【カブミス25のお題】9.反発/たった一つの

メリニにあるエルフの村が賊に襲撃されたと聞いて駆けつけるカブルーと、そこでカブルーが見たミスルンの話。

 メリニの東にある、エルフたちが作る村が賊に急襲された。俺はその知らせをヤアドから聞いた時すぐにミスルンさんを思い出し、ライオスさんやヤアドに、俺も討伐に向かう軍に同行させてくれと懇願した。もちろん、宰相補佐が行っていいような場所ではない上に、俺は文官であり軍人ではなかった。だが俺だってもとは冒険者だ。危険には慣れていたし、自分より屈強な男たちにも、対人格闘で負ける気はしなかった。それよりもその知らせを聞いたミスルンさんがどう動くかが気になった。あの人は優しい人だ。自分の同胞が危険な目にあったと知れば、一人で動くかもしれない。あの人は強い人だ。大丈夫だと思うけれど、俺だって彼を守りたい。
 そうして、俺は武具を整え、村に向かう軍に同行した。ライオスさんやマルシルは心配してくれたけれど、それよりも俺は愛しい人が危険な目に遭っていないかが気にかかって、彼らにちゃんと帰ってくるとも言えなかった。ミスルンさんはいないかもしれない。いつものように屋敷にいるかもしれない。けれど外交官であり、エルフの土地に詳しいパッタドルの耳には全てが入っていることだろう。だったらミスルンさんもこの事件を知るところにあるはずだ。彼はどう動く? 俺は必死に馬を走らせる。ミスルンさん、どうか無事でいてくれって、そんなふうに考えながら。
 
 
 首都から馬を走らせ、エルフの村に着いてまず目に入ったのは、あちこちから立ち上がる煙の群れだった。やはり誰かが先にこの村にたどり着いていたのだろう、あたりには手負いの残党しかおらず、俺はそんな粗野な男たちを拘束して回った。いっそ切り捨ててもよかったが、裏に誰かがいるかもしれない。もっと強大な力を持つ組織が裏にいるかもしれない。そう思うと、思うままにナイフを使うことはできなかった。
 俺は軍を指揮する男とともに、村の中央へと走った。泣きじゃくる子どもたち、それを抱きしめる女たち、あたりに斃れる男たち。煙の匂いが充満するそこは、俺の知らない、ウタヤとはまた違った地獄だった。でも、どうしてこんな平和な国でこんなことが起こったのだろう? いや、賊が暴れる理由なんて、金や食べ物、女子どもなど、身勝手なものだ。俺は旅の最中に色々な人からそんな話を聞いた。それがメリニでも起こった。ただそれだけなのに、自分が政治に関わっている国でそれが起これば、怒りが湧いてくるのだから不思議だった。いや、自分の守ろうとする大切なものを汚されたのだから、それも当然なのかもしれないけれど。
 村の中央へとたどり着くと、そこには懐かしい格好をしたミスルンさんがいた。灰色がかった銀髪は埃にまみれ、指先や、カナリア隊がまとう服は血に汚れていた。足元には斃れた賊たちがおり、それを見つめる彼の黒い目や義眼には、一切の表情がなかった。
「宰相補佐殿、彼は……
「えぇ、西方エルフのミスルンさんです。女王の命でメリニ留まっている。きっと俺たちより先に、知らせを聞いたんでしょう」
 そうして、自分の同胞を守ったんでしょう。俺はそう言い、ミスルンさんに近づく。すると彼はぱちぱちと村が燃える音に混じる足音に気付いたのか、ようやく俺を見た。もしかしたら、爆発音で耳が駄目になっているのかもしれない。
「ミスルンさん、大丈夫ですか?」
 ミスルンさんはすぐには答えない。それでも血まみれの手で髪を撫で付けて、俺に向き直る。そして俺を見つめ、こう答える。
「怪我はいくらかしたが、大丈夫だ。それより村人は……
「軍が保護にあたっています。賊の目的はまだ、吐かせられていないですけど」
 そう言うと、彼はほっとしたように息を吐いた。そして疲れたのか、足を折って、ようやく地面に膝をついた。俺はそんな彼に駆け寄り、きつく抱きしめる。自分を粗末にしないでくれと彼に反発しながら、それでもこの村全員を守れなかった自分を悔しく思いながら、彼をきつく、きつく抱きしめた。
「ここはメリニです。俺たちより先に動かないでください」
「分かってる。余計なことをしたな」
 ミスルンさんが立ちあがろうとする。俺はそれをどうにかとどめて、彼にこう言う。
「あなたは強い人だ。統率が取れていない賊を倒すのは簡単でしょう。でも、どうか俺たちを待ってください。ここは迷宮じゃないんです、もう一人で戦わないって約束してください」
 こんなウタヤみたいな惨状を、一人でどうにかしようとは思わないで。
 俺はミスルンさんを抱きしめながら、そう駄々をこねるようにねだった。ミスルンさんは小さく頷いてくれる。でも、またエルフの村が襲われるようなことがあれば、この人は俺との約束なんて忘れて、一人で動くのだろう。エルフは古代から繁栄し続けているが、血筋を重視するあまり、今や滅亡に向かいつつある種族だ。だから彼らは同胞を大事にする。子どもを大事にする。それはミスルンさんだって変わらなかった。
「行きましょう、軍には魔術師も同行しています。今は傷を治さないと」
「大丈夫だ、一人で歩ける」
「分かってます、でも今は俺の言う通りにしてください」
 俺は両腕で彼を担ぎあげ、生き残りを探す軍人たちの合間を縫って、魔術師を探した。俺も魔術をある程度使えるが、彼の傷の程度が分からない今、専門家に任せるのが一番であるような気がした。
「ねぇ、ミスルンさん。せめて俺には知らせてください。あなたが危険にある時、俺もそこにいたい」
 ミスルンさんは、俺に抱えられたまま答えない。俺はそれを悲しく思い、でも、さっきのように反発することはなかった。俺たちは多分分かり合えないってことが、分かりきっていたから。それを彼に触れた瞬間に分かってしまったから。
 俺は彼を大事にしたい。何からも守りたい。でも俺には力がなく、この人よりずっと弱かった。この村を守ったのだって、たった一人のこの人だ。この人がいなきゃあ、泣き叫ぶ子どもたちを守れなかった。
 でもそれでも、俺はこの愛しい人を守りたいと思う。力がなくたって、ともにいたいと思う。たとえこの人を助けられなくたって、傷つくときに隣にいたい。それが俺の、たった一つの願いだった。
 俺は煙の立ち上る村を歩く。ミスルンさんはもう何も言わない。掠れた血が銀髪を赤く染めても、彼はもう何も言わない。安心したのか、諦めたのかは分からない。俺は振動を与えないようにそっと瓦礫の間を歩く。時折ミスルンさんが呻いたが、それには知らないふりをした。この人を失っていたかもしれないと思うと恐ろしかったけれど、そんな俺のことを思っていない彼には怒りすら覚えたけれど、それだって俺は彼を愛しているのだから。
 この愛しい人を守りたい。彼を傷つける全てのものから、俺はこの愛しい人を守りたい。俺は祈る。どうかどうか、悲しい日が来ないでくれって。どうかどうか、俺からこの人を奪わないでくれって。