botanin5
2024-11-14 00:30:54
30185文字
Public トレ監♀(小説)
 

たった1日。されど1日。

先輩に誕生日を言い出せなくてもだもだするお話
🐬→監要素あり(notシリアス)
※監は特に設定なし


誕生日。
それは、1年に一度だけ訪れる、自分が主役になれる1日。

毎年、ケーキを食べてプレゼントを貰うという決まった流れはある。しかし、“誕生日”というだけでその日の全ての出来事が私のために起こった気がしてくる。
誕生日が晴天だったら、それは太陽が私を祝福しているから。誕生日に雨が降ったら、それは雲が私の成長を泣くほど喜んでいるのだ。

たった1日。されど1日。
ここまで生きてきた喜びを世界中がお祝いしてくれる。それが誕生日なのだ。

今年は、1人ぼっちだけれど。



この世界には、いつも全力で誕生日のお祝いをしてくれた両親はいない。いつも日付が変わると同時に「おめでとー!」とメッセージをくれていた友達もいない。
この世界へ来てから立て続けに色んなことが起こっていたし、グリムもエースもデュースもいたから寂しいなんて思う暇すらなかった。でも、いざ誕生日が近づいてきたことを自覚すると元の世界の色んな出来事を思い出してしまった。ここへきて初めてのホームシックだ。
友人たちは優しいし大好きだけれど、家族みたいに気安く甘えることは難しい。


せめて、恋人がいたらなぁ。

ふっと頭に浮かぶのは、ハーツラビュルの赤い装飾に映える緑色の髪。
ふるふると頭を振って無謀な願望を外へ追い出す。

私はトレイ•クローバー先輩のことが好きだ。
とっても優しくて、面倒見がよくて、美味しいケーキを作れて、冗談を言うお茶目なところもあって……意外と、筋肉がついていてかっこいい。

本当だったら私なんか相手にされないような存在だ。ところが、エースやデュースと仲が良いこともあってか、後輩の1人としてとても可愛がってもらっている。役得、というやつかもしれない。
ここが男子校であることも幸運の1つだ。もし共学だったら、トレイ先輩にはとっくに可愛い彼女が出来ていたに違いない。以前会話の流れでそれとなく確認したが、今は恋人がいないらしい。過去は知らないけれど。



トレイ先輩、誕生日を一緒に過ごしてくれないかな。

たった1日。されど1日。
誕生日は1年に一度しかやってこない。
それに、来年はトレイ先輩は4年生になり、研修で学校に来る機会も減ってほとんど会えなくなってしまう。

チャンスは今年しかない……
運が良いのか悪いのか今年の私の誕生日は平日だ。授業があるおかげで、朝から晩までオンボロ寮にこもって寂しい1日を過ごさなくていい。いや、事情を話せばグリムもオンボロ寮のゴーストたちも盛大にお祝いをしてくれるだろう。それも、楽しい誕生パーティーになりそうだ。

(でも、トレイ先輩に「おめでとう」って言われたい……気もする)

あわよくば、放課後に少しだけデートとか、したい。
彼女ですらないけれど、誕生日のわがままだ。誕生日くらい……と思いつつ、以前読んだ本に出てきた女の子のセリフを思い出す。


『誕生日はね、周りの人に“ありがとう”を言う日なの。ここまで無事に生きることができたのは、みんなのおかげだから』


『誕生日だから』を理由にすると図々しい気がしてきた。でも、自分へのプレゼントも欲しい。
それとなく、ただ遊びたくて……と言って、放課後に少しだけ、ほんの少しだけでも一緒に街へ降りてくれないだろうか。

聞いてみるだけなら、バチは当たらないだろう。






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「あー……悪い。その日の放課後は『なんでもない日』のパーティがあるんだ」


撃沈した。
誕生日を1週間後に控えた昼休み。緊張で暴れる心臓を押さえながら食堂を出るトレイ先輩を捕まえて、「今度の放課後、2人で街へ遊びに行きませんか、行ってみたいケーキ屋さんがあって」と散々考えた誘い文句をぶつけてみた。グリムのいない、“2人で”のお出かけがしたいと強調して。

だというのに、まさか、『なんでもない日』のパーティーと日にちが被ってしまうなんて。私と同じ日に生まれたハーツラビュル寮生はいなかったらしい。タイミングが悪すぎる。私はハーツラビュルの寮生ではないから、『なんでもない日』のパーティー開催とは無関係だ。これは仕方がない。それに、ケーキやタルトが必須の催しなのに、トレイ先輩が他の事を優先するとは思えない。


「そうですか……。パーティー頑張ってください。えっと……他の人と行くので、気にしないでください!」
「おいおい、そんな寂しいことを言うなよ。次の日の放課後なら空いてるんだが……その日じゃないとダメなのか?」
「あー……っと、いや、別に……
「その日はハーツラビュル寮へ遊びに来て、『なんでもない日』のパーティーに参加したらどうだ?次の日、一緒に街へ行くぞ?」
「うーんと……


曖昧に笑うことしかできない。
トレイ先輩が、改めて一緒に行く日を提案してくれるなんて驚いた。その申し出は全然悪くないし、むしろ一緒にいられる時間が増えて良いくらいだ。以前、リドル先輩が「誕生日でないなら、『なんでもない日』のパーティーに参加しても構わないよ」と言ってくれた。そもそも当日が誕生日である人間は参加できない催しだ。黙っていれば分からないことではあるが……自分の誕生日なのに『なんでもない日』のパーティーに参加するのは、切ない。みんなにとっては『なんでもない日』なのかもしれないが、私にとっては1年に一度だけの『誕生日』なのだ。


「ええと、グリムはパーティーに行きたがるかもしれないので、聞いておきますね。私は遠慮しておきます」
……他の誰かと街へ行くのか?」
「あ、いや……あーっ!そうだそうだ、その日は元々、街に用事があったんです!ケーキ屋さんはついでというか……。用事にトレイ先輩を付き合わせるのは申し訳ないですし、その日は1人で用事を済ませておきます!だから、その……次の日に一緒にケーキ屋さんへ行きましょう」


白々しい感じになってしまった。トレイ先輩はあまり納得していない顔をしている。でも、パーティーがあると分かっているのに『私の誕生日なので、一緒に街へ降りてデートしてください』とはとても言えない。異世界から来た私が、街に一体何の用事があるというのか。そんなものは全くない。でも、とにかく『誕生日である』ことは伝えずに『なんでもない日』のパーティーに『どうしても参加できない』という理由を作りたかった。


「まぁ、そういうことなら……分かった。じゃあ、次の日にケーキを食べに街へ行こう。2人で、な」
……はい!楽しみにしてます!」


2人で出かける約束を取り付けることができたのは、大変喜ばしい。トレイ先輩とデートだ。グリムになんと言って留守番してもらうか考えなくてはならない。
本当は、誕生日に行きたかったけれど、仕方がない。潔く諦めよう。たとえ次の日でも、出かけられること自体が奇跡なのだ。

街へ出かける時間を一緒に決め終わると、授業の時間が近づいていたのでトレイ先輩と分かれた。
誕生日当日の放課後は、街へ出て次の日のデートに着る服でも買いに行こう。自分への誕生日プレゼントということにしよう。今年は、家族からのプレゼントも友達からのプレゼントもない。グリムやゴーストにプレゼントを要求するわけにもいかない。
こんなに寂しい誕生日は、初めてかもしれない。








何も考える気分にならならくて、ぼんやりとしたまま午後の授業を終えた。放課後、課題をするためグリムと共に図書館へ向かっていると、正面からアズール先輩がやってくるのが見えた。私を見とめると、にや、と何か企んだような顔をする。今日はモストロ•ラウンジでのアルバイトは入っていないはずだし、アズール先輩に何か借りを作った記憶もない。気のせいかもしれないと思い直して「アズール先輩こんにちはさようなら」と一息で伝えて横を通り過ぎようとする。しかし、意外と長い足がにゅっと出てきて簡単に道を塞がれてしまった。先輩はにこにこと営業用の笑みをたたえている。


……私、今日はシフト入ってないと思いますけど……
「いえいえ、そんな話ではありませんよ」
「なんなんだ?オレ様たち、アズールとは何も契約しねーんだからな!!」
「グリムさん、そんなに冷たい事を仰らなくても……と言いたいところですが、違いますよ。……監督生さん、1週間後はあなたの誕生日でしょう?」
……へっ?」
「誕生日?子分の?」


放たれた言葉が一瞬飲み込めなくて固まってしまう。どうしてアズール先輩が私の誕生日を知っているのだろう。グリムはキョトンとした顔で私を見上げている。特に隠してきたわけではないが、話題に上がったことがないので誰かに話した覚えはない。私が不思議そうな顔をしている理由に思い当たったのか、アズール先輩は「モストロ•ラウンジのポイントカードを作る申し込み用紙に、生年月日欄があったでしょう」と言った。なるほど、それは確かに書いた覚えがある。


