botanin5
2024-11-14 00:24:08
21484文字
Public トレ監♀(小説)
 

それってずるくないですか?

リドル先輩を推してたらトレイ先輩に捕まってた話です。
※監は特に設定なし
※ 薔薇の王国幼馴染に写真が残っている



「はうあぁぁぁぁ今日も美しい……


緑の葉に赤や白のバラが美しく咲き誇る中、いっそう赤く艶やかな髪を輝かせているのはハーツラビュル寮長のリドル•ローズハート先輩だ。名前まで華やかで高貴な印象を受ける。リドル先輩がいるだけでこの世はより愛らしさに満ちて、木々は歌い出し空は雲ひとつなく晴れわたり野ウサギや小鳥たちが優雅に遊び回るのだ。今日も世界は美しい。

本日のリドル先輩をこっそりとスマホのムービーに収めて、薔薇の植木の間からにこにこと見守っているのは私、オンボロ寮の監督生だ。決してにやにやはしていない。たぶん。異世界からやってきた私が最初に関わりを持ち仲良くさせてもらっているのが、気高き厳格な精神を誇るハーツラビュル寮だった。リドル先輩の第一印象はエースからの刷り込みもあり「厳しくて怖い」がついて回っていたのだが、例の事件で号泣する先輩を見て「えっっっっ!!可愛さ100%!!!こんな愛らしい人間がこの世にいてもいいの???」と全身に雷が通っていく衝撃を受けた。
しかも、私のネクタイが曲がっていると直してくれるのだ。神か?いや天使……

と、そんなこんなで私はリドル先輩を愛でに愛でまくっている。推しているのだ。とにかく可愛い。絶対に怒るだろうが、正直撫でたい。


「ははは、不審者みたいだぞ。話しかけてきたらどうだ?」


後ろから突然リドル先輩とは真逆と言える低音ボイスに話しかけられて肩がびくっと揺れてしまう。振り向けば予想した通り、そこにいたのはハーツラビュル副寮長のトレイ•クローバー先輩だ。目下のライバルである。いつもイチゴタルトやマロンタルト、華やかなケーキを使って簡単にリドル先輩をとろとろの笑顔にしてしまう。……おっと、よだれが。いつもリドル先輩をストーカー……ではなく観察するためにハーツラビュル寮へ遊びに来ている私にも分けてくれる、甘くて美味しいケーキたちを思い出して話が逸れるところだった。危ない危ない。
とにかく、ケーキであっという間にリドル先輩を夢中にさせて、あの可愛いらしい笑顔を引き出してしまうトレイ先輩は私のライバルなのだ。私だってリドル先輩のふにゃっとした笑顔を引き出したい。


「今行こうとしてたんですぅ!トレイ先輩は一体なんの用……はっ!タルト!今日もそうやってリドル先輩を誘惑しようっていうんですか!?」
「おいおい、人聞きが悪いな。俺はリクエストに答えているだけだぞ?」
「私だってリドル先輩に『キミが作ったケーキ、美味しいよ』とか言われたいのに!!」
「ははは、なら今度一緒に作るか」


ぽんと私の頭をひと撫でして横を通り過ぎたトレイ先輩が、紅茶を飲みながら本を読んでいるリドル先輩に近づいていくので慌てて後ろから追いかける。私が先に声をかける!と意気込んで、こちらに気がついたリドル先輩に対して「こんにちは!リドル先輩」と挨拶をする。
トレイ先輩の背中に半分身体を隠し、寮服を後ろからぎゅっと掴みながら。


「やぁ、こんにちは。今日もキミは相変わらずトレイの背中から挨拶かい?」
「あっその、リドル先輩が眩しくて……
「ふふ、とりあえず座るといい。紅茶は飲むかい?」
「はい!!」
……リドル、今日のタルトはお前がこの間食べたいと言っていた洋梨にしてみたぞ」
「ああ、すまないねトレイ」


リドル先輩に勧められてテーブルの向かいに座る。ハーツラビュル寮の庭はカフェテラスのようにお洒落で、きらびやかな装飾からよくわからない帽子や瓶まであちこちに点在している。そんな空間に最初こそ気後れしていたが、リドル先輩に会うために何度も訪れたことでかなり慣れてきた。差し出された紅茶の入ったカップを受け取っていると、トレイ先輩は綺麗な二等辺三角形に切られた洋梨のタルトをリドル先輩と私の前に置いてくれる。最初から3ピース持ってきていたようで、私がここにいることはトレイ先輩に把握されていたらしい。
いつもこうしてケーキやタルトを頂いてしまうことにも慣れてしまった。私がリドル先輩を見つけると、呆れた顔で「オレ様先に行ってるんだゾ……」とエースたちのところへ行ってしまうグリムには今のところ秘密にしている。食べ物つきとあらばグリムも一緒に来るのだろうが、おそらくリドル先輩を盗さつ……ごほん、愛でる時間が無くなってしまうので今のところ言う予定はない。

キラキラとタルトを輝かせるナパージュに眩しさを覚えながら、「いただきます!」と手を合わせれば、トレイ先輩が私の隣に腰掛ける。さすが、正面が1番リドル先輩のとろけた笑顔を見やすい場所だと分かっているなぁと感心しながら洋梨のタルトをさくりと取って頬張る。相変わらず美味しい……!洋梨がとろけるし、敷かれているクリームが程よい甘さで舌に残って早く次のひと口をくれと身体が催促してくる。
美味しさに震えながらリドル先輩に目を向けると、洋梨のタルトをデザートフォークでひと口サイズに切り取って口に運んでいる。可愛い。上品だ。唇が艶々では?天使の領域……!タルトの美味しさに目尻が柔らかくなるところが本当に可愛い。ほっぺをふにふにさせていただきたい。

あまりの可愛さにリドル先輩をまじまじと見ながら感嘆していると、横から口元近くの頬をそっと押された。驚いて隣を見れば、トレイ先輩の手がこちらから離れるところだった。


「えっ、なんですか?」
「ん?ついてた」


そう言った先輩は、私から離したらしい人差し指の側面をはむ、と一瞬口につけて「ナパージュ」と呟いた。
ふーん、なるほど。私の口の端に洋梨のタルトにかかっていたナパージュが付いていたから取ってくれたわけだ。そしてそれを舐めたと。

いや、なんで!?


