AmexAmexxx
2018-01-09 16:53:31
1999文字
Public OcculTrigger
 

忘れ去られた日々のこと 05


 永瀬に言われた言葉が、頭の中をぐるぐる回る。
 死ぬことになる。誰が?俺が?ーーいや、今までだって何回も死にかけてきた。『こちら側』の世界に足を突っ込むということはそういうことだ。ここのところはあまり巻き込まれることもなくて、忘れかけてはいるけれど。
 首を突っ込めば死ぬ。……なら、それはつまり。
 碓氷はーー死んだのか?
 心臓がばくんと音を立てる。認めたくない。認めたくないことではあるけれど、俺はどこかでそれに気付いていた。成り代わっているのなら、成り代わられた者は存在していてはいけない。本物が存在していれば、偽物であることがバレてしまう。
 どこかに、それこそ『カミ』の領域に閉じ込められるようなことがあるか、もしくは死ぬかーー殺されるか。そうでないと偽物は本物に成れない。成り代わる、意味がない。

……冗談きっつい」

 なんで。どうして?どうして碓氷が死ななきゃいけなかった。しかも、あの後に?
 もしあの日、俺が違う行動をしていれば。せめて碓氷と一緒にホテルを出るとか、もう少し無理矢理にでもアイツと話をするとか。そういうことをしていれば、また違うかもしれなかったのに。
 過ぎたことは悔やんでもどうにもならない。どうしようもない。俺は俺自身の保身の為に結果的に碓氷を死なせてしまったのかもしれない。俺が。ーー俺のせい?
 いや、違う。そんなことまだ分からない。思い込むにはまだ早い。落ち着かないと。まだそうと決まった訳じゃない。碓氷が死んだと、決まった訳じゃない。

「ーーなぎちゃん?」

 きょとんとした聞き慣れた呼び声に、びくんと背が跳ねる。振り返れば、声の通りきょとんとした顔の憂凛が立っていた。
 どうにも無意識に家ではなく喫茶『たちばな』の方に来ていてしまったらしい。……何やってんだ俺?此処に来たからって何がどうなる訳でもないのに。

「あれ、なぎちゃん顔色悪いね?エドさんとケンカでもした?」
……いやアイツと別に喧嘩はしねえよ基本的に俺が一方的にキレるだけだろ」
「まあそうだよねえ。……ねえ、何かあった?」
「いや……、」

 ーーぶちまけてしまおうか。
 そうしたら楽になれるか?いや、どうだろう。俺は自分がしたことがどういうことか分かっているーー分かってしまっている。口にしたくないし、誰かにどうこう言われたくもない。
 何より、憂凛に、知られたくない。
 またそんなエゴで、俺の口は重くなる。それに、話したら憂凛は絶対に碓氷のことを放っておかないだろう。なっちゃん、なっちゃん、と憂凛はよく碓氷に懐いていたし、碓氷もゆりゆり、なんて呼びながら可愛がっていた。首を突っ込んだら死ぬかもしれないようなことに、コイツを巻き込めない。2度と『半人』としての力を振るわないと決めたコイツに、そんな話が出来る訳がない。

「立ち話も何だし、入れば?なぎちゃんの顔見たらパパ喜ぶよ!」
「ああ……、うん」
「ねえねえ最近何してるの?大学院たのしー?」
「まあそれなり」
「返事がてきとうー。エドさんとはどうなのー?」
「どうもしねえよ」

 どうもしない。何も変わらない。……碓氷のことを忘れてしまえば、このまま何も変わらない生活で居られる。けど。
 憂凛に連れられるまま喫茶『たちばな』に足を踏み入れると、俺を見た一斗さんがいつもと変わらない優しい笑顔でいらっしゃい、と迎えてくれる。カウンター席に腰掛ければそして何も聞かずにいつも通り甘めのカフェオレを出してくれて、その温かさに胸が痛くなる。
 いそいそと隣に座った憂凛は、ふんふん鼻歌を歌いながらココアを飲み出した。甘ったるい匂い。やたらご機嫌なのは何だろう。いいことでもあったんだろうか。

……ねえなぎちゃん」
……何だよ」
「話したくなったら、いつでも話してね」

 ーー憂凛はいつでも、なぎちゃんの味方だよ。
 優しい声で。穏やかな声で。小さく紡がれたその声に、俺は目を伏せる。顔を逸らす。……なんで、そういうこと言うかな、お前は。馬鹿狐。
 何でお前は、俺なんかにそんなに優しいんだよ。一斗さんも。馬鹿だ。俺はそんな風に優しくされるべき人間なんかじゃない。責められるべき、最低の人間だ。ずっとーーずっと。
 俺はそんなに酷い顔をしているのだろうか。分からない。分かりたくない。ただぼんやり、真っ直ぐ家に帰らなくて良かった、と思う。同居人に変な心配は掛けたくない。根掘り葉掘り聞かれたり、やたら調べられたりするのは避けたいから。ここで落ち着いて帰って、それから。ーーそれから。

……別に何もねえって言ってんだろ」
「ふふ。じゃあいいよーだ」
……ありがとな、馬鹿狐」
「憂凛何もしてないよ」
「いいんだよ」

 お前は、居てくれるだけで。
 いつも俺に、前を向かせてくれる。