botanin5
2024-11-14 00:34:10
33568文字
Public トレ監♀(小説)
 

先輩には敵いません

片想してる先輩の元カノ登場で、諦めて彼氏作ろうとするけどなぜか全然できない!なんで!?
※監は特に設定なし
※ 元カノやモブがいる#名前設定や外見描写はなし)



「今日は部活で料理を作る予定なんだ。グリムと一緒に遊びに来ないか?」


エースとデュースが部活へ行ってしまい、明日は休日で予習に焦る必要もない退屈な放課後。グリムと一緒に中庭でぼーっと時間を潰していると、実験着を身につけたトレイ先輩とルーク先輩が通りがかった。「やぁ」とにこやかに話しかけてくれる2人の先輩は、気難しく厄介な生徒が多いナイトレイブンカレッジの中でも稀有な存在だろう。話しかけられても怯える必要がなくて気楽である。

さらに言ってしまえば、私はトレイ先輩の事が好きだった。優しくて頼りになる大好きな先輩。誘われてしまえば、二つ返事でついて行くに決まっている。部活だけでなく、なんでもない日のパーティーでも同じように誘ってくれるし、何もなくても「お菓子食べにくるか?」と声をかけてくれることが増えていた。
私、トレイ先輩にけっこう可愛がられている。そんな小さな自信を持っている。

「美味い飯が食えるなら、もちろん行くんだゾ!」とグリムのテンションも分かりやすく上がった。夕飯にはまだ時間が早い。しかし、体力育成に飛行術と身体を使った今日はもうお腹が空きはじめていて、購買部で何か買い食いしようかと悩んでいたところだ。私も「お邪魔していいんでしょうか……」なんて口先だけ遠慮を装い、軽い足取りで先輩たちと一緒に歩く。

「この前、部費で新しい調理器具を買ったんだ。ほら」と、嬉しそうに箱を運ぶトレイ先輩が可愛くてほっこりする。以前、リドル先輩を説得して寮のキッチンにフードプロセッサーを導入させていた……とケイト先輩から聞いた。VDCでもカフェを出し物にしていたくらいだ。調理器具がいかに有用か部員を言いくるめる事なんて、トレイ先輩にとっては容易いのだろう。

今日の部活は食堂のキッチンを借りるらしい。クルーウェル先生は、料理の日は終わり頃に顔を出して完成品だけ食べていくそうだ。許可が出ているとはいえ部活動。教員の代わりに、厨房を仕切るゴーストさんたちが監督兼サポートをしてくれるのだという。運動部ほど多くはないサイエンス部の部員は、キッチンにすっかり収まる。トレイ先輩がそれぞれのスキルを踏まえて班分けをしてくれて、ルーク先輩から材料が配られる。私とグリムはトレイ先輩の班になった。


「よし、今日はピザを作るぞ。レシピは紙を確認してくれ。手順で分からないことがあれば遠慮なく聞いてくれていいからな」


はい!と部員たちがいい返事をして、それぞれが話し合いながら調理に取り掛かる。トレイ先輩に「どうしてピザなんですか?」と聞くと「この間、マスターシェフの授業で作ったところなんだ。指導の練習に丁度いいと思ってな」と笑う。なるほど。トレイ先輩は料理に関してとにかく真剣だ。「生地作りはオレ様に任せろ!」と言うグリムに、トレイ先輩が手袋をつける。私は他の班員と一緒に、紙に指示されている通り材料を切っていった。


「自分の好きなようにトッピングを乗せてくれ。あまりたくさん盛りすぎると、食べにくいから注意しろよ」


トレイ先輩の言葉に耳を傾けながら、他の生徒たちは盛り付け作業に入りはじめた。途中で「もう飽きたんだゾ」と言ったグリムは、私がこねたピザ生地に自分の好きな具材と次々と乗せはじめてしまった。「も〜それ私のなのに……」と不貞腐れたが、こうなったグリムはもう生地を返してくれないだろう。仕方なく、グリムの中途半端にこねられた生地を手に取る。
困ったことに、自分の生地をこねるのに全力を使ったことで疲れてしまっていた。腕がだるくて先程より力が入らない。もう失敗してもいいかな……と投げやりになったところで、他の班に呼ばれていたトレイ先輩が戻ってきた。私の手元を見て不思議そうな顔をする。


「あれ?お前さっき、生地こね終わってなかったか?」
「グリムに取られました」
「ははは、譲ってやったのか。グリムは手が小さいから、上手く出来てなかったもんな」
……譲ったことにしておきます。これ、あとどれくらいこねなきゃいけないですか?」
「うーん、もう少しかな。疲れたのか?」


トレイ先輩に聞かれて、遠慮がちにこくりと頷く。それを見てまた笑った先輩は「二枚目だし仕方ないか。ほら、貸してみろ」と言って、私の生地を取っていった。こねるたび、トレイ先輩の手や腕に力が入って血管が浮いてくるのが見える。自分とは違う力強い動きに目が離せない。すごくカッコいい。運動着を着ているときや、お菓子作りで腕まくりをしているのを見るたびに、(腕がたくましい……)とドキドキしながら盗み見ていたが、間近で見るとさらに魅力増大で卒倒しそうだ。
触りたいな……なんて邪な気持ちで眺めていると、近くの椅子に引っ掛けられたジャケットからスマホの着信音が聞こえてきた。


「先輩、誰かのスマホが鳴ってます」
「あ、俺のだな……たぶんケイトだから一旦出てもらっていいか?」
「分かりました!」


はめていたビニールの手袋を外してジャケットを探る。トレイ先輩の代わりに電話に出るなんて、なんだか彼女みたいじゃない?なんて、緊張と興奮がまざった震える手でスマホを手に取った。料理を続ける部員たちから少し離れた壁際に立つ。ケイト先輩だと言われていたからすっかりそう思い込んでいて、画面をろくに見ないまま通話ボタンを押してしまった。


「はい、もしもーー」
『あ、トレイ?……よね?』
「えっ」


初めて耳にした女の子の声に、驚いて頭が真っ白になる。ケイト先輩じゃないと分かって一瞬でパニックになった。もしかして妹さんか?とスマホの画面を確認するが、登録された名前にCloverの文字は見当たらない。見たことも聞いたこともない名前だ。


『もしもし?もしかして妹?』


電話の向こうから不思議そうに尋ねられて、慌ててスマホを耳に戻す。


「あの、トレイ先輩はいま手が放せなくて代わりに……
……あなた誰?』


少し不機嫌そうな声になった相手に、焦りが生まれる。「こ、後輩です!すぐに代わるので待ってください!」と早口で伝えると、『後輩?……ふぅん。早く代わってもらえる?』と少しだけ声色がマシになる。後輩と言った後に、しまったここは男子校なのに……と肝が冷えたが、相手は矛盾に気がつかなかったらしい。
生地をこね終えたトレイ先輩が手袋を外しているのが見えたので、スマホを耳から外して助けを求める視線を送る。目があったトレイ先輩は、不思議そうな顔をしながら近寄ってきてくれた。


「どうかしたのか?」
「あの、ケイト先輩じゃなくて女の子でした」
「は?」
「早く代わってって言われたので……


画面を見せると、トレイ先輩が驚いたように目を見開く。さっとスマホを受け取ると、「ありがとな。ちょっと話してくる」と私の頭をひと撫でしてキッチンから出ていった。

誰だろう……という疑問が頭の中をぐるぐると回る。かなり親しげな話し方だった。妹さんとも知り合いなのかもしれない。もしかして、彼女だろうか。男子校に通っているとは言え、地元に女の子はたくさんいるだろうし、その可能性はあるだろう。トレイ先輩、彼女いたのか……。衝撃的な出来事に、頭が真っ白になる。部屋の隅から動けずにいると、ルーク先輩が「どうかしたのかい?」と話しかけてくれた。一緒に作業台まで戻って、ルーク先輩オススメのトッピングを乗せる。トレイ先輩にも、何を乗せたら美味しいか聞こうと思っていたのに。

可愛がられている自覚はあれど、心地よい関係を壊したくなくて告白する予定はなかった。でも、まさかトレイ先輩がすでに誰かのものだったなんて。心にぽっかり穴が空いたような気分になった。気持ちだけでも伝えておけばよかったかな、いや、でもこれじゃあどの道振られてたし……なんて、言い訳を並べながらトッピングを重ねていく。途中で「なぁなぁ、焼くにはどうするんだ?」と聞きに来たグリムによって、ルーク先輩は連れて行かれてしまった。他の班員たちも既にピザを窯に入れたようで、焼き目が均等につくよう回転させるタイミングを見計らっている。

でも、そんな周りの景色は私の頭に入ってこなかった。結局トレイ先輩は、誰にでも同じくらい優しくするのか。こんなに構ってくれたら、私じゃなくても好きなってるよ。彼女がいるのに、他の女に優しくして気を持たせるなんてずるい。いや、私が勝手に盛り上がってただけなんだけど……。冷静に考えろ。トレイ先輩はエースにもデュースにもグリムにも優しいじゃないか。私は別に、特別なんかじゃなかったんだ。私が勝手に勘違いしてただけなんだ。
先輩の彼女、どんな人だろう。先輩が好きになるんだから、とても良い人なんだろう。きっと可愛くて、スタイルもよくて、背の高い先輩と並んでも申し分なくて……


「おいおい、乗せすぎじゃないか?こんなに盛ったら食べる時に溢れるぞ」


不意に後ろから話しかけられて、はっとして手元を見る。悶々と考えながら手を動かしていたせいで、生地の上には山ほど具材が乗っていた。振り向くと、電話を終えたらしいトレイ先輩が苦笑いをして立っている。


「ぼーっとしてました……!これ取っても大丈夫ですか?」
「ははは、ピザソースがついてない部分なら、他でも使えるから大丈夫だろ。ほら、こっちに移そう」
「ありがとうございます……


トレイ先輩が出してくれた深めの紙皿に、取った具材を入れる。それでも少し多くなってしまって、まるで食いしん坊のピザだ。作り始めた時は、夕飯はいつもの半分でいいな……なんて思っていたが、いっそ食べなくてもいいくらいお腹が膨れそうだ。
トレイ先輩が私のピザも一緒に持っていってくれる。丁度場所が空いたので、ピザを入れて一緒に眺める。もやもやして雑談が思い浮かばず、ええいままよと電話の相手について聞いてみることにした。


