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千代里
2024-11-14 12:55:28
11815文字
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リーブラ14話
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リーブラの針は問う・14話・その11
「ゲルダさんが、記憶喪失?」
「はい。ゲルダの話を聞いて、そうなのではないかと思ったのです」
傍らを歩くオデットは、自分の斜め前を小走りで行くゲルダを見やりながら、声を潜めてノエに説明する。
宿で夜を過ごした三人は、翌日、オデットたちが使わせてもらった錬金薬の補填も兼ねて、噂の錬金術師の店に向かっていた。
オランローとサルヒは余計な騒動を起こさないために、宿で待機。ルーシャンとヤルマルは騎士団の詰め所にて明日以後引き受ける仕事の確認。そして、ノエはオデットとゲルダを連れて買い物をした後、かねてより探し求めていたミラベル司祭のいる孤児院を訪問する予定としていた。
出かける間際に、ルーシャンがオデットとゲルダを連れているノエを見て「両手に花だな、若人」とからかっていたが、贔屓目に見ても「お兄さんと妹二人」の域から脱せていないのが現状である。
閑話休題。
そうしてゲルダを連れて店に向かう道すがら、オデットはノエに昨日聞いたゲルダの身の上話の一端と、そこから推測できた結論を説明していた。
「今の姿から大きく変わったことがないというなら、一、二年前くらいのことだろうか」
「かもしれません。ゲルダ自身は、あまり気にしていないようなのですが」
オデットの言う通り、ゲルダ本人はあっけらかんとしたもので、過去の記憶について尋ねてみても「よくわからない」の一点張りだった。
かつてのオデットも過去を思い出すことに興味を持てずにいたが、それは今まで築き上げてきた日々を愛していたからこそ、過去を思い出すことで自分が変化するのを恐れたからだ。ゲルダはそのような強烈な執着からの拒否というより、単純に興味がないだけのように見えていた。
「何らかの事故に見舞われて、記憶が混乱し、その時に竜に出会って助けてもらった
……
だから母親として慕っているのかもしれないな」
「
……
心細いときに助けてくれた人は、家族のように思えるものですから」
しみじみとオデットも呟く。
とはいえ、幼い頃ならともかく、ゲルダはオデットと同年代に見える。そこまで成長した子供が、いくら記憶を失っていたとはいえ、明らかに自分と違う存在を母と思うほどに慕えるものか。
疑問は残るが、少なくとも今の彼女にとってはそうなのだろうとしか言いようがない。
「では、ゲルダにも本当のお母さん、のような人がいるのでしょうね」
「ゲルダさん自身がどう思っているかは別としても、それは間違いないだろう。竜からヒトが生まれたなんていう話は、聞いたことがない」
ヒトが竜になることはあるにしても、という言葉をノエは飲み込む。あるいは、ゲルダの母と呼んでいる竜が、彼女の母が血を飲んで竜に変じた姿ではないかとも思えたが、
(竜になったヒトは、理性を失っていくように見えた。だとしたら、ゲルダさんを保護したのは、ランドンのように会話し、ヒトの言葉に耳を傾ける知性を持った竜なのだろう)
オデットが少し先を行くゲルダを目で追いかけるのを見守りつつ、ノエは考えを組み立てていく。
オデットはゲルダの境遇を知れば知るほど、同情の念を強めているようだが、流石にノエは彼女のように純粋にゲルダの存在を受け入れられてはいなかった。
ゲルダが無関係な人々に竜の血を無理やり飲ませたとまでは思っていないにしても、彼女をオデットの時のように『気の毒な子供』として扱えないのは、今までの生活を捨てざるを得なかった人々の顔を知っているからだ。
「それにしても、オデット。彼女のことを名前だけで呼ぶようにしたんだね」
「あ
……
これは、ゲルダが『さん』ってつけるのは年上や偉い人に向けてだから、私には要らないよって言ってくれたんです」
