botanin5
2024-11-14 02:59:01
8267文字
Public 薬さに♀(小説)
 

湯呑はなぜ割れた?

ハッピーエンド
信濃→さにっぽい表現があります。



「ね、俺。大将のこと、好きになっちゃったかも」


がしゃん


いつものように、みんな揃って朝ごはんを食べている時だった。
いつものように、私の正面に座って歌仙特製の卵焼きを食べていた信濃藤四郎が。
いつものように、とても可愛らしく小首をかしげてふわっと微笑みながら。

突然、なんの前触れもなく、食堂にでっかい爆弾を落とした。

え?好き?私を?

「うわ、ちょっと薬研くん!湯呑!湯呑割れてるよ!」
私の後ろに座っているはずである光忠の、焦ったような声が少し遠くに聞こえる。
信濃の爆弾発言に驚いてしまった私は、左手に味噌汁、右手にお箸を掴んだまま、ぽかんと開いた口を閉じることができないでいた。

「と、突然だね信濃
「突然、好きって思っちゃったんだ。」
「そう

とりあえず、ちょうど飲み終えた味噌汁の椀を、一旦机に置こう。かたん、とお椀から手を離したところで、私の隣で食後のみかんを食べていた乱藤四郎がバッと立ち上がる。

「ちょっと信濃!あるじさんはダメって言ったでしょ!」
「え~なんで乱にそんな事、言われなきゃいけないの」
「だって、あるじさんのことは、ずっとやげむぐっ」
「よ~し、乱。ちょっと落ち着こうな~」

やいやいと信濃に食ってかかり始めた乱の口を、彼の後ろに座っていた厚藤四郎が抑え込む。そのまま座らされた乱は、厚になにやらこそこそと耳打ちをされると、ふて腐れたようにじっとりと信濃を睨んで黙った。その様子を確認してニッと笑った信濃は、再び私の方を向いて優しく微笑むと、そっとこちらに身を乗り出して私の手を握った。

「じゃあ改めて。俺、大将のこと好きになっちゃったんだ。だから、俺とお付き合いしてくれない?」
「うん。わかった」
「えっ」

即答した私に、信濃は驚いたような声を上げた。そこは喜ぶところじゃないの?苦笑いする私に、彼は動揺したように手を握る力を強くした。

「大将、ちゃんと分かってる?」
「分かってるよ」
「今から俺たち恋人同士ってことだよ?」
「そうだね」

そう言ってほほ笑みかけると、手の力を緩めた信濃は、何か考えているようだった。
やはり冗談だったか。あまりに突然で、いつもの雰囲気のままさらっと告白を述べた信濃の様子に、おそらくこれは本気ではなく、冗談のひとつだろうと解釈した。短刀たちは常日頃から私のことを好き!と言ってくれるし、これもその延長戦で、恋人ごっこがしたくなったのだろう。飽きるまで遊びに付き合ってあげようじゃないか。
そんな軽い気持ちで、信濃に握られている手をするっと外すと、逆に彼の手をぎゅっと握りしめた。ほんのりと頬が染まる。まったく可愛いな。

「よろしくね、彼氏さん」
「!」

がたっ

もう一度信濃に微笑みかけると、背後で誰かが乱暴に立ち上がる音が聞こえて思わず振り返る。丁度、薬研藤四郎が障子を開けて食堂から出て行くところが目に入った。なんだかイラついているように見える。珍しい。いつも余裕ある優しいお兄さんって感じなのに。一瞬目が合った。しかし、何か言いたげに揺れた瞳から向けられたその視線はすぐに逸らされて、たん、と障子を閉めて薬研は出て行った。隣に座る乱が小さく「あちゃー」と呟く。何かあったのだろうか。
近侍である薬研とは、今日も仕事の間ずっと一緒の予定だし、何か甘いものを持ってから執務室に行こうかな。頭の中で簡単に予定を組んでから、もう一度信濃に向き直って声をかける。

「で、この遊びはいつまで続けるの?」
「えぇっ!あるじさん、冗談って分かってたの!?」
「ちょ、乱、耳元で叫ばないでよ。そりゃ、あんな風に挨拶みたいな告白されて本気だなんて思う方が難しくない?」
「あ~~も~~!!」