「先輩。さっきの電話って……彼女さん、ですか?」
「えっ?……いや、そんな関係じゃないよ。地元の友達だ」
「そうなんですか……


こちらから尋ねておいて、会話が続けられなくて焦る。突然だな、と思われただろうか。少し考えるように、言葉に詰まったところが気になった。トレイ先輩は、彼女がいることを隠すタイプかもしれない。周りに騒がれることが好きじゃなさそうだし、直接聞くより調べたほうが確実かも。
いや、調べるってなんだ。私は彼女でもなんでもない。まるで浮気相手を探るかのような気分になっている自分に呆れた。でも、気になってしかたがない。先程画面に出ていた名前を、頭の中で復唱する。


「本当に友達だぞ?」
「えっ、あ、はい。わかりました……?」


再び考え込んでいた私を覗き込んで、トレイ先輩がもう一度訂正する。顔が近づいて、ドキッとしてしまった。
そんなに勘違いされたくないのだろうか?と首を傾げる。交際相手がいることは、自慢にはなれど頑なに訂正することではないだろう。
そこまで言われてもやはり、頭の隅で(後でマジカメで確認してみよう)と考えながら、トレイ先輩の指示に従ってピザの焼目をつける作業に入っていった。






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ピザを食べ終わり、オンボロ寮まで戻ってきた夜。足りなかった!と騒ぐグリムにツナ缶を渡し、今はスマホを持ってお風呂に入っている。学園長がかけてくれた防水魔法は、水の中でもスマホが使えるくらい強い。何かを検索するたびに、グリムが「オレ様に内緒で何見てるんだ?」と尋ねてくるので、画面を見られたくない時はお風呂にスマホを持ち込むようにしていた。

マジカメの検索欄にあの女の子の名前を打ち込む前に、トレイ先輩のアカウントを開いてフォロー欄を見る。あまり活発に投稿する人ではないため、交流のあるアカウントはケイト先輩ほど多くない。思っていたより早く見終わった。探していた名前はない。ネットの交流ではなく、電話番号やメールアドレスで繋がっているだけの人だったら、ここから関係を覗き見ることはできない。自分は何様のつもりで調べているんだろう……と、罪悪感に苛まれてくる。

念のため……とフォロワーの方を確認するためタップすると、散々頭の中で復唱した名前が真っ先に出てきた。
驚いてスマホを湯船の中に落としてしまう。上の方に出てくるのは、最近フォローされたばかりという証だ。どういうことだろうか。電話口ではかなり親しそうに話しかけてきていた。「トレイ?」って、呼び捨てだった。最近の知り合いなのか?それとも、付き合いたての彼女とか?今日の電話が告白の返事で、これから関係が始まるタイミングだったとか?
色んな妄想が頭を駆け巡っていく。

もしかして、もう少し時間が経てば、トレイ先輩もこの人のアカウントをフォローするのかもしれない。

画面を暗く落としてお風呂から出る。一気に身体が冷えた気がした。もし、本当に付き合いたてだったりしたら……。やっぱり自分も告白しておけばよかったんじゃないか。そうすれば、もしかしたら……。私の方が先だったら……。ドライヤーで髪を乾かしながら、溢れそうな涙を誤魔化す。

何か別のことをして気を紛らわそうと、談話室で課題に取り掛かる。教科書を広げはじめた私を見て「明日は休みなのに……。お前正気か?」と引いているグリムに、先に寝ていいよと伝えた。でも全然集中できなくて、計算問題は一向に進まない。錬金術は諦めて魔法史の問題集に変更し、これまで間違えた問題をノートにまとめることにした。今は、単純作業で無心に手を動かす事しかできない。




ふと時計を見ると21時だった。みんなそれぞれ自分の部屋でくつろいでいる時間だろう。もう切り上げよう……と、勉強道具を片付けて寝室へ行く。「集中出来ないから持っていって」とグリムに預けたスマホがベッドに置かれているのが目に入った。その横でグリムは眠っている。

スマホを手に取った。
真っ先に、トレイ先輩のアカウントを開く。少し逡巡してから、フォロー欄をタップする。
一番上に、さっきの人のアカウントが出てきた。

あーあ。フォローしてる。

今日はトレイ先輩の投稿は無かったが、過去の中で一番新しいものを押す。コメント欄を眺めたが、彼女からは何もきていない。今度は、彼女のアカウントを見に行く。ケイト先輩ほどは投稿されてないが、エースと同じくらいは写真がある。やっぱり可愛い人だ。電話では不機嫌な声で少し怖い印象だったが、ふわりと微笑む顔はとても柔らかな雰囲気だ。投稿物は、カフェの写真や学校帰りに友達と撮ったものがほとんどで、そこにトレイ先輩が写っていない事にほっとする。少し緊張しながら最新の投稿を開いた。トレイ先輩からのコメントはない。はぁ、と肩の力が抜けて、無意識に自分が力んでいた事に気がついた。

まぁ、個人チャットでやり取りしてたら分かんないけどさ。

そんな事を独りごちて、スマホの画面を消して充電器に繋ぐ。トレイ先輩は彼女じゃないと言ってはいた。でも、彼は普段から色々と上手く言いくるめて誤魔化すことが得意だ。
明日こっそりケイト先輩にも聞いてみよう。

そう決心したもののなかなか寝付けず、結局眠りについたのは外が少し明るくなってからだった。





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「先輩はこの人ご存知ですか?」
「うーん、分かんない。リドルくんに聞いて……みても知らないか」


休日の午後、ケイト先輩に声をかけてモストロ•ラウンジに来ていた。隣でグリムがケーキに飛びついている間に、マジカメのアカウントを先輩に見せる。これで私のトレイ先輩に対する気持ちは筒抜けだろうが、背に腹はかえられない。トレイ先輩の彼女かもしれない。そんな話の口切りにケイト先輩はかなり食いついてくれたが、お互い情報を持っておらず話は広がらなかった。


「トレイくん、全然そういう話しないからなぁ〜」
「地元の友達だよって言ってたんですけど、昨日電話が来て、その夜にフォローするって変じゃないですか?」
「久しぶりに連絡を取ったとかなら、まぁ無くはないと思うけど……


グラスを手に取ってストローを吸うと、ずず、と中身の無い音がする。リンゴジュースはもうすっかり氷だけになっていた。


「まぁ、本人が友達って言ってるなら、それ信じるしかないんじゃない?」
「それは……そうなんですけど」
「てかさ、むしろ後々彼女になるような子を、それまでフォローしてなかった方が違和感あるけどな〜。アプローチかけてたなら、マジカメのアカウントはフォローしてるはずじゃない?」
「たしかに……


じゃあ……やっぱり彼女ではなくて、地元の友達で、久しぶりに連絡をとってお互いをフォローするに至った……。そう考えていいのだろうか。
グラスのストローを回すと、氷がカラカラと音を立てる。グリムはお腹がいっぱいになったのか、私の膝に頭を乗せて居眠りを始めていた。


「監督生ちゃん、トレイくんに告ってみたら?」
「えっ!?」
「トレイくんさ、監督生ちゃんのことめちゃくちゃ可愛がってたじゃん?いけると思うけどなー」
「私だって……私が一番可愛がられてると思ってましたよ!!」
「あはは、自覚あったんだね。だから言ってみなって!流石に告白されたらその子が彼女かどうか本当のこと言うだろうし、上手くいけば付き合えるわけだし、どっちに転んでもいい感じじゃない?」
「いや……単純にフラれたらどうするんですか……。ぎこちなくなるくらいなら、今のままでいいです……
「大丈夫だって!ほら立って立って」
「え!?今からですか!?」
「善は急げって言うじゃん?時間が経つと余計緊張しちゃうんじゃないかな〜」
「そもそも告白する気がないんですけど……!」


はいはい行くよ〜と背中を追い立てられる。私の膝から転げ落ちたグリムは「ふなっ!?」と目をキョロキョロさせたあと、急いでこちらを追いかけてきた。展開が早くてついていけない。私、今からトレイ先輩に告白するの?何て言ったらいいの!?

考えがまとまらないうちに、あっという間にハーツラビュル寮までやってきていた。ケイト先輩に連れられて、トレイ先輩の部屋の前まで行く。もう、心臓は破裂寸前だった。だって、本当に何の心の準備も出来ていない。言う言葉もまとまっていない。だんだん足が震えてくる。グリムを連れて少し離れたケイト先輩が、小声で「頑張れ〜!」とエールをくれる。先輩、楽しんでないか?少しだけ恨めしく思いながら、トレイ先輩の部屋のドアをノックする。

少し待っても反応がない。
もう一度、トントンとドアを叩いてみたが、人の気配はしなかった。


「ケイト先輩、トレイ先輩いないみたいです」
「えぇ〜そっか。あ、じゃあキッチンの方に行ってみる?またお菓子作ってるかも」
「トレイの菓子が食えるのか!やったー!なんだゾ!」


少し拍子抜けしたことで、緊張のピークが通り過ぎていったらしい。先ほどより気持ちが落ち着いて、もうこの流れで告白するのもありか……なんて思い始めた。あの子が本当に友達なのかどうか、気になるし。ケイト先輩と話しながら廊下を進む。しかし、キッチンにかなり近づいても、いつもの甘い香りは漂ってこない。


……いない気がします」
「オレもそんな気がする。トレイくんがいたら、絶対ここまで甘い匂いしてるはずだもんね」


「一応見てみよっか」と言う先輩と一緒にキッチンの中を覗いてみたが、やはりそこには誰もいなかった。「トレイくんが寮に居ないの珍しいな〜」と呟くケイト先輩の隣で、なんとも言えない気持ちになった。告白できなくて安心したような、残念なような……もし本当に告白していたら、どうなっていただろうか……なんて考える余裕まで出てきた。
ふと、ケイト先輩がキッチンの冷蔵庫を開ける。


