わたしと孤独との対話

※pixiv再掲
バンとシュバルツの他愛なきお喋り。カプとかではなく。

 酒の匂いと笑い声に背中を叩かれながら、そっと足音を忍ばせてバン・フライハイトは休憩室を出た。
 アーバインだけは気づいた様でちらりとこちらを見たが、扇形に拡げたカードに集中している意識は直ぐに逸れて、特に何も口にする事もなかった。
 戦いの間の息抜き。そう、暇で遊び好きな連中が集まれば自然と酒瓶がどこからともなく現れて、気づいた時には酒盛りなのか談笑なのか解らない時間になり、更にはそこに誰かがカードを持ち込んだ事で、普段は珈琲の匂いぐらいしかしない休憩室はすっかりと賭場の様相を呈して仕舞った。
 バンはまだ飲酒は出来ないのでレモン水を片手に雑談を楽しんでいたのだが、そろそろ眠くなって来たのを契機に引き上げさせて貰う事にした。
 酔いどれ共が絡んで来ると帰り難くなるのでこそこそと出てきた形だが、振り向いた休憩室ではわっと賑やかな歓声が上がっていて、バンが居なくなった事には暫くは誰も気付きはしないだろう。ひょっとしたら気付くのは全員潰れて眠った後かも知れない。
 去り際には、アーバインとムンベイがタッグを組んでオコーネル大尉をカードゲームのカモにしていた。その結果は気になる所だが、まあ明日誰かに訊いてみればいいだろう。どうせ面白い笑い話になっている筈だ。
 フィーネとジークはドクター・ディに手伝いを頼まれて早い内に出て行って仕舞っていた。そろそろ仕事も終わって部屋に戻っている頃だろうか。
 酒を飲んでいる訳ではないが、酒飲みの空気に浸っていた所為で少し匂う気がする。少し歩いてから帰ろうと思ってバンは格納庫の方へと足を向けた。
 と、格納庫の電気が煌々と灯されている事に気づいて、シャッターの陰に立ち止まる。夜間でもゾイドの整備や調整をしている事はあるから別段珍しい事では無いのだが何となく、静かな空気に憚られて、バンはそっと物音を忍ばせて中を覗き見た。
 見慣れた青いブレードライガー。アーバインのライトニングサイクス。トーマのディバイソン。一番出撃し易い位置に待機しているそれらがまず目に留まる。続けてムンベイのグスタフに、シールドライガー、アイアンコング。帝国と共和国のゾイドが入り混じって続くのを目で順に追って行き、やがてバンは、一機だけキャノピーが開いた侭になっているゾイドの姿を程なく発見する。
 それは黒を貴重に赤の色彩を差したセイバータイガーだった。特徴的な、ガトリングガンに火器管制用のレーダーを積んだ、牽制の精密射撃と近接格闘を重視した機体。
 頭部のキャノピーを開いた侭のその姿を見上げて、バンはぱちりと瞬きをした。少し考えてから、まだ足音は忍ばせた侭にキャットウォークに続く階段を上り、件のセイバータイガーの方へと上から近づいて行く。
 柵から身を乗り出して下を見れば、セイバータイガーのコックピットに座っていたのはバンの想像通り、そのセイバータイガーの持ち主でもあるシュバルツ大佐だった。
 シュバルツはシートベルトも装着せず、安楽椅子か何かの様にシートにゆったりと腰を下ろして、時折コントロールレバーに触れさせた手を撫でる様に動かしている。バンの居るキャットウォークから距離こそ遠くはないが、目深に被った軍帽に隠れてその表情までは伺えない。
 「シュバルツ大佐」
 少し考えたが、結局バンは声を掛ける事にした。なんとなくだが、気になった侭には枕を高くして眠れそうに思えなかったのだ。後は単に興味本位であったが。
 呼ぶ声にシュバルツは直ぐに反応した。柵にもたれて手を振るバンの姿を、少し首を擡げた視界に認めると、彼はふっと柔らかく表情を緩めて寄越す。
 「バンか。どうしたんだ、こんな時間に」
 放たれた声は如何にも年長者と言う気配を滲ませる優しげな質で、バンはシュバルツにそう呼ばれると少しこそばゆい様な気持ちになる。
 平時にシュバルツがバンやフィーネに話しかける時の調子はいつもそんな感じで、上階級の軍人の言葉と言うよりは近所のお兄さんとでも話している様な和んだ感覚を憶えて仕舞う。彼自身に歳の離れた弟が居るからかなのか、年少の者に対するこの大佐の声はいつでも酷く優しい。
 だがそれは『子供』を扱う意味での猫撫で声ではなく、子供だからとぞんざいに扱う質でもない。単に、身の内の人間に向ける信頼の様なものに良く似ていると感じられるのだ。
