AmexAmexxx
2017-10-04 18:45:56
2489文字
Public OcculTrigger
 

Angel Holic


 ねーちゃんの背中には大きな火傷の痕がある。
 直接灼熱の炎をぶつけられて出来たその大きな火傷痕は、恐らく一生消えることがない。消えないーーどころじゃあ、ないだろう。その顔に、その身体に似つかわしくない程醜いその火傷痕を、彼女は一生背負って生きていくのだ。文字通り。
 背中の空いた服は着ることが出来ない、人前で服を脱げない、ーーもしいつか誰かを愛しても、愛されても、その人に受け入れて貰えるかも分からない。口では何を言ったって、醜い傷痕ごと愛せる人なんて早々居ないだろう。その火傷痕を負った経緯を知れば、尚更。

「いいよ、私は」

 いつだったか。ねーちゃんが薄く笑って、呟いていた。

「私は幸せになれなくてもーー私の代わりに、あきちゃんが幸せになってくれれば」

 感情の読めない笑顔で、そんなことを呟いて。俺の方を見て、笑みを深くして。
 ーーじゃあどうして、そんなに悲しい顔をするの。
 そう問い掛ける資格を、俺は持たない。



+++



 夜中に目が覚めた。
 こんな時間に目が覚めると、いつも反射的に開けることのない部屋の方に視線が行く。もうそこの住人は居ないのに、翠のところに居ることを分かっているのに、どうしても。……あの日の母さんとねーちゃんのことを思い出すと、未だに吐き気がする。
 俺はいつも、助けられない。ゆっくりと壊れていくねーちゃんを、見ていることしか出来ない。伸ばした手は振り払われるーーそしてもう、俺は手を伸ばす資格すらなく。
 振り払って、身体を起こす。水でも飲めば落ち着くだろう。首を振って、溜め息。視線を動かしてーー床に転がっている白い肌が目に入った。

……、帰ってたんだ」

 思わず声に出したけれど、反応はない。床であられもない格好をしたねーちゃんが寝転がっていた。小さな寝息が聞こえる。……珍しい、寝てる。目を凝らせばイヤホンが耳に入っているのが見えた。……寝る時にイヤホンしたら危ないって何回言ったら。でもそのイヤホンの理由を知っているから、そうしないと眠れないことを知っているから、強くは言えない。
 薄いキャミソールに短パンだけ、という何ともな格好は肌蹴まくっていて、これでもかというくらいに白い肌が露出している。だらしない。……風邪引くぞ。
 ねーちゃんが普段使っている布団を引っ張り出して、掛けてやろうと近寄れば。キャミソールの隙間から目に入った背中の火傷痕に、つい手が止まった。
 この火傷の原因は、俺だ。俺を守ろうとして、ねーちゃんについた傷。本当は俺が負うべきだった傷を。ーー俺なんて庇わなければ、こんな醜いもの、背負わずに済んだのに。
 ちょうど肩甲骨のあたりに広がるそれは、一種翼をもぎ取られた痕のようにも見える。自由を奪われるように、地上に叩き落とされた痕。この火傷を負わなければ、ねーちゃんはもっと自由に色んなことが出来ただろうから、あながち間違った妄想でもないのかもしれない。
 ーーああ、でも。
 だから、ねーちゃんは俺の傍に居てくれる。誰のものにもなれないまま、俺の傍に居てくれる。俺の幸せを願ってくれる。このままずっと一緒に居てくれる。俺のことを、ずっと考えてくれる。だからこれで良かったのか。
 ……良かった、のか?

……何を、考えてんだ、俺は」

 良い訳がない。女として生まれてきて、双子の姉にこんなことを言うのもどうかとは思うけど結構可愛いし、普通の女の子だったら今頃すごく幸せで。きっと彼氏だって居ただろうし
、こんなに苦労しなくても。
 ーーそう、だから。だから、翼をもぎ取っておかないと。地に堕として、俺のものだって印をつけておかないと、すぐ他の人のものになってしまうから。だから。
 違う、そうじゃない。ーーそうじゃない。
 必死で振り払って、視線を逸らして。布団を掛けるその瞬間、窓から差す月明かりが照らしたのは。

「ーーッ!」

 見た瞬間に目の前が真っ赤になって、俺は洗面所に走る。顔を洗って、それだけじゃ無理だ、頭から冷たい水を被って。落ち着け。……落ち着け、取り乱すな。
 知っていることだ。分かっていることだ。知らないフリをしているだけだ。でも、ただ、見せつけられるだけで、こんなにも。
 ねーちゃんの足、内腿に広がる紅い痕。ーーあんなところに、あんなもの。そんなの。何をしていたかなんて、明白だ。……分かってる。知ってる。所謂『援助交際』だ。カラダ売って、稼いで、ねーちゃんは俺を食わせてる。そうやって生きてる。それが一番カネになるから。少なくとも『女子高生』というブランドを持つ今のねーちゃんには、一番稼げることだから。
 双子の姉にそんなことをさせてまで、生きる価値が俺にあるのか。
 ーー双子の姉がそんなことをしてまで、俺を守ってくれるのか。
 怒りと、薄暗い歓びで、胸が、おかしくなる。

……あきー?」

 眠そうな声が聞こえて、はっとする。振り返ればふあ、と欠伸をしながら俺を見るねーちゃんが立っていて、……ああ、しまった。起こしてしまった。

……なーに水浴びしてんの?ねーちゃん寝てるの見て勃ったんでしょー、ヌイてやろっか、そしてみどりんにチクってやろー」
「ざけんな姉で勃つかよ間に合ってるっつーの……だらしねー格好して寝るのやめろよ、風邪引くぞ」
「んふふ、今更。いいじゃんー、ねーちゃんは家で皮膚呼吸させているのですー」
「訳分かんない言い訳すんなよ……つか寝ろよ……
「あきちゃんがばたばたするから目が覚めたんでしょー。どしたのまじ」
……変な夢見ただけだよ、気にすんな」
「ふーん。添い寝してあげようか?」
「いらねえ」

 いつものねーちゃんの軽口に、だんだん気持ちが落ち着いてくる。……ああ、うん、そう。悪い夢だ。これは、ただの、悪い夢。
 タオルで顔と頭を乱雑に拭いて、ゆっくり深呼吸。ーー大丈夫。俺はいつも通りで、ねーちゃんもいつも通りだから。いつも通りで、いなければ。

 バランスが壊れたら、きっと。