「申込者全員のプロフィールを覚えてるんですか?」
「ええまぁ。そういった情報はこちらの使い方次第で活用し放題ですから」
「すごいですね……私なんて授業の単語を覚えるのでいっぱいいっぱいですよ」
「丸暗記しなくても、必要なときだけ確認して覚えておけば十分です。それで、本題なんですが……今度から誕生日専用の特別メニューを作ろうと思っていまして。この学校では生徒の誕生日をそれはそれは大切に盛大に祝う風習がありますし、豪華なお食事コースを利用してくださる方も多いのでは、と。もちろん、自寮でパーティーを開きたいという方がほとんどでしょうし、宅配が主になるでしょう。当日は飾りつけやプレゼントの用意に手間をとられますし、少しでも料理の品数を楽に増やせるとあれば、調理当番は両手をあげて喜んでくださると思いませんか?」
「まぁ、たしかに」
「そこで、実施する前に監督生さんにモニターをお願いしたいと思いまして……。メニューは全て試作品なので代金は頂きません。その代わり、宅配や料理について改善すべき点があれば率直な感想をいただきたいんです。誕生日である本人に参加の意志を聞くのもどうかとは思ったんですが、オンボロ寮にはグリムさんの他にゴーストしかいませんし……


なるほど、そういうことか。アズール先輩は私に営業をかけに来たわけだ。確かに、誕生日専用の衣装があるくらいこの学校では生徒の誕生日を大切にしている。先輩のよく回る口をぼーっと眺めながら、どうしようかなぁと考える。料理を届けてもらえるのはとってもありがたい。自分でパーティー用のご飯やケーキを作ったりするのは虚しいと思っていたところだ。グリムとゴーストを誘ってモストロ•ラウンジへ出かけてみても楽しい気がするが、宅配のモニターならば寮で料理を受け取った方が良いのだろう。ゴーストたちも楽しんでくれるに違いない。まぁ、まだ誰にも誕生日のことを伝えていないから、全て想像だ。


「パーティー……ほど大規模なことはできないんですけど、ぜひお願いしたいです。自分でケーキを作るのは虚しいなぁと思っていたので」
「それはよかった」
「グリム、いいかな?」
「オレ様は美味い飯が食えれば何でもいいんだゾ!」
「じゃあ、グリムと二人分をお願いします。ゴーストたちはご飯を食べられないので……


料理を作らなくていいのなら、放課後に服を買いに行く時間を長く取ることが出来る。アズール先輩には他に目的があるとはいえ、誰かに祝ってもらえるならばわざわざ断る理由もない。にこにこと笑顔で返事をした私を見て、先輩は少し訝しげな顔をした。


「いつも一緒にいるお二人は誘わないんですか?」
「あ、いや、その……私の誕生日のことは誰も知らなくて。多分、学園長も知らないと思うので、誕生日の衣装も用意が無いですし……。それに、当日はハーツラビュル寮で『なんでもない日』のパーティーがあるので、二人は呼べないんです。放課後からパーティーが始まるなら、終わるのも遅いと思うので」
「あっ……そういやオレ様、さっきお前がいない時にエースから『なんでもない日』のパーティーに来るか聞かれて、行くって言っちまった」
「えっ、そうなんだ……どうする?」
「うーん……
「あの頭のおかしいパーティーか……ああいえ、なんでもありません。では、他の同級生を誘ってみては?ジャックさんとか」
「あー……ジャックだけ誘ったことを後でエースとデュースが知ったら拗ねそうなので……いっそ誰も誘わない方が丸く収まるんじゃないかなぁと」


特にエースは「言ってくれてもよくね?」なんて口を尖らせそうだ。私とグリムの二人で宅配のご飯を食べるだけなら、後でばれても「ふーん」で済むだろう。わさわざ「誕生日でね、」なんて言う必要はない。


……まぁ、こちらとしてはひと通りのメニューを試すことができれば人数にこだわりはありませんし、いいでしょう」
「ありがとうございます!グリムは結局どうする?」
「うーん……。『なんでもない日』のパーティーよりも、誕生日メニューの方がいろんなものが食えそうだから……オレ様はオンボロ寮にいるんだゾ。祝ってやるから喜べ子分!」
「はいはいありがと。誕生日に豪華なタダ飯にありつけるなんて、ラッキーだね」
「その物言い……シフトが被りすぎてラギーさんに似てきたのでは?……試作品を作る時間と宅配準備の時間を計測したいので、当日はラウンジの閉店後に作業することになるんですが……。その日はすこし早めに店を閉めようと思っているので、そうですね……夕食には少し遅いですが、配達は19時でもよろしいですか?」
「大丈夫です」
「やったー!美味い飯が食えるんだゾ!」


「では、そういうことで」と廊下を過ぎていったアズール先輩を見送る。ふんふんと機嫌よく鼻を鳴らすグリムに、「エースに『なんでもない日』のパーティー行けなくなったって伝えていい?」と確認してから、マジカメの個人チャットに『今度の『なんでもない日』のパーティー、私とグリムは用事があるからキャンセルで』と打ち込む。エースからはすぐに『おっけー』と返信が来た。変に追求されなかったことにホッとする。下手な嘘は積み重ねない方がいい。ボロが出たら面倒だ。



「さっきも話してたけど、誕生日パーティーのことはみんなに内緒ね。アズール先輩たちの専用メニューもまだ試作段階だし。もし誰かにバレたら、グリムの分のご飯が取られちゃうかも」
「それはやべーな……。子分こそ、絶対誰にも言わねーようにするんだゾ」
「大丈夫大丈夫」


グリムの食い意地を刺激して、口外しないようにこっそりと釘を刺しておく。うっかり誕生日メニューの話をされたら……エースとデュースにバレるのは、まだ良い。たとえ拗ねられたとしても、後でどうにでもなる。気をつけなくてはならないのは、二人からトレイ先輩に話が伝わってしまうことだ。一度「一緒に街へ行きたい」と誘いをかけてしまったので、もしその日が私の誕生日とバレたら先輩は色んな事を察してしまうだろう。それだけは避けたい。

せめて当日が終わるまでは誰にもバレないようにしなくては。






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いよいよ誕生日がやって来た。

0時にメッセージが来ることはないと分かっていたので、昨日の夜は早めに就寝した。眠ってしまえば何も考えなくて済む。朝起きて、誰からもメッセージが来ていないマジカメを確認する。なんだか、心にぽっかり穴が空いた気持ちになった。分かりきっていることなのに、寂しい気持ちをコントロールすることができない。

もぞもぞと布団から身体を起こす。続いて目を擦りながらもぞもぞと起き上がったグリムが「ん……はっ!!子分の誕生日!」と一番にお祝いの言葉をくれた。嬉しくて、少し泣きそうになってしまった。「ありがとう〜〜!!」とグリムに抱きついて頬ずりしていると、それを聞いたらしいゴーストたちが「なんだって!?」「誕生日なのかい!?」「どうして早く言わないんだ、急いでお祝いの準備をしなくっちゃ!!」と言って壁をすり抜けて次々に集まってくる。


「あぁ、談話室を飾り付けてこなくっちゃ!バースデーソングを歌うから、お前さんゆっくり着替えておいで。いいかい、ゆっくり着替えるんだよ」
「ふふふ、ありがとうゴーストさんたち!でも、そんなの気にしなくていいんだよ?」
「何言ってるのさ!誕生日は年に一回だけの一大イベントじゃないか!」
「そうそう!さぁみんな、急いで談話室に行くぞ〜〜!」


「おー!」と元気よく腕を突き上げて、ゴーストたちはグリムを連れて談話室へと向かっていった。みんな温かい反応をしてくれる。ゴーストたちならきっと祝ってくれるだろうと思っていたけれど、想像以上に嬉しい気持ちになった。誕生日ということが、バレてよかった。



言われた通りゆっくりと着替えてから談話室へ行くと、カーテンや壁にさまざまな装飾品が飾り付けられていた。よく見ると、空き部屋に押し込められていたハロウィンや新年の飾りだ。季節感がバラバラで不思議な空間になっていたことがおかしくて、つい思いっきり笑ってしまった。ゴーストたちも「盆と正月が一度に来ているみたいだ」と楽しそうだった。

夜のパーティーはどうしようかと言い始めたゴーストたちに、モストロ•ラウンジから配達があることを説明し、この飾りつけをしてくれたことがプレゼントだから物は必要ないと伝える。写真をたくさん撮ってから、朝ごはんは手早く済ませて学校へ向かった。グリムに「誕生日のことは内緒だからね」と再び釘を刺すことも忘れない。



教室に入ってエースやデュースに会うと、「おめでとう」という言葉が欲しくなる。つい『実は今日、誕生日で……』と言いいそうになったが、なんとか我慢した。ここでバレると、トレイ先輩になんと思われるか。グリムも何も言わずいつも通りに過ごしてくれた。




ようやく時間が過ぎていった放課後。
そろそろ街へ向かおうと廊下を歩いていると、アズール先輩とジェイド先輩に遭遇した。二人はにこやかに対峙しているが、なにやらただならぬ空気を纏っている。心なしか背後から濁ったオーラが出ている気がするので、関わらない方がいいだろう。グリムと一緒に廊下ぎりぎりの端をそろりそろりとすり抜けていると、二人の会話に「誕生日」というキーワードが出てきたのが耳に入った。

