別に世界を征服したいとか、世界を敵に回してやるだとか、世界が滅べばいいだとか、そういうことを願ったことは多分、なかった筈なのだけれど。
生きてきた結果辿り着いた先が世界崩壊エンドというのは、まあ。
「……仕方ない、か?」
【リビングデッド】
その特異性に気付くことになったのは、30を過ぎた辺りだったろうか。
そんな歳に見えないね、と言われることが元々多くて、まあ私だってジョシなので、若く見えるって言われることに悪い気はしなかった。大体18歳から20歳くらいに間違われる。良い年齢じゃん、最高じゃん。まあ年齢確認されるのはちょっとめんどくさいけど、なんて思っていたのだけれど――それが本当に、それくらいの年齢から私は歳を取っていなかったのだ。恐ろしいことに。いや、今となっては別段どうとも思ってはいないけれど。
たまたま――本当に不幸なたまたまなのだけれど、私は海外旅行中にとあるテロ事件に巻き込まれた。乗っていた飛行機がハイジャックされて、その飛行機は墜落し、乗客乗員とも全員死亡。大きな事件となって世界中にセンセーショナルに報道された。
そう、全員死亡。その筈だった。結果としては、『私を除いて全員死亡』が正しい。
目が覚めた時、私は無傷で飛行機や人だったものの残骸が散らばる、燃え盛る炎の中に居た。何が起きたのかさっぱり分からなかった。目の前まで迫っていた炎を覚えていたし、こんなことで死にたくないなあと思いはしたけれど諦めたことも覚えている。なのにどうして私はこんなところで生きているのだろうか。生きている訳がない。五体満足で傷ひとつないなんてこと有り得ない。高度何千メートルから墜落してると思ってるんだ。パラシュートがあったとか、そんなラッキーもない。
私は確実に死んだ筈だ。不幸なテロ事件の被害者になった筈だ。その筈だった。
飛行機を捜索しにきた人たちも、私が飛行機の乗客だとは思っていなかった。何故こんなところにいるのかと詰問され、テロ組織の人間が様子を見に来たのだとされ、私は逮捕された。やがて身元を照会することで私が飛行機の乗客であることが分かり、有り得ない事態に大騒ぎになり、私は体の隅々まで検査されることになった――そして判明したのは。
私が、死なない身体であること。
だから私は、人間ではなくなった。
当たり前のようにテロ事件で墜落した飛行機の乗客に生存者がいることは秘匿され――というか生存者がいたなんて誰も信じないと思うけど――つまり私は『死んだ人間』という扱いになった。それが最初。
よくわからない施設に送られ、様々な検査をされ、そして行為はどんどんエスカレートしていく。死なない、なんて実感は当時の私には一切なかったけれど、行為がエスカレートしていくにつれて向こうの倫理観は欠けていった。殺されるのが日常茶飯事。死なない、と言っても痛みがない訳ではないのに、何度も何度も様々な方法で殺される。死ぬ、というのは分からないけれど、突然ぶつんと電源が切れたみたいに目の前が真っ暗になって、気が付いたら無傷でそこに戻っている、という状態は、「死んで生き返った」という状態なのだろう。原理は全く不明なのだけれど、恐ろしい速度で身体が再生する。傷口を塞ぎ、失った器官を、部位を再生し、『私』が形成される。切り落とされた器官や部位は再生と同時に跡形もなく消失するので、切り取って研究、ということも難しいようだった。
自分の身体が再生していく光景というものは自分で見ていても気持ちの悪い光景だったし、一時は気が狂っていたと思う。今では普通のことだから、忘れたけれど。別段それまで傷の治りが早いとかそんなことはなかった筈だから、一度死んだという出来事がトリガーとなって私の身体に異変を起こしたのかもしれなかった。勿論、今になって確認する術はない。ああ、でもその頃からおなかがすいた、という感覚はなくなったか。食べなくても生きていける。多分、そういう身体に造り替わってしまったのだ。
研究の中、何度か子供も出産させられたけれど、その子たちは私の不死性は引き継がなかった。生んだ次の瞬間から様々な検査をされ、そして不死性があるかどうかを確認する為に殺されていく赤ん坊たち。試験管ベビーも実験されていたっけ。多分、それは当時の私には精神的にものすごく苦痛だったのだろう。あんまり記憶がない。記憶はないけど子供は産めたのだから、身体だけは元気。不死ってこわい、なんちゃって。