どうすんの!!なにやらご立腹の乱は再び信濃を睨んでやいやいと声を荒げる。なにをそんなに怒っているんだ。気づけば周りでご飯を食べていた刀剣たちも、そわそわとこちらを盗み見ている。なんなんだ本当に。振り返れば光忠が机を拭いているのが目に入った。

「お茶こぼしたの?」
「薬研くんがね」
「薬研が!?珍しいねって、うわ、湯呑割れてるって騒いでたのこれか

割れた湯呑を触ろうとしたが、光忠と共に片づけをしていた厚に手を止められる。そのまま流れるように、湯呑の破片は回収されてしまった。

「怪我するぞ大将」
「あ、うん。ごめん。」
「薬研が、自分が壊したものを放置して出て行くなんて、珍しいよな」
「そうだね何かあったのかな」
「何だと思う?」
「え?」

破片を布巾に包む厚がこちらを見ずに聞いてくる。なんだろう。薬研藤四郎は、戦場ではさておき、普段は温厚な方だと言えるだろう。そもそも、なんで湯呑が割れたのか。怒ってたのかな?ここを出て行く薬研の様子を思い浮かべる。何か自分が薬研を怒らせるようなことをしてしまったのかと厚に聞こうとしたところで、乱の声が先ほどより勢いを増した。喧嘩になる前に止めなくてはいけない。やれやれと向き直れば、いつの間にか机の向こう側へ移動した乱がギリギリと信濃のマフラーを締め上げているところだった。

「乱やめてあげて信濃の顔真っ青だよ
「だって信濃が余計なことするんだもん。いくら僕でもお覚悟しちゃうよ!」
「うぐぐ苦しいってば乱、それに余計なことってなに!」
「あるじさんに告白したことに決まってるでしょ!」
「余計なことじゃないって!いい?大将、今日から俺たちは恋人同士だから!」
「はぁ~~~~!!??」

信濃の言葉に、乱はますます声を荒げる。ほとんどの刀剣たちは食事を終えて、もう食堂を出て行くところだった。とりあえず落ち着いてと乱に声をかけると、ぷくっと頬を膨らませてマフラーから手を離した。解放された信濃は苦しかったと息をつく。その様子に苦笑いしていると、乱が今度は私をじっとりと睨んで咎めるように口を開いた。

「あるじさんほんとに信濃と付き合うの?」
「うん?まぁ、信濃が飽きるまでは付き合ってもいいよ」
その、付き合ってって、遊びに付き合ってあげても良いよって意味だよね!?」
「え?そうだよ」
「真剣に、信濃と恋愛するつもり、ないよね!?」
「えぇ!?まさか!」

なら良いけどいや、良くないけどと独りごちる乱をよそに、復活した信濃はもぞもぞと机の下をくぐってこちら側に移動すると、ぎゅっと私を抱きしめた。

「ふふ、大将、俺、後で膝枕してほしいなぁ」
「はいはい分かった。休憩時間にね」
「やったぁ!」
「じゃあ、私そろそろ執務室にったぁ~~」

信濃をべりっと剥がして食器を持って立ち上がり、一歩踏み出したところで左足にぴぴっと痛みが走った。思わず座り込んで足の裏を確認すると、薄緑の靴下にじわじわと血が滲んでいる。湯呑の破片が残ってたのか。靴下を脱いでみれば、足の裏の薄い皮膚が二センチほど切れてしまっていた。ぷくっと再び血が膨らむ。痛い。見ていた信濃が驚いた声を上げる。

「わ!!大将、血!血が出てる!」
「うん、湯呑の破片を踏んじゃったみたい」
「手当しないと!」
「信濃、あるじさんを薬研のところに連れて行ってあげなよ」
「え、今から?」
「治療なんだから今からに決まってるでしょ」

先ほどと打って変わって、にやりと意地の悪い笑顔を作った乱にそう言われ、信濃の口元がひくついている。ほら早く!と急かされると、あ~もう分かった!と信濃が私の前で背を向けてしゃがみ込んだ。

「ほら、大将乗って」
「えっ」
「薬研に手当してもらお。連れてってあげるから」
「えええ、いや、いいよ!私、重いし!」
「大将くらい俺でも運べるって秘蔵っ子だからって舐めてると痛い目みるよ?」
「いや、舐めてるとかじゃなくて」