まさに今日が誕生日である自分の話をしているのかもしれない。『聞いてはいけない話かも』と不安になって、足を早めようとしたところで「おや、監督生さん。どちらへ?」とジェイド先輩に声をかけられてしまった。名前を呼ばれなかったグリムは「オレ様はオンボロ寮へ先に帰ってるからな!」と駆けて行ってしまった。置いていくなんてひどい。逃げ足の速い奴め。

アズール先輩を見かけると『何かふっかけられるかも』と不安になるが、ジェイド先輩が一緒にいるからまだ安心だ。ジェイド先輩はアズール先輩オーバーブロッド事件の後も何かと話す機会が多くて、オクタヴィネル寮生の中では一番話しやすい。何を考えているかは全く分からないが、何も起こらなければ穏やかな人だなと思う。“面白いこと”があった時は、少し怖い笑みを浮かべるけれど。

グリムを追いかけることは諦めて先輩たちの方へ向き直ると、ジェイド先輩がこちらへ近づいて来た。いつもと同じ人好きのする微笑みを浮かべている。ちらっとアズール先輩に視線を写すと、ジェイド先輩を見てはぁ、とため息をついたところだった。どうかしたのだろうか。


「監督生さん、少しお話しがあるのですが」
「えっ、私このあと街に用事がありまして……
「お時間は取らせません。……お誕生日と伺いましたが、本当ですか?」
「あ、はい。……あれ?アズール先輩が知っていたから、ジェイド先輩も知っているものだと思ってました」
「いえ、恥ずかしながら存じ上げませんでした」
「一応個人情報ですから。必要な時に必要な情報しか公開しませんよ」


アズール先輩、個人情報の扱いとか気にするんだ。人の弱みはあんなに集めていたくせに、意外である。
しかし、誕生日の話題でなぜ先程のような濁ったオーラを纏うことになるのだろうか。モニターというのが嘘で、何か違うことが裏で動いているのではないかと不安になってしまった。


「あの……アズール先輩、今日の宅配で何かあったんですか?」
「いえいえ、問題ありませんよ。監督生さんはただオンボロ寮で待っていてくだされば結構です」
「でもさっき、すごく険悪な感じだったから……何か問題でも起こったのかと」
……アズールが、監督生さんの誕生日を秘密にしていたので、問いただしていました」
「え?」
「はぁ……今日は宅配サービスの予行なんです。今後の予定に無い過剰な演出をする羽目になるのは御免だ」


発言の意味がよく分からなくて首を傾げる。どうして、ジェイド先輩に誕生日だと伝わると演出が過剰になるのだろうか。もしかしてジェイド先輩って、他人の誕生日をお祝いするのが大好きだったりするのか?ジェイド先輩を見上げて目が合うと、先輩はにこ、と笑顔を向けてくれた。優しい笑顔の方だ。

ラウンジ側で何か揉めているだけなら、私はそんなに関係ないだろう。そろそろ学校を出ないと服を選ぶ時間が減ってしまう。「じゃあ、私はこれで……」とお暇しようとしたところで、アズール先輩が「そうだ」と何か思いついた顔をした。


「ジェイド。お前、宅配の時間まで監督生さんと一緒に居たらいいんじゃないですか?」
「えっ!?いや、私これから街へ買い物に行くんですけど」
「丁度いいじゃないですか。荷物持ちには最適ですよ。ジェイドもその方がいいんじゃないですか?」
「しかし……僕も監督生さんのために豪華な料理をお作りしたいんですが」
「だから、予定外の事をされたくないんだよ。お前、検討中のメニューに沿って作る気がないだろう」
「それはもちろん。盛大にお祝いしなくてはならないので」
「それが困ると言っているんだ。ごほん……とにかく、今回はジェイドがいなくても平気です。フロイドの調子も良かったし。監督生さんと一緒にモニターとして料理を受け取ってください」


ジェイド先輩は「ふむ」と何か考えていたようだが、「分かりました。買い物に出た方が楽しそうです」と納得したようだった。いや、私の意見は!?ついて来て良いですよなんて一言も言っていない。ジェイド先輩の返事を聞いたアズール先輩は、「ではそういう事で。時間は予定通り19時でお願いします」と言って立ち去ってしまった。


「では、行きましょうか。監督生さん」
「えっ!?え、あの、私、グリムと一緒に買い物へ行こうと思っていたんですけど」
「しかし……グリムさんはオンボロ寮へ戻ってしまいましたし、今から呼びに行っていたら時間がかかりますよ。何を購入する予定なんですか?」
……服です。自分用に」
「では、選ぶのに時間がかかるのではないですか?客観的な意見が欲しくなることもあるでしょうし」


たしかに、それはそうだ。グリムよりはジェイド先輩の方が服のセンスが良さそうだし、頑なに断るほどの申し出ではない。「分かりました。よろしくお願いします、ジェイド先輩」というと、先輩はいつも通りに優しい笑みを浮かべる。出会ったばかりの頃は、笑顔の裏が読めなくて怖いと思っていた。でも、キノコや山登りへの情熱を見ると、自分の“楽しい”に正直な、純粋な人なのかもしれないと思ったりする。付随する行動は大胆で怖いこともあるけれど。





「外出届を提出してきます」とジェイド先輩が職員室へ向かってしまったので、正門で待つために一足先にメインストリートまで来た。のんびりと歩きながら、なんだかんだ買い物がひとりぼっちじゃなくて良かったなぁと思い直す。誕生日に1人で自分のためにプレゼントを買う。まぁ、それも悪くないのだけれど、誰かと一緒に過ごせた方が楽しい。


天気が良くてよかったなぁと、空を見上げながらゆっくりとメインストリートを進む。左手に見える購買部へ行くための階段を通り過ぎたところで、後ろから「監督生?」と声がかかった。振り向くと、階段を上がってくるトレイ先輩がいる。今日、会えるとは思っていなかった。誕生日のうちに顔を見れて良かったと心が温かくなる。先輩のところへ軽い足取りで駆け寄る。少しでも長くお話しできたら嬉しい。


「こんにちは!トレイ先輩」
「今から街へ行くのか。あれ、グリムはどうしたんだ?」
「グリムは……えっと、聞きたいラジオがあるとかで、オンボロ寮へ帰ってしまって。トレイ先輩はこんな所でどうしたんですか?今日は『なんでもない日』のパーティーですよね」
「実は、購買部に今日の分の卵を頼んでいたんだが、業者が間違えて食堂の方へ配達したらしくて。足りなくなったから取りに行くところなんだ」
「えっ大変……そういうこともあるんですね」
「はは、困ったもんだよな」


「お待たせしました、監督生さん」


トレイ先輩の困った笑顔を噛み締めていた私に向かって声がかかる。そうだ、正門でジェイド先輩を待っているはずだったのに。メインストリートの奥から歩いてきたジェイド先輩に向かって「全然待ってないですよ!」と伝える。ジェイド先輩は、私の横にいるトレイ先輩にちら、と視線を送ってから「何をお話されていたんですか?」とにこにこした笑みを浮かべる。


「今日の『なんでもない日』のパーティーの話です」
「あぁ……なるほどそれで……
……どうしてジェイドがここに?」
「今から監督生さんと街へ行くんです」
……へぇ。聞いていた話と違うな」
「あ、ジェイド先輩にはさっき会って……
「デートをしてきます」
「え!?」


ジェイド先輩が突拍子もない事を言い出した。いやいや、デートじゃないですよね!?変な冗談を言わないでほしい。トレイ先輩に勘違いされるのが嫌で、「違います!買い物を手伝ってくれるって言うから……!」と焦って訂正する。


「用事って買い物だったのか。それなら、明日俺と出かける時でもいいんじゃないか?」
「あの、でも、今日欲しくて」
「トレイさんは『なんでもない日』の準備でお忙しそうですし、監督生さんのことは僕にお任せください」
…………


綺麗な笑顔を浮かべるジェイド先輩を、トレイ先輩が真顔で見つめている。固まってしまった空気にどうしたらいいのか分からなくて、交互に2人を見上げるが何も言ってくれない。困っていると、購買部がある道の方から「トレイせんぱーい!」とエースの声が聞こえて来た。勢いよく階段を駆け上がってきて、はぁ、はぁ、と息を切らしている。


「トレイ先輩、オレが卵を取りに行くんで、ちょっと、キッチン行って欲しいんすけど…………なにこの空気」


近寄ってきて一気に話し出したエースだったが、私たち三人ともが黙り込んでいたため訝しげな顔をする。エースに「何かあったの?」と聞くと、「あー……オーブンから煙が出て来てて……でもまだトレイ先輩に言われた時間が経ってないんだよね。開けていいのか分かんないから呼びに来た」と言う。


「トレイさん、何やらハプニングが起こっているようですし、キッチンに戻られては?」
……エース、温度設定を間違えたんじゃないか?」
「いや、ボタン押したのオレじゃねーし。とりあえず来てくださいって」
「ほら、火事になっては大変ですよ。リドルさんも怒るでしょうし……
……ジェイド」