「あ、タルト作ってある。けど誰かが食べちゃったみたいだな〜……またリドルくんが怒らないといいけど」
「心配せんでもだいじょーぶ。リドルと一緒に食べたのは俺だで」

「ふなーー!!」
「うわっ!?え、なに?」
「あー!えっと、チェーニャ、さん?」


突然現れた、ふよふよと浮かぶ首に驚いたグリムがこちらに飛びついてくる。紫の髪にピンと上に伸びた猫のような耳。いくつも開いているピアス。かつてハーツラビュル寮の庭に紛れ込んでいた、トレイ先輩とリドル先輩の幼馴染であるチェーニャさんだ。本名は……すごく長くて覚えていない。それにしても、もうVDCは終わったというのに、学校に入り込む勇気がすごい。


「こんなところで何してるんですか?」
「今日はリドルんとこに遊びに来ただけだにゃあ〜」
「あ、じゃあトレイくんはリドルくんの部屋にいるの?」
「いやぁ?あいつは今日、薔薇の王国さぁ」
「えっ?」


身体も見えるようになったチェーニャさんが、手を頭の後ろで組みながらのんびりと教えてくれる。
まぁ、休日だし、長期休暇でなくとも実家に帰ることぐらいあるだろう。今日は会えなさそうだと分かってがっかりしたような、ほっとしたような。ケイト先輩は、「なーんだ」と少しがっかりした様子だ。


「そっかー。実家の手伝いとか?」
「んにゃ。元カノに会いに行っとる」
「「えっ!?」」


思わず飛び出た私の声は、ケイト先輩とピッタリ重なった。元カノ?なんで?っていうか、やっぱりいたんだ。
そこでぱっと頭に浮かんだのは、あの女の子の顔だった。
スマホを取り出して、トレイ先輩のアカウントからあの子のアカウントへと飛ぶ。


「もしかして、この人ですか!?」
「あ〜そうそう」


ぴしゃーん!と雷でも落ちてきたようなショックだった。元カノ。一度別れたのに、マジカメをフォローし合うようになったということは、また付き合い始めたということだろうか。やっぱり、告白なんてしても無駄じゃん。か弱い恋心が、しおしおと萎んでいく。ケイト先輩は、何やら考えている様子だ。

「もう一個食べてから帰るかにゃ〜」と冷蔵庫のタルトに手を伸ばすチェーニャさんと一緒に、グリムが「オレ様も食うんだゾ!」と飛び跳ねている。いつもだったら止めるのだが、今はそんな気力がなかった。
あの子のアカウントを開いたことで、最新の投稿を見てしまったのだ。


『久しぶりに会った!やっぱり一番落ち着く』


そんな文と一緒にアップされていた写真は、紅茶が入った2つのカップと苺が乗った2つのケーキだ。紅茶の横には角砂糖が乗っていた。手前のカップの横には3つ。奥のカップの横には2つ。向かい側に座っている人は顔が写っていない。でも、つい昨日この手がピザ生地をこねるのを横で観察していた。まだ記憶に新しい。チェーニャさんの話と合わせて考えてみても、これはトレイ先輩だ。先輩がいつも、角砂糖を使うときは2つ紅茶へ入れていたことも思い出した。相手の子はもっと甘党なのかもしれない。

知らない女の子にマウントを取られた気分になって、イライラする。いや、これはどう考えても他の子に対する牽制じゃないか?『私たちよりを戻したから、よろしくね』ってこと?なにそれ。私だって、トレイ先輩と出かけたりしたかった。先輩、あんなに私のこと可愛がってたくせに。


……監督生ちゃん、大丈夫?」


スマホを見ながら固まっていた私に、ケイト先輩が声をかけてくれる。先輩もマジカメを確認していたから、同じものを見たのだろう。自分でも落ち込むかと思ったが、苛つきの方がまさっていた。


「大丈夫です!」
「え〜めちゃくちゃ怒ってるじゃん……
「怒ってません!トレイ先輩が!元カノとまた付き合おうが!私には!ぜんっぜん関係ないんで!」


「私もタルト食べます!」と、チェーニャさんとグリムが食べ始めていたイチゴのタルトに手を伸ばす。さっきチェーニャさんが「リドルと食べた」と言っていた通り、4切れ残っていたタルトはこれであと1切れとなった。ケイト先輩は甘いものが苦手だし食べないだろう。リドル先輩がもう食べたのなら、もう一つだって食べても誰にも怒られやしない。そう思い至って、最後のタルトも掴んでぱくりと口に入れる。くそう、どうしてこんなに美味しいんだ。トレイ先輩のばか。好きな子がいるのなら、どうでもいい奴に優しくなんてしないでよ。勘違い、しちゃったじゃん。

モグモグと咀嚼すると同時に、自分の目から涙が溢れてくるのが分かった。ポロポロとこぼれ落ちていくのを無視して両手のタルトを口に押し込んでいく。チェーニャさんとグリムが、ぽかんとして私を見ているのが見えたが、どうでもよかった。


……トレイも罪な男だにゃあ……
「ほんっとに!そうですね!!」


タルトを食べ終わり、涙でぐしゃぐしゃになった顔を制服の袖でごしごしと拭う。胸が痛い。苦しい。どうしてこんな思いしなくちゃならないんだ。どうしてトレイ先輩を好きになっちゃったんだ。みんなに優しいことなんて、分かってたはずなのに。私を見て笑ってくれる顔とか、撫でてくれる手とか、辛い時に励ましてくれた優しさとか、全部全部、私だけのものにしたかった。


「監督生ちゃん、落ち着いて……まだトレイくんに彼女が出来たって確定したしたわけじゃないし……
「でも、どうでもいい子と休日にわざわざ出かけますか?」
「うーん……。でも、トレイくんの場合はなんとも言えないというか……


トレイ先輩は優しいし、面倒見もいいから、元カノに呼ばれたら休日を潰して会いにいくこともあるかもしれない。なんとも思っていない後輩の私を、頻繁に部活や寮のイベントへ誘ってくれていたくらいだ。少しだけ、確かにそうだなと思ったけれど、もはや他の女の写真に写っていることが受け入れ難かった。私だって、トレイ先輩と写真を撮ってみたかった。投稿してないだけでツーショットとか撮ってるかもしれないと想像して、また涙がじわじわと集まってくる。


「もうダメです……暗い想像しかできません……。トレイ先輩、今夜帰ってこないかもしれないじゃないですか……。実家の部屋とか連れ込んで……いやむしろ元カノさんの部屋に連れ込まれて、朝帰りかもしれないじゃないですか!!」
「んっふっふ……おみゃー思ったより騒がしいやつじゃにゃーの」
「!!……ごめんなさい」
「あー気にせんでいいぜぃ。面白いにゃあと思っただけだで」


ほとんど話したことのないチェーニャさんの前で、無様な自分を晒してしまって顔が熱くなる。でも、笑ってくれたお陰で少しだけ冷静になれた。ケイト先輩に促されて、キッチンの椅子に腰掛ける。はぁ、と肩を落としてしまった。


「トレイは今夜帰ってこんよ」
「や、やっぱり!!チェーニャさん詳しいこと知ってるんですか?トレイ先輩と元カノさん、付き合い始めたんですか!?」
「いやいやそうじゃにゃーて、今夜は実家に泊まってゆっくりしてくる〜って言っとったがね。付き合ったかどうかはトレイに聞いてみたらいいさ」
「実家で……彼女とゆっくり……お泊まり……
「おみゃーがそう思うんなら、そうなんじゃにゃーの」


チェーニャさんは楽しそうにニヤニヤと笑っている。他人事だと思って……!ケイト先輩に「トレイくんに聞いてみよっか?」と聞かれたが、妄想が現実になるのが怖くて断った。もう、トレイ先輩に会うのが怖すぎる。電話に出たあと「彼女かも……」と想像していたときとは違う。トレイ先輩が会いに行っていることが分かって、先輩に近づく自分以外の存在を実感して、すごく怖い。トレイ先輩の口から「実はあの電話の相手、彼女になったんだ」なんて言われてしまったらもう、立ち直れる気がしない。


「寮に戻ります……


ふらふらと立ち上がった私を見て、ケイト先輩が「……送るね」と付いてきてくれた。本当は一人で歩きたかったけれど、グリムもいるし、いっそ人がいた方が気が紛れるかもしれない。相変わらず楽しそうなチェーニャさんに別れを告げて、とぼとぼと鏡を通り抜ける。足を前へと進めながら、月曜日からどうしよう……と考えを巡らせる。トレイ先輩と元カノさんが付き合ったのか知りたいけど、知りたくない。だから、会いたいけど会いたくない。


「どうしましょうケイト先輩……
「うん?」
「トレイ先輩に会いたくないです……
「うーん……なら、しばらく会わなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「だって君は1年生だし。授業で会うこともほぼないでしょ?エーデュースちゃんと違って毎日一緒なわけじゃないし、わざわざ会わなくてもいいと思うな」


他の人からそう言ってもらえると、少しだけ心強い。そうか、話を聞けるくらい落ち着くまで、会わないという選択肢を取ってもいいんだ。トレイ先輩に会って、無様に泣くよりはマシかもしれない。


「なんだか……実感したんです」
「何を?」
「私、トレイ先輩のこと全然知らないなって。この学園では結構仲良くしてたと思うんですけど、一歩外に出たら何も知らないんです」
……誰でもそうじゃない?」
「そうなんですけど……今、私にとってはこの学園が世界の全てなんです。学園の外には知り合いなんて一人もいません。でも、トレイ先輩には薔薇の王国があって、小さい頃からの思い出があって。そこには私の知らない先輩の友達がいて、私の知らない話をして……そんな存在と比べたら、私なんて本当にちっぽけで一瞬だなって思うんです」
「あー……
「私の知らないトレイ先輩がいるって事を、知るのが怖いんです」
……はは、ちょっと分かるな」


少しだけ遠くを眺めて小さく笑ったケイト先輩を見て、先輩も何か寂しい思い出があったりするのかな、なんて思った。






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あれから1週間以上、トレイ先輩を避け続けている。
これまでそんなに長く話さないということは無かった。トレイ先輩に会いたくて自分からハーツラビュルへ足を伸ばすことも多かったのだが、すっかり止めた。エースとデュースには、「お前どうしちゃったわけ?」「クローバー先輩に会いに行かなくていいのか?」と揶揄いの混じった心配をされて、私そんなに分かりやすかったかな……と少し恥ずかしくなった。