「なにしてるんですかトレイ先輩!」
「うわ、揺らすな。急にどうした?」
「だって、なめ、わたしの、……なにしてるんですか!?」


語彙力がどこかに飛んでいってしまって次の言葉が出てこない。突然何をしてくれるんだ!恥ずかしい。自分の顔に熱が集まるのがわかる。こんな、少女漫画みたいなことをされるのは慣れていないというのに、トレイ先輩はすぐにそうやってスキンシップをはかってくる。先ほどの頭をぽんと撫でられる事だって、最初の頃はいちいち赤面していた。もうすっかり慣れてしまったけれど。
きょとんとした先輩の肩をグラグラと揺らすと、「ははは、動揺しすぎじゃないか?」なんて笑ってくる。いやいや、後輩の口元についていたもの舐めるか!?普通!先輩が持ってきた籠の中にテーブルナフキンがあるのだから、それで拭ってくれても良かったのに!先輩は、こうやっていつも私の反応を楽しんで揶揄ってくるのだ。本当に意地が悪い。


「あはは、キミたちは本当に仲がいいね」


くすくすと楽しそうに笑うリドル先輩の声が耳に入って、トレイ先輩の肩から手を外して座り直す。リドル先輩が楽しそうだからまあいいか。笑顔が可愛い。今のお顔を写真に収めたかった。天使の笑顔に穏やかな気持ちになって、もう一度洋梨のタルトに戻って口に運ぶ。トレイ先輩はいじわるだが、タルトは本当に美味しいからくやしい。


「そういえば、次のなんでもない日のパーティーが近いな。今度はなんのケーキにしようか」
「ハートの女王の法律を遵守していれば何でも構わないよ」
「はい!私、キャラメルケーキがいいです!」
「ははは、お前たちまた参加するつもりなのか?」
「グリムは行く気満々ですよ?」


ハーツラビュル寮にて寮長の気分次第で開催される『なんでもない日のパーティ』には、オンボロ寮生である私とグリムも毎回参加していた。グリムはパーティの開催を聞きつけるたびに「美味いケーキがタダで食えるのに、行かねぇって選択肢はねーんだゾ」なんてニヤリと笑うのだ。私としても、美味しいケーキを頬張って幸せそうにお花を飛ばしているリドル先輩を眺める機会が増えるのだから、否はない。ここのところ参加しすぎて「お前らまた来たの?」と言っていたエースやデュースは「次のパーティ来週の土曜だって」などと自然に予定を伝えてくれるまでになっていた。


「よし、じゃあイチゴタルトを作ろう」


それがいい、とでも言うようにトレイ先輩が決めたものは私の希望とかけ離れていた。いつも希望を言えば「分かった分かった」と応えてくれるのに、どうしてだろう?少し落ち込んでいると、先輩は「リドルに食べさせたいんだろ?」と苦笑いする。リドル先輩は「ボクに?」と大きな瞳をぱちぱちと瞬かせている。そんなお顔も可愛いです。


「リドルがいつもあまりに美味しそうにケーキやタルトを食べるから、監督生が『自分も手作りして食べさせてみたい』って言ってたんだよ。せっかくだから、今回の『なんでもない日のパーティ』に出すタルトは、監督生に作ってもらおう。ケーキの方はいつも通り俺が作るよ」
「へぇ、そうなのかい」
「えっ!?私、イチゴタルトなんて作ったことないですよ!?」
「もちろん俺が手伝うさ。パーティの前日はハーツラビュルのキッチンでタルト作りに決まりだな」
「おぉ……がんばります!」


今ばかりはトレイ先輩に後光がさして見える。ここに来る直前の『今度一緒に作るか』は社交辞令だと思っていた。本当に作る機会をくれるなんて!トレイ先輩は本当は優しい人なのだ。私をよく揶揄ってくるから、少しいじわるなイメージがあるけれど。きらきらした目でトレイ先輩を拝んでいるとスマホがメッセージの着信を告げた。確認するとエースからで、『グリム寝ちゃったんだけど、お前まだリドル寮長のストーカーしてんの?』ときている。ストーカーとは失礼な。
しかし、洋梨のタルトも食べ終わったことだし、そろそろお暇した方がいい頃合いではある。


「エースに呼ばれちゃったので、私もう行きますね。トレイ先輩、タルトご馳走様でした。り、リドル先輩、私、美味しいタルトを作りますね!」
「ふふ、楽しみにしているよ」


立ち上がってトレイ先輩にお皿を渡し、リドル先輩にタルト宣言をすると可愛く笑ってくれて胸をぎゅっと掴まれた。推しが目の前にいるって最高。でれでれと溶けてしまった自分の顔をほっぺで支えていると、トレイ先輩も「俺もそろそろ行くかな。リドル、食器はキッチンに置いておいてくれ」と立ち上がった。

「うん。それじゃあ」と穏やかに見送ってくれるリドル先輩に背を向けて、私はエースの部屋に向かわなくてはと庭を出てハーツラビュル寮へ向かう。トレイ先輩も、リドル先輩の分を残して回収してきたカップやお皿が入った籠を手に提げて、同じように寮の中へと入ってきた。


「トレイ先輩、リドル先輩が食べ終わるまで待っていなくて良かったんですか?」
「リドルは本を読みながらゆっくりタルトを食べるからなぁ。何もしないで横で待っているのも変だろう?」
「そっか、たしかに」
「エースからの要件はなんだったんだ?」
「あ、グリムの回収です」
「はは、なるほどな」


イチゴタルトを作る計画について簡単に話しながら廊下を進む。リドル先輩のストーカー……観察をし始めてから、こうしてトレイ先輩と話す機会が一段と増えた。寮長であるリドル先輩を一番近いところで支える副寮長なのだから、必然といえばそうなのだろう。しかも、トレイ先輩はたまに幼少期のリドル先輩の話も聞かせてくれる。初めてサッカーでゴールを決めたときの話や、チェーニャさんが首だけ浮かせてリドル先輩を驚かせた話など、幼馴染として知っている思い出話がたくさんあった。話を聞くたびに写真はないんですかと泣きすがる私に、「残念ながら無い」と言うトレイ先輩がニヤリといじわるな顔をして笑うまでがセットだ。


「この後買い出しに購買へ行くから、途中まで送るよ。これ、簡単に片付けてくるからエースたちの部屋で待っていてくれないか?」
「え、慣れた道だしわざわざ送らなくてもいいですよ」
「今日は、リドルが公園にいた蛇と戦った話をしてやろうかと思ったんだがなぁ」
「待ってます!!」


幼い頃のリドル先輩、蛇と戦ったの!?そんなの絶対に可愛い。前のめりになって待つと言う返事をすれば「現金な奴だな」とトレイ先輩に笑われた。私が食いつくと分かっていて話題を振ってきたのはそちらでしょうに。


トレイ先輩と廊下の途中で分かれてエースの部屋へ向かうと、眠るグリムにベッドを占領されたエースがデュースのベッドを占領し、ベッドを奪われたデュースは勉強机で明日の予習をしていた。エースはデュースの素直さに感謝すべきだと思う。どうせ言いくるめてベッドを奪ったに違いないのだ。