少し不快そうに眉を上げるトレイ先輩に驚いた。エースも空気を感じ取っていて、「え?なんかあった?」と私に耳打ちする。でも、私にも分からなくて首を傾げるしかない。少しの間を置いてから、トレイ先輩が「はぁ、」とため息をついて「今から行くよ。じゃあエース、卵は頼んだぞ」と声をかける。エースは「はーい。じゃ、行ってきます」と軽く返事をして学校へ向かって走っていった。

そろそろ私たちも街へ行かないと、せっかくの買い物の時間がなくなってしまう。「あの、そろそろ」と声をかけると、ジェイド先輩が「そうですね、行きましょうか」と私の肩に手を置いて正門へ促す。少し振り向いて「トレイ先輩、また明日」と挨拶すると、後ろから左手をすいっと取られた。


軽く引っ張られた流れのままに振り返ると、トレイ先輩が私の左手の甲に口づけを落とした。


ふに、と柔らかいものが当たる。
“薔薇の騎士”と楽しそうに呼ぶルーク先輩の顔が、一瞬浮かんで溶けていった。
驚いて固まっていると、トレイ先輩はちゅ、と音を立てて触れていた唇を離してから私の視線を捉える。
心臓を鷲掴みにされた気分だ。自分の顔だけじゃなくて、耳まで熱い。指の先はさらに熱い。
どうして手にキスされたのか分からない。こちらを見るトレイ先輩と、まだ掴まれたままの左手を交互に見る。一体何が起こった?
混乱していると、ふっとジェイド先輩の手が私の肩から離れていった。


……トレイさん?」
「虫除けだよ。……街で絡まれないようにな」
「わ、手の甲にクローバーのマークが付いた」
「そのマークが付いている間は、『条件』を満たした存在はお前に触れることができない。買い物には影響がないだろうから安心してくれ。日付が変われば魔法は解ける」
「えっと、『条件』ですか?」
……そうだな、お前に何かしようと考えてる奴……ってところだ。もし街で喧嘩を売られても、誰もお前に触ることが出来ないから安心していい」
「へ〜〜すごい……。ありがとうございます!」
「おやおや、随分用心深いんですね。僕が付いているので、ご心配には及びませんが」
「ははは……“念のため”だから気にするな。監督生、気をつけて行ってこいよ」
「はい!」


トレイ先輩がいつものように笑ってくれてホッとする。ぎゅっと自分の左手を握って、笑顔で挨拶した。手の甲に突然キスをされるなんて、本の中でしか見たことがない。まだドキドキが収まらない。トレイ先輩が心配してくれてすごく嬉しい。誕生日だから、神様がいっぱいプレゼントをくれたのかもしれない。こんなことが起こるなんて思わなかった。どうしよう、口が緩んでニヤニヤするのを抑えるのが難しい。


煙が出ているというオーブンを確認するために、トレイ先輩はキッチンへと戻って行った。その背中を見送って、ジェイド先輩と一緒に正門へ向かう。麓の街まで徒歩で行くと少し時間がかかるため、馬車の貸し出しを申請していた。買い物をする予定だし、荷物も乗せることができる。ジェイド先輩と一緒に後ろへ乗り込んで馬に行きたい場所を告げると、ガタガタと揺れながら馬車が出発した。久しぶりの街が楽しみだ。今日は少し奮発して、明日トレイ先輩に可愛いって言ってもらえるような服を選びたい。
わくわくしながら窓の外を眺めていると、隣に座るジェイド先輩に「監督生さん、」と声をかけられた。


「ハーツラビュル寮の方々に、誕生日である事を伝えていないんですね」
「あー……今日は『なんでもない日』のパーティーって聞いてたので、気を使わせるかなぁと思って言いませんでした」
「トレイさんにケーキを作ってもらわなくてよかったんですか?」
「えっ…………え、いや、どうしてトレイ先輩が私のためにケーキを作るんですか、寮が違うのに」
「以前から監督生さんは、トレイさんに好意を寄せているようでしたので。ケーキをお願いしたりするのかと」
…………えっ!?」


今、ジェイド先輩はなんと言った!?私がトレイ先輩の事を好きだということがバレている。上手く誤魔化すことが出来なかった。「いや、そんな……ことは……あはは……」と、まるで『その通りです』と言わんばかりの反応をしてしまった。どうして私はいつもこうなんだろう。恥ずかしい。落ち着こうと一度外を見た。左手に付けてもらったクローバーマークを、右手でさすりながらジェイド先輩をもう一度見ると、にこにこ笑っている。これは、“面白い”ものを見つけた時の顔だ。


……ジェイド先輩、私で遊んでますか?」
「ふふ、監督生さんがあまりに分かりやすいもので。貴女がトレイさんのことを目で追っていることは知っていたんですが……先ほどのトレイさんは意外でした。一瞬、お付き合いしているのかと思ったくらいです」
「えっ付き合ってないです!そもそも告白すら出来てないし……
「そうですか。……そうですね。交際していたら、誕生日を祝わないということはないでしょうし」


それはそうだろう。もし、私がトレイ先輩と付き合えていたら、彼女だったら、間違いなく「実はこの日が誕生日で」と伝えている。
さっき、付き合っているように思える出来事なんてあっただろうかと思い返す。手の甲にキスされたのは、本当に、死ぬほどびっくりしたが、これはトレイ先輩が私を心配してつけてくれただけだし……。あんな、王子様みたいな魔法があるなんて知らなかった。もしかしたら妹や弟が安全に過ごせるように、よくかけているかもしれない。


「あ。もしかして、明日一緒に出かけるって話でそう思ったんですか?」
「いえ…………ええ、まぁ。」
「本当は、今日誘ったんです。でも、『なんでもない日』のパーティーがあるって言われちゃって。……誕生日って言ったら、先輩が困っちゃうかなぁと思って内緒にしてたんです」
「なるほど」
「エースたちに言ったらトレイ先輩にも伝わっちゃうし、もういっそ皆に内緒にしておくしかなくて。だから、実はアズール先輩がモニターを頼んでくれて嬉しかったんです。やっぱり、誰かが自分の誕生日を知ってるって嬉しいですね」


私がそう言って笑うと、ジェイド先輩もにこっと笑った。ジェイド先輩とフロイド先輩の誕生日は2人分だから、普通の人の倍楽しいのかもしれない。


「ふふ、アズールから貴女の誕生日を聞き出せて良かったです。今日のところは僕にアドバンテージがあるようですね」
「え?なにか賭けでもしてるんですか?」
「いえ、こちらの話です。……おや、そろそろ街に近づいてきたようですね。街中に馬車を乗り入れるのは目立ちますし、この辺りから降りて歩いて向かいましょうか」
「あ、そうですね」


馬に帰りの時間を伝えて街へと向かう。
男子校であるNRCとRSAがあるせいか、賢者の島の街中にある洋服のお店はメンズが圧倒的に多い。可愛い服を探すのは中々大変だ。しかし、誕生日なのにネットで買い物を済ませるのは味気ないと思っていた。誕生日くらい直接お店に行って、色々な服をためして楽しみたい。
初めに入ったお店は年配の婦人服がたくさん置いてあるところだった。高級そうだし、まだまだ私には着こなせないものばかりだ。まぁ見るだけならタダだと、ぐるりと店内を一周してから次の店へ向かう。今度は自分の年代に合ったお店だ。他に来ているお客さんも、年が近い女の子に見える。たくさん試着したいなぁと色々眺めていると、ジェイド先輩が「これなんかどうですか?」と可愛らしいレースのスカートを取り出してくれた。たしかに可愛い。


「ところで、誕生日にどうして服を?」
「えーっと、自分への誕生日プレゼントっていうのは建前で……実は、明日のトレイ先輩と出かける時に着る服を探したくて」
「そういうことでしたか」
「ジェイド先輩ってトレイ先輩の私服を見たことありますか?」
「いえ、ありませんね」
「ですよね」


そういえば、勝手に明日は私服で出かける事を想定しているけれど、トレイ先輩にまだその事を伝えていなかった。スマホを取り出して『明日のお出かけ、私服で行きたいんですけどいいですか?』とメッセージを入れる。忙しいだろうし、すぐに返事は来ないだろう。画面を閉じて服の物色に戻る。ジェイド先輩は次々と「これも良いと思いますよ」と服を持ってきてくれた。


「ジェイド先輩どうしたんですか?すごくやる気ですね」
「ええ。コーディネートさせていただけますか?どうせでしたら、明日だけでなく今日の夜にも着れる服を買いましょう」
「でも、そんなにたくさん買えるほどのお金は……
「今夜の服の支払いは僕が持つのでお気になさらず。プレゼントとして受け取ってください」
「えっ!?いえ、そういう訳には……え、先輩!?」


「誕生日ですし贅沢に過ごしてみては?」と笑うジェイド先輩は楽しそうだ。本当に良いのだろうか。何着か服を渡されてフィッティングルームへ入る。3着あったスカートの全てがマーメイドスカートだった。ジェイド先輩……人魚だからこういう服を勧めてきたのだろうか?お洒落で可愛いけれど、これってスタイルが良くないと着こなせないんじゃないだろうか。

