野の百合、空の竜

らるしゅ。※Pixiv再掲
大昔の九割書き直しリノベーション。29話前のMousou。

 久々に帝都に招集が掛けられたかと思えば、全く以て度し難い!
 
 胸中では思いつくばかりの罵詈雑言が渦巻いていたが、それが漏れ出さぬ様に口を真一文字に引き結んで廊下を行くシュバルツの足取りは至って普通のものだった。
 招集が掛けられたのは帝国の中でも一部の将官だけで、何れも階級だけではなく家柄やら軍功やら、兎に角何らかプロイツェンの憶え目出度い者が殆どであった。
 会議場に並べられた彼らの前で、その元帥閣下自らが宣言したのは、自らの帝位の正当なる継承であった。それも、わざわざご丁寧に、帝家に伝わる継承の証であるガイロスの指輪を突きつけ、城からライブ映像でのお披露目と来たものだ。
 直前には皇太子ルドルフの訃報と言う信じ難い様な発表がされたばかりだと言うのに、そこから堂々と自らの即位宣言。余程の馬鹿でも無い限りはこれが何らかの『演出』じみたものであると判断するだろう。
 ただでさえ、先帝の寵臣として権力を思う侭にしていたプロイツェンだ。『こうなる』為に何年も前から水面下で密やかに動いていたのだとしても全くおかしくない。
 先帝崩御の後、時期皇帝として育てられた皇太子ルドルフまでもが行方不明、そして死亡と言う立て続けの不幸。
 幼い皇太子の亡骸は宰相たちですら確認する事が出来なかった。ただ、ルドルフが肌身離さず所持していたガイロスの指輪だけはプロイツェンの手元に確かに存在しており、それこそが皇太子の死を裏付ける間接的な証拠であった。
 (……つまりは、奴は堂々と帝位簒奪を行ったのだ──と、誰もがそう疑うだろう。だが、結果だけがそこに示された以上、証明の出来ない反証は何一つ意味を持たない。奴の言う事が欺瞞なのが明らかであっても、それを感情論以外の要素で告発する事は無駄でしかない)
 歩きながらシュバルツはほんの僅かだけ、パイロットグローブに覆われた拳に力を込めた。眉間に自然と皺が寄る。
 今回招集と言う名目で集められた将官たちの一部、少なくともシュバルツが人となりを把握している者たちに関しては、プロイツェンのやり方に全面的に賛同していない顔ぶれや中立の者が目立った。帝国軍の中には先帝や帝家への忠義篤い者も数多く存在している。その中でもそれなりに有用な人材が選別されて今日呼び出されたのだろう。シュバルツがここに居る事がその証左とも言える。
 とどのつまり、プロイツェンは彼ら将官に解り易い選択肢を用意したと言う事だ。近々新皇帝として即位する、己に今後つくのか、つかないのか。
 余りに不遜で愚かしい話に目眩がしそうだった。言語道断。浮かんだ言葉その侭に、シュバルツはライブ映像での次期皇帝(仮)の有り難いお言葉が終わった途端に椅子を静かに引いて立ち上がると、ざわめく会議場をさっさと後にしていた。
 どの道、元よりプロイツェンに反抗的な態度を平然と取って来た己が、今更手のひらを万一にでも返したとしても、プロイツェンがそれを信用し重用などする筈もない。
 寧ろ逆に、これを機に軽率な行動や言動を煽って叛逆容疑でもでっち上げる為に呼んだと考える方がまだ理に適っているだろう。
 それ以前に、そもそもにして悩む様なものでもない。己の信念と合致しない政権に魂を安く売って仕舞う気はシュバルツには欠片もないのだから。
 それで代々続く家の名が仮に途絶える事になったとしても、墓の下の祖先は文句など言うまい。帝位簒奪の疑いのある者に仕え、無益に戦火を拡げる行動をする方が論外だろう。
 会議場では今頃、プロイツェンにつく方が利口と賢しく考える者たちの間で相談でも交わされているのだろうか。一旦状況を見ようなどと日和れば直ぐに更迭されるだけと、今までのプロイツェンのやり口から薄々解っている以上、選択肢と言えど並べられた二つは余りに差がありすぎと言えたが。
 「おい、シュバルツ!シュバルツだろう?」
 不意に名を呼ばれ、シュバルツは足を止めた。一階の、屋外練兵場の横を通る渡り廊下だ。声のした方を振り向けば、何体か並んで駐機しているレドラーの傍に立っている男がこちらを向いて片手を上げているのが見えた。
 「ラルフか!」
 聞き覚えのある声や風貌に、シュバルツは固く強張っていた己の表情筋が自然と和らぐのを感じた。
 男が渡り廊下を歩いて来るのに気づくと、合わせてシュバルツもそちらに足を向けた。渡り廊下の途中、天井と柵と等間隔の柱以外に何も遮るもののない場所で、両者はほぼ同時に足を止めて互いに敬礼をする。