「グリム〜起きて。帰るよ」
「むにゃ……オレ様もう食えねーんだゾ……
「なんという古典的な寝言……


寝言といえばこれだろうと言ってもいいくらいの寝言らしい寝言を呟いたグリムは起きる気配がない。トレイ先輩が迎えに来るまでは寝かせておいてあげることにしよう。エースに「今日も盗撮?」と聞かれて「見る!?」と思わずテンションが上がる。速攻で「いやいい」と言われたが、問答無用でデュースのベッドに座っているエースの隣に勢いよく移動し、「ほらほら、今日のリドル先輩も麗しいでしょ!」と先程撮ったばかりの動画を再生する。私にどーんとぶつかられたエースは「うわっ、と、お前ほんと落ち着いてくんない?」と唇を尖らせる。でもちゃんと動画を見てくれるので文句は言うけど結構優しいところがあるよなぁと毎回思う。

エースに寄り添いながら「このリドル先輩のね……」と詳しく説明していると、コンコンとドアがノックされ『監督生いるか?』とトレイ先輩の声が聞こえた。「あれ、お迎え?」とエースが私に尋ねているうちに、デュースが「はい、います!」と代わりに返事をしてドアを開ける。部屋に入りながらこちらを見たトレイ先輩が「お前ら本当に仲がいいな」と呆れたように苦笑いする。
たしかに、動画を説明するのに夢中で恋人同士か?と言いたくなるくらいエースに接近してしまっていた。『まぁマブなんで』と言おうとしたところで、エースがパッと立ち上がり「グリム起きろ〜」と自分のベッドの方へ行ってしまった。こちらに近づいてきたトレイ先輩が、「グリム寝てるのか?」とエースのベッドの方を見る。グリムは相変わらずむにゃむにゃと幸せそうに眠っていて、いっそ起こすのが可哀想に思えてきた。


「エース、起こさなくてもいいよ。私抱っこしていくから」
「え〜まじ?よっと……ツナ缶食い過ぎじゃね?けっこう重いけど」
「俺が連れてくよ」
「あ、まじすか。お願いしまーす」


グリムをよいしょと抱き上げたエースにトレイ先輩が近寄って受け取る。グリムはぶにゃぶにゃとまた何か寝言を呟いている。トレイ先輩の方が力持ちなことは分かり切っているし、購買まで抱っこしてくれるのなら、お言葉に甘えてしまおう。「ありがとうございます、トレイ先輩」と言えば、「どういたしまして」と微笑む。

エースとデュースに見送られながら部屋を出て、暗くなってきているハーツラビュル寮から鏡へ繋がる道を進む。トレイ先輩のがっしりした腕に抱かれるグリムは子どものようにすやすやと眠っている。時折「ふぎゅ」と鼻を鳴らすのが可愛い。「リドル先輩が蛇と戦った話、聞かせてください!」と言えば、「はいはい」」とトレイ先輩は思い出話を語ってくれた。話が終わる頃にちょうど購買とオンボロ寮の別れ道にたどり着いたため、いつものように「写真ないんですか!?」と聞けば「残念だが、ないぞ」と笑われた。


「トレイ先輩、グリム受け取ります。購買行くんですよね。重いのにありがとうございました」
「ん?寮まで送るよ」
「えぇ!?いや、流石に申し訳ないからいいです!」


グリムを取り返そうと手を伸ばすが、「いや、お前には重いと思うぞ?ここからじゃ、オンボロ寮まで結構あるだろ」とそのまま足を進めていく。たしかにグリムはそれなりに体重があるし、最近はツナ缶の食べ過ぎでダイエットを勧めていたくらいだ。しかし、トレイ先輩にそこまでしてもらう理由がないし、何より申し訳ない。


「距離があるから言ってるんですよ!ここからオンボロ寮まで行って、また購買に行ってなんてしてたらすごく時間がかかっちゃいますよ!?」
「お前、リドルに関しては図々しいのにそういうところは律儀だよな」
「いやいや普通申し訳ないって思いますって」


「俺が送りたいだけだから気にしなくていいぞ」とトレイ先輩が笑う。本当に申し訳ないと思いつつも、心の奥底ではほっとした自分がいた。いつもはグリムと話しながらオンボロ寮まで帰っていたので気にならなかったが、グリムが寝ている今、一人で静かにひと気のない道を通らなければならないことに抵抗があったのだ。歩き出しながら「あの……今度何かおごります」と呟くと「うーん……奢られるより……今度、妹の誕生日プレゼントを選ぶのを手伝ってくれないか?」と提案される。本当にそんなことでいいのだろうかとトレイ先輩を見上げれば、「最近、『お兄ちゃんの選ぶものは子どもっぽい』って怒られるんだ、頼むよ」なんて眉を下げる。トレイ先輩でも困ることがあるんだなぁと少し新鮮に思った。


「私で良ければ……
「ありがとな。……そういえば、さっきはエースと何を見てたんだ?」


急に話題を変えて不思議そうな顔をしたトレイ先輩に聞かれたので、ごそごそとスマホを取り出して「これです!」と元気よく見せる。画面を見て何か理解した先輩は、「それか」と苦笑いした。


「トレイ先輩も聞いてくれますか!?リドル先輩の麗しさについて……!」
「いや、いいよ。幼馴染のそういう話を聞くのは複雑な気分だな」
「まぁまぁそうおっしゃらず!」


エースに聞かせた時と同じ強引さで、きらきらした目でリドル先輩の魅力について語り出す私に苦笑いしたトレイ先輩は、なんだかんだ相槌を打ってくれるから優しい。馬術部を見学した時の凛々しかったリドル先輩の話から、錬金術が上手くいかなかったらしく少しむっとしていたリドル先輩の話まで、最近ストーキング……観察したリドル先輩の様子を語り切ると、いつのまにか植物園の前に来ていた。この先にある木々の小道を抜ければオンボロ寮だ。そこから街灯がないので、1人で通るのが心細かったから、トレイ先輩がいてくれて良かったなぁと煌きだした夜空の星を見上げると、ふと隣を歩いていた先輩が口を開いた。


……監督生は、リドルに告白しないのか?」
「へっ?」


予想外のことを聞かれてぽかんとした顔を返すと、私の反応が意外だったのかトレイ先輩も少し訝しげな顔をする。推しに、告白する……?リドル先輩は笑顔が可愛くてルールを守る真面目さが素敵で馬を乗りこなす姿は世界一かっこいいが、愛の告白をしてお付き合いしたいとは考えたことがなかった。あくまで“推し”なのだ。日常生活を華やかに潤してくれる心のオアシスである。


……?リドルの事が好きなんだろ?」
「え……?はい。リドル先輩、可愛くって綺麗でかっこよくて大好きです。本人には恐れ多くて言えないですけど」
「告白する気はないってことか?」
「んん?えーっと、そもそも告白する対象じゃないと言いますか……
……は?」