恐る恐る履いてみる。1着目は腰から膝までの生地がぴったりと身体に密着する形になっていて、しゃがんでみたらお腹が少し苦しかった。膝から下の生地はひらひらとレースになっていて、斜めに下まで伸びている。とてもかっこいい。でも、なんだかお尻がぱつっと張っていて恥ずかしい。こんなに身体の形が分かる服で人前に出る勇気はちょっとない。
2着目は腰からお尻付近まではきゅっと締まっているが、その下はふわりとゆるく広がっている。先ほどの“これぞマーメイドスカート”といったデザインよりは着やすい。最後の3着目も2着目と同じ形をしていた。このどちらかにしようかな。人に選んでもらうというのも新鮮で面白い。自分一人で来ていたら、絶対に選ばない形だ。色は淡いライトブルーと藤色の二色だった。どちらもとても綺麗な色だ。少し迷って、せっかくだからとカーテンを開けてジェイド先輩に声をかける。


「色に迷ってるんですけど、どっちがいいと思いますか?」
「そうですね。ライトブルーがおすすめです」
「うーん、なるほど……じゃあ、そうしようかな」


もう一度着てみる。誰かにおすすめされると、言われた方がよく見えてしまうから不思議だ。
フィッティングルームから出ると、私の手にあったライトブルーのマーメイドスカートとトップスを受け取ったジェイド先輩は「会計してきます」と笑みを浮かべて奥へ向かって行った。戻って来た先輩は「せっかくなのでラッピングしてもらいました。夕食の際にお渡ししますね」と紙袋を提げている。中身が分かっているのに、少しワクワクしてしまう。やっぱり、誕生日プレゼントをもらえるのはうれしい。

最後にもう一店だけ、とお願いして、ワンピースを探しに来た。明日トレイ先輩と出かけるための服だ。ジェイド先輩は「どちらも僕が支払いを持ちますよ」と言ってくれたのだが、流石にそんなにたくさんは貰えない。

いくつか見繕ったワンピースを並べて悩む。ケーキを食べるのだから、お腹が締め付けられる服は避けたい。それに、どうせならトレイ先輩の好みの服を選びたいところだ。……聞いておけばよかった。でも、そんなことを聞いたら「あなたに気に入られたいです」と言ってるようなものだろうか。

散々悩んだ結果、モスグリーンのシャーリングワンピースにした。少しでも絞られていた方が、細く見えたりしないかなと期待して。私服でトレイ先輩に会うのは初めてだ。変に思われないと良いけれど……。緊張と不安と期待に頭をぐるぐるさせながら会計を済ませてお店を出ると、時間は18時を過ぎる頃になっていた。料理が届くのは19時だ。

ジェイド先輩が「急ぎましょう」と私の肩を寄せようとした瞬間、触れそうになった手はふわっと離れた。磁石が反発しているみたいな不自然な動きに首を傾げる。先輩は「あぁ、忘れていました」とこともなげに笑っている。どうして手が離れたんだろう。まるで、私に触れることができないみたいだ。
そういえば……と、トレイ先輩にかけられた魔法の内容をよくよく思い出す。


『そのマークが付いている間は、『条件』を満たした存在はお前に触れることができない。……そうだな、お前に何かしようと考えてる奴……ってところだ』


じり、とジェイド先輩から少し離れる。
先輩は、『条件』を満たしているから私に触れることが出来ないということか。


「あの、ジェイド先輩。私に何かするつもりですか?」
……いえ、とんでもない。手を上げようなどと、物騒なことは考えていませんよ」
「じゃあ、どうして……
「トレイさん、『何かしようと考えている』なんてぼかした表現をしていましたが……どうやら下心も含まれているみたいです」
「んん?」
「僕は貴女に下心を持っているので、触れることができません」
「え、あの……それは、どういった……?」


いやいや、そんなまさか。あのジェイド先輩が?
でも、他に用事もないのに麓の街までついて来てくれて、私のために服を選んで買ってくれた。ただの後輩に、そこまでするものだろうか。オクタヴィネル寮の副寮長までもをこなす男が、気まぐれで施しをするとも思えない。


「ジェイド先輩、私のこと好きなんですか?」


勘違いだったらとんでもない発言だ。でも、何か聞いて逆鱗に触れたとしても、先輩は私に接触することが出来ないのだから、大丈夫だろう。ジェイド先輩は、にっこりと笑っている。その笑顔の真意が読めなくて、買ったばかりの服が入った紙袋をぎゅっと抱きしめる。


「そうですね……好ましいとは思っています」


ジェイド先輩が微笑みながら薄く開いた視線に捕まってしまって、足が動かない。ふわ、と自分の頬が赤くなるのを感じた。誰かにそんな事を言われたのは、人生で初めてだ。どうしよう。


「でもあの、私はトレイ先輩のことが好きで」
「はい、そうですね。存じ上げています」
「ですよね!……だから、その」
「あぁ、別に『返事をしなくては』などと考えなくても結構です」
「え?」
「簡単に手に入るというのもつまらないですし……僕は今の状況を楽しんでいますので」


ぽかん、とジェイド先輩を見る。先輩はとても楽しそうに笑っている。
どういうことだろうか。よく分からない。とりあえず、返事をしなくてもいいということならば、その言葉に甘えて思考を放棄したい。私はトレイ先輩のことが好き。それ以外の事まで考える余裕なんてない。
「おや、もう18時半になってしまいますよ。急ぎましょう」というジェイド先輩に頷いて、馬車に向かって走る。
本当に、何を考えているのか分からない人だ。





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「遅いんだゾ!もうすぐ料理が届いちまうじゃねーか!」


グリムにごめんごめんと謝って談話室の中に入ると、朝よりさらに沢山の装飾品が飾り付けられていた。ハロウィンと新年だけでなく、クリスマスにイースターなど、とにかくあるもの全てを出しました!といった状態だ。一緒に部屋に入ったジェイド先輩も「これはすごいですね」と笑っている。
ジェイド先輩とどう接したらいいのか、まだ掴めない。帰りの馬車はお互いずっと無言だった。降りる際に「ふふ、すっかり警戒されてしまいましたね」と言われて「当たり前です!」と強めに返した。平常心でいられる方がおかしい。


「ではこれを。誕生日おめでとうございます、監督生さん。せっかくですので、着替えては?」
「あ、わっ……ありがとうございます」


ジェイド先輩に、先ほど街で買った服を渡される。藤色の水玉模様の袋に紫のリボンが結ばれていて、『Happy Birthday』と書かれたカードが付いていた。自室に戻って袋を開ける。グリムやゴーストの前に着飾って出るのはなんだか気恥ずかしい。家族の前で自分だけ張り切っている気分だ。でも、皆あれだけたくさんの飾り付けをしてくれたのだから、こっちだって全力で祝われないと失礼だろう。
白いシャツを着て、ライトブルーのマーメイドスカートを履く。うん。少しテンションが上がって来た。やっぱり、可愛いものを身につけるのは楽しい。
シャラン、と軽い音がしたので袋をベッドの上でひっくり返すと、中から小さい袋に入ったイヤリングが出てきた。シルバーの細かいチェーンが何本か下がっていて、その先に水色の雫が一つずつ付いている。雨が降っているようで可愛い。これはもしかして、ジェイド先輩が服に合わせて買ってくれたのだろうか。鏡を見ながら耳に取り付けると、シャランという綺麗な音が近くで聞こえてきて楽しい。


全て身につけて談話室へ戻ると、みんな「いいじゃないか!」「似合っているよ」と褒めてくれた。恥ずかしいけれど、とても嬉しい。ジェイド先輩に「イヤリング、ありがとうございます」とお礼を言うと「気に入っていただけたようで、なによりです」と笑った。

19時になるとドンドンとオンボロ寮の玄関が激しく叩かれて、「小エビちゃーん!」と呼ぶフロイド先輩の声がした。急いでドアを開けると、アズール先輩と共にラギー先輩も一緒にいた。今日はシフトが入っていたらしい。


「小エビちゃん珍しーかっこしてんね」
「あっ!……変ですか?」
「別に〜いいんじゃね?」


すたすたと横をすり抜けて先輩たちは談話室へと料理を運んでいってくれる。サラダやチキン、グラタンにパスタまである。そして特大のケーキだ。とても2人分とは思えない量の料理が運ばれて来て、目を白黒させるしかない。


「あ、アズール先輩!料理多くないですか!?こんなに食べきれないです!」
「あぁ、心配しないでください。フロイドとラギーさんもここで一緒に食べると言うので……僕とジェイドの分も含めて6人分です」
「なんだ、びっくりした……
「バイト仲間である監督生くんの誕生日を、祝わない訳にはいかないっスからね〜」
「ラギー先輩はタダ飯食べたいだけでしょ」
「当たり前じゃないっスか」


