真夜中を過ぎ、そろそろ寝ようと決めた瞬間にインターホンが鳴る。無視を決め込もうと思ったものの延々と続く嫌がらせのようなインターホンに辟易してドアを開ければ、目に入ったのは花束だった。
「はっぴーばーすでーい!」
「……何時だと思って……っていうか君酔ってるね……?」
花束の主――唯の顔はほんのりと赤い。軽いアルコール臭に眉を寄せれば、へへ、と唯が笑う。こちらは笑い事ではない。我儘が過ぎる。とっとと追い出して寝ようと決めてドアを閉めようとすれば、思い切り足を挟まれて封じられる。睨んだところでへらりとした笑顔が返ってくるだけだ。
「かまってー」
「だから何時だと思ってんの君」
「日付変わってー、誕生日っしょ?」
「……そうだけど」
だから何だというのだ。1年分歳を重ねただけだ。そういえば彼の誕生日はインスタでライブ配信をやっている光景を眺めていたな、とふと思い出す。その後はまあいつもの通りだった訳だが。
蹴り飛ばして追い出しても構わないが、仮にも芸能人相手にそういうことをするのは憚られる。彼も仕事に支障が出るのは本意ではないだろう。何より追い出したところでまたインターホンの連打が始まれば近所迷惑だ。明日――日付的には今日だが――が休日であることに感謝しつつ、深い溜め息と共にドアを開けば、やったー、と呑気な声。
「ねー化龍さー、花瓶持ってる?」
「ある訳がないだろう」
「は?花瓶くらい持っとけ」
「花に興味がない」
「でしょうね」
っていうか貰うこともないよね。と言いつつ、唯が部屋の中へと入っていく。その手にちゃっかり花瓶が引っ掛けられているのが見えて、二度目の溜め息。こちらが花瓶を持っていないことなど見越していたのだろう、自分の部屋から持ってきたに違いない。つまりどこかに行った帰りに襲撃されている訳ではない。
当たり前のようにキッチンで花瓶に水を入れ、手慣れた様子で花を飾り、テーブルの真ん中に置く。邪魔だな、と思いつつそれを眺めれば、かなり立派な花束のようだった。
「……君これどうしたの?」
「今日?昨日?っていうかさっき?ドラマがクランクアップで貰ったー。その後プチ打ち上げしてる時にあ、そういや化龍誕生日だな?と思って持ってきた」
「あ、そう……」
——そう言えば時々、彼の部屋には花があるような気がする。成程仕事で貰っているからか、と納得する一方、だからといってこの部屋に置かれる意味は分からない。祝い事には花束、ということなのだろうが、この花束は唯が貰ったものだ。何より唯に誕生日を祝われる意味も分からない。
自分たちは、そういう関係ではない筈だ。
ちらり、とこちらを振り返って、唯は笑う。ただ静かに笑って、仕方ないなあ、なんて呟いて。
「むずかしーこと考えてんな?」
「は?」
「俺はお前に愉しませてもらってんだから、誕生日くらいお祝いしたっていいじゃん?」
「……見透かしたようなことを」
「自分が思ってるより分かりやすいよ、お前」
「……滅茶苦茶腹立つなこのアイドル、頭おかしくなるまで犯してやろうか」
「わーい魅力的なお誘いだけど残念ながら俺は明日も朝から仕事なんですー」
もう今日か、と、やはり唯は笑う。屈託なく、無邪気に。苛立っているこちらの方が馬鹿らしくなってくるのは彼の術中に嵌っているせいだろうか。
売れっ子のアイドルが一般庶民、隣人の誕生日を覚えている、というだけで恐らくは羨ましがられることではあって、深く考えない方が良いのは確かなのだろう。単なる彼の気紛れで、たまたま花束を貰って、たまたま此処に持ってこられただけだ。テーブルの上で咲き誇る花束は恐ろしく不似合いに美しく空間を彩って。
「うあーねむいもうむりここでねる」
「は!?君の家隣だろう、帰れるよね!?」
「ベッド借りんねー」
「いや帰れ!?」
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