AmexAmexxx
2017-07-19 19:09:06
2969文字
Public OcculTrigger
 

ごあいさつの話


「律さーん、これで大丈夫っすか?おかしくない?」
「んー、ネクタイ曲がってる」
「はうあ」
「タイピンの付け方がおかしいんだよ、えーと……はい直った」
「あざっす!」
「スーツくらい早くひとりで着れるようになれお子ちゃま」

 言い返せない!
 『仕事』用にって律さんが卒業祝いも兼ねて頼んでくれたオーダーメイドのスーツを、まさか『仕事』より先に着ることになるとは思わなかった。ていうかこれおいくらまんえんなんだろう……お金持ちはぽんっとすごい金額出すからこわい……
 何で俺がスーツを着てるか、というとーーいわゆる『ご両親にご挨拶』ってやつだ。って言ってもゆりっぺの両親、つまり一斗さんと晴香さんには何度も会ってるしお世話になってるけれども、ええと、つまりまあ、そういうことです。ケッコンノゴアイサツです。こわい。

「憂凛ちゃんのご両親知らない訳じゃないんだから。緊張しなくても大丈夫だよ」
「うー……ていうかおっそろしいことにその後ヒメ先生とおじいちゃん?へのご挨拶もしないといけないらしくて……
「おじいちゃん?」
「ヒメ先生より上の狐さんらしいっす」

 詳しくは知らない。会ったこともないし。ヒメ先生はこの辺の狐を束ねてる狐さんだから、それより偉いってことはすっごいんじゃ。こわい。ゆりっぺはきょとんとした顔で「おじいちゃん優しいから大丈夫だよ?」って言ってたけど、それって相手がゆりっぺだから優しいのでは……?可能性ある……
 ちょっと考え込むような顔した律さんが、ちいさく溜め息吐いた。え?なに?

「まあヒメ先生のところには丁野先生も居るだろうし、俺からも声掛けとくよ。余計な茶化ししないように」
「なにそれこわい」
「その『おじいちゃん』にはきちんと礼儀正しく。龍神様と同じだと思って行った方がいいかもね」
「えっと、にれーにはくしゅいちれい」
「違うそうじゃない」



+++



 ゆりっぺの家に近い駅で待ち合わせ。電車降りて改札出てすぐにゆりっぺが待っていて、俺が声をかける前に気がついてひらひら手を振ってくれた。

「あ、恭ちゃー……ん、」
「ゆりっぺお待たせ!……なに、なんか変?」
「変じゃない変じゃない!……しぬほどかっこいいどうしようやばいやばいやばい」
「?」

 ゆりっぺ顔真っ赤だけど。暑かった?顔覗き込んだらすっげ後ずさりされた。何で!?
 ぱんぱん、と気合いをいれるみたいに自分のほっぺを叩いたゆりっぺは、よし、と呟いて俺の手に自分の手を絡める。笑って握り返して、そのままぶらぶら、二人で駅からゆりっぺの家までゆっくり歩く。なんかこうしてるとデートの帰りに送ってく時みたいなのになー。今からご挨拶かと思うと、やっぱりちょっと落ち着かない。

「今日ねえ、朝からパパもママもそわそわしてる。面白いよー」
「俺もそわそわしてるよ!?」
「ふふ。恭ちゃんスーツ卒業式ぶりだね?ついこないだ見た気がする」
「ん。つっても卒業式ん時はふっつーのスーツ着たけど、これ仕事用……律さんからの卒業祝いの……
……お高いね?」
「そう……でも気合い入れなきゃと思って……

 ぜってーなんかこぼしたりひっくり返したり出来ない、と思うから余計気合い入るかなって……。あとは律さんに挨拶行く!って言ったら「じゃあ着ていけ」って言われたのもあるけど。あー。自然と背筋も伸びますよ。こわい。いいよなあのひと結婚の挨拶する必要ないもんな!……いや、律さんのことだから、その時はちゃんとするのかなあ。会いに行くのかもしれない、ちゃんと。桜っちの『本当のお母さん』に。

