうで、一種の処世術としての手段に過ぎなかったと言うが、なかなかどうして、昨日まで子供だった者がある日を堺に突然大人びて見える様になれば、それはいじらしくも立派に見えたり涙を誘ったりするものだったらしい。
成程あれが兄の曰くの『外面』だったのかとトーマが納得したのはその何年も後に、相も変わらず奔放に生きていた兄の姿を見てからの事であり、その時の幼い頭ではただ、周囲の大人からの哀れみや慰めや励ましを受けながらも、泣き出しもせずしっかりと立っている兄の姿に、おとぎ話の王子様みたいだなあとか、そんな事を思っているだけだった。
あの時トーマが手袋を濡らしたそもそもの原因である、雪を掻き分けて見つけた小さな野の花を──ポケットに隠していた所為で少し萎れて仕舞ったそれを、そんな汚いものをと怒られるかも知れないと思いながら恐る恐る差し出した時に、兄は初めて泣き出しそうに目元を滲ませてトーマの頭をそっと撫でた。
そうして帰り道に草臥れて仕舞ったトーマを背負って、兄はまた同じ、雪に隠れそうな細い径を歩いて帰った。黒い礼服の肩に雪を積もらせながら、涙も雪の冷たい粒に乗せて隠して仕舞ったのだろう。
齢の離れた弟を、自分が守らなければときっとそんな事を思いながら。
「
……
兄さんは、昔から立派だったなぁ
…
」
目を開いてぽつりと、夢現の記憶から流れる侭にそう感想をこぼしてトーマは鼻を鳴らした。酷く感傷的な夢を見て仕舞った気がする。何分幼い頃の話だから、見たものが正確な記憶なのかあちこち適当なものが混じった記憶違えなのかも判然とせず、果たしてそれをどこまで真実と受け取って良いものか解らなかったが。
「
…
そうか。その立派な兄とやらの枕はそんなにも寝心地が良いか、トーマ」
ぐず、と二度目に鼻を鳴らした所で不意にそんな声がして、トーマは再びうとうとと薄目になりつつあった目を見開いた。きっちり三回瞬きをして、声のした方へと顔を持ち上げてみればそこには。
「おはよう?」
「
…………………………
オハヨウゴザイマス」
首を傾げた兄に微笑みと共に言われて、トーマの全身の血が下がった。挨拶には挨拶を。そう口が機械的に紡ぐ間も、言葉の内容にそぐわない光景に背筋を冷えた汗が流れて落ちていく。
「うわああああああ!?」
目の前に兄の顔。頭を上げたら。枕じゃなくて人体。側頭部に枕。何かに半身乗っかって。寝ていた。
事実を認識してから状況へと逆算して行った理解にトーマの喉からは裏返った絶叫が響き、それを至近距離で聞かされる形になった兄は無言で耳を塞ぐ。
「な、なに、何があっ、、何ですか?!何が起きて、えーと?!」
トーマがその場に身を起こすと、トーマの兄ことカール・リヒテン・シュバルツ大佐はふうと嘆息して、漸く解放された足を引き戻して座り直した。長時間人に乗りかかられていた事で痺れでもあるのか私服姿の太腿部を手のひらで頻りに擦っている。
「ハーマン少佐たちと飲んでいたんだろう?憶えているか?」
「あっ
…
、え
……
?
……
あ、あぁはい、憶えています
…
」
混乱と衝撃とその他に混じって頭の奥が鈍く痛む事に気付いたトーマが問いに頷くと、兄は溜息を重ねつつも根気強く言葉を重ねてくれた。
「大方、飲みに行ったと言うよりはあの男に付き合わされたのだろうが、結果から言うとお前は潰れた。
……
で、ほろ酔い気分だったんだろうな、妙に上機嫌なハーマンが片腕にお前、逆の腕にオコーネルを抱えて何故か家に来て」
そこで兄は酷くぞんざいに手を払ってみせた。そっちを見てみろ、と言うその仕草にトーマが後ろを振り向くと、玄関を入ってすぐのリビングの入り口にはロブ・ハーマン少佐が仰向けに倒れていびきをかいており、その横ではオコーネル大尉が体を丸めて俯せに転がっていた。
「うわ」
惨状に思わず正直な声が出たが、それを言いたかったのはトーマではなく寧ろ兄の方だったに違いない。余り広いとも言えない空間に、平均よりかなり嵩のある大の男が二人転がっているだけでも相当だろうに、おまけにそれが酷く酒臭いのだ。堪ったものではないだろう。
「
…
で。お前は起こせばまだ二本の足で立てる様だったから、水でも飲ませてこれを何とかさせようとしたんだが、無理だった。挙げ句に突然落ちて、さっきの通り」
「すみません本当にすみませんでした」
トーマは己が兄の腰をがっちりとホールドして、その体を枕か敷布団の様にして眠りこけていたと言う先頃までの己の信じ難い状況を寒気と共に思い出して、大人しく土下座した。床と一体化する程に額を擦りつけ頭を低くして。