予定よりも随分と賑やかになった誕生日パーティー。朝、誰からもメッセージが来ないスマホを見たときの、心にぽっかり空いた穴はほとんど塞がっていた。グリムから「ほら、プレゼント。大事に食うんだゾ」と渡されたツナ缶に感激しながら、みんなで食べたご飯はすごく美味しかった。エースとデュースに黙っていたこと。トレイ先輩に内緒にしたこと。それが少しチクチクと胸を後ろから刺してきたけれど、今だけは忘れて全力でパーティーを楽しんだ。




「ふむ……特に問題はなさそうですね」
「はい。ご飯とっても美味しかったです」
「ではこのまま企画を進めていきましょう。宣伝用のポスターと……できれば全生徒の誕生日も把握しておきたいですね。近い日になったらマジカメで寮の責任者に声をかけてーー」


仕事モードに入ったアズール先輩から離れてソファを見ると、グリムがお腹を膨らませてすっかり眠ってしまっていた。幸せそうなほっぺをつついてぼーっと眺めていると、ジェイド先輩がそっと近づいてきて「運びましょうか?」と声をかけてくれた。グリムは案外重いので助かる。「お願いします」と立ち上がって、自室まで案内する。ジェイド先輩と部屋で二人きりになるのは少し危険な気がするが、今はトレイ先輩の魔法がついているから平気だ。ベッドにぽす、と置かれたグリムに布団をかけてから談話室に戻る。

すると、ソファにぐでんと横たわっていたフロイド先輩から「小エビちゃん写真使うねー」と声がかかった。よく考えず反射的に「はーい」と返事をして、コップを片付けるためにキッチンへと向かう。ご飯の食器はモストロ•ラウンジ側で回収してくれるらしいので、軽く流してからまとめて箱に戻しておいた。ラギー先輩が、「フォークもここでいいっスか?」と持ってきてくれる。お礼を言って受け取り、スポンジを持ってくしゅくしゅと泡立てていると、ラギー先輩がスマホを取り出して「お、フロイドくんもう投稿してる」と呟いた。

投稿?

引っかかるキーワードに、先ほどのフロイド先輩から言われた言葉が合体する。

『写真使う』って、もしかしてーー!


「ラギー先輩、ちょっと見せてください!投稿って!?」
「え?さっきのパーティーの写真っスよ。フロイドくんが写真いっぱい撮ってたでしょ。ほら」
「あ、あ……!誕生日って、ばれちゃう!」
「は?」


写真にはパーティーの様子が大体収まっていた。飾りつけられた談話室に、ご馳走を頬張るグリム。クラッカーを鳴らされている私の様子や、『Happy Birthday』と書かれたケーキ。ジェイド先輩やアズール先輩、ラギー先輩もしっかり写っている。
これじゃ、私の誕生日って誰が見ても分かる。
投稿文には、『今日の小エビちゃん、人魚みたい』と書かれていた。マーメイドスカートのことだろう。
泡だらけな手のまま談話室に駆け込んで「フロイド先輩!」と声をかけると、ソファに深く座った先輩が「なに〜?」と画面を見たまま返事をする。その隣には、ジェイド先輩がいた。こちらを見て私と目が合うと、にこっと綺麗な顔で、楽しそうに笑った。

わざとだ!!


さっと自分の血の気が引いていくのが分かる。
どうしよう、と頭が真っ白になった瞬間、テーブルに置いていた私のスマホが音を鳴らした。すぐに取ろうと思ったが、自分の手が泡だらけなことに気がついた。焦って動きを止めた瞬間に、横から伸びてきたジェイド先輩の手がスマホをすっと奪い取っていった。


「もしもし。……おや、エースくんこんばんは。監督生さんですか?今は少し手が塞がっていまして」
「ちょっとジェイド先輩!手を洗ってくるので、余計なこと言わないでくださいね!」


急いでキッチンへ戻ると、ラギー先輩が代わりにコップとフォークを洗ってくれていた。お礼を言って、手早く泡を流す。


「何をそんなに焦ってるんスか?」
「さっきの投稿で、みんなに誕生日ってバレちゃったんです」
「は?別に良くないっスか、バレても」
「ダメだったんですー!」


タオルで手を拭きながら談話室へと戻ると、ラギー先輩も首を傾げながらついてきた。通話を続けているジェイド先輩からスマホを奪い取る。「余計なこと言ってないですよね!?」と確認したら「大丈夫ですよ」と笑顔を返された。全く信用できない顔だ。早く何か言わなくてはならない。エース、怒ってるのかな。急いでスマホを耳にくっつける。


「もしもし、エー……
……監督生か?』
「ひっ、……え、あ……え?……トレイ、せんぱ」
『今話せるか?』
「あれ……?エースは……?」
『電話をかけたのは俺だよ。ジェイドのやつ……。エースたちはまだ『なんでもない日』のパーティーの片付けをしているから、スマホを見てないと思うぞ。俺は、お前から届いてたメッセージに返信しようとして開いてたんだ』
「そ、そうですか」


想定していたエースの拗ねた声ではなく、低い、トレイ先輩の声が耳に入ってきて驚いた。心臓を吐くかと思った。ジェイド先輩は、『おや、エースくん』だなんて平然と嘘をついたのだ。恐ろしい。
トレイ先輩から電話がかかって来たという事実にも混乱していた。今までずっとやりとりはマジカメのチャットだったから。とりあえず、話をしやすいように談話室を出て廊下の隅でしゃがみ込む。落ち着け、落ち着かなくてはならない。


「あの、えっと……ご用件は……
……お前、今日が誕生日だったのか?』
「あー……。はい、そうです」
『どうして言わなかったんだ?』
「その、『なんでもない日』のパーティーだって聞いたので……誰にも言わない方が気を使わせないかなぁって……思いまして……
……


あぁ、居た堪れない。今すぐ電話を切って逃げ出してしまいたい。やはり先に言っておけばよかった。薄情だと思われただろうか。


『エースやデュースにすら言ってない誕生日を、どうしてジェイドたちは知ってるんだ?』
「モストロ•ラウンジのポイントカードを作る時に書きました」
『そういうことか……
「あの、アズール先輩が誕生日専用のメニューを試したいって言って、私はモニターとして依頼を受けただけで、これは個人的なお祝いパーティーとはちょっと違っていて」
『モニター……


言い訳の言葉が次々と出てくる。トレイ先輩を怒らせたくない。こんなことで怒る人ではないと分かっているけれど、心地よい『先輩と後輩』という関係を拗らせたくなかった。


「あの、黙っていてごめんなさい。まさか、こんなにすぐ電話をくれるほど気にかけてくれていると思わなくて」
……別に怒ってないさ。むしろ……俺が悪かった。ケーキを食べに行きたいって誘ってくれたのは、本当はこれが理由だったんだろう?』
「えっ……と、はい」
『たしかに明日じゃ駄目だ。ごめんな』
「あの、気にしないでください」
『気にするよ』


次第に鼓動が高鳴っていく。トレイ先輩が、私のことをこんなに大切な後輩として思ってくれているとは考えてもみなかった。嬉しい。私が誕生日に先輩を誘っていたことに気づいたから、すぐ電話をくれたのだろう。本当に優しい。もう、電話をもらえただけで幸せでいっぱいになっていた。後でエースとデュースに怒られたって平気だ。


「トレイ先輩が電話をくれて嬉しかったです。寮が違うのに、いち後輩である私までこんなに気遣ってもらえて……。あ、そういえば放課後につけてくれたクローバーの魔法もありがとうございました。お陰で無事に買い物も終えられました」
……
「先輩?」
『あのなぁ……。いや、……ジェイドに代わってもらえるか?』
「ジェイド先輩に……?分かりました」


談話室へ戻ってジェイド先輩に声をかける。「先輩、騙すなんて酷いです」と頬を膨らませると「ふふ、貴女の驚く顔が見たくて」と笑われてしまった。スマホを渡すと、ジェイド先輩は先ほどの私のように廊下へと出ていった。部屋の中をぐるりと見回すと、ゴーストとラギー先輩がもうほとんどの飾りを片付けてくれていた。お礼を言って急いで手伝う。アズール先輩とフロイド先輩はソファに腰を落ち着けてすっかり話し込んでいる。企画の詳細を詰めているところらしかった。

ガチャ、と廊下に繋がるドアが開いてジェイド先輩が戻ってきた。もう通話の切れている電話を渡されて少し寂しい気持ちになる。会話の中でトレイ先輩から『おめでとう』とは言ってもらえなかった。いやいや、どんどん贅沢になっていないか?私。電話をもらえただけでよかったじゃないか。それに、明日はトレイ先輩と一緒にケーキを食べに行くことができる。……あれ、約束、無しになってないよね?
先ほどの電話でトレイ先輩は『たしかに、明日じゃ駄目だ』と言っていた。もし、「ちゃんと当日に祝いたいから、来年な」と言われてしまったらどうしよう。せっかく明日着ていくための服も買ったのに。いやいや、でもまだ「明日はやめにしよう」とは言われていないし……。あぁ、今すぐ確認したい。ジェイド先輩、切る前に電話を代わってくれても良かったのに。