 シュバルツとバンが初めて言葉を交わしたのは、帝都でのデスザウラーとの決戦が終わった後だった。ルドルフ殿下を護って呉れた事、そしてレッドリバーでの君の行動に敬意を表したいと言って深々と頭を下げると言う、大凡子供にする様な喋り種でも態度でも無かったのは今でもよく憶えている。
 そんな経緯も手伝ってか、軽く十歳は年齢の離れた軍人だったにも関わらず、シュバルツはずっとバンやフィーネの事を一人の『人間』として敬意を払い続けて呉れているのだろうと思う。
 「大佐こそ」
 だからか自然と気安さの乗った声が出た。バンに逆に問われる形になったシュバルツの手は相も変わらずにコントロールレバーに優しい手付きで触れている。その行動を覗き見られている事は気にする様なものではないのか、彼はその侭目を細めてちいさく笑う。
 「そうだな、何をしている様に見える?」
 「えー、パッと見よく解んないから声掛けたんだけどなぁ。出撃しそうには見えないし、整備とか?」
 違うだろうな、と思いながらも答えれば、「残念」とまた優しい声で言われる。
 「じゃあ……何?」
 柵から上体をだらりと下げて、はぐらかされるのは御免だと言う態度でバンがもう一度問えば、今度はシュバルツは真っ直ぐにバンの姿を見上げて来た。子供の頃にレオン神父などから感じた事のあるものと同じ、大人の誠実な眼差しだと思った。
 「君にも恐らくは憶えのある事だと思うが」
 そう前置くと、シュバルツは驚く程に穏やかな表情で愛機にそっと触れた。
 「最近忙しくてすっかりと構えてなかったからね。話をしていたんだ」
 それがハーマン少佐辺りの言葉だったら「またまたぁ」とバンも笑い飛ばしたのだが、何しろ今そんな事を微笑んで口にしたのはシュバルツ大佐である。冗談と言う空気では無論無いし、他の正解を誤魔化し適当に口にしたと言う様子でもない。
 正直に言うとバンは少々面食らっていた。シュバルツの弟であるトーマもよく愛機のディバイソンとああだこうだと喋っているが、それはディバイソン自身と言うよりは、そのゾイドコアに接続されたAIのビークとの会話だ。
 ゾイドに意志や心がある事は勿論解っているが、ジークやビークの仲介が無ければ、ゾイドと直接に会話をする事など易々出来はしない。それが出来るのはフィーネぐらいのものだ。
 「……話、って?」
 まさか本当に会話でも交わしているのだろうか。あのシュバルツ大佐が。大真面目に。それこそトーマがビークとよく解らない会話をしている時の様に。
 想像もつかない。思わず出たバンの疑問からその戸惑いを察したのだろう、だが笑い飛ばしたりはせずにシュバルツはどこか上品な仕草でかぶりを振ると、またセイバータイガーのコントロールレバーを優しく撫でた。
 「ゾイド乗りはゾイドと心を通わせる事で、ゾイド自身にも力を貸して貰う事が出来る。話すと言っても言葉では無い。それでも、こうしている時間がこの子にも安らぎがあるのだと言う事を私は知っている」
 シュバルツのそんな言葉に応えるように、セイバータイガーが喉を鳴らす様に唸る声を上げた。その意味までを推し量ろうとせずとも、不快や不満を示したものではないと言う事だけはバンにも解った。
 「へぇ
 アーバインの様に自分の身と腕だけで生きている様なゾイド乗りの口から出たのであれば含蓄のある言葉だと思えるが、戦場や状況でゾイドを乗り換えたり、時に兵器として使う事が当たり前である軍人としては、シュバルツの言い分は実に珍しいと言えた。
 正直な感嘆の声を上げるバンをまた見上げて、シュバルツは首を傾げて目を細めた。
 「君とジークの様にはいかないかも知れないが、きっと多くのゾイドたちが本来はそう思っているのだろうと思う。心があるのに、憶えられない言葉がそこに横たわるだけで、きっと多くが諦めて仕舞う事だが」
 じっと己を見つめるシュバルツの眸を前にバンは、自分がジークと出会えて心を通わせられた事は物凄い奇跡の様なものだったのだろうと漠然と思った。その思いを抱えた侭に頭を巡らせて青いブレードライガーを見つめてみれば、成程シュバルツの言う事もよく理解出来る気がした。
 (ライガーも、偶には撫でてやれば喜ぶかな)
 父を、そして己を、ずっと支えて来てくれた『ジーク』は間違いようもなく、オーガノイドのジークと同様にバンの大事な相棒だ。
 肯定の唸り声を聞いた気がして、バンは照れ隠しに笑うと再び柵にもたれかかった。セイバータイガーと『話』をしているシュバルツの姿を見つめる。
