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AmexAmexxx
2017-11-26 09:02:01
2945文字
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忘れ去られた日々のこと 02
それは5月の半ば頃のことだった。
俺はいつも通りだったーーいつも通りに生活を戻そうとしていた。憂凛に言われたことがずっとどこかで引っ掛かったままだったからだろう。スーパーで夕飯の買い物をしてから帰って、メシ作って、食って、まあその後は相変わらず本片手に引き篭るーーみたいな生活ではあるのだけれど。
歪でも少しずつ日常に帰れば、きっと忘れられる日が来る。なんてのは希望的観測というやつで、忘れられる日は来ないだろう。日常に埋れて見えなくなるだけだ。けれど見えなくなれば安心出来る、糾弾されずに済む。それが逃げであることは重々承知してはいたけれど、逃げなければやってられないということもあるのだ。残念ながら。
そんなことを頭の片隅で思いながら、日々を過ごしていた。これ以上何も起きて欲しくない、というのは甘えなのだろう。壊したのも失わせたのも、俺自身なのだから。
「あれっ、カヲルちゃんだー」
ーーそう、だから。
俺はその声を聞いた時、寒気を覚えたのだ。 聞く筈のない声だったから。
「
……
、碓氷」
「ひっさしぶりー!元気だった?」
眼前に現れた碓氷は笑っていた。奇妙なくらいに笑顔だった。まるで何事も無かったかのように。
碓氷は馬鹿な女じゃない。どころか、恐らく本人が時々口にしていた通り、俺は頭の良さでは碓氷には勝てない。あの時俺が何を考えていたのかなんて、碓氷には分かりきった話だっただろうしーーだからこそ碓氷は、最後のつもりだったから。そもそもあの時碓氷は自分で言ったのだ、「これからすごい馬鹿なこと言うんだけど」、と。二度と俺に会わないつもりだったから。全部、ぶち壊して。
「
……
そんなに久々じゃねえだろ」
「そ?卒業式以来じゃない?」
「ーー
……
」
は?と聞き返しかけた声を押し殺す。何も無かったことにしようとしているのだろうか。俺と碓氷の間には何もなくて、何も起きていなくて、だからこんな風に?
……
分からない。コイツが何を考えているのか。
何も無かったことにはならない。俺の中にも碓氷の中にもしこりのように残り続けるし、寧ろ何も無かったことにはするべきではないのだ。アレが何だったのか、話し合うのならともかく。
何を言えばいいのか、言葉に詰まる。俺はコイツとどんな風に接していたんだろう。思い出せない。対する碓氷はきょとんとした顔で俺を見ている。
「
……
どうしたのさカヲルちゃん?元気ないな」
「お前は元気そうだな」
「まあねえ。いやーでも毎日勉強漬けで大変だわー」
「
……
そうか」
碓氷は普通だ。本当に、普通だ。ーーコイツ、こんなに器用な奴だったか?おちゃらけてはいるけれど、こんな感じの奴じゃない。何かが違う。何か、引っ掛かる。こんな感覚をいつだったか味わったことがある。あれは
……
、ああ。あの時か。嫌なことを思い出して、溜め息。
何にしろ。コイツが碓氷であるならば、傷つけることを承知の上で。俺は確認するように、その言葉を口にした。
「
……
何の約束もしてねえのに俺見つけるって、お前俺のこと好きなの?」
じっと碓氷の目を見て。はっきりと告げたその言葉は、最低の自覚がある一言だ。
あの時、碓氷は何も言わなかった。最後まで誤魔化した。思い出作りだよ酒の勢いだよと、よく分からない言い訳を繰り返しながら俺を誘って、そして俺はその誘いに乗ってしまった。けれど恐らく、碓氷には俺への気持ちがあったのだと思うーー自惚れでなければ。
碓氷は、俺という人間をよく知っているから。だから最後まで、口にしなかったのだ。その言葉を。
きょとんとした碓氷は、そのまま笑う。何の屈託もなく、何の動揺もなく。
「あったりまえじゃーん、愛してるぜカヲルちゃん」
「きもい」
「酷いな!?」
よく分かった。
コイツは、碓氷の姿をしているだけの、『何か』だ。
+++
手が震えているのか、上手く火が点けられない。100円ライターの安くて固い音に苛々してきて、俺は火のついていない煙草を銜えたままライターを放り投げた。駄目だ。
アレはーーあの碓氷は、一体何だったのだろう。誰が何の目的で碓氷の皮を被ってる?大体ホンモノの碓氷はどうしてるんだ?連絡すれば分かることか、とは思うけれど、連絡するのは億劫だ。どの面下げて碓氷に会えるというのか。今更。
……
、今更。
あの日のことを思い出す。どうして俺はあの日部屋に碓氷を一人残して帰ってしまったのか。出来たことはあった筈で、けれど俺はその選択肢を選ばなかった。碓氷は俺が出ていくことを望んでいたから、という理由で。本当に望んでいたのか?あの時アイツは本当は。
……
ああ。でも、それが出来ないから俺はアイツの言う通り『クズ』なのだ。碓氷にそう言われる度、俺は否定してこなかった。分かっていた。自分がそういう人間であるのだということを。
俺が選んでいるのはいつだって『自分が一番傷つかない』選択肢だ。その場その場で心を痛めるようなことには遭遇するけれど、楽になれる選択肢を選ぶ。その場にいる誰よりも、自分が傷つかないように。そうやって選択している。それは優しさに取り違えられることもあるけれど、何のことはない、俺のエゴだ。ただの。
ーー憂凛と柳川の事件の時だって。俺にはもっと出来ることがあった。怒ってでも無理にでも、憂凛を柳川と一緒に居させることだって俺には出来た。本当はそっちの方が、憂凛はもっと早く元気になれたであろうことも想像がつく。でも俺が嫌だった。傷つけたことに怯えて泣く憂凛に対して抱いたのは暗い感情だったことは認める。アイツがまた俺だけを頼ってくれれば。柳川に出会う前のように、俺に甘えてくれれば。そう思った。結局のところその目論見は失敗で、憂凛は俺より柳川が預けた『カミサマ』に一番甘えていてーーだから俺は荒れて、結局憂凛から距離を置くようになってしまって、馬鹿みたいなことをやらかしている。
馬鹿みたい、というよりは。馬鹿だろう。本当に。
碓氷のことを自分勝手に扱うことも出来た筈だった。アイツの中に俺は酷い男だった、という気持ちを植え付けて、前を向かせることは出来た筈だ。それが俺には出来なかった。アイツを手酷く扱ったのだという記憶を自分に残したくなかった。だから最後まで俺はクズだと、碓氷は言ったのだ。諦めさせてやれなかった。
……
諦めて欲しくなかったのかもしれない。俺は本当に碓氷には気を許していたからーー楠や碓氷と過ごすのは、本当に楽だったから。楽しかった。そうなのだろう、多分。
「
……
、全部ぶち壊しといて」
笑える。本当にどの面下げて。楠にすら合わせる顔がなくなってる癖して。楽をしようとして何百回泥沼に嵌ったら学ぶんだよ、俺は。
今から取り返しのつくことはあるのだろうか。俺は、頑張れるのだろうか。分からないーー分からないけれど。あのよく分からない変な碓氷のことをこのまま放置してはいけない。だから、やっぱり、碓氷に連絡するべきだ。アイツが今どうしているか、確認しなければ。
ーーそして俺は知ることになる。
二度と取り返しがつかないことを。
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