 互いに所属こそ異なれど同じ階級だ。ちらと見た階級章からそれを確認すると、敬礼を解いたシュバルツは軽く口を開いた。
 「随分と久しぶりだな。今、どうしている?」
 「少し前からエーベネに配属されている。今は所用あって遠路はるばる帝都まで来ていた所だ」
 「エーベネ。最近空軍の増強で各基地で大幅に飛行ゾイドの配備数が増えたと聞いているが。確か新型のレドラーの噂もあったな
 陸軍の基地は細かいものまで詳細を全て把握しているが、空軍となると主要なもの以外はなかなかそうもいかない。確かエーベネは辺境の寂れた基地だった筈だが、空軍増強の噂の通りならばその認識はもう古いやも知れない。後でデータベースを確認しようと思いつつ、シュバルツは余り憶えのない基地の名の記憶を辿って考え込む。
 「おいおい、旧友との再会よりゾイドへの興味か?お前は相変わらずだな」
 「済まないな。何しろ便りのとんとない旧友殿だ、何か会話の取っ掛かりを探さねばと思ってな」
 言う言葉程に気を悪くした風でもなく笑って寄越すラルフに、どこか懐かしい空気を手繰って仕舞った気がして、思わず軽口を返して仕舞う。
 ラルフはシュバルツの士官学校時代の同期の一人だ。年齢が近かったのとゾイド操縦の成績が拮抗していたのもあって、よく互いに模擬戦を行ったり、チーム戦で組まされたりと言った事も多かった。
 のだが、ゾイド操縦の腕こそ互いに認めど、とにかくスマートで合理的な戦法を求めるラルフと、ゾイドと共有する戦闘行動での感覚めいたものをこそ受容するシュバルツとではなかなかそりが合わない事も多く、その事が原因でゾイドで模擬戦決闘、となった事も度々あった程である。
 互いに考え方や得意分野、そもそもにして相対するスタンスが違い過ぎたのもあって、切磋琢磨する好敵手とまでは行かなかったが、ゾイド乗りとしてはお互いその能力を認めて忌憚なく遣り合えた、当時のシュバルツには貴重な『友人』であった。
 そんな旧い友人の軽口にラルフはおかしそうに肩をすくめてみせるが、その目に余り笑う気配が無い事を感じ取ったシュバルツは、嫌な予感が身を掠めるのを感じた。
 「お前こそ、噂に聞いたぞ。同期の出世頭だった筈が、元帥閣下のご機嫌を損ね続けて冷や飯食いだとか」
 本当なのか?と呆れた調子で紡がれたラルフの問いに、シュバルツは「さてな」と肯定も否定も避けて気のない息を吐いた。
 「……それも、相変わらず、と言う事か」
 ラルフの声音が呆れからそれに良く似た諦めへと転じたのを、深々とした溜息をついてみせる様子から見て取って、シュバルツは柳眉をひそめ口端だけをそっと持ち上げてみせた。そうすると己の造作は如何にもアイロニカルな表情に見えるのだと知っている。
 馬鹿な奴だ、と言いたかったのだろう本音を飲み込んだ代わりに吐き出された溜息には、どことなく懐古的な意味が籠もっていた様に思えた。
 変わらないな、と言う哀愁には、若い頃には誰もがあった筈の眩しさを惜しむ様なものと、そう言った眩しいだけの時にいつまで囚われているのだ、と言う軽蔑もきっと含まれていたのだと思う。
 心地が悪いと言う程ではないが、針でも落ちた様な沈黙を退ける様に、シュバルツはラルフから体ごと顔を背けると廊下の柵に手を掛けた。
 「それで、あれが例の新型レドラーか?」
 制帽を脱いで片脇に抱え、それ程遠くもないのにわざわざ手で庇を作って遠くを見る様な仕草をしてみせる。そんなシュバルツの視線の先には先頃までラルフの居た場所に駐機してある二体のレドラーの姿が見える。
 「ああ。ブラックレドラーだ。あいつのお陰で帝都までも早いものだ」
 態とらしいシュバルツの話題の転換に、ラルフは薄笑いを浮かべて何事もなく乗って来た。別段続けたい様な話ではないだろうから当然だが。
 「それは羨ましい限りだな」
 セイバータイガーではそうもいかない、と語尾に付け足して、愛機には聞かせられない内緒話だとシュバルツは忍び笑った。そんな彼の横顔を見ていたラルフだが、やがて少し考える素振りをしてから「そうだ」と手を打った。
 己の先頃の話題転換よりも余程態とらしいその仕草に興が乗った。並ぶ様に隣に立つラルフを、シュバルツは柵に上体を軽く預けた侭上目遣いに見上げる。
 「近々時間がある時にでもエーベネを是非訪ねて来てくれ。茶ぐらいは出してやる」
 そんな、思いもよらない様な言葉が合理主義の旧友の口から出た事にシュバルツはまず驚いた。その視線の先で、ラルフは無精髭の目立つ横顔を遠くに向けている。如何にも他意など無いのだと言った態度だ。