これは、どうやらトレイ先輩は勘違いをしているらしい。驚いた顔をした先輩が足を止めたので、同じように足を止めてどう伝えるか考え込む。この様子では、“推し“という概念を持っていない可能性が高い。日常を生きている一挙手一投足全てが胸をときめかせてくる存在で……という説明で、はたして上手く伝わるだろうか。


「リドルの事が好きで追いかけてるんじゃないのか?」
「んーと、リドル先輩のことは好きですけど……トレイ先輩は好きなアイドルとか女優とかいないですか?」
「特には……。もしかして、お前がリドルに対して言う『好き』ってそういう……?」
「そうですそれ!リドル先輩のことを“推し”ているんです。全てが愛おしいっていうか」
……なんだ、」


「はぁぁぁぁ」と突然トレイ先輩が大きなため息をついたので、驚いてびくっと肩を縮めてしまった。グリムを片手で支えて抱っこしたまま、空いた手で考えるように頭を支えている。どうしたのかとトレイ先輩を見ると、じとっとした目を向けられてしまった。


「え、あの、なんですか?何か不味かったですか?」
「そうだな。俺は随分と時間を無駄にしたらしい」
「どういう……?」
「俺はお前がリドルの事を好きだと思っていたんだが、そうじゃないんだろ?」
「恋愛対象っていう意味では、違いますね」


「そこだよ、」と言ったトレイ先輩が、ずい、と一歩近づいてくる。思わず後ろに一歩下がると、また一歩トレイ先輩が近づいてきて戸惑う。「あの、なんですか?」と冷や汗を垂らしながら先輩を見上げて尋ねると、眠るグリムを抱っこしたまま獲物を捕らえたように目を細めてくる。こんな雰囲気のトレイ先輩は初めてで、どうしたらいいか分からなくてずりずりと後ずさる。とん、と背中に何か当たってちらっと背後を確認すると、近くに立っていた街灯にぶつかったのだと分かった。これ以上後ろには下がれない。逃げ場をなくしてもう一度トレイ先輩を見上げる。くい、と口角を上げた先輩が、薄く笑った。


「俺はお前の事が好きだよ」
…………っと」
「もちろん恋愛的な意味で、だ」
「嘘だぁ」
「まさか」


トレイ先輩がさらにぐっと一歩踏み込んで、少し屈んで顔を近づけてくる。間に拳ひとつしか入らないくらいに鼻先が近づいて、どこを見たらいいのか分からない。冷や汗をかいていると、トレイ先輩の視線がちら、と一瞬下がって、また私の目を捉えてくる。今、私の唇を見た。そう気がついて、一気に顔が熱くなる。視線だけで、“キスしたい”と言われた気分になってしまった。これ以上後ろにいかない頭を無理に退げようとして、ゴン、と街灯にぶつける。


「トレイ……せん、ぱい」


止まって欲しくて声を絞り出したのに、情けない掠れた音になってしまい余計羞恥心に駆られて目に涙が溜まり始める。ふ、と笑ったトレイ先輩がこちらへ勢いをつけたのが分かって思わず目を瞑る。口をぎゅっと結んでいたが、覚悟していた接触はなく気配は横にある。恐る恐る目を開けると、トレイ先輩は私の耳元に顔を寄せていた。グリムを抱く腕がぐっと私の身体にぶつかる。先輩は、私の耳に息がかかる距離で話し始めた。


「今すぐ答えを出さなくていい。ゆっくり考えてから返事を聞かせて欲しい。ゆっくり、な」
「ひゃ、」
「俺が、お前のことを“そういう意味”で好きだということだけ、理解しておいてくれ」
「は、い」
……好きだよ」
……っ!」


そう言って、トレイ先輩は、私の耳に、ちゅ、とキスを落としてくる。
先輩の眼鏡が私の顔に触れてかちゃ、と軽い音を立てる。
そのどれもが大きな音に聴こえて、思わず身震いしてしまう。心臓が破裂しそうに高鳴っている。こんな、少女漫画みたいなこと、慣れてないんだってば!


「ふな゛ぁ、苦しいんだゾ!」


下から聞き慣れたグリムの不満そうな声が飛び込んで来て「ひゃあ!」と大きな悲鳴を上げてしまった。トレイ先輩が離れてくれたので、思わず耳を手で押さえる。まだ熱い。何が起こったのか分からない。トレイ先輩が、私を好き?そんな、まさか。突然の告白に頭の中がぐるぐると回っている。
先輩は、目を覚まして伸びをするグリムをそっと地面に下ろした。少し眠そうな目を擦りながら「んん?なんでトレイがいるんだ?」と言うグリムに「お前が寝てたからここまで運んでたんだよ」とトレイ先輩は笑う。


「ここからは2人で帰れそうだな。それじゃあ、俺はこれで」
「えっ、あ」
「一応礼を言っといてやるんだゾ」
「はは、どうしたしまして。じゃあな」


街灯が照らす夜の小道を、トレイ先輩は購買へ向かって戻っていった。

「何ぼーっとしてるんだ?オレ様お腹空いちまった、早く寮に戻るんだゾ」と私を急かすグリムに突つかれてふらふらと足を動かす。トレイ先輩、私のこと好きなんだって。耳にちゅって、きす、されたんだよ。今すぐ誰かに叫びたかったけれど、グリムに言っても伝わりそうにない。

さっきまでリドル先輩の尊さをどう伝えるかでいっぱいになっていた頭の中は、すっかりトレイ先輩に塗り替えられていた。






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「お前なんで今日そんなに挙動不審なの?」
「えっ……普通だけど?」
「いや、明らかにおかしいだろう。グリム、監督生に何かあったのか?」
「知らねーんだゾ。それよりオレ様たちは錬金術のしりょーしゅう、をどうするか考えねーと」


朝からメインストリートを歩きながら肩を縮めてきょろきょろし、学校の廊下を歩くたびにエースやデュースの背中に隠れながらきょろきょろしている私に、さすがに2人とも違和感があるらしく訝しげな顔をしている。しかし、昨日あんな事があったのにトレイ先輩と遭遇したらどんな顔をしていいのか分からない。だって、考えたこともなかったのだ。リドル先輩ばかり追いかけていた私は、自分が誰かに好かれているなんて考えもしなかった。しかも、時には先輩として、時にはお兄ちゃんとして頼っていたトレイ先輩からそんな風に思われていたなんて。