倒れ込んで、足までのしかかられていると言う状況で、カールが怒ってトーマを蹴り捨てなかった事は有情だったと言えよう。単に、部屋の入り口を占拠している共和国少佐とその部下とをどうこうするのに、トーマがノックダウンしていたら話にならないと言う判断だっただけなのかも知れないが。
軍務を終わらせた完全なオフ状態だったからハーマンもオコーネルも共和国軍の軍服姿ではなく私服だ。お陰で帝都にて共和国軍の名誉が著しく損なわれる様な事態は幸いにも避けられた。
…
のだろうが、それに捕まって酒場を案内の名目ではしごさせられたトーマにはどちらであっても大差はない。
立ち上がるのも億劫なのか、床にあぐらをかいた兄は口を半分覆う様に頬杖をついて、弟の土下座姿から視線を外した。
「これに懲りたのなら、あのうわばみと飲む時は節度を弁えるんだ」
くぐもった声で、何か憶えでもあるのか、説教めいて紡ぐ調子は妙に苦々しかったが、この状況で藪をつつく程に無鉄砲でもないトーマはただ大人しく「はい
…
」と頷いて背を丸めた侭上体を起こした。
「そうでもなければとっとと逃げろ。人が好いのはお前の美点だが、あれは逆に遠慮と言うものを知らない。普段ならば軍人としての体裁こそ保っているから節度はあるが、そのしがらみから解放された時は最早ハーマン少佐ではなくただのゴリラだと思って良い」
ちらと送る視線の先で高いびきをかいているのだろう当人を前になかなかの言い種である。対象がゴリラである事に異論は全く無いが、一応は組織階級的には上官に当たる。おまけに友好国の大統領の子息でもある。そこをどう考慮しつつ兄のアドバイスを実践するか。
トーマが曖昧にそんな事を考えていると、そっと立ち上がったカールがマグカップに白い粉末を入れ、そこに保温ポットを傾けた。ふわ、と漂う匂いから、その正体がホットミルクであると知れる。続けて棚から取り出した蜂蜜を匙で掬って投入すると甘味を増して匂いが強くなった。
嗅覚は五感の中でも記憶を辿り易いと言う。素朴な甘い香りは鼻腔を通ってトーマの記憶中枢を刺激する。何の気なしに手繰ってみれば雪の幻想が郷愁に触れて、不意に指先が悴んだ様に冷たくなった気がしたトーマは己の手を思わず見下ろした。
「トーマ」
匙で撹拌したマグカップを、兄がトーマの手に持たせた。蜂蜜の溶けたミルクがまだカップの中でくるくると踊って、徒に甘い空気を増して行く。
「
…
あ、りがとうございます」
記憶の裏を漂う、寒々しく寂しい様な空気に冷える指で、トーマは温かいカップを握りしめた。酔い醒ましと、床で眠りこけて冷えた体にはいいだろうと言う兄の気遣いにじんわりと胸が温まる一方で、プルースト効果に因ってトーマの意識は先頃見ていた気のする夢の残滓をぼんやりとした侭追っていた。
あの時も家に帰ってからホットミルクに蜂蜜を入れて飲ませて貰ったのだろうか。それとも他の冬の日の記憶が混じっているだけなのだろうか。
冷たくなって仕舞った気のする指先でカップを傾けて、素朴な味わいを一口。干した喉からじんわりと体が温まる。酒で荒れた胃がその温度に宥められているのを感じて、トーマは、ほう、と息をついた。
「
……
雪って降っていましたっけ」
郷愁を飲み込んだ代わりに、ぽろりと言葉が落ちた。果たしてトーマのこぼしたそれが何を指したものかすら口にはしていなかったのに、カールは「ああ」と頷いた。
「例年よりよく降った。中には春が終わるまで残雪が残っていた場所もあったよ」
椅子に浅く腰掛けて、無意味な疑問に丁寧な答えを寄越して呉れる兄をトーマは床に正座した侭で見上げた。彼は何処か遠くでも見る様に視線の行き先をトーマからは伺えない方へと向けているが、然し今この瞬間に自分と兄とが見ている風景はきっと同じものなのだろうと、トーマはそう確信していた。
摘んだ野の花、濡れた手袋、汚れた膝、鐘の音、握った手のひら。断片的な記憶の端々の映像がトーマの裡で次々に切り替わって行く。それらも確かな記憶なのかと疑問として口にしても良かったのだが、止めておいた。正しい、正しくなかった、と幼い視点の曖昧な記憶を整頓してみた所で、その記憶の情景を兄と共有出来る気がしなかったからだ。
遠くを見つめている兄もまた、トーマとはきっと全く違う事を思い出している。同じ記憶を辿りながらも、あの時の兄の視点で見た世界は、弟の見ていた世界とはきっと異なっているのだろうから。
思い出を共有し合えないのは少し寂しいけれど、それで良い。あの記憶はトーマがそうだと信じている限り確かなのだから、それ以上は必要がない。
語り合おうが共感し得ようが、生きものは孤独だ。たとえ冷えた指の間にある空気が温められても、繋がれない限りやっぱり孤独だ。