会いたくないわけじゃない。そろそろ顔を見ないと、寂しくて死んでしまいそうだ。でも、会ったら彼女が出来たかどうか分かってしまう。
あれから、トレイ先輩のマジカメアカウントは見ないようにしていた。特に投稿もされなかったし、自分から見に行かなければ目につくことはない。それに、トレイ先輩からも連絡はなかった。思えば、いつも直接会った時に誘われていて、個人チャットを使ったことがなかった。それが必要ないくらい、頻繁に会っていたのだ。ハーツラビュルへは自分から行っていたけれど、学校ではよくトレイ先輩の方から声をかけてくれていたな……ということに気がついた。

食堂だと先輩に会う可能性が高いので、ここ最近ずっとみんなを購買に誘っている。新しく出た『サムのミステリーサンドイッチ』は、とても美味しいが材料が何か分からないと生徒の間で評判になりつつある。なんと、毎日味が違うのだ。ちなみに、サムさんもその日のサンドイッチが何味なのか分からないらしい。毎日「試しに行かない?」と誘うのにちょうどいい商品が出て助かっていた。
しかし、そんな小さな抵抗も、エースの伝言によって打ち砕かれてしまう時が来てしまった。


「トレイ先輩にさ、今日はお前誘って来いって言われてるんだけど」
「え」
「レモンパイを作ったらしいぞ。何があったかは知らないが……仲直りした方がいいんじゃないか?」
「いや、ケンカはしてないよ!?」
「オレ様、そろそろトレイの菓子が食いてーんだゾ……
……もう、わかった!行くよ……


グリムのしゅんと垂れた耳が決めてとなって、放課後、ハーツラビュル寮へ向かうことになった。エースとデュースの後に続いて、庭に向かう。少しだけ懐かしい薔薇の庭には、今までと同じように紅茶のカップとお菓子が置かれていた。先ほどデュースから聞いた通り、お皿の上にはパイが乗っている。椅子に座っていたのはケイト先輩だった。少しだけ、肩の力が緩む。「やっほー」と明るく声をかけてくれた先輩に安心して、なんとなく隣に座った。グリムは私の反対隣の椅子にのぼる。エースとデュースが向かいに座ったところで、ティーポットを手にしたトレイ先輩が、寮の勝手口から出てきた。
久しぶりのトレイ先輩に、心臓がどくどくと動き出す。相変わらず素敵だけれど、色んな気持ちが溢れてきてまともに顔を見れない。


「リドルは寮長会議があるらしいから、先に食べよう」
「やったー!オレ様、れもんぱいってやつは初めて食べるんだゾ!」


嬉しそうにしているグリムを見て、トレイ先輩が微笑む。その流れで目が合って、ぎくりと背筋が伸びる。トレイ先輩は今までと同じように、にこ、と笑った。
嫌われたくはなかったけれど、私に避けられたことなんてどうってことないんだな、と思った。いや、避けていたことにすら、気がついていないのかもしれない。最近なんだか会わないな、そんな程度だったのかもしれない。自分の行動なんて、トレイ先輩になんの影響も及ぼさないんだ。そう思ったら、苦しくなった。

トレイ先輩が紅茶をいれてくれる。「今日は角砂糖なんだ」と言われて、あの写真を思い出してチクリと胸が痛んだ。たまにしか使わないけれど、いつも一緒にお茶をする人たちの角砂糖の数はすっかり覚えてしまっていた。いつだったか、そうエースに言ったら「まじ?俺はパーティーで色んな寮生の紅茶見てるから、全然覚えらんねーわ。つーか、そんなのちゃんと見てねーし」とぼやいていた。
トレイ先輩とデュースは2個。ケイト先輩は砂糖を入れない。グリムはその日の気分で変わる。そして、エースと私は1個だった。


「えっ」


小さくこぼれた声は、誰にも気づかれなかった。
いや、気づかれなくてよかった。みんながレモンパイに夢中になり始めたのに、水を差すのは申し訳ない。

私のカップには、角砂糖が3個乗っていた。そんなに頻繁には使わないし、間違えることだってあるだろう。でも、今まで一度もこんなことは無かった。トレイ先輩が砂糖の数を間違えた。隣のグリムを見ると、横に角砂糖が入った瓶が置かれている。これはいつも通りだ。反対隣のケイト先輩のカップには、砂糖がない。これも、いつも通り。
トレイ先輩、疲れてるのかなと思った。いや、1週間以上も会わない日が続いたし、私の角砂糖の数なんて忘れたのかもしれないとも思った。

こんな小さいことで落ち込む自分が嫌だった。だって、3個だったから。あの写真に写っていた、カップの横に置かれた砂糖の数と同じだ。久しぶりに会って、あの子の砂糖の数と混ざってしまったんだろうなと思った。悔しい。
恐る恐る、向かいの二人のカップをみて、肩の力が抜けた。エースのカップにも砂糖が3個乗っている。デュースのカップには1個しかなかった。なんだ、みんなの数を間違えたんだ。砂糖が足りないと思ったらしいデュースが、エースから1つもらっていた。私だけ間違えられたわけじゃなかった。
しかし、3個という数が引っかかってしまい、なんとなく紅茶を飲む気になれなくて、レモンパイだけを食べた。


「そろそろ片付けるか。結局リドルは間に合わなかったな」
「次の行事で忙しいのかもね〜。じゃあいつも通りの分担で……じゃなくて、今日はオレが洗い物手伝おっかな」
「私が行きますよ、ケイト先輩。久しぶりだけど忘れてないから大丈夫です」
「あー、それならお願いするね監督生ちゃん。じゃ、みんなはテーブルの片付けしよっか」
「仕方ねーからやってやるんだゾ」


いつも通りの分担。こうしてお茶をした時は、私とトレイ先輩が洗い物をして、他の人たちがテーブルの後片付けをすると決まっていた。なんとなくそう決まっただけで、誰かにそうしろと言われたわけではない。むしろ、私がトレイ先輩と一緒に洗い物をしたくて申し出たのが最初だった。
ケイト先輩が気を遣ってくれたのは分かっていたが、気持ちはかなり落ち着いてきていた。砂糖の数だけで、こんなに身体が冷えていくとは思わなかった。

トレイ先輩がレモンパイが入っていたバスケットやナイフ、お皿をまとめて持ってくれたので、私はトレーに6人分のカップを乗せて運んだ。紅茶を飲んでいないのは私だけだった。いつもだったら会話がある廊下を無言で進む。トレイ先輩から話しかけられるかと思ったけれど、先輩は静かにキッチンまで歩いた。
シンクまでカップを運ぶ。トレイ先輩はスポンジと洗剤を用意して、今までと同じ雰囲気で「ありがとな」と笑った。


「あれ、誰か紅茶飲まなかったのか」
「あ……私です。すみません」
「ああいや、気にしなくていいよ。違う味の方が良かったか?」
……


片眉を下げて優しく笑うトレイ先輩に、なんと返事をすべきか迷う。砂糖の数が悲しくて、今日の紅茶がなんの味だったのか説明を聞いていなかった。
黙り込んだ私を見て不思議そうにした先輩が、カップに手を伸ばして「あ」と声を上げた。


「悪い。砂糖の数を間違えてたな。お前はいつも1つなのに……それで飲まなかったのか?別に、砂糖は残したってよかったんだぞ?」
……誰と間違えたんですか?」
「え?」
「元カノさん、砂糖はいつも3個なんですか?」


驚いた顔をしてこちらを見た先輩と、目を合わせるのがつらくて視線を逸らす。どうしてこんな、子どもじみた反抗をしてしまったんだろう。だから私は『後輩』という立ち位置から抜け出せなかったんじゃないだろうか。私の嫉妬心なんて、トレイ先輩からしたら知ったことではないだろう。完全に、八つ当たりだ。最低だな自分。少しだけ、トレイ先輩に意地悪な事を言いたかった。だって、あんなに私のことを可愛がってくれていたのに、こんなに簡単に他の人の手を取るとは思わないじゃないか。


「何言って……
「この前の、部活の時の電話。元カノからだったのにどうして友達だなんて言ったんですか?」
……別れたらもう、友達だと表現してもおかしくないんじゃないか?」
「会いに行ってたこと、チェーニャさんに聞きました。今はもう彼女に戻ったんですか?」
「チェーニャ!?いや、別にそういうわけじゃ……お前、どうしてそんなこと気にしてるんだ?」


真剣な目でそう聞かれて、ぐっと言葉に詰まる。確かに、私には関係のないことだった。私はトレイ先輩が好きだから、先輩に女の子が近づいていたら気になるけれど、先輩からしたら、後輩に恋愛事情を突っ込まれるなんて余計なお世話だ。さっと血の気が引くのが分かった。本当に、何してたんだろう、私。


「こ、後輩として……変な相手だったら嫌だなって思っただけです」
……本当に、それだけか?」
「余計なお世話ですみません!!」
「いや、そんなことは思ってないよ。なぁ……本当に『後輩として』気になったのか?1週間以上も顔を見せなかったのも、これが関係してるのか?」
「ち……ちがいます……


じりじりと先輩が近づいてきて、反射的に後ろに下がる。左側にある出口を確認するが、その瞬間トレイ先輩に手首をぎゅっと掴まれた。驚いて先輩の顔を見上げる。真剣な顔をしていて、まっすぐ私を見つめていて、ぶわっと自分の顔が熱くなっていく。「本当に?」と再び聞かれて言葉に詰まる。こんな状況で「先輩が好きだからです!」なんて叫ぶ余裕はなかった。先輩が近い。甘い匂いがする。こうやってすぐ触るから、私が勘違いするのに。
「放してください!」と声を上げたと同時に、テーブルに置かれていたトレイ先輩のスマホが着信音を鳴らした。


……な、鳴ってますよ」
「後でいい」
「急ぎだったらどうするんですか!」


鳴り続けるトレイ先輩のスマホ画面を見て、ひゅっと息が止まった。
あの人の名前だ。トレイ先輩は気がついていないらしい。空いている方の手をぐっと伸ばして、勝手に通話ボタンを押した。
トレイ先輩が私の動きを目で追って、「あっ」と小さく声を上げる。