オデットは記憶を失った直後に出会った相手がノエだったこともあり、常日頃から言葉遣いはノエに似たものになっていた。そんな彼女から敬称を取っ払わせるとは、それだけ二人の少女の心は近づいていたのだろう。
「変、でしょうか
……
?」
「いや、いいと思うよ。オデットの話し方は礼儀正しくて良いと思うけれど、友達と話すときまで肩の力を入れる必要はないからね」
「友達
……
」
オデットの視線が、立ち止まって何かを見ているゲルダのところで止まる。照れているようなはにかんだ笑みに、ノエもつられて口の端を持ち上げた。
思えば、オデットの周りにいるのは年長の人物がほとんどだった。最も歳の近いオランローであっても、低く見積もっても二、三は歳が離れている。同性ともなると、以前グリダニアで護衛の仕事をした際に仲良くなったエメーヌぐらいだろうか。
(ゲルダさんは、確かに異端者の仲間だった時期もあるし、彼女がしたことの全てを受け入れるというわけにはいかないけれど
……
)
だが、少なくともオデットとゲルダの間に生まれつつある絆は、それらの過去の出来事とは切り離して考えたい。そう思いながら、ノエはゲルダに駆け寄るオデットの背中を見守っていた。
「ノエ、オデット。見て。何か変なのがあるよ」
「兄さん。これは何の雪像でしょうか?」
オデットたちに呼びかけられ、ノエは曇りなき瞳を持つ少女たちの元へと駆け寄る。
彼女らが指差していたのは、ヒトの形を模したと思しき雪の塊だ。近くに家が建ち並んでいるので、子供たちが作ったのだろう。手に持っている棒状のものは剣だろうか。
「騎士団の騎士を模したものだろうね。彼らは、子供たちの憧れだから」
「昨日から気になっていたのですが
……
この街にいる騎士の方は、この前の街の方と何か違うのでしょうか。貴族の方に雇われているという話は聞いているのですが、それは兄さんのお父様の屋敷にいた兵士の方とは異なるのですか?」
見た目は似ていますのに、とオデットは小声で付け足す。
彼女の言う通り、騎兵と神殿騎士の装備はとても似通っている。竜と戦うために特化したイシュガルド製の防具なのだから、それも当然の話ではあるのだが。
「父さんの領地で見かけた騎兵に、神殿騎士団はいなかったんだ。少なくとも、僕たちが見てきた中にはね」
歩きながら、ノエはオデットやゲルダに向けて説明する。
「神殿騎士団が仕えているのは、皇都にいらっしゃる教皇様だ。イシュガルド正教を束ねる最も偉い人で、この国の最高権力者でもある。とはいえ、雲の上の人だから、僕も顔は見たことがないのだけれども」
竜と戦う以前から信奉されていたという教えを体系化したものが、今もイシュガルド皇国で信奉されているイシュガルド正教である。戦神ハルオーネを主神とするだけあって、そこには戦いを鼓舞する教えが多い。
現在はその教えを守り、人々に戦う意志を与え、彼らの安寧を祈る象徴でもあるのが教皇だ
――
ノエはそのように教わってきていた。
「けれども、教皇様がイシュガルドの広い土地全てを管理するなんてことは不可能だ。だから、貴族が土地を切り分けて少しずつ管理するようになったらしいよ」
「兄さんのお父さまや
……
この街なら、たしかニヴェールというお家の方ですね」
「その通り。けれども、貴族だって人手が足りないときがある。そんなときは、神殿騎士団の力を借りているのだろうね。神殿騎士団の仕事は、竜や魔物をやっつけて人々の生活を守ることだから、仕事としては大きな差はないのだろう」
「仕事の差はないのかもしれませんが、皆さんへの振る舞い方は
……
あまり好ましくないように思いました。ゲルダさん曰く、彼らはわたしたちに怒っていたそうですが
……
」
ノエが視線でゲルダに確認すると、果たして彼女は大きく頷いた。
「何だか、あの人たちはノエたちを見るとき、嫌な気持ちになっているって思ったの」
「兄さんのお父さまが治めていた土地の騎士様は、とても礼儀正しい方ばかりでしたのに」