 「ブラックレドラーも、興味があるなら乗ってみると良い。何なら、久しぶりに一勝負するか」
 「何だ、ひょっとして口説いているつもりか?」
 己の興を惹きそうな提案ばかりだと思ったシュバルツが、浮かんだ感想その侭に言ってやれば、ラルフは眉間に皺を刻んで盛大な舌打ちをした。然し撤回はしなかった。聞かなかった事にしろとも言わなかった。
 「で、どうする」
 苛々とした態度はあからさまで、短くそうとだけ重ねられるのに、シュバルツは勿体をつけるつもりはなかったが少し考える様な仕草をした。
 幾ら久しぶりに会ったからと言って、ラルフはシュバルツに対して、ゆっくり話の出来る場所で思い出でも語ろう、などと何の脈絡もなく言い出す様な男ではないし、ゾイドで一勝負、などと言う如何にもシュバルツの趣向に沿った提案をする理由も特段ない。馬鹿にされる様な事を言われて舌打ち程度で収めるとも思えない。
 もしも単に、新しいゾイドの自慢をしたいだけならばもっと単刀直入にそう言った物言いをする筈だ。少なくともシュバルツの記憶の中のラルフはそう言った男だった。わざわざ本音を隠して、己の益になりもしない者の機嫌を取る様な真似などすまい。
 シュバルツは僅かに目を伏せた。脳裏を緩やかに過ぎったのは青かった頃の思い出などでは断じて無かったが、だからと言ってそれはただ切り捨てる様なものでもなかった。
 一種の郷愁に縋りたくなる程に参っていた訳では無いが、ぽつんと穿たれた時間と言う空白を埋めるのには有意義だろうと、そう思えた。
 「……ああ。それじゃあお言葉に甘えさせて貰おう。エーベネなら帝都からの方が近い。部下に連絡をしたら直ぐに向かっても構わないか?」
 「ああ。構わんが、ここからって、足は何にするつもりだ?」
 「単独だったからな。セイバータイガーで来ているんだ。置いて行く訳にもいくまい。明日には到着出来るだろう」
 建物の向こうの格納庫を指して言うと、身を預けていた柵から体を離してシュバルツは制帽を深々と被り直した。
 「では、またな。──ああそうだ、俺の好きな銘柄の茶も用意しておけよ?言い出したのはお前だからな」
 手をひらりと振って微笑みと共に言ってやれば、ラルフは一言「言ってろ」と、今度こそ呆れを隠しもせずに肩をそびやかしてみせた。
 
 *
 
 闊達な微笑みだった。昔と何一つ変わらない、己の信念と理想とを同一化させた侭の、子供の様な表情だと思った。
 士官学校時代からそうだった。やや細身で、柔らかい曲線を保った顔の男を初めて見た時には、一体どこのお坊ちゃんだと思った。然し、馬鹿にしてかかれば悉く熨斗をつけて返され、出来るだけ関わるまいとしても何故か関わる事が多かった。
 未熟で繊細な少年めいた容姿をしている癖に、他に類を見ない怪物だった。呆れた大胆さと図太さとで、無邪気に奔放に振る舞っているだけなのに、自然と周りがそれを納得せざるを得ない様な状況にして仕舞う。
 忌々しいと幾度となく思ったし、その感想自体は今となっても恐らくは変わらない。
 ち、と舌を打ってラルフは渡り廊下の柱を拳で叩いた。
 だからこそ、己の口からあんな誘いの言葉が出たと言う事実は、どう考えても気の迷いとしか思えない。
 昔と何ひとつ変わらない様な男の愚かさを見下したのと同時に、そう振る舞っても彼には後悔など無いのだと知れる確信に無性に腹が立った。
 自分にあるものを当たり前の様に示し、持たざる者の事など何一つ考えていない。昔から何一つ変わらない、呆れる程の自信家で、理想主義者。
 シュバルツがプロイツェンに反抗的なのは既に知れている事だ。今後プロイツェン帝の時代となったとしても間違いなくそれは変わるまい。あの良い意味でも悪い意味でも実直な男が、皇太子の不幸な死と元帥の即位に何の異や疑も抱かずにいられる訳がないのだ。
 そうなるとシュバルツの未来の想像は易い。厄介な芽は早い内に摘むべきだと、前線にでも送られて不幸にも『戦死』するか、それとも名家である事情を鑑みて中央から遠ざけられた辺境で飼い殺しにされるか。
 どちらにしても、その先行きに良い事などある筈もない。出世コースから外された軍人など、どれだけ能力に優れていた所で宝の持ち腐れなだけだ。
 (そう。元帥閣下が皇太子を亡き者にして帝位を簒奪しようが、それは俺がどうこうと考える必要もない事だ。況して、馬鹿みたいに正直なだけの意見を振りかざして、人生を棒に振る様な真似を誰がする?)
