未だ物の生まれない前に

※pixiv再掲
賞金稼ぎと帝国軍大佐の雑談未満の時間。潜んでるだけで何もない時間。

 両手で持った木箱をくるりと弄んで小脇に抱え直す。身軽な身には邪魔な事この上なく、おまけに怪しい物を持った不審者扱いをされた。幸い、昨今のガーディアンフォースの手伝いなどで名前や風貌が知れていた様で、身元照会が簡単に済んだお陰で面倒な事にはならずに済んだが。
 それにしても。現状やっている事を思ってみれば、腐れ縁の運び屋の歌う上機嫌な歌声が頭の中を自然と回り出して、け、と思わず苦笑が浮かんだ。
 目的地となる部屋の前に辿り着くとぞんざいな仕草で扉を拳の背で叩き、室内からの応えを待たずに勝手に扉を開いた。どの途帝国軍本部を訪れている時点で既に来訪者の連絡は行っているのだ。
 「邪魔するぜ」
 内側に開いた扉をもう一回駄目押しに叩くと、入って正面に位置するデスクの前に座っていた男はほんの僅かだけ顔を持ち上げた。
 「本当に一人なのだな、珍しい。一体どう言った用向きだ?アーバイン」
 本当に一瞬だけ、確認する目的だけでアーバインの姿を見上げた目は、また直ぐにその手元へと戻って仕舞った。
 仮にも来客に対して失礼としか取れない態度ではあるのだが、まあこの多忙な大佐殿なら然程に珍しくもない、と思って、アーバインは扉を後ろ手に閉めると室内につかつかと進んでいく。
 ブラインドの下ろされた、日当たりの良い採光用の窓を横に持った室内だ。デスクと椅子と書棚とソファと応接用のローテーブルと言う、その部屋に求められた役割のみをこなす為の空間には客を喜んで持て成すと言った風情はない。
 ただ仕事をこなすだけの用途として存在している、そんな印象を与える執務室。机に向かう椅子に腰掛けているここの主は、今日も今日とて大量に積まれた書類やらデータメディアやらの山に囲まれていた。
 カール・リヒテン・シュバルツ。帝国軍の将校で階級は大佐。その年齢から考えると結構な出世ペースだ。さぞや高給取りなのだろうと思うと、賞金稼ぎと言う不定期収入で生計を立てているアーバインから見れば、なかなかに羨ましい話ではある。
 尤も、その代わりに組織と国のしがらみに囚われ、自由を損なわなければならないと来れば、元来奔放な性分である賞金稼ぎには願い下げであったが。
 机の向かいに立ったアーバインは、ここに来た理由である、小脇に抱えていた木箱を机の上へと置いた。少し乱暴なその音に、シュバルツは今度ははっきりと顔を起こした。木箱と、アーバインの顔とを見比べる。
 「これが用件。運び屋の真似事だ。トーマからの頼まれもん」
 「トーマの?」
 木箱を手のひらで叩いて言うアーバインに、シュバルツは少し眉を寄せつつも、木箱の横に貼られたラベルに目を留める。そこで何やら得心がいった様で、軍帽を被っていない金髪がさらりと揺れて、彼が小さく頷いた事を示した。
 「あんたが喜ぶから、ってな。帝都の方に行くなら頼まれてくれって、やつに押し切られたんだよ」
 帝国の田舎町へとガーディアンフォースの任務に出向いていたバンとトーマに遭遇し、流れで付き合う事になったアーバインだったのだが、任務が終了して別れる寸前にうっかりと呼び止められ押し付けられたものだ。
 詳しくは聞いていないが、任務で訪れたその地方の名産か何かで、旅行に来たら必ず買うのだ、とか何とか、トーマがそんな趣旨の事を息を巻いて話していた。
 それをうっかり、次は仕事で帝都に行くとこぼして仕舞ったばかりに、更に勢い込んで持たされたのである。俺はムンベイみたいな運び屋じゃねぇんだぞ、とアーバインはぼやいたのだが、荷物を押し付けた当人は気懸りが一つ片付いたとばかりにどこ吹く風と言った顔をしていた。悪意のまるでない図々しさは兄弟揃ってのものらしい。
 「成程。それは弟が済まない事をしたな、アーバイン。謝礼はこちらで用意しよう。帰り際に受け取っておいてくれ」
 「毎度」
 言いながら、謝礼とやらの手続きの為にだろう、手元の端末を操作するとシュバルツは、弟からの贈り物の入っている木箱を一撫でしてゆったりと目を細めた。好物なのかはたまた思い出の品か何かなのか。開封はせずにそれを大事そうに机の下へと置く。
 結局中身については聞きそびれたが、まあ関係ないしどうでも良いと思い、アーバインもそれ以上は頓着しない。
 「茶ぁ貰うぞ」
 「どうぞ」