転機は何十年後のことだったろうか。そんなに経っていないかもしれないし、もしかしたらもっと時間が経っていたかもしれない。
私を助け出したのは、とある宗教団体だった。神が研究という名の下に迫害され続けている、とかナントカ。どうやら不死の存在が居る、というのは少しずつ噂が広がって、知らない間に宗教にまでなっていたらしい。実験動物から一転神様となった私は、自由な生活を手に入れた。
悪くはなかった。皆が崇めて皆が労わって皆が畏れてくれる。一番上に立つ優越感というのはやはり悪くない。言えば何でもしてもらえたし、結構自堕落な神様をやっていた。今まで溜まっていたストレスもあったのかもしれない。何人子供が出来たやら。やっぱり子供たちに私の不死性が遺伝することはなかったけれど、私の血を引いているというだけで子供たちは特権階級ではあるようだった。よくは覚えていない。
そんな生活が続いた頃、今度は宗教戦争みたいになってしまった。私を神と崇めていた宗教団体は小さいものだったのだけれど、気付けばどんどん大きくなり、ひとつの自治体だか国だかみたいになっていて、信者の数は全く把握しきれなかった。信者を増やす為に目の前で死んでみせたこともあったっけ。私を化け物と叫ぶものは殺されてたし、うん、この頃には既にそれに何も感じなかったから、やっぱりとっくに私は人間じゃなくなったんだろう。
私は『死なない』以外には何も出来ないただの女だ。宗教戦争で死んでいく信者たちに何か特別なことが出来るわけじゃない。神は救ってくれない、それは私を信じた人を手酷く裏切ったらしい。勝手に信じた癖に勝手に裏切られた気分になるんだから、人間って勝手だよねえ。そのうち私の周りからは誰も居なくなった。私が死なないことを知っている癖に、私を殺して逃げ出していく人もいた。
そして私は世界の敵になってしまったらしい。
ありとあらゆる手段を以て、私は何度も殺された。そのうち生物兵器だ核爆弾だよく分からない新兵器だ何だと持ち出してきて、そのせいで知らない間に人類どころか地球上の生物は絶滅したらしい。いや、世界は広いから探せば何処かに人類は存在しているのかもしれないけれど、いちいち探すのもめんどくさい。インフラどころか文明がなくなって荒廃した世界を、私は無為に生きている。だって死なないんだもんな、生きるしか道が残されていないのだ、残念ながら。
私の身体に生殖機能が残っていたところで相手がいなきゃあ子供を産むことなんて出来やしないし、いやそもそもこんな状況で子供産んだってどうせ死ぬし。死なないまま、何の役にも立たないまま、私はこの世界に取り残されている。仕方ないよね、死なないんだから。世界再興の神様には残念ながらなれない。私は死なないだけの、歳を取らないだけの、ただのその辺を生きていた人間なのだ。
こうなってからどれだけ経ったのか分からないけれど――だって年月なんてもう何の意味も持たないから――私はずっと、どうして私が死ねないのかを考えている。
このまま生きていたら、何億何十億の年月が経過したら、新たな人類の進化の歴史が始まるんだろうか。歴史の授業で習ったみたいな。恐竜とか、原始人とかに会えるのかな。そうして歴史が紡がれて、そして最終的にまたこうして滅ぶんだろう。ただの死なない女を殺す為に躍起になって、世界が消えていくんだろう。
それは何度繰り返されて、私はいつまで生きればいい?
気はとっくに狂っている。頭なんてとっくにおかしい。ぼーっと座っているだけで何十年何百年と過ぎている気がする。そんな状態でも死なない身体はとっても元気で、今日も無駄に生命活動を継続させている。どうしてこうなったのかも分からないし、どうして死ねないのかも分からない。元々頭が良い人間でもないもので。ああ、でも時間だけはたっぷりあったんだから、あるんだから、ちょっとは勉強すればよかったなあ。今となってはそんなことが出来るものも、この世界には遺されていないのだ。
いつになったら死ねますか、かみさま。
どうしてこうなったかはどうでもいいから、いい加減死にたいなあ。そう思いながら、私は目を閉じた。――次に目を開けた時には、生物が生まれていればいいのに、と思いながら。
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