「なぁ子分〜〜どーするんだ?」


グリムの声にハッとする。そうだ、今日は午後にある錬金術で使う予定の資料集をオンボロ寮に忘れてきてしまったのだ。申し出ればクルーウェル先生に躾けられることは分かりきっているので、どうにかしなくてはならない。昼食を終えたまま今は学食にいるのだが、昼休みはあと20分ほどで終わってしまう。先ほどジャックとエペルに聞いてみたが、B組は今日、錬金術の授業がないから持ってきていないと言われてしまった。オンボロ寮より近いとはいえ、私たちのために資料集を取りに行かせるわけにはいかない。セベクはリリア先輩に言われて誰かを探しているらしく、捕まらなかった。まぁ彼の場合は、持っていても貸してくれるかどうかは説得次第だが。妙な立場で入学したせいか、自分のクラス以外に友人と呼べる人は少ない。同学年は全てアテが外れてしまった。


「資料集ならずっと使うし、先輩たちも持ってんじゃね?」
「ほら、奥の席にローズハート寮長が座ってるぞ。もし錬金術があれば、寮長なら確実に忘れず持ってきているだろうから、聞いてみたらどうだ?」
……借りたいけど、忘れた事を知ったらきっと『授業で使う大切な資料集を忘れるなんて、どういうことだい?』って怒られちゃう……
「あ〜まぁ、確かにね」
「ローズハート寮長なら、言いそうではあるな……


う〜んと考え込んでいたが、時間は迫ってきている。エースに提案されて、グリムと2人で職員室前に掲示されている全学年の時間割を確認しに行くことになった。今日、錬金術の授業があるクラスは、全学年のA組とC組らしかった。1-Cには知り合いがいない。2-Aの先輩を思い出すが、シルバー先輩はセベクと同じ寮だから、きっと人探しで捕まらないだろう。カリム先輩は持ってきているか不安だ。2-Cだと……アズール先輩は借りを作るのが怖いので選択肢から外す。……となると、まず当たってみるべきはジャミル先輩か。

先程中庭にいた事を思い出して急いで向かおうとしたら、途中の廊下でジャミル先輩に鉢合わせた。カリム先輩はすでに次の飛行術に向かったらしい。事情を話して貸してもらえないか尋ねると、「すまない、さっきカリムに貸してしまったんだ」と少し申し訳なさそうに言われてしまった。いつもカリム先輩の持ち物は朝のうちにチェックするらしいのだが、今日は寮で魔法の絨毯が暴走するプチハプニングが起こったらしく、しっかり確認できなかったらしい。

ジャミル先輩と分かれて3年生のクラスを思い浮かべる。“3年生”というキーワードで真っ先にトレイ先輩の顔が浮かんで少し顔が熱くなる。でも、彼はE組だから今日は錬金術の授業がない。もしあったら1番借りやすいのは間違いないので、グリムも「トレイに借りるんだゾ」なんて言い出していたはずだ。まだ、会う勇気はない。
休み時間はあと15分もない。早くなんとかするか、潔くクルーウェル先生に躾けられるかの二択だ。「3-Aは……」と思い出していると「レオナか」とグリムが言い出すので勢いよく横に首を振る。いやいや、あの人に借りるのは無理だろう。


「ルーク先輩も3-Aだから、そっちに聞いてみようよ。無理だったら、レオナ先輩にも一応聞いて……、3-Cはヴィル先輩か……どっちもちょっと怖いなぁ」
「とにかく、急がねーと魔法史にも遅れちまうんだゾ!」
「分かった。ルーク先輩はさっき食堂にいなかったから、とりあえず教室へ行ってみよう」


3年生の教室がある階まで来ると、流石に先輩だらけで気後れしてしまう。ただでさえ入学式から目立っている私たちにちらちらと横目で視線を送ってくる人も多い。あまり周りを見ないようにしながら目的の3-Aに着くと、教室のドアから背伸びしてルーク先輩がいないか探す。きょろきょろと見回すが、特徴的な羽がついた帽子は見当たらない。焦る気持ちを抑えながらあちこちに視界を巡らせていると、レオナ先輩と目があった。その瞬間くっと眉間にシワが寄り、顔を背けられる。そんな顔しなくてもいいじゃん!前にグリムがそうしたように、いっそここから大声で『レオナせんぱーい!!資料集貸してくださ〜い!!』と、叫んでやろうかと大きく息を吸い込んだところで、後ろからぽん、と肩を叩かれた。


「何してるんだ?」
「うっひゃあ!!と、っ、トレイ先輩!?どうしてここに」
「ルークに部活の連絡をしようかと……お前たちこそどうしたんだ?」
「オレ様たち、ルークにしりょーしゅうを借りにきたんだ。でもいねーんだゾ」
「資料集?」


振り向いた先に立っていたトレイ先輩に、昨日のことを思い出して挙動不審になってしまう。顔に熱が集まる。すぐ前に立たれると、あの耳元で聞こえた低い声を思い出してドキドキしてしまう。じり、と少し後ろに退がる私を、トレイ先輩は静かにちら、と確認する。顔、赤くなってたらどうしよう。恥ずかしい。


「錬金術のしりょーしゅうを忘れちまったんだゾ……
「あぁ、それなら持ってるぞ」
「えっ!?でも、今日トレイ先輩のクラスって錬金術ないですよね?」
「なるほど、調べてここに来たのか。今日サイエンス部の実験で資料集を使うんだ。放課後までに返してくれたらいいから、貸すよ」
「えっでも」
「やった〜!助かったんだゾ!」 


わ〜いと片手を突き上げて喜ぶグリムを見てトレイ先輩が笑う。「取ってくるよ」と廊下を進み出したので、慌てて後ろを追う。教室のドアの前で待たされて、トレイ先輩が来るのを待つ。周りにいる先輩たちの視線が少し痛い。どこを見たらいいのか分からなくて、カバンを探るトレイ先輩を眺める。すぐに資料集を取り出して、こちらへ持ってきてくれた。


「部活は16時から始まるから、その時に化学準備室まで持ってきてくれるか?」
「分かりました」


トレイ先輩の顔が上手く見れなくて、視線を外したまま差し出された資料集を受け取る。しかし、トレイ先輩が冊子を掴んだまま手を放してくれなくて、ぐっと膠着状態になる。こっちは両手なのに、掴む力が強い片手に敵わない。どうしたのかと見上げると、眼鏡越しのマスタードと目が合って、ふっと笑われた。その瞬間、トレイ先輩の手が離れる。
『こっちを見ろ』と、仕向けられた。
ぶわ、と自分の体温が上昇していき、全身が熱い。絶対に、顔、赤い。

ぎゅっと資料集を抱きしめて「ありがとうございました!」とやけくそのお礼を叫んで廊下を駆け出す。グリムが「おい、オレ様を置いていくんじゃねー!」と声を上げたので一瞬止まって振り向くと、口元に手を置いてくっと楽しそうに笑いを堪えているトレイ先輩の姿が見える。
その口が『かわいいな』と呟いたのが分かった。
分かってしまった。
揶揄われた。先輩、また私の反応を楽しんでいる!恥ずかしさに半泣きになりながら結局グリムを待たずに廊下を駆け抜けて逃げ出してしまった。