病人がいるとわかっているのに、足元を見てくるような対応をオデットはいまだに許せていなかった。今まで、理由もなく敵意をぶつけられた経験が少ないオデットには、先の応対をした彼らが横暴な暴君そのものに見えたのだ。
「僕たちが出会ってきた騎兵が礼儀正しかったのは、領主様からの命令があったからだよ。もし、そうじゃなかったら、相応の対応をされていたんじゃないかな」
ノエとしては認めたくないが、ベルナールの邸にいた騎兵たちはノエが何者かを知っていたのだろう。街に入るときでさえ、ノエの父が迎えとして送ったチョコボ車で来たのだから、ノエたちの扱いはあの街では『賓客』に匹敵するものでもあった。
救出作戦の際には、ベルナールが砦や要塞の兵士らにノエたちの存在を伝えていたので、これまた『領主の客』として扱われていたのだろう。
「だとしても、領地の境を渡ってからも、あんな風にひどい言葉を向けられたことはありませんでした。宿にいた方は、わたしたちが騎士様の仕事を奪ってしまうから警戒して吹っかけてるんだ、と言っていたんです」
「へえ、そうだったのか。それは初耳だな」
「うん。騎士様は貴族様に褒められたいから、そのきっかけを潰してしまう『戦う力を持っている人』が気に入らないんだろうって」
オデットに続き、ゲルダも先だって耳にした言葉を繰り返す。オデットとしては、これぞ騎士の横暴の証拠と思える内容であったが、
「その割には、彼らは僕らに仕事を手伝えと頼んできていたが
……
」
ノエは隊長が投げた言葉を思い返し、指先を顎にかけて思案する。
もし、騎士が功績を奪われると危惧しているのなら、功績を挙げられる可能性が最も高い場所
――
すなわち仕事場に来て、作業を手伝えなどとは言わないはずだ。
しかし、彼らは通行料の代替として働けと命じた。ノエたちが戦う技術を持っているとわかっているが故の提案であったのなら、手伝う内容は雑用だけではあるまい。
(夜は騎士の巡回を見かけなくなったと言っていたし、武具を求めるのにも値引きを求めているという話だった。ここの騎士団は、金銭的な問題を抱えているのだろうか
……
)
たとえそれが事実だったとして、ノエにどうこうできるわけではない。だが、彼らが窮状に陥っているのなら、他の地区の騎士団に伝達することぐらいはできるはずだ。
神殿騎士団たちの件について、ひとまず思考がまとまったころ、ようやくノエは薬瓶の形をした看板をぶら下げている扉の前にたどり着いた。
「ここが、噂の錬金術師様の家なのですか」
「宿の主人曰く、そうらしいよ。専門店に来るのは、僕も初めてだな」
ノエたちが立っているのは、大通りから一本外れた場所にある細い路地にある店の前だった。建物は『シュガーグレイヴ』に共通した黒ずんだ石造りであるが、周囲に高い建物があるせいでよりひっそりとした空気を纏っている。どちらかというと工房やアトリエといった方が、この店については正しく表せるだろう。
錬金術に使う素材と思しき植物が、店先の小さな庭に植っている。寒気に負けず伸びる濃緑の芽は、グリダニアの瑞々しい若葉と比べると、無言で佇む老齢の賢者を思わせた。
店にありがちな展示用の窓もなく、壁に吊るされた看板に書き殴られた「薬、お譲りします。値段は要相談」の文字がなければ、ここが店であるとは到底気付けないだろう。
「入ってもいいのでしょうか」
「不在なら鍵がかかっているはず、と主人は言っていましたが
……
」
ノエたちが躊躇したのは、窓の中から灯りも見えず、すでに日が出て数時間は経っているというのに室内が薄暗いままだったからだ。窓のカーテンも少しずれているだけで、不在なのではないかという疑念は増す一方である。
「じゃあ、開くかどうか試してみるといいよ。こんにちはー」
「あ、ゲルダ
……
!」
躊躇しているオデットたちをよそに、ゲルダはひょいと金属製のドアノブに手をかける。
ぐいと押すと、燻んだ木製の扉はぎしぎしと音を立てて開いた。
「鍵、かかってないみたいだよ」
「では、ご在宅
……
なのですよね。恐らくは
……
」
問答無用で入っては強盗と変わらないのではと、ノエは不安を覚える。一方で、怖いもの知らずのゲルダは、ノエの脇からひょいと中へと足を踏み入れた。
