俺は多分、ランのぞっとする程冷たい瞳が好きだった。周りの奴を誰一人信じていない、諦めきった瞳をした、漆黒のような深紅の表情。恐ろしく美しく、恐ろしく怜悧な印象を与えるそれは、本当にこの世のものとは思えない。あの人の創り上げた芸術品。彼は作品であり、事実、あの人がランの存在で得た収入はかなりの額だったと聞く。
美しき純白を、穢れなき純白を、あの人はいくら積まれても手放したりはしなかった。どんなものとも交換しようとはしなかった。それはランの価値が唯一無二だったからだ。穢れなく美しく。真っ黒の世界の中で、彼だけが純白だった。
なのに――なのに。どうしてお前は。
「教えて頂戴、エル――あの子を何処にやったの」
漆黒の制服を身に纏って。美しい白い肌を、髪を、その瞳のような返り血の真紅に染めて。そんなに妖艶と、笑うのか。
つか、強過ぎるだろうお前。いや、元々ランは強かったっけか。あの人に嫌というほど鍛えられていたし、元々の戦闘能力も高かった。あの人がランに教え込んだ生きる術は、万が一どこかに連れ去られてしまった時に自力で帰って来られるように、だった筈なのだけれど、その強さのせいでランは一人であの人の下を去ってしまった。そして付き合いのあった組織を軒並みぶっ潰して、あの人のことも廃人同然まで追い込んで、そしてあの人は居なくなってしまった。
そんなに恨んだのか。そんなに苦しんだのか。そんなに憎かったのか。
――そこまで、許せなかったのか。
ごふ、と口の中に血が溢れる。やってらんねえ、教えろってんなら喋れるようにしとけよ、ブチギレて人の身体に穴ぶち開けて、喋れる訳ねえだろうが。
ああそうか、魔術犯罪抑止庁の二等戦闘官サマは手加減って言葉をご存じない?
「エル」
「ぐ……っ!?」
ぐちゃり、と嫌な音が身体の中から聞こえる。痛すぎて痛覚がどっかいっちまうよ、手加減しろって。たかだか一人の、どこにでもいる女の子の為にどこまでやる気だよランドルフ=キャロル。下っ端しかいなかったとはいえ犯罪組織の末端のアジト一人でほぼ無傷でぶっ潰すとか正気の沙汰じゃあねえ。
「……内臓ひとつずつ引っ張り出されて目の前に飾られるのがお好みなら、やってあげるわよ?」
鬼の所業かよ。どんな拷問だよ。何の刑罰だよ。やっぱお前犯罪者の方が向いてるよ。
勘弁してくれ、の意を込めて首を横にぶんぶん振れば、溜め息交じり、ランの手が俺の腹から引き抜かれる――瞬間に激痛。……今絶対何か引きちぎった。なあ引きちぎったよなお前。殺す気かよ。死なねえけど。
慌てて治癒の魔術を発動。傷口見たくねえ、おっそろしい。黙って俺を見下ろすランは無表情で、冷たい目にぞくりと背筋が寒くなる。ああ、変わらないなお前は。その目だ。その、目。
「は、は……、その口調を、貫くのは、制服着てっからか?戦闘官サマ……」
「減らず口叩く元気はあるのねえ。そのどでかく開いた穴にアッツアツの鉄砂放り込んでやりましょうか」
「……ゴカンベン……」
寿命以外で死ねないことを呪う身体にはなりたくねえよ。表情ひとつ変えずに本当にやる奴であることを知ってしまっているから、笑って誤魔化すのが限界だ。
そういう奴だよ、お前。ラン。変わらないな。本当に変わらない。どんな仮面を被っても、お前の本質は変わりやしない。だから思うんだ、ずっと。
ーーお前、何であの時、俺のこと、連れてってくんなかったんだ。
「あの子の居場所を教えなさい、エル。貴方が喋っていいのはそれだけよ」
「残念ながら、知らねえよ……別れた後のことは、何も、な」
「本当に?」
「……ああ……」
残念なことに本当に何も知らない。俺は引き離しただけだ。スイッチを押しただけ。後のことを選択したのは、俺じゃあない。
そう、と小さく呟くランの瞳は俺を射抜いたまま離さない。次の行動が手に取るようにわかってしまって、俺は笑う。ああ、傷がいてえ。死にそうに。
「……らん、」
「なあに」
「お前本当にーーあの人そっくりに、なったな」
瞬間走った激情の色は。
視認する間もなく、俺の意識は漆黒に塗り潰された。
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