スマホの画面を眺めていると、ジェイド先輩は片付けを終えたアズール先輩たちに何やら耳打ちをしている。すると、先輩たちは「では僕たちはそろそろ寮へ戻ります」と立ち上がった。もう料理が入っていないことで揺れても平気なのか、食器が入った箱たちはふよふよと魔法で浮いている。そんなに急がなくてもいいだろうに。すたすたと廊下に出た先輩たちを見送るために、ゴーストと一緒に玄関までついて行く。


「実際に運用するときは、食器ではなく使い捨て可能な皿にしましょう」
「先輩方、今日はありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそ貴重なご意見をいただきありがとうございます。とても参考になりました」
「ジェイド先輩も、プレゼントとか色々、ありがとうございました」
「ふふ、喜んでいただけて良かったです。……あぁ、その服はまだ脱がないでくださいね」
「え?」
「どうせなので、誕生日の間は着飾って過ごしては?あと3時間ほどですし」
……そうですね。今日くらい夜更かししようかな……
「では」


最後までよく分からない人だ。プレゼントを沢山くれたかと思えば、電話のことで嘘をついたりして……本当に私のことを好きなのだろうか?揶揄われただけなのかもしれない。先輩たちはすっかり暗くなった道を歩いていく。その背中が見えなくなるまで見送って、ドアの施錠を確認して談話室に戻った。


とりあえず、夜も更けてきたのでお風呂を済ませる。明日もいつも通り学校だ。少し迷ったけれど、この数時間しか着ていないし……と、もう一度マーメイドスカートを履き直す。時間いっぱいまで楽しもうじゃないか。
ふと思いついてキッチンの冷凍庫を見に行く。先日少し奮発して買った大きなアイスクリームが残っていた。スプーンで削ってお皿に1人分取り出す。誕生日だから、グリムも許してくれるだろう。

アイスクリームに舌鼓を打っていると、今度こそエースから電話がかかって来た。ビデオ通話だ。


「もしも……
『お前さぁーーー!!なんっで言わねーの!?』
「うわ、うるさ……ごめんって。グリムもう寝てるから静かに……
『明日になってしまうけど、僕たちにもちゃんとお祝いさせてくれ』
「あ、デュースもいた。そんなに気にしなくていいのに」
『オレらだって誕生日くらい祝うっての。寮長だって、お前の誕生日なら納得してくれたと思うけど。……まぁいいや、今日中には言えるし。とりあえず、誕生日おめでと』
『おめでとう、監督生』
……ありがとう、二人とも」


嬉しい。やっぱり言っておけば良かった。みんな、ちゃんとお祝いしてくれるって分かってたのに。みんなとも一緒にケーキを食べたかった。じわじわと涙が出てきてしまって、ごしごしと目元を擦る。


『あれー?監督生、泣いちゃった?』
「うるさい泣いてない」
『明日、クローバー先輩が誕生日パーティーをしたいって皆に言っていたから、放課後は空けておいてくれ』
……え、明日?」


明日は、トレイ先輩と二人で街へケーキを食べに行く約束をしていたはずだ。先輩だって、そのことを分かっているはずなのに。先ほどの電話で『明日じゃ駄目だ』と言われたのは、『明日二人でケーキを食べに行くのは無し』という意味だったのだろうか。パーティーを開いてくれるのは嬉しい。改めて、みんなにお祝いされるのは本当に嬉しい。でも、トレイ先輩と二人でデートがしたかったのに。ケーキ屋さんなんて、本当はどこでもいいのだ。トレイ先輩と二人だけの時間がほしい。
ショックで考えがまとまらないでいると、エースが『あ、そろそろ切るわ』と言い出した。


「え、切っちゃうの?」
『なんだよ監督生。寂しくなっちゃった?』
……なってませんサヨウナラ」
『冗談だって!もうそろそろ着くかなーと思ってさ』
「つく?」


コンコン


突然、玄関からドアノッカーの音が響く。


「え、誰か来た。こんな時間に」
『お。じゃあ切るわ』
「待って待って切らないで!怖いって!」
『大丈夫だから玄関行けよ。じゃーな』
「待ってってば!……え、本当に切られた!」


静かになった部屋に、もう一度“コンコン”と音が響く。誰だろう。エースは誰か分かっているみたいだった。なら、出ても平気だろうか……。もしかしたら、ジェイド先輩
かアズール先輩が忘れ物を取りに来たのかもしれないし。
恐る恐る玄関に近づく。

磨りガラス越しに見えたのは、緑色の髪だった。


「えっ、トレイ先輩!?」
「おっと。……開けてくれて良かった。日付が変わるんじゃないかと焦ったよ」
「どうして……
「ケーキ。簡単なもので悪いけど、急いで焼いてきたんだ。中に入れてくれるか?」
……もちろんです!!」


足早に談話室に案内して、キッチンへコップと食器を取りに行く。なんだか身体が軽い。トレイ先輩が、直接お祝いに来てくれた!
急いで部屋に戻ると、先輩がテーブルの上にケーキを取り出してくれているところだった。わくわくしながら隣に座る。アップルケーキ。まだ温かいから、本当に急いで焼いてきてくれたのだろう。今日は『なんでもない日』のパーティーがあって大変だったはずなのに。時計を見ると、時間は23時半を指していた。まだ、私の誕生日だ。


「先輩、わざわざありがとうございます……!」
「どうしても直接祝いたかったんだ。こんな時間に悪かったな」
「いえ、びっくりしたけど嬉しいです」
……ジェイドに行くことを伝えておいたんだが、聞いてないのか?」
「え、言われてないです」
……はぁ」


トレイ先輩は眉を寄せて何か考えている様子だったが、「まぁ、邪魔されないならいいか」と呟いた。「たくさん食べてたみたいだけど、まだ食べられるか?」と聞かれて「先輩のケーキは別腹です!」と元気よく答える。むしろ、もうお腹が空いているくらいだ。嬉しい。切り分けられたケーキがお皿に乗るのを待っていると、トレイ先輩はぴたっと手を止めてこちらを見る。


「ところで、その服は……
「あ、これですか?今日のパーティーで着たらどうかって、ジェイド先輩が買ってくれました」
「牽制されてる気分だな」
「え?」
「監督生。その服はよく似合っていて可愛いよ。でも、悪いけど脱いでくれないか」
「え。かわ……脱ぐ!?」


『可愛い』という感想に浸る間もなく、『脱いでくれ』というフレーズに頭が真っ白になってしまった。え、トレイ先輩に脱げって言われた。あらぬことを想像してしまって、一気にぶわ、と顔が熱くなる。
固まった私を見た先輩は、一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐ「あぁ、悪い。そうじゃなくて……着替えてくれるか?」と言い直した。


「今から着替えるんですか……?」
「手伝った方がいいか?」
「わ!ちょっと先輩!」


横からするっと伸びてきた先輩の左手が腰に触れて、スカートに入れていたシャツとの隙間に指が差し込まれる。そのまま上体を倒してきた先輩に驚いて身を引こうとしたら、ソファに転がってしまった。トレイ先輩は、右手を私の顔の横に置く。ぎし、とソファが音を立てた。目の前にある逞しい身体を押し返す。その時、自分の左手にクローバーのマークが付いているのが見えた。本人には『触れない』魔法が効かないらしい。しかし、先輩はそれ以上近づいてくる気はないようだった。
スカートに差し込まれたままの指が、するっと縁を辿って少しだけスカートを下げた。先輩は、まっすぐ私の目を見てくる。なんだこれ。何が起こってるの?


「あの、着替えます!着替えてきますから……待って……
「そうか。嬉しいよ」


にこ、と笑った先輩は何事もなかったかのように身体を起こした。あぁ、顔が熱い。びっくりした。
急いでソファから立ち上がって自室に駆け込む。ドアを閉めてすぐ、座り込んでしまった。熱い。間違いなく頬が赤いだろう。近かった……。先輩があんなに近くに来たことがあっただろうか。
ぱたぱたと顔を仰ぎながら立ち上がって、着替えなくてはとクローゼットを探る。「似合っている」と言ってくれたのに、どうして着替えなくてはならないのだろう。引っかかる前にイヤリングを外しておく。何を着ようかと迷ったけれど、そういえば明日の外出が無くなることを思い出した。着る予定がなくなってしまった可哀想なワンピース。どうせなら、今着てしまおう。


「お待たせしました」


ドアを開けてトレイ先輩と目が合うと、先輩がにふっと笑う。また顔が熱くなっていく。急いで視線を逸らして、ぱたぱたと移動してぽすんと先輩の横に座った。


「着替えました!早くケーキください」
「ははっ。俺のわがままを聞いてくれてありがとな。はいどうぞ」
「わーい」


渡されたケーキを両手で持って、抑えられない笑顔でお礼を言うために先輩を見ると、すごく、すごく優しい目で私を見ていて、息が止まった。
すっと伸びてきた手が、私の横の髪を耳にかける。くすぐったい。じっとこちらを見つめるマスタードの瞳に吸い込まれそうになる。


「誕生日おめでとう」

……あ、ありがとうございます」


キスされるかと思った。
もう、ずっと顔が赤い気がする。肌の色が染まってしまわないか心配だ。

時計は23時45分を指していた。誕生日のうちに、トレイ先輩のケーキを食べることができて嬉しい。
アップルケーキにフォークを差し込んで口に運ぶ。まだほんのり温かくて美味しい。