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「なんだ、結局トレイ先輩に借りたんだ。持っててよかったじゃん」
「良くないよ……返しに行かなきゃいけないんだよ……?」
「別によくね?トレイ先輩は、どっかの先輩と違って資料集貸すくらいで対価を要求してきたりしないし」
「そうじゃなくて……
「なに、借りるとき喧嘩でもしたわけ?」
……してないけど」


錬金術の時間になって、資料集に書かれた“TreyClover“の文字を見たエースに突っ込まれる。まだ、トレイ先輩から告白されたことは誰にも言っていない。聞いてもらおうかと思ったが、「私語は慎め、仔犬!」とクルーウェル先生の注意が飛んできてしまい黙る。

悶々としたまま錬金術の授業を終えて、休み時間に話を切り出せないまま最後の魔法薬学の授業も受けて外に出た。このままオンボロ寮に戻ってしまった方が近いのだが、部活の時間になるまでにトレイ先輩に資料集を返しに行かなくてはならない。先程揶揄われた事を思い出して少し気が重い。グリムに「資料集返しに行くよ」と声をかけると、「オレ様もう眠いんだゾ。オンボロ寮で待ってるから、届けるだけなら子分1人で充分なんだゾ〜!」と寮へ向かって駆け出していってしまった。方向が反対なので、追いかけるに追いかけられない。約束の16時まであと20分しかない。ここから、校内にある化学準備室へ行く事を考えると、もう向かい始めるしかない。


「エース!デュース!ついてきて!!」
「は?いや、トレイ先輩にそれ返すだけっしょ?オレも部活あるんだけど」
「僕も陸上部へ行かないと」
「そんなぁ……


1人で行ったら、何が起こるか分からないのに。いや、他のサイエンス部の生徒もいるのだから、トレイ先輩だって変なことはできないかもしれない。……いや待て、昨日だって、リドル先輩の前で私のほっぺについたナパージュを取って舐めたのだから、トレイ先輩にとって他人の視線は気にかけることではないのだ。どうしよう。
あれも私を意識させるためにやっていたのかと今更気がついて顔が熱くなる。
校舎に向かって歩きながらも、もだもだしている私に痺れを切らしたエースが眉を潜めて質問してくる。


「なんでそんなに行くの嫌なわけ?」
「だって……トレイ先輩いじわるだから……
「クローバー先輩がか?たしかにたまに変な嘘をついて僕たちを揶揄ってくることはあるが……
「そんな避けるほどじゃなくね?何かされた?」
「いじわるだよ……!えっと……例えば……リドル先輩の小さい頃の写真とか、絶対持ってるのに見せてくれないし!!」
「いや、そんなんオレらも見たことねーよ」


「ボクの写真?」


思わず拳を握って2人に力説していると、購買帰りらしいリドル先輩に遭遇してしまった。先輩は私の声を聞いて不思議そうな顔をしている。どばっと変な冷や汗が出る。リドル先輩のストーカーをしていたことが、バレてしまう……!「あの、えと……」と上手い切り抜け方が浮かばず狼狽る私を見かねたエースが助け舟を出してくれる。


「あーえっと、こいつ寮長に憧れてるらしくって。小さい頃の写真が見れないかトレイ先輩に聞いてたみたいなんすけど」
「ふぅん。……写真か。チェーニャがいくつか撮って残していたものを、この前ボクのスマホに移していったけれど……それでよければ見るかい?」
「えっ!いいんですか?」
「それくらい構わないよ」


ポケットからスマホを取り出したリドル先輩がたぷたぷと画面を操作する。ついに、リドル先輩の幼少期の写真が目の前に……!チェーニャさんには感謝しなくてはならない。そして、トレイ先輩、やっぱり持ってたのに見せてくれなかったんだ。いじわる。
心の中でトレイ先輩のほっぺを引っ張る妄想をしながら、リドル先輩が見せてくれた画面を凝視する。運動した後のような写真や、イチゴのタルトを食べる写真など、鮮やかな思い出がそこに詰められている。幼い頃の写真以降、大きくなってからの写真は今の先輩たちの姿に飛んでいて、そういえばリドル先輩は親御さんによって幼馴染たちと引き離されてしまったんだっと思い出す。少し寂しい気持ちになったが、リドル先輩が懐かしそうに、嬉しそうに写真を見るから、余計な事情に突っ込むのは野暮だろう。


「よければ1枚あげようか」
「えっ!?いいんですか!?」
「ふふ、あまりに目を輝かせているからね。どれか気に入る写真はおありかい?」
「え〜、どの写真も素敵で選べません」


リドル先輩の申し出に驚きつつ心が躍る。写真に映る幼少期のリドル先輩は楽しそうで、キラキラしていて、そしてやっぱり可愛い。
隣に映るチェーニャさんと……トレイ先輩を眺める。ちょっと可愛いとか、思ってない。トレイ先輩は今よりずっと活発そうで、元気いっぱいに笑っていて子どもらしさが窺える。


「ふむ。トレイも写っているものがいいだろう?これとか……
「えっ!?……あの、どうしてトレイ先輩が出てくるんですか」


トレイ先輩を眺めていたのを見透かされたのかと思って、思わず声がひっくり返ってしまう。驚いた私を見て、リドル先輩も驚いた顔をする。


「リドル先輩が写っていれば私はそれで……
「え〜監督生、いくら喧嘩したからって流石にそれはトレイ先輩が可哀想じゃね?」
「だから、してないって!そもそもなんで私がトレイ先輩の写真を持つのが普通なの?」


リドル先輩のなら分かるけど。続きかけた言葉を危うく飲み込む。危ない、まだリドル先輩本人には盗撮がバレていないんだった。私が眉を寄せていると、エースはさらに『お前何言ってんの?』とでも言いたげな顔をする。いや、私は何もおかしなことは言ってないはずだ。


「いや……だって、付き合ってるなら普通じゃん?トレイ先輩も写ってる写真があるのに、寮長の写真だけ貰ったの知ったら流石にショックだろ」
「はぁ!?」
「え、なんだよ。オレ別に変なことは言ってねーし」


「ちょっと、待って……。私、トレイ先輩と付き合ってないけど!?」


…………はぁぁ!?」


告白されたのは昨日だし、まだ返事もしていない。そもそもみんなにその話もしていないのに、どうして私たちが付き合ってることになっているんだ!?
驚いているのはエースだけではない。デュースもリドル先輩も、私の発言を聞いてぽかんと口を開けている。