「ごめんください。どなたかおられませんか」
年下の子供に先頭を行かせてはならないと、ノエは中へと呼びかけつつゲルダより前に出て足を踏み入れる。
扉が閉まると、カーテンの隙間から漏れる日の光だけが唯一の光源となり、薄暗さが目立つ。しかし、それも目が慣れてくれば、周りの光景も自ずと観察する余裕が生まれていく。
「わあ
……
なんだか、グリダニアにもあった薬草屋さんみたいです」
「そこにも、こんなに瓶が並んでいたの?」
「はい。瓶の中に木の実とか、干した薬草をすりつぶした粉とかが入っていました。あとは、さまざまな色の薬品とか、時にはお魚や鉱石も置いていましたよ」
錬金術師といえども、薬品を作成するために使うのは薬草が主となる。そのため、棚や天井から吊るしてあるのは、乾燥させた草類が多い。
他には袋がいくつもぶら下がっているが、こちらは触媒となる材料不明の粉類のものだろう。もっとも、錬金術に疎いノエやオデットには、これらの粉がどんな種類があるのかまでは分からなかった。
「何だか、ちょっと変わった匂いがする。洞穴の匂いでもないし、晴れた日の匂いに近いかも」
「草木の匂いではないでしょうか。グリダニアには、ここと似たような匂いの場所がいくつもあるんですよ」
雪と氷の大地しか知らないゲルダに、オデットはグリダニアの緑豊かな景色について説明を始める。一方で、ノエはできる限り自身の気配を殺さずに、来訪のざわめきを敢えて響かせるようにしながら、店の奥へと踏み入っていく。
(カウンターと作業台、それに薬棚がたくさん
……
錬金術を生業にしている人の家にしては狭いな)
この場所は、来訪者に薬を渡すためのものであり、作業場も兼ねているのだろう。ならば、居住スペースがどこかにあるはずだ。
暗がりに目を凝らすと、ひしめき合う棚と棚の隙間に押し込まれたかのように、小さな扉が見えた。そちらをノックしてみようと、ノエが扉に近づく。
同時に、ガチャリと鍵を開ける音が響いた。
「!」
続けて、ドアノブがゆっくりと回っていき、ぎぎぎと軋みをあげて扉が開く。その向こうにいたのは、
「
……
おや、来客がいたのですか。これは失礼しました」
痩身の、いかにも学者然としたヒューラン族の男が一人、佇んでいた。勝手に入ってきたノエたちを目にしても、眼たげに目を細めて欠伸をしている様子から察するに、寝起きだったのだろうか。
「勝手に入ってきてしまい、すみません。鍵が開いていたもので」
「ああ
……
そうでしたね。いつもの時間に店は開けたのですが、いかんせん昨日は帰りが遅くて眠かったので
……
すみません。先ほどまで、仮眠をとっていたんです」
客の前であるにも拘らず、男は再び欠伸をかみころすようなしぐさをして見せる。
彼のいう通り、身につけている錬金術師用と思しき真っ白の装束には、ところどころ皺が寄っていた。肩につくかつかないかの長さで切られた濃紺の髪にも、ところどころ寝癖が残っている。
男は軽くかぶりを振ると、まだ眠たげな足取りで窓に近づき、閉じたままのカーテンを開き、室内灯にエーテルを送って照明を灯した。そうすると、今まで眠っていたかのような店がにわかに活気に満ち溢れていくように見えた。
動いているうちに目が覚めたのか、先ほどよりはしゃっきりとした顔で男はノエに向き直り、
「お恥ずかしいところを見せてしまいました。ええと
……
この辺りでは見ない方のようですが、街の方ではありませんね」
「はい。昨日、こちらに到着したばかりです」
カウンターの周りで雑談に興じている様子のオデットたちに代わって、ノエが自己紹介を進める。
「なるほど、そういうことでしたか。私はヒューイといいます。見ての通り、しがない錬金術師であり薬師です。たまに医者の真似事もさせてもらっていますが、あくまで専門は錬金術として覚えておいてください」
「僕はノエです。昨日、到着したときに宿の主人からこちらの薬をお借りして、仲間に使わせてもらったんです」
「
……
それは光栄ですが、一体どのような薬を使われたのですか?」
不意に、ヒューイが微かに眉を寄せる。