「んん〜〜!美味しいです!」
「それは良かった」
「本当は、トレイ先輩のケーキが食べられたらなぁって思っていたんです。誕生日の願いが叶って嬉しいです。ありがとうございます」
「これくらい、いつでも作るよ。……そうだ、明日の放課後のことなんだが……
「あ、さっきエースから聞きました。放課後にパーティーをするって」


まだ残っているケーキをテーブルに置いて、紅茶に手を伸ばす。


「勝手に話を進めて悪い。出かけるのは、また今度でもいいか?どうせなら、お前のリクエストを聞いてケーキを作りたいと思ったんだ」
「大丈夫です!トレイ先輩のケーキ、大好きなので。……明日着ようと思ってた服も、今着ちゃったし」
「これ、明日着るつもりだったのか」
「今日買ってきたんです。どうですか?」
……これも、ジェイドが?」
「違いますよ!自分で買いました。自分用の誕生日プレゼントです」
「そうか……よく似合ってるよ。可愛い」


どうしたんだろう。今日のトレイ先輩はものすごく甘い。
気を紛らわせようと、アップルケーキを口に頬張る。美味しい。


……ついてる」


私の口元に伸びてきた指が、食べ損ねたケーキを拾っていく。先輩はそれをぱくりと食べた。


「先輩。そういうこと、誰にでもしてるんですか?」
「ん?」
……勘違いしちゃうから、やめてください……


トレイ先輩の顔が見れない。今夜の先輩が、何を考えているのか分からない。夜が更けてからケーキを作ってくれて、わざわざ遠いオンボロ寮まで届けに来てくれて、そうやって簡単に触れる。心臓がいくつあっても足りない。


「困ります」
……
「トレイ先輩のこと、……もっと好きになっちゃうから、やめてください」
……はは。もっと、困らせたくなるな」
「なっ」


怒ろうとしたのに。
顔を上げてトレイ先輩を睨もうと思ったのに、唇に当たる柔らかい感触に、何を言おうとしたのかなんて頭から消え去ってしまった。
真っ先に思ったのは「あれ?トレイ先輩、いつ眼鏡を外したんだろう」なんて能天気なことだった。

キスされている。

目の前の、閉じられた瞳を信じられない気持ちで見つめる。
驚いて身を引こうとしたが、知らない間に後頭部へ回っていた手に阻まれて退がることができない。


カチ カチ カチ 

時計の音だけが静かな部屋に響く。


どれくらい時間が経ったのか。トレイ先輩がゆっくりと目を開けて、少し離れた。


「ああ。誕生日……終わっちゃったな」


時計を見てそう呟いた先輩の胸に、ぽすっと頭をぶつける。
ぎゅっと先輩の服を掴んで大きく息を吸った。先輩の、甘い匂い。


「その服、今度デートする時に着てくれるか?」
「着ます。何回でも。……ねぇ、先輩。ちゃんと」
「俺からも何か贈らせて欲しい。好きなものを買ってやるから」
「ありがとうございます。……じゃなくて、先輩ちゃんと言って!」


むっと頬を膨らませて先輩を見上げる。「改まると照れくさい」という先輩の頬をむに、っとひっぱると「わかったわかった!」と眉を下げて笑う。可愛い。
「あー……んー……」と渋る先輩を黙って見つめて待っていると、観念したのか手を伸ばし、再び私の耳沿って髪に触れてちゅ、と額にキスを落とした。私からしたら、こっちの方が照れるのだけれど。


……好きだよ」
「ふふ、私も大好きです!」






残ったアップルケーキを冷蔵庫に入れて、トレイ先輩を玄関まで見送る。「泊まっていっても大丈夫ですよ?」と言ったのだが「俺が大丈夫じゃない」と断られてしまった。残念だ。放課後のパーティーには、イチゴのケーキをリクエストした。トレイ先輩が植物園で作っているものを使ってくれるらしくて、さらに楽しみになってしまった。


「じゃあ、おやすみ。監督生。よい夢を」
「おやすみなさいトレイ先輩。気をつけて」


誕生日が終わってしまった。少しずつ遠ざかる先輩の背中に寂しくなって、思わず、門に差し掛かる前に追いかけてしまった。「先輩、待って」と袖を掴んで引き留める。トレイ先輩は驚いた様子で振り向いた。



「やっぱり泊まっていってください」
「いや、そういうわけには」
……誕生日のわがまま、聞いてください。もう過ぎちゃったけど」
…………わかった」


「先に寝ててくれ」とお風呂へ入っていった先輩を布団に潜って待つ。ベッドの窓側にはグリムが気持ちよさそうに眠っている。反対側を一人分空けた。ドキドキして眠気はやって来ない。パジャマの代わりに渡したのは、学園長が置いていったジャージだ。「もう使わないので、コレどうぞ」と持ってきてくれたのだが、大きすぎて着られなかったのだ。トレイ先輩には丁度いいだろう。

とんとんと廊下を通ってこちらに近づく歩く音がする。ぎゅっと布団を握りしめた。一応、寝たふりをしておこう。
カチャ、と小さくドアノブを捻る音がして、こちらに人が近づく気配を感じる。ぎし、とベッドが沈んで、少しだけ布団が捲られる。ふわっとトレイ先輩の甘い香りがした。自分の肩に先輩の肩が触れて、一瞬驚いたように離れたけれど、再びゆっくりとくっついた。流石に離れて眠れるほど大きいベッドではない。
とくんとくんと鳴る心臓の音がトレイ先輩に聞こえていないだろうか。緊張する。じっとして先輩の気配を追っていると、突然顔にかかっていた髪を払われた。顔を、見つめられているらしい。じりじりと冷や汗をかく。寝たふり、バレてないかな。先輩はすぐ眠ると思っていた。

息を殺していると、先輩が小さく「……良かった」と呟くのが聞こえてきた。


……何がですか?」
「うわっ……と、なんだ、起きてたのか」
「驚かせてすみません。横でグリムが寝てるので、小声で。……あの、なにが『良かった』んですか?」
……
「先輩?」
……ジェイドに、取れらなくて良かったなと思って」


眠るつもりではあったのだろう。眼鏡を外した先輩は、こちらに身体を向けて枕に肘を乗せ、頬杖をついていた。


「先輩、ジェイド先輩が私のこと好きって知ってたんですか?」
……お前、告白されたのか?」
「告白……とは違った気がします。『好ましい』って言われました」
「『好ましい』なぁ……。今日一緒に街へ行かれたのは焦ったよ」
「揶揄われてるんですかね」
「どうだろうな。……でも、お前を渡す気はないから……


先輩の言葉に嬉しくなって、もぞもぞと近寄って抱きつく。深呼吸して、先輩の甘い匂いを吸い込んだ。
うん。私が欲しかった匂い。


「今日はこうやって寝てもいいですか?」
「え、朝までか?」
「はい」
…………頑張るよ」


へら、っと笑ったトレイ先輩に首をかしげてから、がっしりした身体に沈み込む。温かくて安心する。
最高の誕生日だ。


「先輩。誕生日のお祝いをしてくれてありがとうございました」
「来年は、ちゃんとお祝いするからな」
……へへ、うれしい。楽しみに……して、ます」


微睡んでいく中で、トレイ先輩が優しく口づけてくれる夢を見た。


たった1日。されど1日。
誕生日は毎年訪れるものだけど、その年の誕生日は一生に一度しかない。


こんなに温かい誕生日は、生まれて初めてだ!







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「誕生日おめでとう、監督生!」
「はいこれ。オレらからのプレゼントな」
「わ〜!ありがとう!」


ハーツラビュル寮に招かれた放課後。お庭が私の誕生日仕様に飾り付けられていて驚いた。1Aのみんなが、それぞれ自分の寮の飾りを持ち寄って準備してくれたらしい。私のために集まってくれるとは思わなかった。すごく嬉しい。

テーブルには様々なケーキが並んでいる。私のはイチゴのケーキだ。


「ねーケイト先輩。トレイ先輩なんか疲れてない?」
「2日連続でケーキ作りを任せてしまったもんな……流石のクローバー先輩も疲れるだろ」
「いやいや、あれはねー寝不足らしいよ」
「へ?寝不足?」
「遅くからケーキを作っていたんですか?」
「んー……そうかもね。……ところで、ジェイドくんはどうしてここに?君らは昨日、誕生日パーティーしたんじゃないの?」
「ええまぁ。しかし、僕はまだ諦めるつもりがないので……。高校生の恋愛には、別れがつきものですから」
「えー……楽しそうになに言ってんの……?」


クラッカーが盛大に鳴らされ、ケーキの上に乗せられたロウソクの火を勢いよく吹き消す。
クラスのみんなが、声を揃えてバースデーソングを歌ってくれる。

2日間も誕生日をお祝いしてもらえるなんて、とっても贅沢だ。
私は今年の誕生日を一生忘れることはないだろう。




「Happy Birthday!監督生!」