 ここまで来たついでに飲み物ぐらい頂いてもばちは当たるまい。宣言するなり勝手に、机の上に置いてあった磁気のポットを傾け、ポットと揃いのカップに中身を注ぐ。中身は上品な琥珀色をした紅茶で、もっとジャンキーな珈琲などを飲み慣れているアーバインにとっては少々お上品で物足りない味わいだったが、果実の様な花の様な不思議な香りが漂うのには、ほんの僅かだが気持ちが和らげられる気がした。
 一仕事終えてすっきりした心地でカップを傾けていると、何となく手持ち無沙汰になる。ふと見ると、酷く真剣な顔をしたシュバルツが向き合っていたのはどうやら仕事ではない。手袋を外した素手で何やら紙を折ったり開いたりしていた。
 「何してんだ?」
 よく解らないその動作に、思わずと言った感でそんな問いがこぼれる。それに対してシュバルツは顔を上げもせずに一言だけ「折り紙だ」と返して来た。
 執務机に向かって、至極当たり前の様にそんな事を言われたが、果たしてそれはごく普通の答えとして納得出来る様なものなのか。成程確かにその手付きをみれば、折り紙と言う名称が最も近い様な気はする。だが。いや。何故。
 「……なんでまた?」
 暫く悩んだものの、結局アーバインは疑問を続けて口にしていた。果てしなくどうでも良い様な事なのではないかと裡なる己の声が呆れた様に言っている気はしていたが。
 「共和国ではそうは行かない事だろうが、軍人と言うのは帝国では一般的な名誉職なのだよ」
 案の定か、突然全く違う事を口にされた。そんな事を言う間もシュバルツの手は酷く真剣に、紙を折り曲げ──本人曰くの折り紙を続けている。
 「国力の象徴であり、ある程度の権威も伴う。責任もだが。給与の他には家族に手当も出る。出世が叶えば平民であっても富を得られる可能性がある。実際帝国の名家と呼ばれる一族や領主は軍属の者である事が殆どだ」
 「……はぁ」
 教科書でも読む様なシュバルツの言葉が説明調子なのはアーバインにも解る。解るが、何故突然そんな説明を始めるのか意図が知れず、仕方なしに困惑顔で相槌を打った。
 語る当人は手元の折り紙に夢中で、全くアーバインのそんな困惑になど気づいてすらいない風であったが。折り目を付けた紙を開いて、それに沿って畳む様に折り曲げる。
 「然し、巷間、平和になると軍人を煙たがるきらいが出て来る。軍人の仕事が無くなる事は結構な事だが、元軍人の領主たちを取り締まる能力が軍部から損なわれると、国内の治安は残念ながら脅かされると言うのが現実だ」
 シュバルツは確かに辛辣な所もある男だが、その性質は『悪』ではない。だが、滔々と続けるその調子に偽悪的なものが混じった気がして、アーバインは漂う疑問符の中で片眉を持ち上げた。
 「即ち、名誉を重んじる人間は、必要とあらばその為に死ぬ心構えをしていなければならないが、同時に、その裡に生じる取るに足り得ない目的を抱く権利と言うのも、決して小さな権利ではないと言う事だ。それを嘆かわしいとまでは言うつもりは無いが、『軍人』として求められる規範以上の有り様はそれ以上に、より能動的に示して行かなければならない」
 「………んで?」
 どうして、何で折り紙などしているのだ、と言うだけの問いにこんな説明をされなければならないのか。本音を言えば投げ出したい所だったが、アーバインは彼にしては珍しく根気強く続きを待った。時折傾けるカップの中の紅茶が存外に良い香りだったから、まあ別に構わないかと穏やかな心地にでもさせたのかも知れない。
 「戦禍で家族を失った子供の為の孤児院が帝国内には幾つもあり、そこを軍人が慰問に訪れると言う定例の催しがある。民に寄り添う軍人、と言う肯定的なイメージ戦略を目的とした、謂わば広報活動だな。だから当然メディアも招かれるし、新聞記事にもなる。そこで、如何にも軍人然としているのと同時に見目がある程度大衆受けする者が好ましい」
 「……立てられたんだな、白羽の矢」
 段々と説明の着地点が見えて来た気がしたアーバインがそう言えば、シュバルツは頷いた。名門シュバルツ家の人間である事も人選に大きく影響しているのだろう、と皮肉を込めた口調で付け加えながら。その手は紙を熱心に折っている。
 「その時、子供たちが呉れたのだよ」
 そこで漸く、何か思い出しでもしたのか笑みを添えられた。アーバインが机の上を改めて見回してみれば、書類の山の狭間には折り紙で器用に作られた、小さなアイアンコングとレドラーがちょこんと並んでいた。