『もしもし、トレイ?……あれ、聞こえてる?今度の休日のことなんだけど……


先輩の手の力が緩んだ。するりと自分の手を抜いて、ドアまで走る。先輩の「ちょっと待て、……はぁ」というため息が聞こえたが、無視して廊下を駆け抜けて庭へ向かう。『今度の休日……』という声が耳に張り付いていた。今度の休日、なんなんだ。また会う約束してるじゃん。もう、詮索はやめるべきだなと強く思った。私は無関係なただの後輩だ。他人の人間関係に首を突っ込んじゃダメなのに。

庭へ出た瞬間、ケイト先輩が目に入った。「あ、大丈夫だった?みんなエースちゃんたちの部屋行ったよ」と笑いかけてくれた顔を見て、ふっと気が抜けて、ポロポロと涙が落ちていく。


「えーっと……。大丈夫じゃなかった感じ?」
……もう、トレイ先輩のこと好きなのやめます……
「えっ。……本当に何があったの?」
「私、勝手に色々調べて、ストーカーみたいだなって、思って。自分がきもちわるいです」
「うーん……好きな人のことが気になっちゃうのは……仕方ないんじゃない?」


ケイト先輩は困ったように眉を下げて優しく話を聞いてくれる。でも、もうトレイ先輩に変な態度を取りたくない。


「私、彼氏作ります」
「え?」
「ヴィル先輩のところへ行ってきます!」
「え?え?流れが全然分かんないんだけど!?」


決めた。もう決めた。
トレイ先輩のことを忘れるには、次の恋を探すしかない。彼氏を作る!付き合えなくても、せめて新しく好きな人を作る!
今よりずっと綺麗になって、私のことをだけ見てくれる彼氏を作るんだ。そのためには、相手を夢中にさせられるくらい自分を磨かなくてはならない。
ヴィル先輩に鍛えてもらうしかない!

ぽかんとするケイト先輩にろくな説明しないまま、ハーツラビュル寮の鏡を勢いよく飛び出した。






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「アタシの指導は厳しいわよ?」


そう意地悪く笑ったヴィル先輩の宣言通り、提示されたメニューはかなりきついものだった。VDCの合宿でへろへろになっているみんなを応援してきたから厳しさを知っているつもりでいたし、その時とは違った内容だ。しかし、これまで全くと言っていいほど自分磨きをしてこなかった私にとっては、とても辛い。今までは、お風呂の後でストレッチをするくらいで、化粧水なんて持ってもいなかった。とはいえ、2週間も続ければ少しずつ日常に馴染んできて、慣れ始める。人間ってすごいな。前より肌が綺麗になったし、髪に枝毛もなくなった。元の世界にいた時は枝毛なんてなかったから、新しい環境に置かれたことによるストレスが影響していたのかもしれない。顔色も良くなって、少し筋肉もついた。

オンボロ寮では自分に甘くなってしまいそうで、毎日ポムフィオーレ寮へ出向いていた。「アンタもついでにやりなさい」と言われたエペルの『はぁ!?』という顔は、申し訳ないが面白かった。一人で続けるより、誰かと一緒の方が気合が入る。巻き込んで申し訳なかったが、エペルが参加してくれたのは心強かった。
ポムフィオーレ寮で鍛えるから、ということを理由に、ハーツラビュル寮へは完全に行かなくなった。あれからトレイ先輩のことを避け続けている。彼氏ができたら、私も気持ちの整理ができて、普通の先輩後輩の関係に戻れると思った。




……全然できない……
「笑っていい?」
「殴ってもいいなら……
「やめとくわ」


オンボロ寮でカードゲームでもしようと1年生が集まった放課後。
4人対戦で余ってしまった私とエースは、ソファに座って誰かが負けるのを待っていた。グリムは、セベクの横で手札について口を挟んでは怒られている。あれでは他のみんなに持っているカードが丸聞こえだから仕方がない。


「何回か手応えはあったんだよ……?授業で隣の席になった2年生の先輩とか、図書館で本を取ってくれた3年生の先輩とか」
「まー確かに頑張ってるとは思うけど」
「マジカメだって交換した人は何人もいたのに、みんなからデートを断られる……どうして……
「お前はなにもしてないんでしょ?」
「なにもしてない……と、思う」


いざ彼氏を作らん!と動き始めたものの、結局私の行動範囲は学園内なわけで。トレイ先輩を諦めると決めてからかなり視野が広がって、あれ、この学校ってこんなに人がいたんだ……なんて思った。だというのに、全然上手くいかない。話しかけてくれる人は、以前よりかなり増えた。でも、もっと仲良くなれそうだな……と思って「今度遊びに行きませんか?」と誘うと断られる。積極的な女はダメなのだろうか。シャイか?話している時はそんな感じじゃなかったのに。ヴィル先輩プロデュースなのだから、外見の自分磨きはかなり出来ているはずだ。一緒に外を歩くのが恥ずかしい人間ではない……と思いたい。


「もしかして、私って中身がやばい奴だったのかな……
「えー別にそう思ったことはないけど。なぁ、ちょっとチャット見せてみろよ」
「うん……


今までやり取りした人とのチャットをエースに見せる。たいした話はしていないから大丈夫だろう。ざっと目を通したエースも「別に変なとこない」と言った。じゃあ、どうしてダメなんだろう。私のなにがいけないんだろう。彼氏を早く作らないと、トレイ先輩とまともに話せない。どうしよう。


カードゲームの結果、総合得点で惨敗した私が購買まで買い出しへ行くことになった。同じく点数が低かったデュースもついてきてくれるという。いつもだったら負けないゲームでも負けた。他のことを考えながら勝負事をすべきじゃない。セベクはそろそろ護衛に戻らなくてはならないとのことで、3人で一緒に行くことになった。

購買前でセベクと分かれ、主にエースとグリムから頼まれたお菓子を物色する。ジャックはこんな時でもスポーツ飲料を要求するのが面白い。エペルが言っていた駄菓子もあった。自分たちが食べたいお菓子も買って、レジを終える。トレイ先輩のお菓子に慣れすぎていた私たちにとって、既製品のスイーツは物足りなくて、こういう時に買うのはスナック菓子がほとんどになっていた。


「あれ、こんな時間に買い食いか?」


あやうく買い物袋を落とすところだった。購買から出たところで、こちらへ向かってきていたトレイ先輩に遭遇してしまった。キッチンで逃げ出してから、すごく久しぶりに先輩を見た。私が避けていたんだから当然だ。デュースが「実は、罰ゲームで……」と事情を説明し始める。
今すぐ逃げたいけど、トレイ先輩に会えて嬉しくなってしまった。なんだよ私、全然諦められてないじゃんと自嘲する。ぼーっと二人の会話を眺めていると、トレイ先輩が「少し借りてもいいか?」とデュースに確認をとった。デュースは、私の手から買い物袋を奪っていく。


「じゃあ、僕は先に戻ります。監督生、これは先に持って行くからな。エースの分がないとアイツ騒ぐだろうから」
「えっ待ってデュース……わっ、あれ?」
「少し話せるか?」


オンボロ寮へ戻るデュースを追いかけようとしたら、トレイ先輩に手首を掴まれて引き止められた。以前逃げてしまったことに申し訳なさもあり、こくりと頷く。トレイ先輩は買い物しなくていいのかなと思ったが、そのまま近くのベンチへ移動した。促されて座る。手は掴まれたままで、今回は話が終わるまで放してくれないだろう。


「こうしてゆっくり話すのは久しぶりだな」
……この前は、逃げてすみません……
「はは、別に気にしてないよ。でもあれから全然顔を見なかったな。……最近は、ポムフィオーレ寮にずっと行ってるんだろ?」
「えっどうしてそれを」
「ルークに聞いた」


ああそうか、ポムフィオーレ寮でヴィル先輩にもらったメニューをこなしていることを、ルーク先輩は当然知っている。会ったときはいつも応援の言葉をかけてくれた。そりゃ伝わるに決まってるよな……と納得する。自分磨きと称して筋トレやストレッチに明け暮れていることもバレているのだろうか。なんだか少し恥ずかしい。居た堪れなくなってきたが、話を続ける先輩に耳を傾ける。


「ヴィルのところに通ってるのか」
「まぁ……そんな感じです」
「はは、少し……寂しいな。お前が一番懐いてたのは、俺だと思ってたよ」


そんな言い方、ずるい。私だって、先輩の一番近くにいるのは自分だと思ってたのに。でも、先輩が私のことを「自分に一番懐いている後輩」だと思ってくれていたのは嬉しかった。後輩としては一番だっただろうか?


「私だって、トレイ先輩が一番……の、先輩です」


危なかった。「一番好きです」と言ってしまうところだった。じわじわと顔が熱くなって、下を向いた。掴まれていない方の手を、膝の上でぎゅっと握った。トレイ先輩がこっちを見ているのが分かって、視線に耐えきれずそろそろと顔を上げる。目が合った。先輩が、眉を下げてふわりと笑う。


……綺麗になったな」


ぶわっとこれ以上ないくらい熱が上がった。今、顔が赤くないわけがない。前とは違う意味で逃げ出したくなった。彼氏を作るぞって意気込んでヴィル先輩のメニューをこなしてきたけれど、トレイ先輩に褒めてもらえた、この一言で全部が報われてしまった。


「あ、ありがとうございます……
「ケイトから、お前が最近彼氏を作ろうと意気込んでるって聞いたんだ」
……えっ?」
「ポムフィオーレ寮に通ってるのは、それが理由なのか?」
「えーっと……その……まぁ、そうですね。ヴィル先輩の指導を受けてます」
「は?……指導?」


きょとんとしたトレイ先輩に、こちらも首を傾げる。ルーク先輩からそこまでは伝わっていなかったらしい。「自分磨き……というか、自信をつけたくて。綺麗になれば彼氏出来るかなって思ったんです」と言えば、トレイ先輩は何やら考えるような顔つきになった。


「ヴィルのことが好きなわけではないって事だよな?」
「あ、当たり前です!恐れ多い……!全国のファンに消されちゃいますよ」
「ははは!まぁ、確かにな。うん、そうか」


「流石にヴィル相手じゃどうしようもないと思ったが……」と呟いたトレイ先輩に強く頷く。いくらヴィル先輩と同じ学校に通っているからとはいえ、そんな邪な気持ちで近づけばすぐ本人にもバレてしまうだろう。自分磨きをしたところで、全国から大人気のヴィル先輩をどうにかできるわけがない。