「待って待ってどういうこと?なんで私、トレイ先輩と付き合ってることになってんの?そんな話したことないよね?」
「え、いやだってお前いつもトレイ先輩と一緒にいるし……
「それは、リドル先輩のところに行くといつもトレイ先輩が来るから!」
「え、ボク?」


あああ、リドル先輩に怪しまれてしまう!「私、リドル先輩のファンなんです!」と焦って伝えると、少し照れたような顔で「あ、ありがとう……」と返してくれた。天使か。しかし、今は天使の照れ顔に浸っている場合ではない。


「昨日も僕たちの部屋までクローバー先輩が迎えに来てたじゃないか」
「あれは、購買に行くからついでに送るって言われて……
「よく頭撫でられてるじゃん」
「え?あれ普通じゃないの?」
「オレら頭撫でられたことはねーよ」


「流石に高校生の頭撫でないっしょ、後輩とはいえ」と、エースに言われて愕然とする。リドル先輩が「昨日のは……」と言いかけて、頬についたものを舐めたことかと思い当たって「あれは私も驚いたんです!!」と食い気味に言葉を遮る。恥ずかしいから、エースやデュースに知られたくない。


「え〜でもオレ、トレイ先輩に『監督生と距離近くないっすか?付き合ってんのかって噂になってるけど』って聞いたことあるぜ。その時先輩『おっと、噂が広まってるのか。早いな』って言ったからさぁ…………あれ……『付き合ってる』とは……言われてねーな」
「僕もクローバー先輩に『監督生と交際してるんですか?』って聞いたことがあるんだが、『そんなストレートに聞かれると、少し照れくさいよ』って言われたんだ……。それで納得してしまったけれど……今気がついたが、これって返事になってないよな?」
「なってないよ!!なんで私に直接聞かないわけ!?」
「えーなんだろ、タイミング?」


エースは半笑いで冷や汗をかいている。デュースとリドル先輩も、少し混乱しているらしい。2人で「じゃああれは……」などと、疑問をぶつけ合っている。
私も混乱していた。知らないところで、私がトレイ先輩と付き合っているという噂が広まっていたなんて。そう考えると、トレイ先輩のクラスに資料集を借りに行った時の周りの視線が、意味の違うものに思えてきて恥ずかしくなる。私は『彼氏の教室に忘れ物を借りにきた彼女』に見えていたということか。


「え、じゃあ何?お前ら付き合ってないのにあんなに距離近かったの?」
「私はあれがトレイ先輩の距離感だと思ってた……。弟妹いるって聞いてたし……
「いやいや流石にそれはねーわ。お前鈍すぎない?寮長に夢中すぎでしょ。てかさぁ、それ、トレイ先輩は絶対お前のこと好きじゃん」


エースに言われて、ぼふん!と顔が熱くなる。昨日の、『……好きだよ』というトレイ先輩の囁きを思い出してしまった。私が挙動不審になったのを見たエースが気の毒そうな顔をする。


「なんかトレイ先輩が可哀想に思えてきた。全然意識されてなかったわけじゃん?」
……たし……
「なに?」
「き、昨日好きって言われたし……


「あ〜、だからさっきからトレイ先輩のところ行きたくないわけね」とエースに呆れられてしまう。エースはまだしも、そういうことに疎そうなデュースにまで付き合っていると思われていたなんて相当だろう。なにそれ、そんなこと知らない。恥ずかしさと同時に少し腹が立ってきて、トレイ先輩にひとこと言ってやらないと気が済まなくなってきた。


「〜〜トレイ先輩に文句言ってくる!!」


資料集を入れたままの鞄を背負い直すと、私は化学準備室に向かって全速力で駆け出した。





……いや、勝てるわけないって……


と、私を見送ったエースたちが、顔を見合わせて乾いた笑いをこぼしていたことも知らないで。








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「トレイせんぱい〜〜〜〜〜〜!!!」


ガラッと化学準備室の扉を開けるともうすでにサイエンス部の生徒は集まっており、音に驚いた数人がこちらを向く。ここで用意したものを隣の化学実験室に持っていって部活を行うらしく、隣の部屋と繋がっているドアを行き来している人の姿も見えた。きょろきょろとアイビーグリーンの髪色を探す。少し奥の棚からひょこっと顔を出して「お、来たか」と呟いた姿を見つけたので、鞄を入り口にどすんと下ろしてずんずんと近寄る。まだゴーグルをつけていない眼鏡越しの瞳を睨みながら。私の勢いに、ドア付近にいた生徒たちがじりじりと通過を開ける。


「トレイ先輩!」
「どうかしたか?」
「どうしたもこうしたもないですよ!エースに聞いたんですけど、なんで私たち付き合ってrむぐ!?」
「ここは狭いから、少し外で話そうか」


『付き合ってることになってるんですか』と言おうとしたのに、ぱっと黒い手袋をとったトレイ先輩の手で「静かにしような」と口を塞がれてしまう。いい加減私でも分かる。今、ここにいる他の生徒たちに付き合って“いない”事がバレないように、私の口を塞いだのだ。「むぐぐ!!」とトレイ先輩を睨むが、先輩は意に介さず近くの生徒に「少し遅れるってクルーウェル先生に伝えておいてくれ」と伝言を残し、私を廊下に連れ出した。

化学準備室から少し離れた廊下の角までやってくると、トレイ先輩の手がようやく離れた。部活に行っている生徒がほとんどなのか、それともこの場所は元々人が通らないのか、ひと気はない。


「で、どうしたって?」
「だっ……だから、エースが、私とトレイ先輩が付き合ってる噂が立ってるって言ってたんです!」
「へぇ、そうなのか。それは驚いたな」
「白々しいですよ先輩……そう見えるようにしてたんでしょ?」
「なんだ、流石にバレたか」


はは、と笑うトレイ先輩をもう一度睨む。私に問い詰められても余裕で悔しい。


「そんなややこしいことしなくても、普通に『好き』って言ってくれればよかったじゃないですか!」
「昨日言っただろ?」
「っ……き、聞きましたけど……


そうじゃない。そういうことじゃないんだ。
なんと言えばいいのか言葉が見つからず、うっと詰まってしまう。「〜〜とにかく、先輩ずるいです!」と言いながらトレイ先輩の白衣を掴んでその拳で身体を押し、壁に向かって先輩を押し付ける。動かないかと思ったが、あっさり壁に背をつけたトレイ先輩を見て、私ってけっこう力が強いのでは?と自信が出てくる。そのまま先輩を見上げて睨んだ。


……なんでちょっと赤くなってるんですか」
……悪い。……かわいくて、つい」


『かわいい』と言われて、今度はこちらの顔が熱くなる。自分としては凄んだつもりだったのだが、頭ひとつ以上大きい先輩には効き目がなかった。くやしい。
「俺に文句言うためにわざわざ走ってきたのか?」とトレイ先輩が私の腕を掴む。「そうですよ!」と言いながら、逃げ出そうと腕を引っ張るが、先輩の手から全然抜けない。さっきは簡単に押せた先輩の身体は、今度はピクリとも動かない。