いやいやと遠慮する私の手を掴んだ信濃に、そのままぐいっと引かれて背負われてしまった。ふらつく様子もなく立ち上がった信濃にどぎまぎする。「重くない?」と聞けば「そんなに」という返事が返ってきた。いってらっしゃーいと笑顔で手を振る乱に見送られて食堂を後にする。しばらく無言で廊下を進んでいた信濃がふいに呟いた。

「殴られるかな
「え?なに、突然信濃が?誰に?」
……薬研に
「薬研に?なんで?」
「あーいや

再び黙り込んだ肩につかまりながら、薬研の自室へとたどり着いた。少し間を置いて、信濃が障子越しに声をかける。

「薬研、いる?」
なんだよ」
「大将が怪我したから、手当してほしいんだけど」
は!?」

いつもより数倍低い声の返事だったが、怪我と聞いて勢いよく障子が開く。信濃に背負われている私と目が合うと、薬研は気まずそうに視線を逸らした。部屋に入るように促されると、用意された座布団の上にそっと降ろされる。簡単な手当なら薬研の部屋に置いてある道具で事足りるため、ちょっとした怪我ならば薬研の部屋に来ることが常となっていた。足を伸ばして座り、治療道具を探して棚をごそごそと探る薬研をぼーっと見つめていると、私を降ろしてから座りもせずそわそわと落ち着かない様子だった信濃が、じりじりと障子に向かって後退していくのが分かった。

「信濃、気にせずに戻っていいよ?」
「あ、うんじゃあ、戻ろっかな」
「いいのか?」
「え」
「大将とお前は今日から恋人同士なんだろ」
え~っとうん
「他の男と二人っきりにして、いいのか」

なんだこの空気重い。ガーゼと消毒液を手に持った薬研は、挑発するような、でも少し不満げなよく分からない顔をしている。大袈裟すぎやしないだろうか。付き合うとはいっても、遊びの延長である。そこまで配慮するつもりなんて毛頭なかった。にしても、薬研ノリノリじゃん。意外だ。

「もう、そんなこと気にしなくていいから!信濃、戻ったら私の食器も一緒に片しておいてくれないかな?そのままここに来ちゃったし」
うん。分かった。任せといて大将!じゃあ俺行くね!!」

私の言葉に、ほっと肩の力を抜いた信濃はさっさと廊下に出ると障子を閉めて駆けていった。薬研に向き直って座り直す。彼はしばらく廊下を見ていたが、はぁ、とため息を吐いてから私の前にゆっくりと座った。

「放置して悪かったな。怪我、見せてくれ」
「ほんとだよ。痛いから早く手当してほしいな~なんて。」

積まれた本の隙間から取り出された肘掛けに、足が乗せられる。後ろに倒れ込まないように手をついて、薬研の様子を窺う。そういえばさっき怒ってるみたいだったけど、別に普通?かな?

「もう血は止まりかけてるな」
「そっか。廊下に垂らしてきてないか心配だったけど、それなら良かった~」
「何か踏んだのか?」

足をそっと拭われる事にくすぐったさを感じながら、そう尋ねてきた薬研にびっくりした。

「えっと
「ん?」
「破片を
「破片?」
「湯呑の破片を、踏んだの」
………悪い」

一瞬固まった薬研は、ばつの悪そうな顔をしてぽつりと呟いた。私の足を手当てする手つきが、さらに優しくなった気がする。包帯を巻くほどでは無かったようで、大きめの絆創膏がぺたりと貼られる。くすぐったい。

「ね、なんで湯呑が割れたの?」
ひびでも入ってたんだろ」
「そう?でも、片付けもせずに出て行くなんて、薬研らしくないよ」
「俺らしいってなんだ?」

ぎゅっと足首を掴まれる。真っ直ぐこちらを見る薬研に、なんだか緊張してしまう。

「えっと。いつもの薬研だったら、きっと、自分で壊しちゃった物の片付けを誰かに任せたりしないと思う」
「ふぅん」
「そもそも薬研は仕事とか人任せにしないし。なんでもできるからすごく頼りにしてるよ。私が失敗しても怒ったり、怒鳴ったりするところ見たこと無くていっつも優しい。」
「大将に怒鳴る奴なんてここにはいないだろ」
「そうだけど。そうじゃなくて、う~ん、上手く言葉にできないな。今だって優しく手当してくれたし。あ、手当てありがとう」
「ん。それは気にすんな。もともと俺が原因だしな。怪我させて悪かった。」
「いやいやそんな風に言わないで!踏んじゃったのは私の不注意だよ。とにかく!薬研はすごく頼りになるいい子だなって、私は、思ってて。その、困ったときに最初に思い浮かぶのって、薬研だし。薬研らしさって、いうのは、私の中で勝手に出来ちゃってるものでその

