三冬
2022-11-28 15:58:21
2150文字
Public 二次創作SS
 

惹かれあう、紡ぎあう糸

物語イベント「唇がつむぐ幕開け」土方さん√の彼目線二次創作SSです。読んでいないと意味わからんこと請け合い。

⚠️イベントネタバレあり、読了推奨
⚠️原作沿い、セリフ引用あり
⚠️今のところ健全路線
⚠️三人称
⚠️ヒロインはデフォルト名のゆう(変換機能なし)

めちゃくちゃ久しぶりに書いた二次創作SSなので出来栄えには目をつぶってください🙏

 気を抜いていたつもりはなかった。だが容易く腕を掴まれたとは。それもこんな、華奢な町娘に。
 言葉を一瞬失ったその隙に、娘は歳三を引戸の内側へ引きずり込んだ。不意をつかれたとはいえよりによって小柄な娘に一本取られたかたちの歳三は、その顔に数日前の記憶を引き出された。
「お前、この前の」
 
 浪士組の輩が長旅の憂さを晴らそうと、街角でぶつかったのをいいことにこの娘を呑み屋に連れ込もうとした。たまたま居合わせた歳三が制裁を加えて事なきを得たが、京の町は年若い娘が一人で気軽に出歩けるような情勢ではなくなってきている。自分の身を自分で守らねばだれが守ってくれるというのか。
「付け入られるようなすっとろい真似してんじゃねえ」
 昼間でも気を抜くな。今のように守ってやれるとは限らねえ。言葉にされない真意は娘には届かずに落ちていく。

「こ、こういうことは困ります」
 娘は歳三の眼光に怯みながらも震える声で言った。
 ――俺の目を逸らさずに睨みつけてきやがる。
 少しだけ興味が沸いた。
 若い娘たちの反応はだいたいふたつに分かれる。歳三に近づくか近づかないかだ。前者は黄色い声で取り巻き、後者は怖がって逃げていく。何方も歳三にとっては取るに足らない存在であったが、この娘は今まで見たことのない目を向けてくる。
「喧嘩沙汰になるくらいなら、うちで匿います」
 ――喧嘩沙汰? ああ、原田と永倉とのことか。あんなのは喧嘩にも入んねえが。
 娘は何かを勘違いしていそうだったが、原田と永倉が諦めるまでなら、そう長居はしないだろう。この町の商売を邪魔するつもりは毛頭ない。歳三は娘の誤解に乗じて家の中に入った。

娘とその母親はそれぞれの仕事に精を出し、歳三は居間で一人寝転んで京に上って以来の少しだけ気を抜いた時間を味わっていた。
 近いうち浪士組は内部分裂する。所詮烏合の衆だ。砂上の楼閣など、ひとたび波がうち寄せれば呆気なく崩れ去る。天井を睨みながらあらゆる選択肢とその実現の可能性、その手段を頭の中で吟味する。
 ひょこり、と幼い妹が顔を覗かせた。姉に似て歳三を怖がらないようだ。手習い道具を持ってきたので、ふと気が向いて手本を幾つか書いて渡すと、嬉しそうに笑って手習いを始めた。
 ――こんなちいせえ子どもまで巻き込まれる事態は何としても避けねえとな。
 京の町は思った以上に空気が悪い。政など一生縁がないであろうごく普通の暮らしを送る町民たちのささやかな生活は守らねばならない。
 ましてや武士を笠に着て代金を踏み倒そうなどと、言語道断だ。
 ――武士の風上にも置けねえ奴なんざ俺が叩っ斬る。

 難癖をつけて仕立て代金を踏み倒そうとした武士と娘の間に割って入った。歳三が纏った怒りに怯み、仕立て屋から逃げ出したその武士を追いかけて表へ出たところ、山南敬助をはじめ原田左之助、永倉新八、沖田総司まで勢揃いした。
 だが娘は当然まだ勘違いしたままだった。原田に向かって歳三を庇うように両手を広げた。
……!」
 震えながらも大の男に立ち向かうその後ろ姿に歳三の中の何かが釘付けになる。
 ――こんな弱っちそうな女が、この俺を庇ってやがる。強面の原田を相手に一歩も引かねえとは、見上げた根性だ。
 こんな娘に会ったのは初めてだった。

 沖田が武士を奉行所へ引っ立てていき、娘は皆に「ゆう」と名乗った。その響きを耳の中で転がしている間に永倉がぺらぺらと喋っている。最も永倉はどの女に対しても似たような態度だ。それは原田も変わらない。
 ただし、ゆうはそこらの女とは少し違うようだった。
 まだ年若いのに既に母親を助け、仕立て屋を営んでいる。先程見た羽織はほんの一瞬でもその腕の良さが見て取れた。
 そしてこんな自分を「優しい」と言った。
 歳三はその顔を凝視した。
 何処にでもいそうなごく普通の町娘に、何故こうも気を乱されるのか。己の立場を思えばいっときも無駄な時間は許されないのに、何故こうも留まりたくなるのか。この細腕に込められた仕立て職人としての矜恃か。ただの町娘ではない何かを感じるからか。
 ――何考えてやがんだ、俺は。
 歳三は己を叱咤した。
 ――余計なことに気を取られてる暇なんざねえ。自分の置かれた状況を考えろ。
 女は厄介だ。必ず……いつか足枷になる。ゆうにも今のうちに釘をさしておかねばならない。
 そうだ。釘をさしておかねばならないから、隙をついてその唇を奪った。
 ――男なんざみんな獣だ。勝手なことを、と怒り狂って俺なんざ忘れちまえ。
 ――俺も、忘れる――
 その甘い香りも、柔らかさも、あたたかさも目を逸らして振り切った。

 紡がれる細い細い糸。一本だった糸はもう一本の糸に出会い、ゆっくりと寄り添い、やがて目には分からないほどの遅い歩みで撚りあわされていく。
 その撚りは浪士組から断絶し、会津藩お預かりの身分を手に入れたことで更に強く、硬く絡み合っていく。

 京都守護職松平容保公という後ろ盾を手に、この町を守る。だから女にうつつを抜かす暇なぞあろうはずがない。
 牽制は、届いたのか。それとも無意味だったのか――ゆうにも、歳三自身にさえも。