「到着する前に、魔法を使用しすぎて体内のエーテルが枯れてしまっていたので、体内のエーテルを戻す薬をそれぞれひと瓶ずつ飲んでいました」
ノエが説明すると、ヒューイは小さく何度か頷き、口元に手を当てた。何やら真剣な表情に拙いことを言ってしまったかとノエが内心で焦っていると、
「その薬なら、おそらくは問題ないでしょう。ですが、中には個々人の体調や症状に合わせて調合した専門の錬金薬もあります。商人が売るような錬金薬なら概ね問題ないかと思いますが、個人から借りて使用する場合は注意してください」
「ご忠告ありがとうございます。たしかに、僕たちは頻繁に錬金薬を扱うのに、その部分について考えたことがありませんでした」
「たいていの錬金術師は、どの種族であっても健康であれば問題なく扱えるものを調合するように心がけているはずです。ですから、過剰に気にする必要はないかと思いますよ」
話をしつつ、ヒューイは薬棚に向かって並べてあった薬瓶をいくつか手に取る。その一つには、ペースト状の何かが入っていた。
色味だけならば、ノエたちが今まで購入した覚えのある薬に似ているが、あのような半固形状になっているものは初めて目にする。
「それで、今日はどのようなご用でしょうか」
「宿の方から借りた薬をお返しするため、同じものを購入したいのです。在庫はありますでしょうか」
すると、ヒューイはゆっくりと首を横に振った。もしや在庫切れかとノエが危ぶんでいると、
「在庫自体はあるのですが、濃縮したものしかないのです。一度に大量に保管するのに、適切な濃度にした液体で保管するとなると、私の家は釜か鍋だらけになりますから」
ヒューイの発言に、ノエは思わず納得の首肯を繰り返した。
ノエたちのような冒険者にとって、治癒能力を高める錬金薬は必需品だ。強化ガラスの瓶や密閉容器に入れて、荷物の中に潜ませるのは当然と言われている。
経口摂取が楽なように、薬品は液状のものが多い。持ち運びに難はあるが、戦闘中にのんびりと薬を噛み砕いている余裕がないからだ。口を動かす力も残っていない負傷者に飲ませたり、傷に塗布するのにも液体が向いているから、という論もある。
(でも、たしかに作り手の人まで液体で保管していたら、保管場所に苦労してしまう。だから、ああして固めているんだろうか)
ノエが興味深くヒューイの手元を見つめていると、同じように錬金術師の仕事に興味を持ったのか、とたとたと軽い二つ分の足音がノエの元へとやってきた。
「兄さん。薬、買えそうでしょうか」
「今、作ってもらっているところだよ。あちらは、錬金術師のヒューイさんというそうだ」
ノエに紹介されて、ヒューイはまずオデットに向けて一礼する。
眼鏡の下で細められた目は如何にも優しそうであり、オデットのような年少の人物に接するのにも慣れているようだった。医師の真似事とも言っていたので、子供を診る場合もあるのだろうか。
「オデットといいます。よろしくお願いします。あと
……
あっ、ゲルダ。勝手に触っちゃだめですよ」
オデットに連れてこられたゲルダは、棚に所狭しと置かれていた薬びんに手を伸ばしていた。オデットに嗜められ、ゲルダはばつが悪そうに体を小さくする。
「
……
ゲルダ? 今、ゲルダと言いましたか」
錬金術用に用意した鍋に、瓶の中身を入れていたヒューイは、不意に足を止めて振り返った。自分の名を呼ばれ、ゲルダも顔を上げる。
交差する二人の視線。何やら意味ありげな沈黙に、思わずノエもオデットも顔を見合わせて様子を見守っていた。
「
……
あの」
あまりにも長すぎる沈黙に痺れを切らし、真っ先に声を上げたのはオデットだった。
「ヒューイさんは、ゲルダさんのことを知っているのですか?」
ゲルダを知っている人物は、可能性としては二つある。
異端者と共にいた彼女を知っている可能性と、彼女が竜の母親に保護される前の姿を知っている可能性。
前者ならば、大きな騒ぎにならないように説得する必要がある。少なくとも、今のゲルダは異端者として活動する気持ちはないのだから。
そして、もし後者ならば。
「
…………