 最近シュバルツは自らゾイドに乗って戦う事など滅多に無く、軍人としての職務に向かってばかりだった。それに、遠征時には指揮官としてアイアンコングMk2に搭乗する事が殆どだ。それでセイバータイガーが拗ねたのかまでは解らないが、シュバルツがわざわざ共に戦えない代わりにこんな風に『話』をする時間を設けたのであれば、ひょっとしたらバンは無粋な邪魔をして仕舞った事になるのかも知れない。
 然しそんなバンの考えを読みでもした様にシュバルツは「そんなに心は狭くないさ」と言って、声を忍ばせ内緒話でもする様にして笑った。きっと、気難しいと本人のこぼす、アーバインのサイクスの事でも思い出したのだろう。
 「そう言えば、ロッソも確か似た様な事を言ってたっけ。ゾイドは心で動かすものだ、って」
 心、と考えた所で不意に思い出したのは『翼の男爵』の片割れであった。飛行ゾイドの操縦ならば、仲間内ではバンは彼らの右に出る者を見たことがない。それも彼曰くの『心』のなせる技倆なのだとしたら、確かにそれも頷ける話だ。
 「ふふ。彼は意外とロマンチストだからな」
 顔に似合わず、と言外にせず言われた気がして、バンは、ロッソに悪いかなと思いつつも声を上げて笑った。
 「あ、でもそれ言うとシュバルツ大佐もロマンチストって事になるんじゃ?」
 笑いながらのバンの軽口に、シュバルツは「いいや」とかぶりを振った。まだ口元は笑んでいたが、それはどこか倦怠と憂愁の滲む様な仕草だった。
 「私のこれは感傷だ。苦悩が微笑するのに任せて、ここに在った心地よさを取り戻したいだけの」
 言うシュバルツの口調こそ、バンに最初に話しかけた時の様に穏やかで優しいものであったが、微笑んでいる筈の表情にはどこか重たい翳りが潜んでいる様に見えた。
 シュバルツの良く口にする、笑い難い自虐や皮肉にも似ていたが、恐らく違うのだろうとバンは直感的にそう思った。
 彼の婉曲な言い回しが何を具体的に示しているのかまでは正直を言えば全く解らなかったのだが、ただそれが──途方もない様な寂しさを宿したものである事だけは解った。
 何と返してやれば良いのか。バンがそう考えたのを悟った様に、シュバルツは「それでも、」と声のトーンを元に戻した。気を遣わせて仕舞ったと感じたのか、申し訳なさそうに目を伏せる。どうやら想像以上に、彼にとっては『うっかり』──不覚にも出て仕舞った、と言った発言だったらしい。
 「最近の生活には充実感を憶えている。平和を目指す為に忙しい事は退屈よりも好ましい。ただ、なかなか自由にならないのだけが難点だな」
 両方の手のひらを顎の下で組んで、笑い飛ばす様に言うその姿を見下ろして、バンは「よし」と手を打った。
 「なぁシュバルツ大佐、今から外に見回りに行こうぜ。そのセイバータイガーも、俺のライガーも一緒に」
 息抜きは大事だ。それはバン自身にもよく憶えのある事である。
 に、と白い歯を見せて笑いかければ、バンと年齢の離れた帝国軍人はほんの少し驚いた様な顔をしたが、やがて、目を細めて優しい声で笑った。
 「有難う、バン。折角のお誘いだが、遠慮させて貰うよ」
 「ええー。今のは完璧にさ、一緒に遊びに行く流れだったろー?」
 やんわりと諭す様な、然し誠実さのある声でばっさりと斬られて、バンは柵にもたれた侭肩をコケさせて脱力した。建前に口にした『見回り』でもなんでもなく『遊び』とはっきり口にして仕舞ったが、シュバルツは咎めもしない。
 「実は仕事の途中で抜けて来ているんだ。だから、それはまた次の機会にお願いしよう」
 器用に片目を閉じて言うと、セイバータイガーをもう一度撫でてからシュバルツは立ち上がり、搭乗用のリフトにひょいと身軽に飛び移る。
 「じゃ、約束だからな、大佐」
 指切りげんまんでもするつもりで小指を突き出して言うバンを見上げて、シュバルツは「ああ」と頷き、別れを告げる様に片手を上げると地上へと下りて行った。
 ひらひらと手を振って、バンは格納庫から出て行くシュバルツの背を見送ると、キャノピーを閉じて心なし寂しげにしている様にも見える、黒と赤の色彩のセイバータイガーを見遣った。
 「また、だってさ」
 バンがそう残念さを思いながらも笑いかけると、まるで同意する様な唸り声が返った。



=========================


ゾ好き同士よくわからんところで話弾まないかなぁって

兄さんが黒虎さん撫でて感傷的になる理由は