「そうですよ、流石に芸能人に彼氏になってくれなんて言えません」
「いや、そうじゃなくて……まぁいいか。それで、どうして急に彼氏を作る気になったんだ?」
「それは……えーっと……


貴方を諦めるためです……と馬鹿正直に言うわけにもいくまい。「私だってそういうこと、興味くらいあります!」と言えば「へぇ、そうだったのか」と先輩は笑った。そんなに子ども扱いしなくたっていいのに。先輩にとっては妹が懐いているようなものだったのかもしれないが、私はトレイ先輩が大好きだから毎日会いに行っていたのに。


「それで、上手くいってるのか?」
……全然ダメです。いつも『出かけませんか』って誘うと断られるんです」
「そうか。ところで、俺のことは誘ってくれないのか?」
「へっ!?」


信じられない気持ちでトレイ先輩を見る。冗談を言うときの、いじわるな笑みを浮かべているかと思ったのに、先輩の顔は優しい。あの電話の子はどうしたんだろうとか、今まで避けちゃったのにどうしてとか、いろんな疑問が浮かんでは消えていく。でも、目の前にぶら下がったおいしい餌に飛びつかないほど、私は忍耐力は強くなかった。


「誘ったら一緒に出かけてくれるんですか!?」
「もちろん」
「え、じゃあ、行きたいです……先輩、本当に?」
「本当だって、いつにする?」


わっと気分が舞い上がる。トレイ先輩が、一緒に出掛けてくれる!しかも、今の会話の流れはどう考えてもデートだ。本当に?嬉しい……


「えっと、じゃあ次の土曜はどうですか?」
「あー……その日は用事があるんだ。日曜でもいいか?」
「大丈夫です!」


辺りはすっかり暗くなっていたが、私の目の前は明るかった。トレイ先輩がデートをしてくれる!夢じゃないだろうか。
オンボロ寮まで送ってくれたトレイ先輩におやすみを告げて、浮かれた足取りで談話室へ向かう。ジャックとエペルはもう帰ったらしく、いなかった。もしかしたら、私と先輩が話している横を通っていったのかもしれないが、気がつかなかった。罰ゲームで買ったお菓子や飲み物はグリムに食べられてほとんど無くなっていたが、そんなこと全然気にならなかった。トレイ先輩とデートができる。もうそれで頭がいっぱいだった。


「エース、デュース、今度の休日って空いてる?」
「んー?たしか暇。デュースは?」
「僕も空いてる」
「じゃあ、一緒に街まで下りてくれない?トレイ先輩とデートすることになったから、服買いに行きたい!」
「え、まじ?やったじゃん」
「うん!」





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「これ、ヴィル先輩が見立ててくれた私に合う服」
「は?ありすぎじゃね!?これ全部買うわけ?」
「いやそんなにお金無いよ!お店を回ってあったやつ買う」


エースとデュースを誘った土曜日。私は賢者の島にある街へ行こうと思っていたのだけれど、エースに「どうせなら薔薇の王国行かね?下よりは店多いし。オレも街の案内できるしさ」と提案された。グリムも合わせて4人で鏡を通ってきたのだが、学園の外に出たのはアトランティカ記念博物館以来じゃないだろうか。わくわくと胸が躍る。せっかくだから、服を買うだけじゃなくて見たいものが沢山ある。トレイ先輩の実家のケーキ屋さんも行ってみたかったけれど、誰も店の名前を知らなかったので諦めた。いつかトレイ先輩が連れていってくれたら嬉しい。


午前中のうちに目的の服を買うことができた。モストロ•ラウンジでアルバイトをして良かった。エースにおすすめされたカフェに入って、みんなでハンバーガーを食べる。カフェのハンバーガーって、こんなに大きいんだ。バンズも表面が少しカリッとしていて美味しい。元の世界にあったチェーン店のハンバーガーとは全然違って感動してしまった。トレイ先輩とのデートが決まった日から、毎日がキラキラしていた。ご飯は美味しいし、勉強も楽しい。もう、デートの日に告白しようかな、とも考えていた。だって、先輩が「誘ってくれないのか?」なんて言ったのだ。これが脈無しだなんてあり得ないでしょと浮かれるのも仕方がないだろう。

だから、すっかり忘れていた。あの電話の人はなんだったのかちゃんと確認することを。今日の用事がなんだったのか聞くことを。
ちゃんとはっきりさせておくべきだったのだ。

お腹を満たした後、会計を済ませてお店から出た道の向こう側に、見慣れたアイビーグリーンがちらついた。色に惹かれて、目がそちらを追う。


「トレイ先輩?」


「は?」と、エースも私の視線を辿る。
トレイ先輩がいる。道の向こう側に。
隣を歩いているのは、あのマジカメに写っていた女の子だった。


頭が真っ白になった。
用事ってそれだったんだ。結局付き合い始めてたの?あれ、じゃあどうして、先輩は私と出かけると言ってくれたんだろう。
ああそっか。先輩と『後輩』が出かけるのなんて、普通か。でも、あの話の流れで言うのはずるくない?どういうこと?どうして?
次々と疑問が泡のように溢れてきて、さっきまでキラキラとふくらんでいた気持ちが、一気に萎んでいく。


「あー、監督生、大丈夫?」
……大丈夫じゃない……

「どうかしたのか?」
「オレ様、じぇらーとってやつが食べたいんだゾ!」
……うん、分かった。エース、お店分かる?」
「分かるけど……いいのかよ」
「いい」


くるりと、トレイ先輩たちに背を向ける。
浮かれすぎたな、と反省した。深呼吸する。私は別にトレイ先輩から好きだと言われたわけではない。先輩がどういうつもりか分からなかった。先輩にとっては女の子と休日に出かけるくらい普通なのかもしれないが、彼氏が出来ないって落ち込んでる人間に思わせぶりなことを言うのは狡すぎる。

スマホからマジカメを開く。先輩とのはじめての個人チャットが、こんな使い方になるなんて。
まだまっさらな画面に、私がたった今打った『やっぱり明日出かけるのは無かったことにしてください』というメッセージが、ぽんと出る。

本当は、今日は昼過ぎには帰って明日の準備をしようと思っていたのに。
学園に、帰りたくないなと思った。一人で考え事をしたくない。でも、私には他に帰れる家はない。






散々遊んで、学園に帰ってきた時にはもう暗くなっていた。戻ってくるのが外出届で申請していた時間より少し遅くなって、クルーウェル先生にこってり絞られた。エースとデュースは、「この後絶対リドル寮長にも叱られる……!」と青い顔をしている。4人でとぼとぼメインストリートを歩いていると、奥に腕を組んだトレイ先輩が立っているのが見えた。今は一番見たくない顔だ。ぎくりと足が止まったが、先輩はチラリと私を見た後、すぐにエースとデュースへ視線を移した。


「お前たち、リドルが怒ってるぞ。寮の外出届に申請された時間を過ぎてるって。何してたんだ?」
「すんません!」
「ふつーに遊んでたら誰も時計見てなかったんすよ。もうクルーウェル先生に充分叱られたんで、勘弁してくださいって」
「学校に申請した時間にも遅れたのか……それを聞いたら、リドルはさらに怒るだろうな……
「げっ。トレイ先輩なんとかしてくださいよ」
「おいおい、俺だってリドルと同じだぞ?遅いから心配してたんだ。諦めて説教されてこい」
「さいあく〜」
「おい、走るぞエース!これ以上遅れるわけにはいかない!」
「はぁ!?まじかよ……


ダッシュしたデュースの後を、エースがだるそうに追いかける。置いていかれてしまった。オンボロ寮に住む私には門限がなく、走る理由がない。走って行った2人から私に視線を戻したトレイ先輩と目が合って、ふいと顔を逸らす。


「あまり遅くなるのは感心しないな。心配するだろ」
……すみません。でも、うちは門限とかないんで大丈夫です」


つい、棘のある返事をしてしまう。先輩は、デートしてたわりに早いですね。そう言いたくなるのをなんとか我慢した。「はぁ」と小さく聞こえたため息に、びくりと肩を震わせる。トレイ先輩は困った時や呆れた時、小さく息をつく。呆れられてしまっただろうか。視線を落とすと、グリムが眠そうに私の足にしがみついていた。抱いて帰るには重いから、できれば起きていて欲しいんだけれど。


……チャット読んだよ。用事があるなら日を改めればいいだろ?どうして『無かったことに』したいんだ?」
「先輩、私が彼氏を欲しがってたの覚えてますか?……覚えてますよね、その時に『誘わないのか』って言ったんだから」
「覚えてるよ」
「彼氏が、出来たんです。だからトレイ先輩とは出かけられなくなりました」
「は?」


咄嗟に出た嘘だった。でも、一番断りやすい理由だと思った。トレイ先輩がどうして私の誘いに乗ってくれたのかは知らない。でも、キープにされるのはごめんだった。トレイ先輩はそんなことしないって思ってるけど、今日見た並んだ2人を思い出すと信じたい気持ちが揺らぐ。


……彼氏?」
「はい」
「この学園の生徒……なわけないよな。もしかして外の奴か?」
「そ、そうです!」


なぜこの学園の生徒ではないって断言するんだろう。私には絶対無理ってことか?確かにそうだったけど、マジカメを交換するまではいったんですよ!もうこれは、学園外に彼氏ができたと言い張るしかない。下手にこの学園の生徒だと嘘をつかなくて良かったかもしれない。誰だ?と聞かれても、挙げられる名前が無かった。まさか、エースやデュースと言うわけにもいかない。


「どんな奴だ?」
「せ、先輩には関係ないじゃないですか。彼女とどうぞお幸せに!」
「は?……何言ってるんだ?」
「今日、私たち薔薇の王国に行ってたんです。そこで、先輩を見ました」


驚いて目を見開くトレイ先輩をみて、少しだけやり返せた気分になる。反対方向へ歩いて行ったから、私たちがいた事なんて全く気がついていなかっただろう。そもそも、私が薔薇の王国にいる可能性なんて、微塵も考えていなかったに違いない。私は、先輩が子供時代を過ごして来た街並みを歩くことができて幸せだったのに。まさか、裏目に出るとは思わなかった。先輩が元カノと出かけていたことなんて知らないまま、次の日のんきにデートが出来た方が幸せだったのかもしれない。