どう、説明すればよいのでしょうね」
果たして、ヒューイは顎先に指を添えて暫く思案すると、瓶と鍋を作業台に置いてゲルダに歩み寄る。
戦う力など持っていなさそうな人間ではあったが、念の為ノエはそれとなく彼に近づき、咄嗟に対処できるように体に力を込めた。
「ゲルダ。あなたは、私をどう認識していますか」
ヒューイは膝を軽く折り、ゲルダに視線を合わせてそのように尋ねた。ゲルダはルビーのような瞳を一度ぱちくりとさせると、困ったようにオデットの方を見やる。
「ゲルダさん?」
「私、この人に会うのは初めてだよ。なのに、どうしてそんな質問をされているの?」
オデットの袖をひき、わずかであれど体を寄せるゲルダの反応は、困惑と不安をあらわにしていた。その反応は、見知らぬ人に声をかけられ、戸惑っているようにしか見えなかった。
「はじめて
……
ですか」
「あの、実はそれについて話したいことがあるのです」
意を決して、ノエは一歩前に歩み出る。
「ゲルダさんから話を聞いたところによると、彼女は過去のことを覚えていないようなのです」
続けて、ノエはオデットから聞いた話をかいつまんで説明した。
流石に、竜に育てられた話や異端者の仲間として活動していた話は伏せざるを得なかったので、概要しか話せなかったが、ヒューイも深くは問わなかった。
「
……
それで、今は僕たちが一時的に保護しているのです。彼女の
……
ええと、保護者の方から連絡があるまで」
「なるほど。そういう経緯があったのですね」
長い話になるのならと、ヒューイは一時的に作業台の材料を脇に寄せて、代わりにお茶を淹れてくれた。出されたカップで舌を湿らせながら、説明を終えたノエは、再び思案を始めた錬金術師を見つめる。
「
……
彼女は、私が以前面倒を見ていた時期があった子なのです。保護者ではなく
……
そうですね、主治医と言えば良いでしょうか」
「あの。もしかして、ゲルダはどこか具合が悪いんですか」
自分のことだというのに、どこか他人事のようにキョトンとしているゲルダに代わって、オデットが勢い込んで尋ねる。ゲルダもそれにつられて、自分の手足に視線を落とした。
「重い病気や怪我の類ではありませんので、ご安心ください。体のエーテルの流れを診る必要があったので、その調整をしていたんです。生まれつき、その流れが滞る症例はいくつかあるのですが、彼女の場合は日常生活に大きな影響が出るものではありませんよ」
一時的にゲルダと生活を共にしていたヒューイだったが、彼女と別れてからの消息は知らなかったと付け足した。
彼としては、顔見知りのはずの娘が突如姿を見せた上に、自分を見ても素知らぬ顔をしていたので不審に感じたのだろう。
「それに、ゲルダはもっとこう
……
いつもじっとしている物静かで無口な子でしたから。最初は別人かと思いましたよ」
それは信じられないだろうと、ノエは話題の渦中になった娘を見やる。
記憶喪失の影響か、世間知らずなところは強いが、ゲルダがはっきりとものを言い、物おじ人に接する社交的な性格であるのは間違いない。その性格の差も、記憶喪失が齎した副産物なのだろうか。
「彼女には、今の彼女の生活があるという話でしたよね」
「ええ、まあ」
まさか竜を母親と呼んでいると話すわけにもいかず、ノエは言葉を濁す。ヒューイは「それなら」と言葉を付け足す。
「こうして出会ったのも何かの縁です。薬ができたあと、一度彼女を診てもいいでしょうか」
「それは
……
僕は構いません。ゲルダさんはどうですか」
ノエに話題を振られて、ゲルダは素直に首を縦に振った。
「でも、ヒューイは私が知らない人なのに、私のことを知ってるっていうのは、変な感じ」
「この手の仕事をしていると、そういう反応はよくありますから。私に遠慮する必要はありませんので、初対面のように振る舞ってもらって構いませんよ」
話が一区切りついたので、ヒューイは再び作業台の隅に寄せていた鍋やら瓶やらを再び中央に寄せる。鍋に入れられた中身を、ヒューイは錬金術に用いる道具
――
一見すると用途不明の丸い器具に据えた。
「それが、錬金術の道具なのですか」