痛みさえ憶えそうな空白の寂しさを誤魔化す様にトーマはホットミルクを含んだ。蜂蜜が多すぎて少し甘いなと思ったが、酔いが覚めて何も残らなくなった所には丁度いい。
嘗て子供だった己の小さな手。兄に悴んだ指を温めて貰って嬉しそうに笑う子供の幻想を目蓋の裏に覗き見て、トーマはどこか後ろめたい様な心地になって兄を見つめた。自分は温かさや嬉しさに笑った。でも兄はどうだったのか。
椅子の上で、寄せた片膝に横頬を乗せたカールが、じっと己を見つめるトーマの視線に気付いて顔を漸く向ける。視線が何の憚りもなく出会ったその時、ふごぉ、と獣の唸り声にも似たいびきが響いた。振り向くまでもなく背後で寝こけている共和国の少佐殿のものだろう。兄の視線は弟から自然とそちらへと移って、それから抱えていた膝を下ろすと肩をすくめて笑った。
「お前は賢い子だったから。まだよく解っていない事は多かっただろうに、私に迷惑をかけまいとするのが、力になろうと必死になるのが、いじらしくてな。逆に、これはよく甘やかしてやるべきだと思ったんだよ」
酔い潰れている共和国軍少佐に向けられたかに見えたカールの意識は、然しまだ弟の方を向いていたらしい。不意打ちの様に言われてトーマは思い切り面食らった。
「お前と言う弟が居たから、私は『立派』にやれたんだ。お前の目から見てそう映っていたのなら、この上なく嬉しい事だ」
「──
……
」
兄の言うそれは、酔っ払った起き抜けの寝言めいた言葉を拾ったものだった。ぐ、と胸の奥が詰まる様な感覚にトーマは、嬉しさや寂しさが体のあちこちから溢れそうだと思って、吐きたかった息を堪えた。
幼い記憶が確かでも不確かであっても、あの時に分けて貰った兄の体温も家族の愛情も、今のトーマを構成している要素である事には違いがない。
ずっと、欲しいものは兄の眸とそして意識だけだった。子供っぽい承認欲求だと言われればそれまでだろうが、それでもトーマは、己に欠けているものがそこに在る事をよく自覚していた。誰かの裡に偏在する己を見出す毎に、その正体が兄か家名かに由来するものである事に気付くと、孤独は増してより強くその情動を憶えた。
「
……
兄さんは、寒くなかったですか
…
?」
指の間に生じた孤独。雪の降る世界に触れて悴む手を握りしめた事は兄には無かったのだろうか。
見上げる弟の真剣な眼差しに、兄はただ目の間の力を抜く事で応えた。
兄がトーマに何かを望んだ事はない。言葉も称賛も、手伝いでさえ、なにひとつとして。だが、それは名家の当主として負わなければならなかった責任に対しての兄なりの向き合い方であり、弟を蔑ろにする為のものでは決して無い。
トーマは殆ど中身の残っていないカップを置いて立ち上がると、兄の腰掛ける椅子の前へと向かった。今度は弟を見上げている、その表情の切ない程の柔らかさへと手を伸ばし、膝の上に置かれていた両手を取る。
兄の手はゾイド乗りにしては繊細でしなやかだった。それは兄が一流のゾイド乗りとして、無理なく愛機と心を通わせる事で余計な力無く操縦しているゆえだ。最近握る事の多くなったペンに因って胼胝が出来ている事の方に寧ろ違和感を憶える程だ。
その両手の指に、きっとあの時感じていただろう寒さを見出しながら、トーマはそっと息を吐きかけた。
カールは驚いた様に目を瞠る。トーマと違って癖のない金髪の前髪の向こうには、こちらは良く似た翠玉の双眸が在る。常は威嚇する様に洌い気配を保った眼差しが、然し今は酷く穏やかな様子を保っている。
生きものはこの手と指との間に居て、こうして寄り添って吐息を吐きかけようと孤独に凍える。語り得ぬ記憶には寂しさはあったが、欲しいものは共感ではないから良い。
指の間。冷えた孤独の横たわるそこに体温を吹き込む。それが、生きものの間に生じた孤独を、渇望を慰める唯一の方法だから。
「
……
トーマ」
振りほどく事も説教めいた事を口にする事も出来ただろうに、ややしてからカールが選んだのは、黙ってその侭弟を甘やかす事だった。擽ったく感じる優しい呼び方に、トーマは幼かった頃の記憶の中の自分と同じ様に、安心と嬉しさとを綯い交ぜにした侭笑った。
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過去とか捏造なのでディティールは詰めません。におわせ程度。
兄さんが奔放に振る舞いまくるのって、本人の性格もあるだろうけど、割とおうちを気にしなくても平気だと言う事情があったのかなとか
…
。
弟のブラコンは判り易くて、兄のブラコンは判り難い。
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