碓氷本人がいなくなってしまっているのかもしれない、という可能性にぶち当たったのは、碓氷のことを調べ始めてから1週間が経った頃のことだった。
碓氷自身に連絡はつく。SNS関係をブロックされている形跡も、電話が着信拒否になっている形跡もなかった――というか、送ったし電話もした。普通に繋がった。けれどやはりそれは碓氷本人ではなく、あのよく分からないニセモノのようだった。この間俺に会ったことを、覚えていたから。
いっそ碓氷が俺のことをからかっているのかもしれないという可能性も否定は出来ないし、それだったらどれだけいいか。ここ数カ月の碓氷の行動を調べられるだけ調べてみたけれど、ある一定の期間の行動だけがどうしても、どこからも抜け落ちてしまっている。その期間が、良くない。
つまりは――俺と最後に会ってから、大学院に入るまで。
「……アイツあの後、どうしたんだ」
さっぱり分からない。やはり俺はあの時ホテルに碓氷を一人残すべきではなかったのだろう。あれ以降碓氷から俺にコンタクトはなかったし、俺も出来るような立場ではない。そんな厚顔無恥な行いを出来る程腐った人間ではない、と思う。……いやいっそ、厚顔無恥であった方がマシなのか。その辺のことは、俺には判別しようもないことではあるけれど。
楠なら何か知っているだろうか、とふと思う。俺があの次の日に楠と会って飲んでいたように、もしかすると。……いやけれど、それなら調べて引っ掛かるだろう。
あの日から、院に入るまで。本当にアイツは何処にも存在した形跡がない――院に入る準備なんかもあったろうに、その辺りはどうなっているのだろう。少なくとも住んでいる家の水道や電気が使われた様子はなく、そしてそれは今も続いている。使っていない。――住んでいない。けれど家賃を含めそういう生活に必要な雑費はきちんと振り込まれているというから本当によく分からない。大学院にもきちんと行っているようだし。いや、それは恐らくあの、碓氷であって碓氷でない何かなのだろうけれど。
あの日を境に。あの後を境に、入れ替わった。そう考えるしかないんじゃないだろうか。俺の手持ちの情報で分かるのは、そこまでだ。確証はない。
調べものは、俺の『生業』において得意技、と呼べるものではあるけれど、やはり限界というものはある。正直なところ『サイキッカー』である楠の手はやはり借りたい。俺とは別の角度から調べることが出来るのは大きい。……けれどやはり、説明しなければならないと思う時が滅入る。それにもうアイツは学生じゃない、社会人だ。勝手なことに巻き込むのはどうしても。そんな風に思うのは、俺が逃げているだけなのだろうか。
或いは柳川なら。柳川自身、というよりは柳川と一緒に居る『カミ』――ネットワークに生きるあの分体であれば、もう少し手広く調べることが出来るだろうか。そこまで考えて、笑う。それこそお門違いだ。柳川の力を借りようだなんて、虫が良すぎる。
……ああ、もう。そんなことは言っていられない。兎にも角にも、だ。
「……他のセンを当たるしかないか」
一応『こちら側』の世界にも、所謂『情報屋』というものがいる。調べものに長けた『生業』持ちの本職、というか、そういうものだ。俺も調べものには慣れているけれど、『情報屋』はそれを職業にしてしまうくらいなのだから、相当のネットワークと半端じゃない実力を持っている。
俺の周囲に『情報屋』を本職にしているような人間はいない。というか俺のコミュニティは基本的に狭いし、『陰陽師』として生きていくつもりもないから広げる必要もない。……聞いてみるなら茅嶋さんだろうか。『ウィザード』を本職にしているあの人なら顔が広いだろうし、『情報屋』の一人や二人知っていそうだ。……いや、あの人は忙しい人だし、下手に連絡すると気軽に手伝うよ、と言ってくれそう過ぎて、申し訳ない……。
同居人を頼るのは最後の最後にしたい。いや、ヤツは俺が頼めば何でもしてくれるとは思うのだけれど、だからこそ嫌だ……。そんな我儘を言っている場合ではないかもしれないけれど、本当に嫌だ。――いや、この場合、俺は単に巻き込みたくないだけなのかもしれない。大人しくなった爆弾を叩き起こすような真似もしたくないし。
「自力で探すしかないな……」
伝手はないけれど。これ以上碓氷のことを俺が調べても何も前進しないのだから、次は『情報屋』を探してみて、駄目なら次を考えるしかないだろう。
なるべく誰も巻き込まないように。――なるべく誰にも知られないように。
この時、誰か1人にでも連絡を取っていれば。
――それが出来なかったのもまた、俺の弱さなのだろう。
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