「元カノさんとデートしてるの、見ました。だから……やっぱり彼女になったのかなって」
「いや、違うよ。あれはーー」
「いいんです!私にも関係ないんで!とにかく、明日は彼氏とデートするんで、先輩とは出かけません!おやすみなさい、では!」
「あ、おい!」


走って逃げようかと思ったが、絶対に追い付かれてしまう。バッグから今日買ったばかりの魔法道具を取り出す。一度だけ、念じた場所にワープできる魔法のキーホルダー。安いから、そんなに遠くへは行けないが、今は十分だ。エースたちと一緒に遊び半分で買ったけれど、もう出番が出るなんて。トレイ先輩に捕まる前に、グリムのリボンをがしっと掴んでスイッチを入れる。

次の瞬間には、もうオンボロ寮の談話室だった。







✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






「はぁ〜あ、何しよっかな」


本当だったらトレイ先輩と出かけていたはずの日曜日。
私は一人で賢者の島の街へ降りてきていた。『彼氏とデートする』と嘘をついた手前、学校をうろうろするわけにもいかない。着いてきたがったグリムには、美味しいお土産でなんとか手を打った。グリム連れでデートと主張するのも変だろう。
特にすることもないため、グリムへのお土産は早々に購入してしまった。そんなに広い街ではないし、一日中観光する場所なんてあるだろうか。

海沿いに降りて水平線をしばらく眺めたあと、海岸を歩きながらロイヤルソードアカデミーを見に行くことにした。もしかしたら、チェーニャさんに会えるかもしれないし。もし会えたら、一緒に遊んでくれないかな……なんてぼんやり足を進めていると、後ろからぽん、と肩を叩かれた。


「ね、こんなところで何してるの?」
「えっ……散歩、ですかね」
「えーそうなんだ、暇なら一緒に遊ばない?この辺来るのっていつもは男ばっかりなのに、久しぶりに可愛い子見つけてつい声かけちゃった」


振り向いた先にいたのは、2人の男性だった。大学生くらいに見えるが、賢者の島にあると聞いたことはないので、社会人かもしれない。清潔感のある普通の服装をした、優しそうな人たちだった。もしかしてこれは、ナンパというやつではないだろうか……!しかも、優しそうな人に声をかけられて気が緩む。怖そうな人じゃなくて良かった。この砂浜の中を走って逃げる自信はなかった。
というか、今この人なんて言った?「可愛い」?


「私、可愛いですか!?」
「うんうん、可愛いよ?」


学園では惨敗していたのに、こんなにあっさり声をかけてもらえるとは思わなかった。トレイ先輩の「綺麗になった」はお世辞だったのかもしれないが、他の人からも褒められると自信が出てくる。ヴィル先輩、ちゃんと効果が出ていました!本当に彼氏を作れるかもしれません……


「地元の子?」
「いえ、ちょっと遊びに来たんです」
「へ〜そうなんだ。こんな辺鄙なところよく来たね〜」


ナイトレイブンカレッジから来たとは言えないので、適当に嘘をついた。お兄さんたちと話しながら砂浜を歩く。ロイヤルソードアカデミーを見に行きたいと言えば、「じゃあ案内するよ」と笑ってくれた。学園外の人は、ハロウィンのせいで少し怖いイメージを持っていたが、この人たちは優しい。話していくうちに、マジカメを交換する。新しい出会いにわくわくしていた。


ロイヤルソードアカデミーに入ることは当然できなかったが、外観は眺めることができた。チェーニャさんには会えなさそうで少し残念だ。お兄さんたちに誘われて、近くのカフェに入る。テラスにはおじいさんやおばあさんがのんびりと座っていて、とても雰囲気が良かった。ご飯はお兄さんたちが奢ってくれた。カフェを出ると、今度はオススメの本屋や雑貨屋に案内してくれた。初対面なのにこんなに優しくしてくれて驚いた。

お兄さんたちの柔和な雰囲気が、ずっと崩れなかったから。ナンパってよくないイメージだったけど、別にそんなことないのかな……と油断していた。本当に、知らない人について行くのは良くない。お兄さんたちの雰囲気が変わったのは、お店が集まった広場を抜けて、少し狭い道に入った時だった。


「あの、こっちにはどんなお店があるんですか?」
「ゆっくり休めるところでも行こうかなと思って。歩き回って疲れたでしょ?」
「お気遣いはありがたいんですけど、私あと1時間くらいで帰らなきゃいけないので……あまり遠くへは」


時計を見ながら少し焦る。学園に申請した外出時間の終わりが近づいていた。ここから戻ることを考えると、そんなにゆっくりしている時間はない。お兄さんたちには申し訳ないが、さっきの広場へ戻らせてもらおう。「あの、私そろそろ……」と足を止めると、「まぁ待ってよ」と腕を掴まれてしまった。


「もうちょっとだけ、時間ちょうだい?」
「いや、帰りに間に合わないと困るんで……
「お願いだって、ん〜〜もう正直に言うか。あのさ、こいつの童貞貰ってやってくんない?」
……は?」
「ほらお前もお願いしとけって、せっかくこんな可愛い子で卒業できるチャンス逃すのかよ」


私の腕を掴んでいたお兄さんが、もう一人のお兄さんを肘でつつく。一瞬、何を言われているのか分からなかった。つつかれたお兄さんは、「お前バラすなよ……」と苦い顔をしている。その顔を見てへらへらと笑ったお兄さんは、今度は私を見て「いいじゃん、一回だけ!俺もサポートするからさ」と、腕を引いて行く。さっと血の気が引いた。最悪だ。なにが一回だけ!だ。自分の大事な初めてを、知らない人に捧げるのなんて絶対に嫌だ!トレイ先輩から逃げる時に、魔法のキーホルダーを使ってしまったことを後悔した。絶対、今使うべきだったのに。


「いやです、放してください。他の人で卒業してください、私は帰ります!」
「そんな悲しーこと言わないでよ〜。こいつが君のことタイプって言うからさ。あ、なんなら付き合ったら?それなら合法じゃん。こんな辺鄙なところに島外から一人で来るなんて、傷心旅行ってところでしょ?ちょうどいいね」
「放してってば!」


たしかに彼氏を作りたいとは思ったけれど、こんな強引なやり方最低だ。街を案内してくれて、ご飯もご馳走してくれて、良い人だなって思ったのに。余計なことを考えずに、グリムと一緒に来ればよかった。いや、そもそもトレイ先輩に嘘なんてつかなきゃよかった。元カノとデートしていたことなんて飲み込んで、今日一緒に出掛けていればよかったのに。どういうわけか、周りに人はいない。「誰か、いませんか!」と叫んでみたが、「無駄だよ〜」とお兄さんがのんびり答える。


「実は俺、ちょっとだけ魔法が使えるんだよね。君の声、他の人には聞こえないようにしちゃった。砂浜で魔法使って、ナイトレイブン生に喧嘩ふっかけたバカがいるって聞いたけど……もっと上手く使わなきゃね」


じわ、と涙が滲んでくる。悔しい。悔しい。お兄さんの言い草が、頭にくる。


「違う、みんな、魔法をそんなふうに使うために勉強してるわけじゃない!もっと綺麗で、楽しくて、人を助けたりするためにあるの!」
「ふーん、そうなんだー。もしかして君魔法使える?……わけないか、それならもう逃げてるもんね。はい到着」
「やだ!」


てっきり、それっぽいホテルにでも連れてこられたのかと思ったが、見た目が普通のアパートで混乱する。「あ、ホテル行くと思った?ここ、こいつのアパート」そう言われて尚更焦る。入ったら、絶対に逃してもらえない。我慢していた涙がポロポロと落ちて行く。いやだ。こわい。助けて。


「たすけて、トレイせんぱい」






「あぁ、ようやく見つけた」


返事がして、驚いて振り向くと同時に私を掴んでいた手が離れた。へな、と地面にへたり込む。お兄さんたちは、何かにつままれているかのように中に浮いていた。「なんだよくそっ」と悪態が聞こえる。「とりあえず海岸まで飛んでもらうか」と低い呟きが聞こえて、2人のお兄さんたちはあっという間に見えなくなった。一瞬の出来事に、呆然と辺りを見回す。さほど広くない道に、制服姿のトレイ先輩が立っていた。


「トレイ先輩……
「遅すぎたな、悪い。怖かったろ」
「どうして……こんなところにいるんですか……


先輩が、マジカルペンを胸ポケットに仕舞いながら近づいてきて、ふっとしゃがんで私の頭を撫でた。温かい優しい手にほっとする。安心して、涙が止まらない。幻覚じゃない。先輩が、ここにいる。


「チェーニャから連絡があったんだよ。学校近くのカフェに行ったら、お前がどう見てもナイトレイブン生じゃない奴と一緒にいるって。デートって言ってたのに相手が2人って聞いたから、少し変だなと思ってな」
「あのカフェにチェーニャさんいたんですか……?」
「また姿を消してたんだろう。怪しいとはいえ、確信もないのに邪魔出来ないだろ?本当にデートだったら……まぁ、申し訳ないしな。だから、魔法をかけておいてもらったんだ。お前がもし『助け』を求めたら、すぐその場所へ飛ぶように。多分、カバンの中にピアスが入ってるはずだ」


そう言われて確認すると、バックの外ポケットに矢印の形をしたピアスが入っている。全く気が付かなかった。あのお兄さんは私の声を聞こえないようにしたって言っていたけれど、チェーニャさんの魔法の方が強かった。当たり前だが。声はちゃんとトレイ先輩に聞こえている。
チェーニャさん、いたのなら声をかけてくれればよかったのに。でもまあ、知り合いが自分の知らない人とご飯を食べているところには混ざりづらい。チェーニャさんの場合は、単純に面白がった可能性はあるけれど。だって、そうじゃなきゃトレイ先輩に連絡なんてしないだろう。


「助けてくれてありがとうございました……
「お前が無事で良かったよ。助けが求められたと思ったら連れ込まれそうになってるし、流石に肝が冷えた」
「ごめんなさい……学校から来てくれたんですか?」
「いや……今日は午後から街に降りてきてたんだ」
「え、どうして……
「そりゃあ……その、お前のデート相手が気になってたから」