「へぇ」と呟いたトレイ先輩が私の腕を掴んだままくるっと回って、今度は私が壁に背をつける羽目になる。トレイ先輩が大きいせいで、壁に挟まれたような感覚になって少し身体が震えた。腕は相変わらず放してくれない。


「違った、違います!資料集を返しに来たんです!」
「あぁそうだったな」


そう言いながらトレイ先輩は私の足の間に自分の膝を差し込んでくる。私より高い位置にある膝が、腿を押し入ってきてさらに身動きが取れない。掴まれていた腕は壁に押さえつけられて、私はもうトレイ先輩を見上げる他に出来ることなんてない。なんて無力なんだ。私は。
空いている手でトレイ先輩の身体を押し返そうとするが、全く動かないためますます焦る。


「トレイ先輩、放して」
「うーん……どうしようかな……
「部活、行かないと、クルーウェル先生に怒られますよ!!」
「それは困るなぁ」


全然困ってない顔で笑う先輩に、この人は本当にいじわるだと再認識する。私を弄んでそんなに楽しいのか!?
どうやったらここから抜け出せるのか必死に考える。バクバクと音を立てる心臓に、こんなに近くに来られたら、好きじゃなくても動揺するでしょ!と言い訳する。付き合ってもいないのに、こんなに近づいてくるなんておかしい。でも、ふわりと香るトレイ先輩の匂いを『いつもの匂いだ』と考えてしまって、匂いを覚えるくらい自分たちは近くにいたのかと改めて意識してしまう。


「先輩、私まだトレイ先輩のこと『好き』って言ってないですから!」
「“まだ”ってことは、そのうち言ってくれるのか?」
「〜〜そういうことじゃない!!」


言葉でトレイ先輩に勝てるはずがなかった。色んな相手を交渉で落としているこの人に、私程度の切り返しで勝てるはずがない。

ならば、行動でやり返すしかない。


先ほど私に追い詰められて少し顔を赤らめたトレイ先輩を思い出し、先輩を押していた手を放して目の前のシャツの首元を掴む。一瞬目を見開いた先輩に気を良くして勢いよく自分の方に引っ張る。

そのまま、トレイ先輩のスートの上に口付けた。

私の顔に当たった先輩の眼鏡が少し押し上げられる。


驚いたか!


どや顔で押しつけた唇を放すとトレイ先輩の手がふっと緩んだので、よし上手くいったと自分の腕を引き抜き脇の下から抜け出そうと身を屈める。
しかし、一瞬で足の間に挟まっていた膝がぐりっと上がってきて、押し付けられた拍子に「ひゃわ!?」と変な声をあげてしまう。
すぐに腕を掴み直されて、トレイ先輩の膝に跨って座る形になる。床には爪先しかつかない。



「ばかだろ、お前」



トレイ先輩らしくない暴言に驚いて目を見開くと同時に、頬に手が添えられてぐっと唇に柔らかいものが押しつけられた。その勢いで再び眼鏡が押し上げられる。空いた手でトレイ先輩の顔を押しやろうと頬に手を伸ばすが、上手く力が入らなくて、指に引っかかった眼鏡が床に落ちてカチャンと音を立てた。
心臓が口から飛び出るんじゃないかってくらい暴れていて、頭が熱くなって涙が目に溜まる。頬に添えられていたトレイ先輩の親指が、私の口の端から迫って中をこじ開けようとしてくる。絶対に開けるもんか。んぐ、と歯を食いしばっていたら下から私を押し上げる膝がぐり、と動いた。「んひゃ!」と息を吐いてしまい、すかさずトレイ先輩の親指が私の口が閉じないように横から入り込んでくる。
絶対入ってくると思った瞬間に、熱い舌が口の中を蹂躙するためにぬるりと入り込んできた。トレイ先輩は、私が指を噛めないことを分かっていて突っ込んだに違いない。先輩の手は、ケーキを作る魔法の手だから。


「ふっ……ん、ふえん……はい、……やら、」


やだって言ってるのに!
よく見えないまま白衣を掴む。力が入らない手でぐっと引っ張ると、それに触発されたかのようにトレイ先輩の舌が奥へと入り込もうとする。
「んん〜〜!!」と唸った拍子にぽろ、と涙が落ちていった。

それに気がついたらしいトレイ先輩が、ようやく離れてくれる。膝が降りて、やっと地に足がつく。腕を掴んでいた手も離れた。息が上手くできない。はぁ、はぁと荒い息を溢す私を眺める先輩は、少し上気しているもののあまり変わらないように見える。口の端からこぼれた唾液を、白衣の袖でぐいと拭われた。


「なに、するんですか、」
「いや……お前に煽られたから、期待されてるのかと思ってな」
「煽ってません!……先輩、付き合う前にこういうことするの、どうかと思います」
「噂じゃ俺たちは付き合ってるんだろ?」
「付き合ってませんから!」


ぐい、と両手でトレイ先輩を押せば、「おっと、」と楽しそうに一歩離れる。くやしい。どうしてこんなに余裕なんだ。心臓はさっきからずっと痛い。
トレイ先輩ばっかり、私のことをドキドキさせてずるい!


「先輩、返事はゆっくりでいいっていったのに……
「ふっ、はははっ、お前……本当にお人好しだな。こんなことされて、まだ考える余地があるのか」


思わずといったように吹き出す先輩にそう言われて、今すぐ嫌いと叫ぶこともできるのに、そうしない自分に気がついてしまう。いやいや、待って。そんなわけないって!


「トレイ先輩のことなんて、絶対好きになりませんから!」
「うーん……そんな赤い顔で言われても説得力がないな……
「これは!先輩がいっぱいちゅうするから、あつくて!」
……やっぱり煽ってるのか?」
「煽ってない!!!」


今度こそ先輩の横をすり抜けて逃げ出す。先輩は眼鏡を拾ってからゆっくり振り向いて、のんびり歩いてくる。


「返事はいつでもいいからなー」
……っ!」


後ろから飛んできた声に一瞬振り向いて、にっと笑った先輩と目があって自分の顔が熱くなる。
返事はしないでそのまま走って化学準備室に置いた鞄を取り、止まることなく校舎の外を目指す。

トレイ先輩の資料集を結局返さず持ってきてしまったことに気がついた。
でもいいや、たまには先生に怒られてしまえ。



未だおさまらない熱い頬に手を添えて、小さく小さく呟いた。


「絶対、『好き』なんて言うもんか……!」










噂が真実になる日は、そう遠くない。


かもね。