 少し雲のかかり始めた帝都の空の下。ラルフはシュバルツの先頃まで立っていた場所を見た。己のすぐ隣。一米程度の距離。そこにはもう何もないし、誰もいない。
 (時流だ。所詮はその流れの先行き。俺はそこに上手く乗って行くタイプで、あいつはそうではなかった。ただそれだけの話だ)
 ──それだけの話が、何故か酷くラルフの心を苛立たせた。先程までは全く思いもしなかった、旧友に再会し初めて生じたそれは、青い頃の記憶や思い出に由来したものであったかも知れないし、そうでもなかったのかも知れない。
 らしからぬ、卑屈で愚痴めいた思考になっていた事にふと気付いて、ラルフは口端を歪めて息を吐いた。練兵場に駐機してあるブラックレドラーの方へと足早に戻ると、待機していた部下たちに帰投の指示を出す。
 見上げる、黒と緑のカラーリングの翼。その遥か向こうの曇天を覗き見る心地で仰いだ空に向けて、眩しくもないのにラルフは目を眇めた。
 ブラックレドラーは帝国空軍の最新型飛行ゾイドだ。今までのレドラーとは比べ物にならないその性能で、今まで余り出番の無かった空軍にもこれから華々しい活躍が期待されている。反乱軍との全面戦争になれば軍功もさぞや稼げるだろう。
 それはラルフがプロイツェンの信任を得る事に成功したからこそ、手に入れる事の叶ったものだ。己の実力と選択肢の取捨とが示した、間違いようのない成功者の証だ。
 その栄光をシュバルツは、果たしてどんな皮肉で称するのだろうか。負け惜しみでも強がりでもなく、本心でしかないどんな痛烈な言葉で祝福してくれるだろうか。
 (……俺が負い目など感じる必要がどこにある?あいつが、その馬鹿みたいな生き方で命を落とそうが落ちぶれようが、どうだって良い事だ)
 こうして何かを惜しもうとするのは知っているからだ。これからの勝利を。
 部下からの準備完了の報告を受け、ラルフはブラックレドラーのコックピットに乗り込むとエーベネ基地への通信回線を開いた。数コールも待たず出た副官のミューラーへと形式通りの基地への帰投連絡を告げ、それから。
 「明日、客が来る予定が出来た。アイゼンベック隊三機編成でお出迎えだ。丁重におもてなししてやらんと拗ねるかも知れんからな、準備だけはしておけ」
 薄く笑って言うだけ言うと、意味を受け取りかねて困惑顔でいるミューラーを残してラルフは通信を切った。士官学校時代の下級生だった副官は有能だ。意味を追求するのはさておいて、やる事はやってくれるだろう。
 「何しろ、今生の別れになるかも知れないからな
 今更茶など挟んで、互いに境遇の異なった現在を笑って話せる気などしないのだから、それならばシュバルツの好みそうなもてなしぐらいしてやろう。
 どうせ、最新鋭の飛行ゾイドを相手取ったとしても、きっとシュバルツは悔しがりもすまい。楽しそうに、不敵な笑みすら浮かべながら戦場を駆けるに違いない。
 (…………変わらず、昔の様に。昔の侭に。その癖ひとの気ばかり引く。全く、いつまで経っても忌々しいことこの上ない奴だよ、お前は)
 そう言う酷い男なのだ、と、若い頃にそう思った感想に付け足す言葉は何一つ無かった。



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シュバルツがいつになく楽しそうに演習してるのと打って変わって、歪みが滲む会話からのラルフの、見下しとも懐かしみともつかない表情。
銃を突きつけるまでの苦味からの諦めの表情。そこから流れる様に自己弁護を崇高な事の様に口にして、自分の道の正しさを勝利で示せると思ったらひっくり返され、それでも最後まで撃たなかった辺り。