少し視線を逸らして呟いた先輩に、きょとんとする。そのためにわざわざ外出届を出して来たというのだろうか。


「朝のうちは、寮にいたんだが……。落ち着かなくて。会える保証もないのに下りて来た。まぁでも結果的にすぐ助けに来れたし、来ておいて良かったよ」
「どうして、私のデート相手なんか、気にしてるんですか」
……好きな子のことは、気になるに決まってるだろ」
「すきなこ……


言われた言葉を理解するのに数秒かかって、ようやく飲み込んだあとも混乱は解けなかった。「好きな子」って、どういうこと。可愛い後輩じゃなくて?トレイ先輩、彼女いるんじゃないの。


「さて、ちゃんとゆっくり話したいんだ。時間も危ないし、急いで帰ろう」





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クルーウェル先輩に帰宅を報告して、トレイ先輩に手を引かれながらメインストリートを歩く。
グリムに早くお土産を渡したいと言うと、「じゃあ……ちょっとお願いしてみるか」と、先輩は近くにいた鳥に声をかけた。オンボロ寮まで届けてくれると言うのでお土産を預ける。すごいすごい!と感動していると、「動物言語は日常で使うことが滅多にないから、実践は少し緊張するよ」と苦笑いしていた。

ハーツラビュル寮の廊下を通って、トレイ先輩の部屋に案内される。「ベッドに座ってくれ」と言われて、少し緊張しながら腰を下ろす。先輩の部屋は、どこか甘い匂いが漂っている。いれてくれたストロベリーティーに口をつけて、ほう、と息をついた。少し前まで、街にいたのが嘘みたいだ。隣にトレイ先輩が座って少しだけ重心が傾く。「それで、聞きたいことがいくつかあるんだが……」と言われて背筋が伸びた。


「結局『彼氏とデート』じゃなかったんだな?誰だったんだ、あれ」
「海岸で声をかけられて……
……
「道案内とかしてくれて、ご飯もご馳走してくれて」
……どうして1人でうろうろしてたんだ?」
「だって、先輩にデートって言ったのに、学園にいたら変じゃないですか」


「いや……うーん……」と頭を抱えてしまった先輩に、申し訳ない気分になる。ナンパなんて人生で初めてされたし、てっきり軽そうな雰囲気の人がしているものだと思っていた。人は見かけによらないという言葉は、こういう時にも使うんだなと反省した。学園の外だったから、魔法を使われる可能性を全く考えていなかったことも。今回はたまたまチェーニャさんが見つけてくれたから助かった。でも、私が知り合いじゃなかったら、ナイトレイブンカレッジの生徒じゃなかったら、どうなっていただろうと思うと背筋が凍る。


「チェーニャさんにもお礼しなきゃいけないですね……
「今度タルトを作っておくよ」
「え、いや私がお礼しないと……
「まぁそれは一旦置いておこう。お前が『彼氏ができた』って言った時、嘘だろうなと思ってたんだ。デートと言いつつ、当日はオンボロ寮にこもってるんだろうなって」
「ええ……バレバレだったんですか……


そうか。まぁ、本当にとってつけたような嘘だったし、先輩からしたら疑うほどでもない事だったのだろう。飲み終えた紅茶のカップを持て余していると、「おかわりいるか?」と聞かれる。首をふれば、トレイ先輩はスッと私の手からカップを取り上げて勉強机の上に置いた。こういう気遣いがサラッとできるところが好きだ。


「話をしたくて、今朝オンボロ寮に行ってみたらグリムはいるのにお前はいないって言うし、隠れてるわけでもない。本当に学外に彼氏が出来たのか?って、少し動揺した」
「ここじゃ彼氏が出来なかったんで、外って言うしかなくて」
「ああ、まぁ……俺が邪魔してたからな」
「えっ!?」


驚いてトレイ先輩の顔を見上げると、眉を寄せて少しいじわるな顔をする。


「無理して彼氏を作ろうとしてたみたいだったから、絶対後悔するだろうなと思ったんだ。……というのは建前で、お前を他の奴にやるわけないだろ」
「先輩、自分は元カノとデートしてたくせに、私の邪魔するなんてひどくないですか!?というか、どうやって」
「別に、ちょっとケイトに手伝ってもらっただけだよ。お陰でしばらくあいつのハリネズミの世話当番を請け負うことになったけどな。それから、お前は全然信じてなかったみたいだけど、本当に元カノとは何でもない」
「先輩はなんともないと思ってたかもしれないですけど、元カノさんは絶対より戻す気満々でしたよアレ!私が電話出たとき機嫌悪かったし、マジカメに牽制写真投稿するし……!『より戻そうよ』とか言われたんじゃないですか!?」
……
「言われたんですね?」
……断ったよ」
「いつですか?」
「昨日……


「呼ばれて薔薇の王国へ行った帰りに言われた」と先輩は気まずそうに答えた。私は「ほら言わんこっちゃない!!」と両手で顔を覆ってベッドに倒れ込んだ。ほら見ろ。第六感を舐めちゃいけない。絶対、元カノさんはトレイ先輩に気があると思った。だから尚更、トレイ先輩が受け入れているなら、私の入る隙はないと思ったのだ。


「共通の友達の誕生日パーティーがしたいって言われて、ケーキについて相談されてたんだ」
「他にも友達いますよね。その中で元カノさんがわざわざトレイ先輩に連絡してくるなんて、より戻す気満々じゃないですか!」
「薄々そうかもしれないって思ったんだが……相談されるとどうもな。ケーキについては俺が一番詳しいことは分かってたし、断りにくくて」
「優しさに漬け込まれている……
「さらに言うと、お前が嫉妬してくれたのが嬉しくて」
「はっ!?」


「電話を取ったあと、1週間も俺から逃げるくらい動揺してたろ?」と先輩が笑う。恥ずかしくなって、もぞもぞと布団に顔を埋める。私の考えてることなんて、全部お見通しということか。固まって動けないでいると、そっと頭を撫でられた。


「でも、流石に全く顔を見なくなるとは思わなかった。エースに連れてくるよう言ってみたはいいが、本当に来てくれるか不安でその日はずっとそのことばかり考えてたよ。そうしたら、砂糖の数は間違えるし、お前を怒らせてしまうし、挙げ句の果てにあのタイミングでまた電話が来るし……上手くいかないもんだな」
「心が狭くてごめんなさい」
「はは、いや、俺が調子に乗りすぎたんだ。今までずっと、俺しか見てなかったはずなのに……離れて行かれたのはかなり身にこたえた」
「えぇ、とてもそんな風には見えませんでしたけど……。全然音沙汰なかったし、私から連絡しなかったら、それまでなんだって何度思ったことか」
「ポムフィオーレに通ってるって聞いたから、声をかけにくかったんだよ。ヴィル相手じゃ流石に厳しいだろ」


はぁ、と先輩もベッドに倒れ込んで、「今まで散々、お菓子や料理でお前のこと引き止めてたのに……。ヴィルの所へ行ってるなら、『食べに来い』とも言えないしな」と呟いた。私ってお菓子で釣れてると思われていたのか。お菓子が無くたって、先輩に会えるならいくらでも駆けつけるのに。
そう伝えると、トレイ先輩はごろんとこちらを向いて私を抱きしめた。「先輩大好きです」と伝えれば、抱きしめる腕の力はもっと強くなった。


「俺も、好きだよ」
「よかった……


寝転んだまま抱き合うのは変な感じだ。もぞもぞとトレイ先輩の胸から顔を出して、じっと見つめるとおでこにちゅっと優しくキスを落としてくれた。嬉しいけど、そこじゃないでしょという気持ちを込めて、挟まっていた腕を引っこ抜いて、先輩の眼鏡を取り上げる。そのまま、首をぐっと伸ばして口先を掠めるようなキスをした。


「あっ失敗した」
「ははは!……もう一回、顔上げてくれるか?」


今度は先輩が少し首を傾げて、想像していたより少しだけかたくて柔らかい唇が触れ合った。何度も何度もちゅっと触れては離れる。好奇心で、先輩の唇の先に向かってちろっと舌先を当てる。ふっと笑った先輩は、ぐるりと回転して私の上を陣取った。さっきまで私を包み込んでいた腕が、今度は檻のように横を塞いでいる。


「これ以上をお求めですか?お嬢さん」
……今日みたいなことが、またあったら嫌なので……。もう、先に……貰って欲しいなって、思ったんです……けど」
……はぁー……。それは、ずるいだろ……


ぽすん、と先輩が私の上に落ちて来た。「明日は学校だし、その気はなかったんだがな……」と呟いている。後の事を何も考えていなかった自分が、恥ずかしくなってしまった。「確かに、授業に支障が出たらまずいですね……あはは」と誤魔化したが、トレイ先輩は恨めしそうに私を睨んでくる。そのまま近づいてきて、首にちう、と吸い付かれた。思ったより強くて、びっくりして「いたっ!?」と声が出てしまう。「ああ、悪い」なんて、全然そんな風に思っていない顔でこちらをニヤリと見た先輩は、「次の金曜の夜、空けておいてくれよ」と笑った。


「き、金曜……
「平日はちょっと不安だからな。でも早い方がいいんだろ?」
「別に!1ヶ月後でも1年後でもいいですけど!?」
「はは、それは勘弁してくれ……。いいか?俺が心配してるのは明日の“お前の授業”だ。俺は別に今すぐでも構わないよ」
……金曜日でおねがいします」


もう一度先輩に笑われたのが悔しくて、お返しにほっぺを引っ張ってやった。「へぇ」と口の端を上げた先輩は「まぁ、最後までしなければ大丈夫か」と私を抱き上げてベッドの端から真ん中へと移動する。


「え?先輩?」
「味見だよ」


「この服、よく似合ってるよ。ヴィルのアドバイスか?」と言いながら、するすると大きな手が滑り込んでくる。「先輩、金曜日じゃないんですか!?」とその手を掴むが、勢いは止められない。「明日から防犯ブザーを持ち歩いてくれよ?魔法かけておくから」と言われて、本当に心配してくれているのが分かって、先輩も可愛いところがるなぁなんて思った。手の動きは全然可愛くないけど!



やり返すとさらに倍になって返ってくる。

下着がぷちっと外れる音を聞きながら、もう先輩には反撃しない……と心に固く誓ったのだった。