「ええ。とはいえ、今回は皆様に渡す薬の素はできているので、味を調整するための材料をいくつか混ぜて、液体に戻すだけなので、用途しては暖炉と大して変わりありません」
続けて小瓶から器具に流し込まれたのは、彼が言う通り火属性のクリスタルを砕いたものだった。小粒のクリスタルたちが、ざらざらと音を立てて器具の中に流し込まれる。
ノエとオデットは、その様子を興味深げに眺めていた。
「薬はよく買うのですが、このように作られていたのですね
……
。僕もこんなに間近で見るのは初めてです」
「頻繁に薬を扱うということは、ノエさんたちは狩人かトレジャーハンターの方でしょうか。騎士団の方ではないですよね」
話をしつつ、ヒューイは手際よく器具の中のクリスタルにエーテルを送る。微かに熱を帯びたように感じるのは、中の温度が上がっているからか。
「今は一介の旅人ではありますが、イシュガルドに来る前は魔物の討伐も生業としていました」
イシュガルドには『冒険者』という職業がない。最もわかりやすい説明として、ノエは自身の立場をそう表した。
「ここに来る前に聞いたのですが、騎士団のお抱えでもあった錬金術師というのはヒューイさんのことでしょうか」
「ええ、そうですよ。一時期は、騎士団が運営する病院に薬を卸していた時期もありました。直属というよりは、どっちかというと雇われ錬金術師と言ったほうが正しいでしょう」
「そうだったのですね。てっきり、今ここに駐留している神殿騎士団の方とも関わりがあるのかと思ったのですが」
街に騎士団がいるからこそ、元騎士団に世話になった錬金術師も滞在しているのかと思いきや、そこに因果関係はないらしい。
「彼らは、この街の統治者が雇い入れた方々です。私はあくまで一介の薬師にすぎませんよ」
既に一線を引いた身であると強調しつつ、彼は鍋の中で液体に戻りつつある薬に、干した草をすりつぶしたようなものを入れていく。見た目としては、既に宿で目にした薬と大して変わらないように見える。
「今、入れたのは何ですか? もう完成されていたように見えたのですが
……
」
興味本位でオデットが尋ねると、ヒューイはわざと眉を持ち上げて、
「味を整えるためのものです。これがなくても、薬としての効果としては変わりませんが、そのまま飲むととても苦ーい味がします」
「味?」
「ええ。錬金薬の原液を飲むのはお勧めしません。美味しいとは程遠い味がしますから」
揶揄うように言うヒューイに対し、オデットはいまだに小首を傾げていた。
彼女は今までいくつかの薬を飲んだ覚えがあるが、多少不味くとも飲めなくはない味のものばかりだったからだ。
「原液の味を知りたかったら、そこの瓶の中身を嗅いでください。舐めてはいけませんよ。かなり濃縮していますから、どんな影響が出るかわかりません」
ヒューイが指し示した瓶に、オデットより先にゲルダが早速手を伸ばす。ペースト状に残っているそこから漂うわずかな香りを嗅いだ瞬間、彼女は顔をくちゃくちゃに歪めた。
「
…………
」
「ゲルダさん?」
「すごく変な匂い。オデット、嗅がないほうがいいよ」
「そう言われると、逆に気になってしまうのですが」
ゲルダから瓶を受け取り、オデットは瓶の口元に鼻を寄せる。そして
――
「うう
……
」
たとえるなら、野菜の苦味を何倍も凝縮した上で漆喰や塗料の臭いを更に上乗せしたような複雑な臭気に、オデットも顔を歪めてしまった。思わず、二人揃って顔を見合わせ、
「ゲルダさん、変な顔になってます
……
」
「オデットだって、おばあちゃんみたいな顔してる」
二人揃ってしかめ面を指摘しあい
――
やがて、二人は顔を見合わせてくすくすと忍び笑いを漏らし始めた。
そんな少女たちの様子を見つめて、ノエも嘗ての日常を思い出す。
(
……
そういえば、僕もウヴィルトータさんに味を整えてない薬を飲まされたことがあったなあ)
当時の苦味を思い出し、ノエは懐かしさを感じながら、今を生きる彼女たちの笑い声に目を細めた。
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