気を悪くしただろうか。いつの間にかいい子を押し付けてしまっていて、それによって薬研は疲れてしまったのだろうか。薬研は未だ私の左足を離さない。伝わってくる手の硬さを意識してしまう。もう手当は終わっているのに。気恥ずかしいが、肌に感じる手袋越しの温かさが心地よく感じてしまって、まだ動かないことにする。

「大将は随分と俺を過大評価してるな」
「そんなことないと思うけ、ど、わっ

肘掛けをぽいっと横に追いやった薬研は、強い力で私の足首を掴み直すと、思いっきり自分の方へと引き込んだ。勢いに負けて体制を崩し、座っていたはずの座布団に両肘がぼすっと落ちる。私の足の間に収まった薬研は、足首を放すと私の肘の横に手をついた。半分押し倒されたような状態に、思考が止まる。薬研がじっとこちらを見つめる。じわじわと背中に汗が滲んでくる。なんだ。どうした。

「俺が、大将に優しいのは」
「や、優しいのは?」

薬研の右手が畳を離れて、そっと私の左足を辿って降りていく。うわ、むずむずする。今日は裾がゆるめのパンツを穿いていた。足首まで降りた薬研の手は、スッと隙間に入り込んで、今度はするすると裾を上げていく。膝の少し上までくると、むに、と太ももを掴まれた。びくっと肩が震える。薬研の目が、見たこと無いくらい、溶けてる?

したごころ」

したごころ?したごころって、なんだっけ。
その答えに辿りつく前に、ぱっと薬研が離れた。膝が出るまで上げられた裾も、そっと降ろされる。彼はもう一度、怪我をした足の裏を確認すると立ち上がり、ぽかんとする私に向かってフッと笑いかける。

「兄弟の女に手ぇ出すわけにはいかねぇよな」
「は、え?」
「信濃を呼んでこようか?まだ、歩いたら傷が開きそうだ」
「えっ、と?なんで信濃?」
「なんでって恋人同士、なんだろ。執務室まで運んでもらえよ」

すっかり忘れてた。
突然の薬研による奇行によって、信濃との朝のやり取りはすっかり頭から抜け落ちていた。ここまで運んでもらったけれど、今からここへ呼びつけるのは気が引ける。

「そうだけど、ごっこ遊びでそこまでさせるのは可哀そうじゃない?」
は?遊び?」
「あれ、そっか、薬研は途中で出て行ってたんだった。あれは信濃の冗談だよ~!あんまりさらっと言うから、ちょっと意地悪して合わせちゃったけど。信濃が飽きるまで恋人ごっこしようかなって」
………
「薬研?」

片手で顔を覆った薬研は、はぁ~~~、と深い息を吐きながらしゃがみ込んだ。

「ねぇ、どうしたの?」
大将」

指の間からこちらを覗く視線はじっとりと恨めしげだ。ちょっと怖い。薬研は手を降ろすと、そのまま畳に手をつきながらじりじりと近づいてくる。つられて私も後ろへさがる。ついに障子へたどり着いてしまい、かたん、と背後で音がする。あ、まずい、体重をかけたら、障子が外れて倒れてしまう。一瞬気をとられると、再び足首を掴まれた。ぴしりと固まる私に、薬研の顔がぐっと近づいてくる。

「な、なにか怒ってる?」
「怒っては、ない。なぁ、大将」
なに?」
「好きだ」
え」
「大将が、好きだ」

真っ直ぐと私を射抜く瞳に耐えられない。これは、本気のやつだ。朝の、信濃の告白がちらりと頭をかすめる。目の前に迫る薬研を見ていられなくて、視線を下げれば掴まれた足が目に入り、なぜか焦燥感に駆られる。

