セバスチャンは私の手からお菓子の袋をひったくるとそこから一本細いチョコ菓子を取り出して、ソファでいたずらに踏ん反り返っていた私の隣に座る。そうしてこちらへとその体をずいと寄せるようにした。
「ちょっと待って、冗談……」
「もう遅いよ」
まさか本当に乗ってくるだなんて思わなかった。自分から言い出したくせにあまりのことに戸惑った私は咄嗟に後ずさるが、ソファの肘掛けに手がぶつかって逃げ場がないことを知る。だからソファから降りようにも覆い被さるようにしてきたセバスチャンの腕が邪魔で動けない。
仲良くなってからいくらか経つ。世間で言えば恋人と呼ばれる関係にだってあるはずだけれど、キスなんてまだしたことがない。それなのに今ここでこんな風に? いや、仕掛けたのは自分じゃないか。なにも文句なんか言えない。
そうこうしている間にセバスチャンが私の口に袋から持っていたお菓子を突っ込んで、自分もまたその反対側を咥えた。そのまま動揺することもなくぱき、と小さな音を立てて齧ってくる。ひとつ、またひとつと距離が縮まって、このままだと本当に瞬きをしている間にだって触れてしまう。緊張のあまり震えているのがバレないように息を殺しても、固く目を閉じても事態はなにも変わらない。もうすぐ鼻先が触れる、その瞬間に私はぱきんと自らそのお菓子を噛み切った。
暫しの間無言でふたつの視線が交差する。そう、続けて齧るからいつかは辿り着いてしまうわけで、折ってしまえばもうそれきりでおしまいだ。変わらぬ至近距離で互いに見つめ合う中、私は急いで口の中の甘いお菓子を飲み込んだ。
「はい、おしまい!」
「……ふうん」
彼は少し体を起こし、どこか不満気に残された分をもくもくと咀嚼する。よかった、なんとか無事に乗り切ったようだ。チョコでもついていたのか指を一舐めする彼に戯れの終わりを悟った自分も崩れた体制を直そうとすると、その隙を見て彼の大きな手が私の首に回された。
それは後頭部を支えるように、けれど強い力で上を向かせて引き寄せる。彼の指先が私の髪に絡まる音がした。先ほどのようにちょっと待ってなんて反論する間もなく、情けなく僅かに開いたこの唇に彼のそれが重なった。先ほどまでのやり取りはなんだったのか、たった一瞬で呆気なく触れたなんの浪漫のかけらもないそのキスに力が抜ける。別に観覧車の上とか夜景の綺麗なところとか、そんなことは言わないけれどもっともっとなにかあったんじゃないのか。
そのうち唇が離れてもなにも言わない私を見て、セバスチャンは微かに笑った。
「……不満そうだな」
「……別に」
「ならこっちを向いて……ほら」
今度はこの頬が彼の両掌で優しく包まれる。今し方食べたお菓子のせいだろうか、ふわりと甘い香りがした。そんなことに気を取られているともう一度彼の唇が重なった。私は触れるだけのそれにも心臓を跳ねさせて、彼の服を縋るように握った。
「ねぇ、もっかい」
そう言い今度は感触を楽しむように軽く喰んでくる。ちゅ、と音の立つのが恥ずかしく身を捩ると、頬にかかっていた指がこの耳朶を徒に摘んだ。
「……もっかい」
伏目がちにそう呟いた彼は反論の隙も与えてくれずに次はこの唇を軽く舐め、それを拭うようにキスをする。この頃にはもうすっかり力も入らずに、ずるずるとソファに押し倒されてしまっていた。何度も角度を変えては口付けていた彼はその親指で優しく頬を撫で、そのあとを追うかのように触れた箇所にもキスを落とす。ようやく解放された私は震える手で彼の胸を軽く叩いた。
「……ね、もっかいが多いよ……」
「仕方ないだろ、ずっとこうしたかったんだ」
好きだから。彼はそう笑ったあとにもう一度、今度こそ深く口付けた。もはや抵抗する力も、そんな気もない。彼の舌先や唇がゆっくりこの意識を蕩かせて——ああもう、私はどうにもこの男には甘いのだ。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.