 シュバルツはそれを時折手に取り、少し拡げたり観察をしながら、手元の折り紙──書類の書き損じでも切って作ったのだろう紙を折っている。
 「それで。子供たちが余りに上手に形を作るものだから、興が湧いた」
 言う手の中で、事務的な文字列の並ぶ面と、白紙の面とが交互に折りたたまれていく。その、慣れがないのか余り器用とは言えない手付きにアーバインは、ゾイドの操縦も書類へのサインも綺麗にこなす男の思わぬ一面を見た気がした。
 「出来た」
 やがて、少しばかり達成感の滲む声と共に机の上へと置いてみせたのは、少々不格好なアイアンコングだった。
 折り目こそそれなりに正確の様だが、基本的に上手く形が出来ていない。真似事は得意な方ではないのだろう。アーバインは噴き出すのを堪えて、シュバルツ作のアイアンコングを指先でつついた。
 「ま、初めてにしちゃ上出来なんじゃねぇの?」
 見本に観察していた、子供らの作品は灰色の紙で折られていてクレヨンで書き込みもしてあって、アイアンコングだな、と知れる様な出来である。それと比べるのは少々気の毒かもしれないと思いながら、アーバインは机の上に置いてあったメモ用紙から白紙を適当に一枚破いた。空になったカップを置くと、正方形にしたその白紙を折り始める。
 「民に寄り添える清廉な軍人様、てなイメージとその完成形なら、あんたに勝るもんは帝国(こっち)じゃそうそう無いだろうからな」
 本人は好きで──と言うより当たり前の様にか──やっている行いなのだろうが。それを見本の様にされても、そう在れと言われても困るだけだろう。真似事や与えられた役割では能動的な意志も形骸化されたものに成り果てる。それで居て純真な子供の前に『職務』として立つ。成程、それは偽悪的に感じる本心も混じろうものだ。
 若干の同情を込めて言いながら、アーバインの手が白い紙を手際よく折り進めていくと、程なくして真っ白なコマンドウルフが完成した。それを机の上にぽんと置く。
 綺麗に折られたそれを見て、シュバルツは感心した様に目を瞬かせた。
 「上手いものだな
 しみじみと言われて、アーバインは返事はせずに肩を竦めてみせる。こんなのは特技でも手慰みでも何でもない、ただの子供の頃の記憶であって、別に称賛を受ける様なものではない、と思っているからだ。
 「セイバータイガーは?」
 何やらうきうきとした声で問われて、アーバインは溜息をついた。「作り方を知らねぇ」と正直にそう返せば、大袈裟なほどにがっかりとした顔をされた。期待外れ、と言われている気がして、少しむっとしてそっぽを向く。
 「手前ぇでまともなもん折れる様になってからリクエストしろや」
 あからさまな悪態に、そうだな、と存外にも素直に頷きながら、シュバルツはアーバイン作のコマンドウルフを子供たちの作品の中に一緒に並べた。
 「私の手はものを作る事には余り向いていないのだろうな」
 何処となく自虐の気配の漂うそんなシュバルツの言い種に、アーバインは無言で手を伸ばすと机の隅に置かれていた不格好なアイアンコングを手に取った。それをポケットへと仕舞い込む。
 「それこそ手先の器用な弟にでも言や、喜んで作ってくれるんじゃねぇの?」
 アーバインの動作を目で追ったシュバルツは鼻の頭に皺を寄せた。珍しくも解り易い不満の態度だ。
 「それ、トーマの所に持って行くつもりか?」
 「受け取り票代わりにさして貰うわ。そうでもしないとあいつ、本当に兄さんに届けてくれたのかって煩いしな。じゃ、仕事があっからもう行くぜ」
 ひらひらと手を振って、後は抗議の表情は黙殺する事にして、アーバインは執務室を後にした。
 
 
 
 後日、シュバルツの元にトーマから手紙が届いた。
 中には、複雑に折った──恐らくトーマが自分で考えて折ったのだろう──ディバイソンと、もうひとつ、シンプルだが解り易い形に折られたセイバータイガーが入っていた。
 仕事の合間に紅茶を傾けながら、シュバルツは机の上に並んでいる紙製のゾイドたちを微笑んで見つめていた。


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ゾイド折り紙はなんかこう現実にあるような単純化された動物の様なノリでひとつ。
アーバインは妹に折り紙を作ってやったことがあるとかなんかそういう経緯Mousou。