「や、げんも、恋人ごっこしたいなら、信濃の次に、なら」
「ごっこ遊びじゃねぇよ」

足首を掴む力が強くなる。空いた手で顎を掬われ、視線が再び合わされる。こわい。どろどろに溶けそうな薬研の瞳が、同じように、私の心臓をどろどろに溶かそうとしている。

「遊びで済ませてたまるか」
「やげ、」
「俺は、大将が、欲しい」

そのままぐっと近づいてくる薬研に思わず目を瞑る。キスされる、と思った。予想は外れて、薬研の髪がさらっと頬を撫でる。耳に、ふ、と息がかかった。薬研はそこから動かない。心臓が、どきん、どきんと音を立てる。なんで急にそんな事、言うの。薬研が小さく息を吸う。びくっと自分の肩が揺れる。

すき」

カッと顔が熱くなったのが分かった。
今まで、そんな素振り、見せたこと無かったじゃん!!叫びたいのに、言葉がでてこない。

耐えられなくなって、そのまま後ろに大きくのけ反ると、なにかに頭をぶつけてガタン!ばん!という音と共に背後が解放された。痛みでじんわり涙が集まった目を開くと、ぽかんと驚いた顔をする薬研が目の前にいた。目が合った瞬間、ぶは、と吹きだす。

「っくは、ははは!何やってんだよ大将。障子倒れたぞ、ふは、」
「な、な、だって、薬研が、急に」
「ふっ、はは、」
「わ、笑うなーーー!!!」

身体を起こしながら薬研をぽかぽか殴れば、若干涙目になりながら笑い続ける薬研も身体を起こして座り直す。薬研のせいなのに、ひどい!ひどいひどい!!恥ずかしいやら悔しいやら、さらにじわじわと増した涙がぽろっと落ちていった。

う、」
「!あ、待てたいしょ、泣くな」
「あーーーーー!!!!!薬研があるじさん泣かせてる!!」
「えっなんで障子が庭に落ちてるの!?大将、大丈夫?薬研になにかされた?」

音が聞こえたから、と駆けつけてくれた乱と信濃にそっと起こされる。立ち上がれば、足裏の傷がじんわりと熱くなった。同じように立とうとした薬研の頭に、乱によってゲンコツが落とされる。

「いっってぇ!!」
「あるじさんを泣かせるなんて!ボク薬研のこと応援してたのに、見損なった!」
「落ち着けよ乱、俺は別に、大将をいじめたわけじゃ」
「み、みだれ~~~~~」
「よしよし、あるじさん可哀そうに」


ギンッと乱から鋭い視線を向けられた薬研は、たらりと冷や汗をかいて苦笑いした。俺のことを応援すると言いつつも、こいつの一番はもちろん大将だ。口が上手い乱にかかれば、藤四郎兄弟だけでなく本丸にいる刀剣のほとんどが敵に回る可能性だってある。そうなれば、大将を落とすまでにかかる時間は、倍になるなんてもんじゃない。ゆっくりと立ち上がって、そっと大将の手を取る。

悪かった。泣かないでくれ、大将」

精一杯の優しい顔を作って微笑めば、乱に抱きしめられながらチラリとこちらを見た大将の顔が真っ赤に染まって、すぐにまた乱の頭に顔を埋める。上々だ。
隠しきれずに上がってしまった口の端を目ざとく見つけたらしい信濃に、生ぬるい視線を浴びせられる。そもそもお前が悪い。

ゆっくりと、抜けられないほど深く。思いを悟られないように、大将自らこの手に落ちてくるように。

のんびり育てる計画は、たった一時の茶番によって崩れてしまった。あの時、動揺して、冗談だなんて見抜けなかった自分が悔しい。一瞬でも、己以外の手を取る大将なんて認めたくなかった。もう仕方ない。それに、大将はずいぶん押しに弱いらしい。なら、もう手を緩める必要なんてない。さっさと捉えてしまえば良い。

逃がさねぇからな。大将」

手を握る力を強めて、相変わらず乱の頭に顔を埋める大将に近づいてそっと囁けば、面白いほどに耳が赤く染まった。その反応に満足して、手を放して執務室へ向かう。苦労して手に入れた近侍の座は、今後ますます効力を発揮するだろう。いや、発揮させる。じわじわと牽制してきたおかげか、自分の恋路を邪魔する刀剣はいない。それに慢心し、今回信濃に足をすくわれたわけだが、もう油断しない。

「ここまで落ちてこい」

願うように呟いた声は、吐き出した息とともにそっと溶けていった。