「憂凛も恭ちゃんのご両親にちゃんとご挨拶行かなくっちゃ」
「母さんも父さんもいつでもおいでっつってたよ」
「そういえばこの間恭ちゃんに電話してもらった時が初めましてなのに『こんな息子で本当にいいの?大丈夫?後悔しない?』ってすごい言われたんだけど」
「俺信用ないから……

 あのひとほんとにゆりっぺに何言ってくれてんの……
 まあでも、母さんに『結婚しようと思ってるから彼女連れてく』って言った時反応すごかったもんなー。電話の向こうで大騒ぎしてた。あのひともしかして俺が結婚するとか思ってなかったのでは。可能性はある。そして俺も思ってなかった。びっくりだ。
 ……あ、そうだ。急に思い出した。言っておかないと。

「なあゆりっぺ」
「なあに?」
「一斗さんと晴香さんに挨拶したら、その後ちょっと行きたいとこあって」
「どこ?」
……あのー……松崎先輩ち。近所じゃん……
……ああ……うん、分かった!なぎちゃんにもご挨拶だね!」
「うん」

 やっぱり、行かない訳にはいかないと思う。墓はないけど仏壇はある、ってゆりっぺには聞いてたし、いつかちゃんと行かなきゃいけなかった。俺はーー絶対に。どうにも勇気もなけりゃ心の整理も上手くつかないままで、思い出すのが怖くて、全然行けてないんだけど。
 ゆりっぺが一緒なら、きっと大丈夫だし。……ゆりっぺと結婚するなら、ちゃんと、ゆりっぺの『おにいちゃん』にも報告しておかないと。後がこわい。松崎先輩に怒られるのはカンベンだ。

「なぎちゃん絶対仏頂面だなー、拗ねそう!めんどくさい男!」
「ひっでえ」
「でもきっと一番喜んでくれるよ」
……そうかな」
「そうだよー。なぎちゃん素直じゃないから」

 俺とゆりっぺが結婚するって知ったら、あのひと、何て言うだろう。出来れば笑顔で喜んで欲しいけど、そういうひとじゃないからなあ。すっげえ小言言われそう。散々文句だけ言って、多分、最後に「よろしくな」とか言う。そういうひとだ。
 ……あ、やべ、ちょっと泣きそう。ゆっくり深呼吸して、溜め息。……だいじょうぶ。だいじょうぶ。今日はご挨拶!泣いてる場合じゃない!
 でも多分、俺が泣きそうになったの、ゆりっぺにはバレてて。だって繋いだ手、きゅ、って優しく力が入った。……泣いちゃうじゃん、もう。ああ、本当に、俺の『特別』、……ゆりっぺで良かった。

「さって!ところで恭ちゃん、今日パパに何て言うか決めてる?」
「え?普通にゆりっぺと結婚させてください!のつもり」
「えー、お嬢さんを僕にください!って言って!」
「いや無理絶対噛むそれ」
「むー。短いのにー」
「言いなれないことぜってー言えないってー」
「まあ恭ちゃんだもんね」
「そうそう」

 俺だからね。
 俺らしく、それで充分だ。慣れないことしたって仕方ない。大体一斗さんにも晴香さんにも普段の俺なんてバレてるし、……でもちゃんとしないと!びしっと!ご挨拶だから!
 そうこうしているうちに、見慣れた喫茶『たちばな』が見えてくる。今日は臨時休業らしい。余計緊張する!それでもうだうだ言ってらんない。決める時は決めないと!男だし!

「ゆりっぺ」
「ん?」
「絶対幸せにする」
……こんな道でそんなこと言わないで!?」
「あはは、顔真っ赤。緊張ほぐれた、ゆりっぺかわいい」 
「もおおおおおお……

 呆れきった声を出しながらうなだれて、でも、ゆりっぺは笑ってくれた。
 ーーだいじょうぶ。この笑顔のためなら、俺は頑張れる。